第四百七十話 ぼっち妖魔は恐れ入る
<視点 麻衣>
エステハンさん見つけたーっ!!
カタンダ村にいるあたしの知り合い・・・。
もちろん誰も被害が出てないならそれに越したことはない。
けれど・・・もちろんそこまで現実は許してくれないだろう。
ならせめて・・・あたしの知り合いだけでも無事でいてくれればと願っていた。
自己中と言われても返す言葉なんかありもしない。
独善的とでもなんとでも言うがいい。
もっとも・・・まだあたしの知り合い全てが無事と安心出来たわけではないけども、
少なくともこの場にエステハンさんが無事でいることだけはほっとした。
・・・ただまぁ、エステハンさんにしてもこの状況はすぐに理解できはしないだろう。
なにしろ下半身蛇姿でおっぱいばいんばいんの妖魔がそこにいるのだから。
本来ラミアは討伐対象なんだろうけど、その彼女が村人を率いて他の魔物を退治している・・・。
まともな神経している人ほど、その現実を正しく受け入れることなど出来ないのに違いない。
とはいえ、このままでは中途半端。
ラミィさんが味方であることをアピールしないと、この先、間違いが起きないとも限らない。
リスクは最小限にしないとならないのだ。
「ラミィさん、その人が冒険者ギルドのエステハンさんです!
あたしの紹介でここに来たって説明してもらえますか?」
『オッケーオッケー、わかったわ!』
そう言いながらラミィさんはジャンプ一番、商店の屋根の上から飛び降りた。
目の前にはエステハンさんがいるけども、
いきなり魔物が自分の目の前に現れたことであからさまに警戒行動をとる。
そりゃあ、まぁ仕方ないよね。
しかも警戒の仕方が面白い・・・いや面白くなんかないけど、
こういう行動を取らざるを得ないのか・・・。
エステハンさんは左腕を自分の目の前に掲げ、極力ラミィさんの顔を見ないようにガードしているのだ。
なるほど、ラミィさんの目を見たら魅了されると思っているんだね。
それどころか多分、エステハンさんの視線はさらに下だ。
ラミィさんの顔どころか、たわわなおっぱいよりも下・・・たぶん、
おへそか、腰元のチェーンアクセサリーあたりに視線を向けてるのだろう。
おっぱいに魅了機能はないと思うけど、男の人にとってはあの胸は脅威に映ってしまうのかもしれない。
「ねーねー? あなたがエステハンさんでしょー?」
ラミィさんが交渉を始めた。
うまくコミュニケーションとれるだろうか?
一応いつでもあたしはフォローを入れるつもりではいる。
「な・・・、何故オレの名を・・・?
それにお前は・・・!?」
「あー、うん、あたしの名はラミィ!
よろしくね?
ここへは麻衣って女の子に頼まれて来たの。
あなたの知り合いなんでしょー?」
うん、ラミィさん、いい感じです!
「麻衣・・・だって・・・。
て、まさか・・・黒髪の嬢ちゃんのことか!!」
ん?
そういや、エステハンさん、いつもあたしのこと「嬢ちゃん」って呼んでたから、
もしかして名前覚えられてないかもって一瞬思ったけど大丈夫だったね。
「そーそー、黒髪のあの子よ、
異世界からこの世界に転移してきたっていうね。」
「た、確かにその子はオレの知り合いだが、
彼女はしばらく前にこの村から旅立っていったはずだ。
・・・!
まさかあの嬢ちゃん、この村に帰っているのか!?」
あー・・・、そういうわけじゃないんだよね・・・。
あたしがこの状況を黙って見ていると、冒険者ギルドの扉が開いた。
あっ、あの子は・・・
「お父さん、どうしたの!?
いま・・・いとー様、麻衣さんの話がっ・・・って、きゃああっ!?」
「チョコ! まだ出て来るんじゃねぇっ!!」
チョコちゃんが現れたっ!
よかった、チョコちゃんも無事だった!!
てか、まぁ・・・いきなりラミィさんの姿を見たら驚くよね。
あれ?
・・・おかしいな、なんか無性に冬季限定ラムレーズン&洋酒入りチョコレートが食べたくなってきたぞ?
あたしはロ〇テの回しものなんかじゃないというのに。
「あー、えーっと、あたし麻衣と召喚契約交わして・・・
あれ? 契約交わしてたっけかなぁ?
まぁいいや。
とりあえず、麻衣は召喚士であたしを呼べるのね。
それでさっきあたしが呼ばれたときに、この村でスタンピードが起きてるって話をしたら、麻衣にこの村の手助けしてほしいって頼まれたのよ。」
そう言えば吸血鬼エドガーの時に無理やり呼んだからな。
契約らしきものは交わしてなかったかもしれない。
ただ今回の助っ人作業は、ちゃんとあたしのマジックアイテムをあげると約束したから契約したって言えるはずだ。
そこでようやくエステハンさんは警戒していた腕を下ろしてくれた。
・・・ゆっくりとだけどね。
半信半疑というより・・・
気が抜けたって感じだ・・・。
「・・・嘘だろ・・・
あの嬢ちゃんが・・・どうして・・・そこまで・・・。」
「麻衣さんが・・・?」
えいやどうしてって言われても・・・
やっぱ、知り合いが命の危険だって知ってしまったらどうしたって助けようとしたくなるものでしょ?
べつにあたしの行動はそんなおかしいものじゃないと思うけど。
「ホントもの好きよねー、麻衣ったら。
自分は邪龍なんてとんでもないもんと戦っているくせに、
こんな辺鄙な村の人たちを助けようだなんてねー。」
ラミィさん、辺鄙は余計ですって。
・・・いや、違う!!
邪龍の話はしなくていいんですって!!
「じゃ・・邪龍!?
お、おい、待ってくれ!!
邪龍って・・・あの邪龍か!?
あの嬢ちゃんは今・・・邪龍と戦っているのか!?」
「そーよー?
まったくとんでもないわよねー?
いくら麻衣だって邪龍に勝てないと思うんだけど、
他にも異世界から転移してきた人がいるからどうにかなるといーんだけどねー?」
改めて言われるとホントにあたしが邪龍に勝てる見込みは全くなさそうなんだけどね。
できれば短期決戦でとっとと始末をつけたい。
今も注意を現実に向けると、ケイジさん達が邪龍の分体たちを排除してくれている。
あんまりカタンダ村のことも時間かけてはいられないな・・・。
「あの野郎・・・
無茶しやがって・・・。」
「麻衣さん・・・あたし達のために・・・。」
感動してしてくれるのは嬉しいけど、
そんな余裕はないのだ。
「ラミィさん!
エステハンさんが納得してくれたら、すぐに元凶のダンジョンに向かってほしいんですけど!!」
『あーっ、そうねー、聞いてみるー!』
「ねーねー?
オックスダンジョンだっけー、あたしこのままそこに向かうんだけどー?」
「すっ、すまねぇ、
いま、あそこはケーニッヒやベルナが踏ん張っている筈だ!!
あのダンジョンの入り口を塞いじまえば、あとは村の中に入り込んだ魔物の対処だけで済むんだが・・・。」
ベルナさんとケーニッヒさんは現場の対処か。
まだ間に合ってくれるといいけども。
「あー、村の中のは大丈夫だと思うよー?」
「なっ、何故だ!?」
これはあたしも予想してなかった。
発案者はカラドックさんだ。
本来あたしはラミィさんに魅了を使わせるつもりはなかった。
相手が魔物なら遠慮なく使ってもらって良かったんだけどね。
さすがに知り合いが大勢いる人間相手に魅了なんてとんでもないと思っていたのだ。
ところがカラドックさんの考えはあたしの固定観念を根底から覆す代物だったのだ。
「あのねー、異世界から来たカラドックさんてお髭の人がねー?
目についた村人全員魅了しちゃえって言ったのねー?」
「なっ・・・!
い、いや、マイヤーたちを見りゃ、それはわかるが・・・
い、いったい何故そんなマネを・・・?」
これは「戦闘経験がない村人だろうと、複数の人間で全く同じ動きで槍を突きだせば、
逃れ得る魔物なんてそうそういないさ。」
というのがカラドックさんのお言葉だった。
要は個の力、及びその連携を主眼とする冒険者パーティーの戦い方とは全く異なる戦術。
個に力がないなら、力の弱い個を繋ぎ、数で敵を倒せばいいじゃない。
・・・ということらしい。
本来、いくら数を集めようと、バラバラな集まりでは何の力も発揮できない筈なのだけれど、
魅了で動きを統率された状態なら話は一変する。
普通に考えたら絶対に不可能な戦術、
普通に考えたら絶対にやってはいけない状態異常・・・
それを組み合わせてただの村人たちを、命令には絶対服従する簡易軍隊とでもいうべき集団を作り上げてしまったのだ。
・・・それも
「あのねー?
目についた村の人たち、みんな魅了しちゃったからー。
いま、村のあちこちで魔物たちをせん滅してる筈よー?」
そう、ただいま、村の各地で魔物の対処に当たっている方々は・・・
すべて・・・ラミィさんの魅了にかけられてしまっていたのである。
「「「「「いえす! ラミィたそ! いえす!!」」」」」
「・・・えっと、それ・・・みんな無事って言っていいのか・・・?」
えっと、
たぶん・・・?
ラミィチョコ買ってこないと・・・。