第四十四話 賢王カラドック、自らを売り込む
そこで私も話を進める。
「勘違いして欲しくないが、
私はグリフィス公国の外部の人間だ。
私は彼女たちに同情して頼みを引き受けているが、彼女たちから命令される筋合いはどこにもない。」
「同情だと?」
ん?
私が外部の者だという話はスルーするのか?
まあ、いいけども。
「私がここにいる理由は、
同情が3割、後7割は私自身の目的さ。」
そこでケイジは舌舐めずりした。
流石に狼獣人。
その表現がとても似合う。
「ではお前の目的は?
マルゴット女王とは違う目的があって俺たちに近づいたというわけだな?」
その通りだ。
「その話は・・・私の出自の話と一緒なんだ、
良かったら聞いてくれるかい?
できれば今度は私に同情してくれると嬉しいな?」
ケイジは何馬鹿な事言ってんだとでも言わんばかりに口を開ける。
ただ、その口からは文句は出ない。
構わず私は話を続けさせてもらおう。
「君ら、異世界って分かる?」
そこでケイジは唸り声をあげた。
「まさか、・・・召喚の儀式を成功させたのか!?」
む?
知っていたのか?
「いや・・・失敗したそうだぞ?
私はそのタイミングで、別の意志によって送り込まれた転移者だ。
最初にそれを理解した時に思ったのは、私にとっては全くいい迷惑だよってことさ。」
「転移者・・・だと?」
「この世界の人間に喚び出されたんじゃあない。
私の世界の誰かが、私をここに送り込んだ・・・。
それを確かめる術はないが、
私に関してはそういう設定らしいな。」
信用できるものかと言わんばかりの眼差しだな。
まあ、当たり前か。
私が逆の立場でもそうだろう。
でもその間に話を進めさせてもらうからね。
「質問は後から聞くよ。
さっきも言ったけど、いきなり異世界に飛ばされて、私は女王たちに協力する気なんか全くなかった。
とにかく自分の世界に帰る手段を見つけるのが先、
そう考えていたんだけどね。」
「お前の考えを変える何かがあったというわけか。」
「飲み込みが早くて助かるよ。
さすがにAランクパーティーのリーダーだ。
その何か、とは、
ケイジ、君の生い立ちを聞いたからだ。」
私が彼の過去を聞いていることは既に織り込み済みなのだろう。
ケイジの表情に変化は全く見られない。
「同情なら無用だ。
他人を巻き込むつもりはない。」
「彼女たちは?」
「リィナは他人じゃない。
オレと同じ問題を共有する獣人だ。」
「なるほど、では後ろの二人は?」
カウンターの方を見上げると、
ここぞとばかりに蠱惑的なポーズを取るエルフたち。
「この身を尽くす事こそ、我が使命。」
「今か今かと待ちに待ってたご指名。」
うん、嫌いじゃないよ、そういう反応。
ケイジはおちゃらけるエルフ達をスルーする。
毎度のことなのかな。
「アガサとタバサについては、むしろオレらが巻き込まれたという表現にしたいな。
とは言え、彼女たちが加わって、このパーティーは結成されたんだ。
そこから先はオレの意志だけじゃない。
このパーティーの目指すものはオレたち4人で決めたものだ。」
ふむ、それは何気に重要な話だな。
つまりケイジ個人の事情ではないということか。
「カラドック、先にお前の話だ。」
「ああ、そうだったね、
私の動機の話だけど、
さっき、私に弟がいたことは話したよね?」
「聞いた。」
「私の弟と言っても腹違いだ、
彼が15歳の時、彼の母親は病気で亡くなった。
私も父も誰もその母親を助ける事が出来なかった。
もちろん弟本人も。」
隣でリィナの顔色が変わった。
彼女もケイジの生い立ちは知っているのか。
「私と弟の仲は悪くなかったと思う。
だが、かたや私は父や母から多くのものを与えられておきながら、
彼は何も手に入れられなかった。
その幼馴染リナとのささやかな幸せでさえも。」
その間、彼は自分のグラスを見詰めるのみ、
・・・私の言葉は届いているのだろうか。
しばらく彼の反応を待っていると、
それに気付いたか、私にようやく視線を返してくれた。
「その話がオレに何の関係がある?」
「いや?
単に私の弟と君の姿がかぶっただけさ。」
「はあ? 頭おかしいのか?
だからって、たった1人で見ず知らずのAランクパーティーに命の危険を冒して付き合おうってのか?」
「私の心に頑なに引っかかっているトゲさ、
それを抜こうとする事に何か不思議なことがあるのかい?」
「仮に、お前がオレの問題を解決してくれたところで、
お前の弟が救われる訳でもないし、
お前の過去が変わるわけでもないだろう?
それはただの代償行為に過ぎない。」
「そうだな。
君のいう通りだと思う。」
ケイジの言うことも正論だ。
だが引き下がるわけにもいかない。
「なら大人しく帰れ。」
「帰らないよ、
せっかく会えたのに。」
「・・・何を」
といいかけてケイジは私の視線がずれていることに気づいたようだ。
私はリィナに目を向けたのである。
そのまま、私は話を続けた。
「さっき、言わなかったけどね、
私の母親の名はフェイ・マーガレット・ペンドラゴン、
この世界に送り込まれてビックリしたさ、
母親そっくりの女性が私の目の前に立っていたんだからね。」
「フェイ・マーガレット・・・?
え・・・その名前、まさかマルゴット女王か!?」
流石にこの話はケイジにとっても予想外だったのか、目をまんまるくして驚いていた。
無理もないよな。
「そう、私の世界とこの世界がどういう繋がりがあるのかわからない。
だが今、私の目の前には、母親という接点、
そしてリィナ・・・さん?
という二つの接点がある。
これを偶然と考えられることは出来ない。」
「どっちにしろ、それはお前の問題だ、
このオレには何の関係もない。」
「少なくとも動機は理解してくれたようだな、
なら後は単純に私を戦力として評価してくれないか?
君らがドラゴンをも仕留める実力だとは聞いている。
だが、そこから先はあまり戦果がないようだ。
まだ、君たちの目的を果たすには力が足りないということではないのか?」
しばらく彼の口は開かないままだった。
微妙に視線を落としたり、チラチラとリィナに目を合わせたりしている。
あと一歩という気はするが・・・。
すると彼はスルリと席を立った。
「ケ、ケイジ?」
ケイジの意図が読めず狼狽えるリィナ。
だが、すぐにケイジは自分の仲間たちに視線を回した。
「みんな、オレの部屋に集まってくれ。」
私が何も言わずに黙っていると、
ケイジは最後に私に語りかけてくれた。
「オレはまだお前を信用できない。
だからこちらの目的を話すわけにはいかない。
・・・だがここにいる仲間たちがお前を認めるというのなら、連れて行ってやってもいい。
ここでしばらく待っていろ。
一時間後に戻ってくる。」
表情から彼の真意は読めない。
だが、パーティーの仲間にも私にも彼は誠実な態度を取っている。
この場で彼らのパーティーに入れなかったとしても、
それは次の手を考えればいいだけ。
私にしてみれば、
ケイジ、彼の一面が見れただけでも満足だった・・・。
さて、
彼らの答えを待つ間、
もう少しお腹に食事を詰め込んでおいてもいいだろう。
そうそう、
先の給仕の女性は30代後半というところか、
1人になって、追加注文をした私に色々話しかけてきてくれた。
皿を運ぶ指先に古傷の跡がたくさん見える。
この人も過去は冒険者だったのだろうか?
「あんた、何?
たった一人で『蒼い狼』に自分を売り込みにきたのかい?
はあ〜、相当な自信家だねえ?
でも確かにそのヤサ顔からは想像出来ないほどの魔力持ってるね、
こりゃあ楽しみだ!」
「恐れ入ります、
こちらの誠意が伝わればいいんですけどね。」
「あたしらにもあいつらのやろうとしてる事はわからないけどね、
気のいい奴らだってのは保証するよ。
あの兎さんを奴隷商から解放するのに、あの男、全財産一度使い果たしたって話だしね。」
なんだって。
「兎・・・リィナは奴隷だったんですか!?」
「おっと、いけない、
ていうか、結構有名な話なんだけどね、
奴隷出身の最強兎剣士って伝説があるくらいだから。
あ、本人の前では言わないでおくれよ?
まだ気にしてるかもしれないからさ。」
なるほど。
だが少し腑に落ちない。
ケイジが獣人であることにこだわりを持つことや、リィナを救うこと自体に引っかかる事はない。
だが、今まで聞いた話だと、
獣人奴隷なんてそう珍しいものでも無いはずだ。
奴隷制度や人種差別を本気でどうにかしようというなら、
金の力でリィナ一人解放したって意味は無いはずだ。
それとも、
話は全く見当違いで、
マルゴット女王のように、魔眼か或いは鑑定眼の一種で、リィナの戦闘能力を見抜いて仲間に引き込んだということか?
単純に獣人やら差別やら関係なしに、
冒険者として戦闘能力の高さに目をつけてスカウトしただけ・・・かも?
うーん、
しかし、私の世界のリナちゃんは、
確かに気は強かったけど、特に戦闘なんかしなかったけどなあ。
やっぱり顔が似てるのは偶然なんだろうか?
リィナちゃんのお婆ちゃんは、
戦闘得意です。
口よりも先に手や足が出ます。
次回は視点変更。
狼獣人ケイジくんに。