第四十三話 ケイジとリィナ
ここで
カラドックの弟の名前を出します。
私の淡い望みは叶わなかった。
(違う・・・か。)
・・・期待は・・・外れた・・・。
まさかという思いはあった。
例え弟と別人だったとしても、母上とマルゴット女王のように瓜二つとか・・・
そんな可能性も考えていたが、
そんな都合の良い話などやはりないのだ。
名前は少し似ているかもしれないが、
ケイジと私の弟の顔は似ても似つかない。
強いて言えば黒髪が一緒だが・・・そんな者はどこにだっている。
だが落胆している場合じゃない。
例え、ケイジが弟と全くの無関係だったとしても、私のすべきことに変更はない。
「席に座ってもいいかな、ケイジくん。」
そこでようやく彼は私に視線を合わせた。
というよりも、つま先から頭のてっぺんまでしげしげと観察するのが目的のようだ。
「その髪の色・・・グリフィス公国の人間か?」
む?
どうやら外見で判断されたようだ。
確かに私の髪や風貌は、彼らの一族に似ているらしいからな。
さて、どう答えるか、
当たりと言えば当たりだが外れと言えば外れだしなぁ。
「私は頼まれてここに来た・・・。」
私はケイジの正面の席に座りながら答える。
兎獣人のリィナは、まださっきの位置で立ち尽くしているままだ。
もう、サイコバリヤーは解除しているのだけど。
ケイジはぶっきらぼうに私に質問を続ける。
「誰に?」
「マルゴット女王とその子供たち・・・。」
「オレを殺しにでも来たのか?」
お前までそんな思考するのか。
「違うよ、バカを言うな・・・!」
さすがに私も怒るぞ?
「初対面のお前の言う事をオレが信じるとでも?」
「それはそうだろうがな、
長い事、コンラッドやイゾルテとは一緒に暮らしたんだろう?
彼らの願いぐらい想像できるはずだ。」
そこで彼は視線を逸らした。
思い当たる節はあるという事だな?
なら畳みかけるぞ。
「イゾルテ・・・彼女泣いてお前の事を私に頼んできたぞ・・・。」
一瞬、グラスを持つ彼の腕がこわばった。
どうやら琴線に触れたようだな。
ケイジの声が震える。
「待て!
コンラッド、イゾルテだと?
公家の人間ならあの二人に敬称を付けるはずだろう!?
なぜおまえは二人を呼び捨てにできる!?
貴様何者だ!?
オレは生まれ故郷でも王宮でも、カラドックなどと言う名前は聞いたこともない!
それに精霊術など、マルゴット女王以外に使える筈もない!」
おっと、そっちから来たか、
別に私の来歴を話してもいいんだが、時間かかるしなぁ。
「リィナ! お前もいつまでも立ってないでそこに座れ!」
私が答えあぐねていると、ケイジはイラついたのか、
立ちっぱなしだったリィナを座らせた。
・・・その時、はじめて・・・
私はテーブルランプに照らされた彼女の素顔を見たのである。
え?
リィナ・・・?
「おい、それで貴様、カラドックと言っ・・・」
そこでケイジの言葉は詰まった。
私の動きが固まっていたことに気づいたのだろう。
どっちみち彼の声は私に届いていない。
なぜなら・・・
リィナ・・・だと?
私の視線は彼女の顔に釘付けになっていた・・・。
「な、なんだよ、人の顔をジロジロと・・・!
そんなにあたしの顔が珍しいってのかよ!?」
顔?
ああ、鼻や耳は目立つな、
特にピンと張った白い大きな耳が二つ立っている。
だがすでに兎獣人だとギルドで聞いていたから気にするものではない。
いや、そんなことはどうでもいいんだ・・・!
「リ、リナ・・・ちゃん!?」
「えっ、なに? リナ? あたし?」
なんてことだ・・・。
どうしてこんな・・・
何故私は忘れていた・・・!
「う・・・っ」
「おっ、おい、どうした!?
なに、泣いてんだよ・・・!?」
泣いてる?
誰が?
いや、目頭が熱い・・・そうか、私が泣いているのか・・・。
「生きて・・・生きていたんだな、リナちゃん!
こっちの世界で!!」
思わず私は彼女の手を握りしめていた。
「えっ、あっ、ちょ、ちょっと?
な、なんなの、ちょっと!?」
私の振る舞いが理解できないんだろう、
リィナ・・・いや、リナはケイジや二人のエルフたちに救いを求める目を向けるが、
エルフたちだって理解できる筈もない。
「わ、出会って5分で告白。」
「情熱的、ケイジにライバル登場。」
何を理解したんだ、あの二人は。
ケイジは何も言わず、私たちのことを見詰めている・・・。
リナ・・・
私の弟、恵介の幼馴染。
いや、一緒に育ったと言ってもいいか。
恵介と私の父親、そしてリナの父親は戦友と言っていいか・・・仲間だった。
リナの家系も悲劇の一族だ。
彼女が生まれて間もない頃、
彼女の父親は語るにも憚れるような非業の死を遂げた。
その為、惠介の母親、そしてリナの母親とその家族は日本で一緒に暮らしていた。
そして私が彼らを探し当て、
「生き延びた」家族全員で父上の国にやってきたのだ。
あの大きな戦争の時も、私たちは一緒に旅をした。
時には父上も一緒に、途中からは私の妻になるラヴィニヤも加わって・・・。
そして私が王位を継承した後、
弟・恵介は、彼女を連れて、紛争地へと赴いた。
紛争地と言っても当時の戦力を考えれば、
すぐに制圧できると考えていた。
私とラヴィニヤの婚姻にお祝いしてくれた二人に、
「お前らも早く結婚しちゃえよ」と、にやつきながらからかったのを覚えている。
ツンデレな二人は「な、なんでこんな奴と!?」とか、
「こいつ、一人だと危なっかしくて見てらんないんだもん!!」
とか、微笑ましい反応を見せていたことを思い出す。
でもそれが最後だった。
部下の裏切りなど誰も予想できなかったのだ。
それが・・・。
私が会話が出来るようになるまでどれくらいかかったか。
その気になればリナは、私の手を払う事など簡単だった筈だ。
だが、私の振る舞いが演技だとも思わなかったのか、
何か深い訳があると理解してくれたんだろう。
私が自分から手を離すまで、
そのままでいてくれた。
「あ、ご、ごめんよ、グス、
き、君に良く似た子を知っていたんだ。
数年前、私の弟と一緒に、
帰らぬ人となった・・・。
いや、ホントにそっくりだ、
みっともないところを見せて申し訳ない・・・。」
リナ、いや、リィナは優しい目で私を見詰める。
さっきまで私の喉に刃を当てていた子と同一人物と思えないほどだ。
「あたしとそっくりな子?
そ、そうなんだ・・・。」
正確に言うと、兎獣人だけあって、
鼻の周りから口元は、うん、兎さんぽいが、
それ以外の部分は本当に生き写しだ。
名前も似ていることからしても、
私の母親同様、何らかの繋がりがあるのは間違いないだろう。
「気分を悪くさせてしまったなら、
申し訳ない。
できれば今の事は忘れて欲しい。」
「い、いや、いいけどさ、
その子って、あんたの恋人かなんか?」
まさかまさか!
「いや、私は妻帯者だよ、
その子は弟の幼馴染なんだ。
私は弟とその子が結婚するかと思っていた・・・
ていうより、むしろ早く結婚させようかと企んでいたんだけどね。」
「な、なんで二人もいっぺんに・・・?」
「リィナ、ストップだ。」
それまで黙って私たちの会話を聞いていたケイジが止めに入った。
「先に話を戻させてもらう。」
ああ、そうだ。
私の話は後回しでいい。
そこで私は給仕の女性に声をかけた。
おそらく私一人だったら、
また注文を急かされていたのだろうが、
Aランクパーティーに遠慮してくれたのだろう。
別にこういう席でアルコールは不要だが、
流石に喉が乾いていた。
エールと野菜の煮込みだけ注文する。
ケイジたちは、私の食事を後回しにしてまで話を続けろ、といった鬼のようなことは言わなかった。
第一印象では取りつく島もないような態度に見えたが、
人に気遣いできるヤツらなんだな。
喉も潤い、ようやくお腹も落ち着いてきた。
「待ってくれてありがとう、
さ、何から聞きたい?」
「まずはマルゴット女王の目的を話してもらう。」
「もちろんケイジにお仕置き。」
「砦一個潰したケイジはやり過ぎ。」
後ろでエルフコンビが茶々を入れる。
ていうか、そんな事までやったのか。
「うるさい、お前らは黙ってろ。」
「怖い怖い、狼くんは更年期。」
「違う違う、兎さん取られてジェラシー。」
こいつら仲いいな。
口は悪いけども。
ケイジはため息ついて私を睨んだ。
こいつら無視して話を始めろということか。
「目的ね、
ん〜、そこは想像ついてるんじゃないか?
ケイジ、君の真意を突き止めるよう私は言われている。
君らの目的が公国に害なすものなら、
悲劇が起こる事も覚悟はしているようだが、君はそんなことはしないだろ?」
ケイジは鼻で笑う。
「何故そんな事が言える?
お前は俺らの事を何も知らないだろ?」
「そうだね、
でも君の生い立ちは聞いてきたよ。」
ケイジは何も反応を見せない。
淡々と質問を返すのみだ。
「それで?」
「私の印象でも、君は短慮で物事を進める人間ではないと思う。
結果的にグリフィス公国に損害を与えているようだが、
少なくとも公国への恨みとか嫌がらせとかでの行為ではあるまい?
他の国々にも似たようなことをしているようだしね。
まあ、知り合ったばかりの私にすぐに真意を教えてくれとは言わないが、
できたらその訳を教えてほしい。
確約は出来ないが、事と次第ではこの私が君らの手助けをする。」
ケイジは眼光を鋭くした。
「女王の指図1つでお前は暗殺者になるんじゃないか?」
そこで同席していたリィナが大声を上げる。
「ケイジ!!」
彼は視線を一瞬リィナに向けたが何も喋らない。
やはり訳ありなんだろうな。
惠介君の名前は
緒沢タケル編で出てきます。
リナちゃんの顔はお母さん似です。
性格は父方のお婆ちゃん似です。
あ、そう言えば名前も・・・