第四百六十七話 カタンダ村の危機
なお、当然のごとくキリオブールの町も大変なことになってます。
ただあちらは大きな町ですので、防衛体制もしっかりしています。
カタンダ村ほど危機的状況にはなってません。
<視点 エステハン>
・・・ちくしょう、ダメだ・・・!
どんどんケガ人が増えやがる。
キラードッグやマッドボア程度ならどうにかなったはずだが、
下手に知恵をつけてるゴブリンやオークが押し寄せているのが不味い。
一匹一匹なら脅威なんか全くないんだが、集団で攻めて来られるとどうしたってこっちにも被害が出ちまう。
加えてロックワームに四つ腕熊だと?
ボス部屋にいるような巨大な奴らじゃねーが、
まさかあの狭いオックスダンジョンの出入り口をくぐり抜けてきやがるとは。
もう、この村の冒険者だけでどうにかできる状況じゃねぇ。
当然ながら、既に農夫だろうが大工だろうが、武器を持てる奴は全員駆り出した。
もちろん最前線に就くのは冒険者だ。
オレも許されるなら魔物どもの鼻っ柱を砕きに行きたいが、
ここを動いたらダメだとケーニッヒの奴に釘刺されちまったしな。
わかってる。
奴の言う事が正論だ。
オレやケーニッヒの奴は指揮役を務めなきゃなんねぇ。
一人娘のチョコには伝令役をやってもらったり、武具やポーションの補給、配布を任せてある。
やってもらわなきゃならん仕事はそれだけじゃねぇ。
まさに猫の手すら借りてぇところだ。
医療ギルドでもダナンの奴らをはじめ、職員総出で医薬品の製造と運搬をやってもらってる。
そしてそのケーニッヒは、オックスダンジョン手前門に陣地を築いて、
後続の魔物が出てこないように、ベルナたちに指示を出している。
それはそれで既に村に入り込んだ魔物たちと挟み撃ちになるかもしれない危険なポジションだ。
そしてこちらにはあいつらに増援を送ってやれる余裕もない。
村の中心にある公会堂では大勢のケガ人が運び込まれているだろう。
そっちは村長たちや村の自警団に任せている。
聞きたくもねーが、死人だって既に何人も出ているかもしれねぇ・・・。
とにもかくにも圧倒的に人が足りやがらねぇ。
村の主な広場に最低でも一人、魔法使いがいてくれればかなり楽になるんだがよ。
この村じゃ本職の魔法使いでもベルナとどっこいレベルの奴しかいないんだよな。
広域範囲呪文なんか撃てたところでせいぜい一発。
そしてそれを撃っちまったら後は、魔力切れで何の役にも立たなくなっちまう。
遠距離攻撃ならまだ弓矢使いや猟師の方が役に立つ。
さすがに矢だけだったら在庫もたんまりあるしな。
既にロックワームをはじめ、混戦状態からダンジョン手前門を抜け出した大勢の魔物が村の中に入り込んでいる。
もともと申し訳程度だった関所的な壁も何ヵ所も破壊されちまった。
見ろよ、
村の主要通りは魔物だらけだろう。
戦う力のない女子供は家の中に閉じこもって物音一つ立てないように伝えてある。
もちろん魔物は動く者から狙ってくるからな、
奴らの当面の獲物は冒険者や村を守る男たちだ。
だが、奴らの視界から動く者がいなくなった時、
すなわち戦っていた者達が皆、息絶えてしまったならば、
果たして魔物どもの鼻や耳をどこまで誤魔化し切れるだろうか。
もはやオレの指揮どうこうじゃねぇ。
このままじゃじり貧だ。
恐らく近隣の村からも救援は来ないだろう。
むしろ向こうだって魔物に襲われてねぇ保証はねぇ。
今思えば、村の中に気味の悪い虫どもが湧いたのは、このスタンピードの前兆だったんだな。
オレがその事に気づいていたならば、もう少し何らかの対処が出来ていたかもしれないのに。
・・・ちくしょう、ここまでなのか。
やっぱり指揮役なんか他の奴らに任せて、
オレが最前線に出るべきじゃねーのか・・・?
「・・・お父さん、やめてね!!」
後ろからチョコが泣きそうな声を出しやがった・・・。
おまえ、オレの心の中を読めるってのかよ・・・。
「だがよ、チョコ・・・。」
「絶対ダメだよ!!
そりゃ、お父さんが出れば少しは勢いを止められるよ!!
でもそれこそ焼け石に水って言うんだよ!!
いくらお父さんでも前後左右囲まれて一斉に襲い掛かられたら、どうにもならないじゃない!!
ここでお父さんが死んじゃったら、この村はどうなるのよ!!」
「チョコ、わかってる。
わかってるんだがな、このままでも・・・。」
「それに・・・お父さんに何かあったら・・・
あたしはどうなるのよ・・・。
あたしを一人ぼっちにする気なの・・・?」
ああ・・・。
チョコに母親はいねぇ・・・。
オレたちは二人だけの家族だ。
チョコの母親も冒険者だった。
あいつも・・・チョコを産んで・・・冒険者を引退した。
そのままずっと家の中にいてくれりゃ良かったんだが、
下手に冒険者の知識と経験を持っていたことが裏目に出ちまった。
ある時、村の外で起きたキラーマンティスの発生に、人手が足りないからと勇んで出ちまって・・・
もう、以前とは体力もステータスも衰えちまってたのに・・・。
あの時、まだチョコは六つだったっけな。
だから、なのか、
しばらくしてチョコは冒険者ギルドで働き始めた。
もちろん最初は仕事とも言えねーお手伝い程度さ。
せいぜい掃き掃除とか、書類の整理くらいだったな。
将来、受付嬢になりたいってんなら、それを叶えさせてやろうとは思っていた。
・・・間違っても冒険者そのものになりたいとか言い出さないかは心配だったが、
チョコもオレの心情はわかってくれていたんだろう。
・・・そういや、ケーニッヒの奴、見当違いのこと言ってたよな。
なんだったっけか、
ああ、オレのそばで働きたいだけだってか?
ハン、そりゃねーよ。
オレだって娘の事は愛してるが、そろそろアイツも反抗期だ。
ギルドの中じゃ外面よくしているが、
家に帰るとオレに対して、臭いから早くフロに入れだの、気持ち悪いから下着をそこら辺に脱ぎ捨てるなとか、それが父親に向かっていうセリフかと思えるような辛辣な言葉がガンガン飛んでくるんだぞ?
・・・ああ、
こんな話、つい最近誰かにした記憶があるな。
ああ、あいつだあ。
あの、黒髪の小さな嬢ちゃん・・・。
そうだ、あいつがいたよ。
この場に、
せめて・・・
あいつがいたら・・・
まだこの村にあいつが・・・
異世界からやってきたなんていう黒髪の嬢ちゃんがまだいてくれたなら・・・。
・・・ハン、
オレも焼きが回ったか。
いくら変わった能力を持っているからと言って、あんな小さなお嬢ちゃんに頼ろうなんて・・・な。
「大変だ、大変だ、エステハンさん!!」
酒屋の小僧がギルドに飛び込んで来やがった。
名前なんつったけか、
まぁ、この緊急時にどうでもいいやな。
こいつは小僧とはいえ、酒樽しょっちゅう担いでいるからか、力だけはあるみてーだったからな。
だから魔物と戦わせるより、バリケード積み上げるとか、魔物の侵入経路を限定させる作業をさせてたはずだ。
だが、今は何しに来やがった?
「マイヤーんとこの小僧か、
いったいどうしたぁあ!?」
「た、大変だぁ!
む、村の南門に設置した物見やぐらに・・・!」
「ああ!?
あそこは魔物からも狙われるから、見張りはもう不要と避難させたろう!?
まだどこかの馬鹿が残っていやがるのか!?」
「ち! 違うんだ!! エステハンさん!
そうじゃなくて!!
こ、こともあろうにいつの間にか、
その物見やぐらの天辺に・・・魔物が・・・それも妖魔が!!」
なんだと!?
そんなまさか・・・!
ていうか南門だと!?
あっちの方角は全くの無警戒だったぞ!?
「バカな! 妖魔だと!?
オックスダンジョンに妖魔はいなかったはずだ!!
いったいどこから湧いて出やがった!!
・・・いや、南側ってことは村の外からやってきやがったのか!!
小僧、妖魔の種類はわかるか!?」
「あ、えっと、姿は半人半蛇で・・・
女性の姿をした・・・
あ、あれ、みんなして伝説のラミアじゃないかって叫んでたんだけど!?」
最悪かよ・・・。