第四百三十二話 ぼっち妖魔は危険を察知する
ぶっくま、ありがとうございます!
<視点 麻衣>
「ねぇ、アスターナ?」
「は、はい、なんでしょう、メリーさん?」
アスターナままが現実に戻って来た。
たぶん、もうお惚気タイムは訪れない。
「私は少々戸惑っているわ。」
あ、やっぱり。
あたしが感じた違和感をメリーさんも感じ取ったようだ。
「あ、え、と?」
「確かに一方的に話をしたのは私。
けれど、あなたの反応は大げさすぎない?
昨日のハギルのような反応が普通か、或いは途方もない話過ぎて無反応に近い状態かとも思うのだけど。」
「あ、そ、それは・・・。」
「じゃあ、これからが話は本番よ?」
「えっ!?」
「話を戻すわ。
この世界に私の元の世界の人間が何人もいる。
それもこの屋敷だけで。」
「あ、うう。」
「ザジル、アイザス、イザベルにアスタナシア、クリューゲル、そしてマルリーン・・・。」
「は、はい。」
「では・・・『これで終わり』?
これだけ、なの?
他には・・・いないの?」
あ、話を戻すってそこからか・・・。
「う、ああ。」
やっぱり気のせいじゃない。
アスターナままの反応は何か隠してるとでも言わんばかりだ。
「さっきの貴女の反応、
私は悲しいお話をしてしまったつもりなのだけど、
あなたの心からは『嬉しい』、
或いは『喜び』の感情も溢れていたわ。
あの話のどこに喜ぶポイントがあったのかしら?
教えてくれる? アスターナ。
あの子と・・・身体的特徴がいくつも重なるアスターナ?」
その違和感はあたしも感じた。
あの話でどうして喜ぶことがあるのか。
もっとも、アスターナままの感情にはいろんなものが入り混じっていたけども。
「・・・何か事情があるのね、
それはいったい何かしら?
私も聞く以上、覚悟はするわ。
マデリーン以外にもお子さんがいるのかしら?
だとしたら、私たちの前から隠している?
まさか不義の子なんかじゃあないわよね?
もしかして獣人との間に生まれ落ちた子?
だから表には出せない?
いいえ、あなたの娘とは限らないわ?
あなたの姉妹、それとも母親?
いる筈だと思うのよね、
あなたによく似たはずの、あの子の現身が・・・。」
うわああああ、
メチャクチャ失礼な事を言ってるけど、マルゴット女王やケイジさんの関係を知っていたらその可能性もあるだろう。
アレンさんがそこで吠える。
「メリーさん、仮にも貴族のアスターナ様にそんな無礼なっ!!」
多分正論だと思うけど、メリーさんにそれが通用するわけもない。
「無礼で失礼でデリカシーを欠いた発言であることは重々承知してるわ。
でも、今ここでしか聞くことは出来ないのよ。
そして私はそれを知るためにここに来たと言っても過言ではない。」
「わかりました・・・。」
あっ・・・
・・・やっぱり何か隠し事があったのか。
アスターナままも覚悟を決めたような顔つきだ。
「ア、アスターナ・・・!」
クリュグぱぱが悲痛な声を絞り出す。
あんなに仲睦まじい夫婦だ。
何か事情があるというなら、当然クリュグぱぱも内容はわかっているのだろう。
「・・・。」
メリーさんは静かにその後の説明を待つ。
「それほど仰るなら・・・
『彼女』の元にご案内いたしましょう。
この屋敷の中ではありませんが・・・敷地内には違いありませんから、そう遠くもありません。
五分ほどで着きますので、見届けたい方はご一緒に・・・。
チャンバス、準備を。
・・・ハギルもついて来なさい。」
えっ
いるの!?
今ここに?
あの黒髪の子が!?
「アスターナ、ありがとう・・・。」
メリーさんの声は優しかった。
どんな事情があるか分からないけども、
メリーさんも精一杯、アスターナままの心情を思いやっていたのだろうか。
「いえ、お礼を言われることではありません・・・。
貴女がここに来られたことは、きっと私たちにとって、運命だったのでしょう。」
あ、
あれ?
あたしの危険察知反応が。
うう、寒い。
屋敷を出て五分ほどと言ってたけど、周りに高い樹木が茂っているせいか、陽が届かない。
あたしはマジックアイテムの巾着袋から外套を取り出す。
あたしはメリーさんとアスターナままとの問答に、ほとんど口を挟めなかった。
だからこれからどこに向かうのかは想像でしかない。
屋敷の外というからには、離れの建物でもあるのだろうか。
そこに誰かが住んでいる?
メリーさんが心残りにしていた黒髪の子?
でもそれはアスターナままの子とは限らない。
まぁ、メリーさんにとっては血縁関係などどうでもいいのだろう。
けれど、あたしの危機察知能力は今までにないほどの警鐘を鳴らす。
はっきり言って過去最大。
ただ、その割には誰からの悪意も敵意も感じないのだ。
天変地異でも迫っているのだろうか。
「タバサさん、何かわからないんですけど危険が迫ってます。
防御シールドかけてもらえませんか、ここにいる全員に。」
「麻衣さん!?」
このタイミングで、あたしがそんな事を言うのはさぞ意表を突かれたことだろう。
ケイジさん達の目が丸くなる。
「ケイジさん達も警戒を、
アガサさんは不測の事態を攻撃魔法で打ち払う準備だけを・・・。」
屋敷の人間と一緒にいられないという人がいるならば、
理由としてはその子自身が危険な存在という可能性もある。
ううん、その子が悪人って意味じゃないよ?
伝染病に冒されているとか、呪いを受けているとかね。
・・・二年前のあたしの例もあるし。
でも、向かってる方角に感知を巡らしても特別に何も感じないな・・・。
先頭を行くアスターナままやメリーさんには、今のあたし達の会話は聞こえないと思う。
でもいきなり張られたタバサさんのシールドに首を傾げつつも、
目的地は目の前、
アガサさんがついでに張ったエアスクリーンで、寒さ対策の一環とでも勘違いしたのだろう。
さて、
ここを曲がるとお屋敷の裏庭かな・・・。
「あれは・・・。」
うぎゃっ・・・
思わず変な声が出そうになった。
屋敷の角を曲がったら誰にでもそれは分かる。
ケイジさんほどの視力も必要ない。
屋敷の裏庭にはいくつもの石でできた不揃いの物体が地面に立っていた。
ああ・・・これか。
これが・・・世界樹の女神さまが言っていた・・・もの。
石碑。
それが、たくさん。
あたしの心臓が早鐘を打つ。
「どうぞ、こちらへ・・・。」
アスターナままがその石碑群の前へと案内する。
大小さまざま・・・古そうなのもあれば、比較的綺麗なものもある。
どこの世界や文化でも、いろいろな形式はあれど、一目瞭然。
この世界のこの文化では、自らの屋敷の傍に建てるのだろう。
お墓。
「・・・そちらが、イザーク様のお墓です。
少し離れてエリザベート様の・・・。」
やっぱりエリザベートさんて人はイザークさんの近くに埋められたくなかったか。
「二人の墓に興味はないわ。
・・・ここに連れられてきたということは・・・
その子はもう死んでいるの?
アスターナ、貴方の母親とか?」
メリーさんもその可能性は考えていたようだ。
イザークさんて人やエリザベートさんて人も過去の人だというのだから。
けれど・・・
「・・・いいえ、その子は私の目の前、
すぐ足元にいます・・・。」
え・・・
アスターナままの足元って・・・。
他の石碑に比べて・・・ひと際小さく
そして一番綺麗・・・ってことは一番新しい!?
真っ白い、綺麗な・・・この石碑の一群の中で、ほんのちょこんと・・・・
こっこれ・・・!?
誰もが口を聞けなくなった。
身じろぎ一つできない。
それがここに在る意味。
黒髪の女の子が既に死んでいるという話ではない。
それ自体、凄く悲しい事だけど、
それがここに最も新しい状態でそこに在る、というならば!
特にあたし達は、ついこないだ同じような話を聞いている。
あれは・・・
アークレイの街で、確か領主のベルゴさんて人から・・・
あの場にメリーさんはいなかった。
でも・・・分かる筈だ。
そしてダメ押しとも言える事実がアスターナままの口から・・・。
「あれは・・・父が亡くなり、
私達が領主の座を継いで・・・
しばらくして私の妊娠が発覚しました。
・・・大変な時期でしたけど、
きっと父が新たな命を贈ってくれたのではないかと、
私たち一家は色めきました。
マデリーンも、弟か妹が生まれると大喜びで・・・
ですが私の心は不安一色でした。
マデリーンの時はお腹であれだけ暴れていたのに、
今回は本当に静かで・・・。
時間と共にお腹は大きくはなっていったのですが、
本当に無事に育っているのかと・・・。
そして・・・予定通りその子は生まれてきましたが、
一度も泣き声を上げず、
お医者さんや産婆の方がどれだけ手を施そうにも、
その子はそのまま息を引き取ってしまったのです・・・。
メリーさん、
あなたの・・・う、おっしゃるように・・・
私と・・・お、同じ黒髪のっ・・・
女の子でしたっ!」
そ・・・そんなことって
アスターナさん達の出番は次回で終了。
次回、この世界での黒髪の子の名前が判明。
必然、全て必然。
メリーさんが自らの意志で邪龍に立ち向かうためには。
この世界で感情を取り戻したならばこそ。