第四百三十三話 ぼっち妖魔はその名を告げる
ぶっくま×2、ありがとんです!!
<視点 麻衣>
アスターナままは声を震わせながらも、感情が決壊するのを必死にこらえている。
ここにいる誰もが、その話を黙って聞いていることしか出来ない・・・。
「で、ですから、先程のメリーさんの話を聞かせて頂いた時は本当に・・・
ああ、異世界の、こことは別の世界の私は、
き、きっとその子を産むことが出来たんだって・・・
私が出来なかったことを、私が果たせなかったことを・・・
もう一人の私は、り、立派にやり遂げたんだなって、
じ、自分の命に代えてでも、その子を生かすことが出来て・・・
その事が誇らしくもあり、片や自分が情けなくもあり・・・」
その間、崩れ落ちそうになるアスターナままを、
クリュグぱぱとマデリーンちゃんが支えている。
アスターナままに非は一切ない。
けれど子を産む母親としては、どうしてもその事に心を痛めてしまうものなのだろう。
後ろでミコノさんが、
「それであの時、呪われてるだなんて・・・」と呟いていた。
実のお父さんが亡くなって、
立て続けに赤ちゃんまで産むことができなくて、自分を責め続けていたのだろうか、
・・・アスターナままは。
うわ、それにプラスして館の中の騒霊。
そんなもん、まともな神経で耐えられるわけないよ!!
自分や家が呪われていると思い込んだって無理もない。
いくら幽霊のイザークお爺ちゃんが一族の守り神的に頑張ったとしても、
魂が存在しない赤ちゃんをどうにかできる手段だってあるわけないものね。
大なり小なり、みんな似たような事を感じたんだろう。
振り返らなくてもここにいる全員から悲しみの感情が伝わってくる。
ただ一人、あたしが感情が読めないのは・・・
いや、これは『彼女』の思考がストップしているせいなのか・・・
「麻衣。」
その人物はあたしに声をかけてきた。
「・・・な、なんでしょう、メリーさん。」
「私はこの世界の文字が読めないの。
なんて書いてあるか、あなたに読める?」
メリーさんの視線は、その小さくて新しい石碑に落ちている。
メリーさんがあたしに声をかけたのは、一番近くにいたせいだろうか?
それともあたしが一番冷静にこの場所にいるからだろうか?
あたしは他人との感情の共感能力が低いから。
でも理解はできるんだよ。
あれ?
そう言えばメリーさんは鑑定使えたはず・・・。
あ、もしかするとこの世界の文字に鑑定使う方法知らなかったのかな?
「メリーさん、鑑定かければこの世界の文字も・・・
あ、いえ、あたしが読み上げますね・・・、
『この世界の汚穢や辛苦に、
一度も晒されることなく私達の元から旅立ったハンナ、
そ、その無垢なる魂のまま、どうか来世では、し、幸せな家庭の元、に』・・・っ」
うっ、
さすがのあたしでも最後まで読みあげきれなかった。
余りにも切なすぎる。
「自分たちともう一度同じ家族で」と書かなかったのは、
その子が「自分たちの元に生まれるのを嫌がった」、とでも思ってしまったのだろうか。
そして、ハンナちゃんか・・・。
その名前って
「ああ、鑑定ってそうやって使うのね・・・、
ハンナ・・・そう、
ハンナっていうの・・・。
名前は似てないと思うけど・・・。」
いいや、そんな事はないと思う。
「メリーさん、日本の知識あるんですよね?
あたしはとてもよく似た名前だと思いますよ。」
「どうして麻衣があの子の・・・いえ、夢で視たんだったわね。」
いつのどの夢だったか、記憶も朧気なんだけど、多分間違いない。
「まぁ、恐らくですけどね。」
メリーさんの感情は視えない。
こうなることも予想していたのだろうか。
けれど、それに反比例するかの如く、
あたしの危険察知反応は増大していく。
その危険はどこからやって来るの?
「カラドック、答えて。」
メリーさんの白羽の矢は、
あたしの次にカラドックさんに刺さった。
あたしよりカラドックさんの方が相応しいと睨んだのだろう。
「な、なんだい、メリーさん。」
ハンカチでカラドックさんが顔をぬぐう。
今回も涙と鼻水でびしょびしょだ。
「・・・この子の、ハンナという子の魂は・・・
邪龍に
食われたの?」
あ・・・ああ、
これまでの経緯を知ってるあたし達なら、みんなその考えに辿り着く。
この世で死んだ人の魂が、全てが全て邪龍に食われたわけではないだろうけど、
通常、その魂は世界樹の女神さまの元へ向かい、
浄化されて新しい命に宿るという。
五体満足で産まれたはずの赤ちゃんに命が宿っていなかったということならば、
その前の段階で魂が奪われたということに・・・。
そしてカラドックさんがようやく口を開く。
不自然なくらい冷静に。
「確証はないが・・・
時期から考えて・・・その可能性はとても高い。」
「そう・・・」
誰も、
何も言えない。
何のアクションも起こせない。
メリーさんは墓石を見下ろしたまま、微動だにしない。
普通なら風が吹いて、シルバーブロンドの髪も揺れるのだろうけど、
エアスクリーンが効いているので風もそのウェーブがかかった髪を揺らさない。
まるで時間が止まったかのよう。
けれど、
たった一つだけ、
普通に時間が動いていることをあたしは認めざるを得ない現象。
最初は小さく、
そしてそれは段々と大きく、
まるで噴火するマグマみたいに、
みるみるうちに膨れ上がっていく感情の津波
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
メリーさんが天に向かって叫び声をあげたのだ!!
そして次の瞬間、
糸が切れたかのように石碑の前に崩れ落ちるっ!!
これが、
これが女神さまの視た光景っ!!
「どうしてっ!?
どうしてよっ!!
なんで・・・世界が変わってまであの子はそんな仕打ちを受けるのっ!!
この世界ならっ!!
ザジルと再会できる可能性もあったのにっ!!
今度こそ幸せな暮らしを手に入れられたかもしれないのにっ!!
なんで、どうしてっ!!
どうしてあの子ばかりそんな目に遭わないとならないのよっ!?
邪龍に喰われたっ!?
じゃあなに!?
あの子の魂は今後転生することも許されないのっ!?
バカなっ、有り得ないっ!!
それこそそんな不条理許されていいわけないわっ!!」
あああああああ、
これ!
これだっ!!
あたしの危機察知能力が反応したのって!!
最初は悲しみ・・・それが怒りに、
憤り、憎しみに・・・
本来メリーさんが吸収するはずの・・・・
それが感情を復活させたせいで、その全てのエネルギーが外に溢れ出したのだ!!
そして異常現象はそれに留まらない!
メリーさんのカラダにビキビキと
ひびが入っていく!!
こっ、これ、不味くない!?
タバサさん達の防御呪文なんて何の意味もなかった!
メリーさんが内側から破裂してしまう!
「カ、カラドックさん、メリーさんが大変です!!」
「え、あっ、これ、どうしたら!?」
カラドックさんでも無理筋だった!
けれどパニックになるあたし達とは逆に、
メリーさんにはまだギリギリで、あたしたちと会話する余力はあったらしい。
「・・・うふふ、ふふ。
心配要らないわ・・・。
元の私に・・・エクスキューショナーモードをONにするだけで済むわよ?
そうすれば、私の憎しみは全て邪龍を倒すために向かう。
あなた達との旅もこれまで。
ラプラスの飛行馬車も不要。
邪龍の元へ何日かけてでも辿り着き、
海の底だろうが、砂漠に足を取られようが奴の命を狩り取るまで止まることはない。」
え、いえ、でもそれは
「ダメだ!
いくらメリーさんでも一人で邪龍の元へ向かうのは危険すぎる!!
何のために私や麻衣さんもこの世界に送り込まれたと思ってる!?」
カラドックさん、
それってあたしも邪龍のところに向かうの確定ってことですよね?
拒否権ないんですよね?
「あら、そう?
でも困ったわね?
このままだと私は自分の感情の波に耐えきれずにこのカラダがはじけ飛んでしまうかもしれないわ?
それに何の意味があるの?」
「そ、それは・・・!」
そう言ってる間にもメリーさんの白い腕に大きな亀裂が走っていく。
迷ってる暇はない。
こ、これどうすればいい?
ちょっと女神さま!
どうせ未来を見るならここまで説明してくださいよ!!
確かに、復讐に駆られたメリーさんは、これより邪龍を倒すために止まることはないのだろう。
黒髪の子を死なせたことで自責の念に駆られることもないのかもしれない。
少なくとも邪龍にケリをつけるまでは。
それはわかる。
すごいわかる。
でもこれはあまりにもっ!?
「時間はもうなさそうよ、
みんなにお礼は言っておきたかったから、いまギリギリで耐えているの。
こんな私に付き合ってくれてありがとう。
・・・それじゃあ、ね・・・。」
ダ、ダメっ!
絶対ダメ!
いくらメリーさんでも無理っ!!
どっ、どうしたら止められる!?
虚術!?
ダークネスもサイレンスも、ゼログラビティもバキュームも意味ない!!
この子に七つのお祝いを?
効果不明だし、余計に悪化する可能性もある!!
じゃっじゃあ、このままっ!?
アガサさんもタバサさんもどうにもできないっ!?
そこへ響いてきたのはあたしを呼ぶ声!?
「麻衣ちゃん!? 麻衣ちゃんのっ・・・!」
リィナさんの声だ。
あたしにこの現状、どうにかできるとでも!?
けれど、あたしは振り返った瞬間、リィナさんの視線で全てを理解した。
もはや問答無用。
出来るかどうかなんて考えるのは後回し!!
メリーさんがエクスキューショナーモードにチェンジするよりも早く・・・
メリーさんに一番近くにいたあたししか出来ないことを・・・・
間に合うかっ!?
間に合え、
間に合ええええええええっ!!
・・・そして
・・・結論だけ言う。
メリーさんの最初の言葉通り、
メリーさんはあたしたちの旅からドロップアウトした。
アスターナ編これにて終了。
次回からは小休止というかケイジの考察を。
あ、残す大きなイベントは邪龍戦のみですよ。
その後の各キャラのエピローグが長くなるかもだけど。