第四百五十二話 懸念
・・・眠い目をこすりながら書いてると、
読み直した時、何書いてるのか訳が分からなくなってる時がある。
<視点 ケイジ>
ん?
深淵?
麻衣さんは深淵と言ったのか・・・深淵って!?
『深淵・・・だと?
それはなんだ?』
相変わらず、
生理的にも受け入れられそうもない触手が何本も蠢いているが、
当の麻衣さんには、一切感情の変化は見られない。
元から喜怒哀楽を表すことは苦手だと本人は自己主張していたが、
この落ち着き方はあまりにも異常だ。
「あなたのさっきの質問の答えですよ。
あたしたちを誰がこの世界に送り込んだのか。
それが答えです。」
麻衣さん!?
何を言っている!?
『・・・意味が分からんな。
しかもお前の存在そのものが既に意味不明であるな?
種族は妖魔とヒューマンのハーフ、
称号・・・闇の巫女。
ステータスは魔力のみ突出してるが、他の数値はゴミレベル。
なんとも歪な生き物よ。』
「あたしのことはどうでもいいですよ。
確かに伝えましたからね。
それじゃそういうことで。」
彼女はそれ以上、問答無用とばかりに触手男に興味をなくして戻って来る。
いま・・・
気のせいか、麻衣さんの瞳が気味の悪い光を湛えていたような・・・。
「タバサさん、もういいですんで、やっちゃってもらえますか?」
口調も声色も間違いなく麻衣さんだ。
けれど、違和感だけが残る。
いつも大人しめにしている彼女が、まるでこの場の支配者であるかのように。
タバサもオレと同じ印象を持ったに違いない。
麻衣さんの言葉に反応が遅れてしまっていた。
「え、ああ、りょ了解、麻衣。
『ホーリーシャイン!!』」
タバサの術の発動を受けて・・・
触手男は恐怖と拒絶の叫び声をあげる。
必死に光から逃れようと悶え苦しむも、
先にアガサの放った光の槍が、三本もカラダを縫い留めているのだ。
触手だけが狂ったように暴れまわるが、その本体のカラダはその場から離れることも出来ず、為す術もなく分解されてゆく。
そして、
コイツも先ほどまでの虫ども同様、グズグズの塊となった。
これでこの個体は再生することも復活することもない。
・・・この場のケリはついた。
だが・・・先ほどのやりとりは・・・
オレだけじゃない。
カラドックだって今の麻衣さんの行動は意味不明だろう。
オレの代わりにカラドックが問いかける。
「ま、麻衣さん、今の・・・深淵とは、いったい?」
あれ?
麻衣さん、きょとんとしてるな・・・。
カラドックの声は聞こえても、言っている言葉の意味がわからないっぽい?
「麻衣さん!?」
「え・・・あ!?」
「麻衣さん、大丈夫かい!?
いま、自分が何を言っていたか覚えてる!?」
麻衣さん、この反応は、
・・・我に返ったって言っていいのか?
カラドックの言葉と周りの状況を、たった今ようやく把握したような・・・。
「あ、あたし、いま・・・あれ?」
ていうか、もしかして彼女は意識を失っていたのか?
この状況で!?
じゃあ、さっきの麻衣さんは!?
「あ、あたし、いま、一人で勝手にしゃべってました!?」
「一人でっていうか、邪龍の分体相手に私達転移者を送ったのは深淵だって話をしていたけど・・・」
「・・・はい?」
覚えてないのか・・・。
それじゃ、まるで誰かが麻衣さんのカラダを乗っ取ったように・・・。
「あ・・・それって・・・あ、もしかして・・・。」
「麻衣さん、どういうことだい?
何か心当たりでも!?」
「い、いえ、どういうことかあたしにもさっぱりですけど・・・
それ、もしかして・・・あたしのジョブの巫女のせいかな、と・・・。」
え、巫女って・・・あ、そ、そうか、
本来、巫女の職業って神の声を聴くこと、だよな・・・。
じゃあ、さっきの麻衣さんは・・・
トランス状態ってやつだったのか?
「・・・巫女、か・・・なるほど。」
カラドックもある程度納得したようだ。
となると・・・
世界樹の女神のところで聞いた話を思い出せば・・・
カラドックや麻衣さんたちを送り込んだのが、
アスラ王・・・いや、違うな。
オレも知っているアスラ王は人間離れしていたが、あくまでヤツは人間。
麻衣さんの話では、
アスラ王は更なる高次元の存在の「器」らしいとかいう話だった。
・・・それでいいんだよな?
ならば、今、麻衣さんの口から出た言葉が、
アスラ王の
本当の正体、
ということになるのだろうか。
「深淵」・・・。
ううむ、
何ていうか、オレの目で見たあの男のイメージではない気もするんだが・・・。
いいや、
もう、どうでもいいはずだ。
さっきオレ自身が、こっちの世界で生き抜くつもりだと再確認したばかりだろう。
そう、今更、元の世界のことなんてどうでもいい。
・・・まぁ、元の世界のことはどうでもいいとは思うが・・・
麻衣さん個人の事は気になるというか心配だな。
いや、神の声を聴く巫女の話じゃない。
「あれ」がオレの気のせいじゃないとしたら・・・。
確かに彼女の正体は、妖魔と人間のハーフだとは聞いている。
そのせいと言っていいのかどうか知らないが、時々麻衣さんの目に不気味な光が射すのを見た事がある。
それが、妖魔としての種族的特性によるものならオレが口を出すべきものじゃない。
だが本当にそうなのか?
そんな単純な話の気がしない。
むしろあの光はもっと禍々しい何かによるんじゃないのか?
すなわち、麻衣さんがある特定の状態に陥った時に、瞳の色が変化するのだとしたら・・・。
こないだの空馬車の中では、
「愛してる家族なら殺せるよね?」とか、麻衣さんは背筋が寒くなるような発言までしてみせた。
本人は、正常な精神状態でない時の話とは言っていたが・・・。
とはいえ、だからどうしたと問われても、オレには何の答えも返すことが出来ない。
単にオレが気にしすぎてるだけなのかもしれない。
オレの杞憂で終わるならそれでいいのだけど。
それに今オレたちが直面すべき問題は邪龍の始末だ。
今はここで足を止めている場合ではないって言われればその通りである。
結局、麻衣さんには状態異常は何も現れていないこと、
体調も全て問題ない事からオレたちは再び出発する事となった。
ちなみに麻衣さん自身に、先程の「深淵」の意味は分かるかと聞いてみたが、
まるで意味が分からないとのことだった。
カラドックがアスラ王の事かと尋ねていたが、
そうかもしれないけど、何故それが深淵になるのか、全く理解できないそうだ。
カラドックなら、もう少し的確な答えを出してくれるかとも思ったんだが、
よく考えたらカラドックはアスラ王に会った事すらなかったんだったっけか。
確か遠目にあの男の姿を見た機会があったぐらいか?
ならいくらカラドックでも無茶な話か。
この場にメリーさんがいたら、また違った目線で答えを出してくれていたのだろうか。
・・・ていうか、ちょっと危なかったな。
危うくオレの口から「アスラ王」の名前を出すところだった。
いくらなんでも向こうの世界に何の関係もない筈のオレが、
「アスラ王」の名前を出すのは不自然すぎるものな。
そんなマネ仕出かしたら、オレに恵介の記憶があることをカラドックに感づかれてしまいかねない。
ゴールまであと少し。
もう少し慎重になるとしよう。
無事にカラドックを元の世界に送り届けるまで。