第四百二十八話 いま、逆メリーさんされてるの
ぶっくま、ありがとうございます!
<視点 メリー>
もしもし?
私メリー、いま狭い小部屋のベッドに横たわっているの。
おそらく使用人用の部屋だろう。
使われていないようだけど、ベッドが少し離れた所にもう一台あるから、
元々ここは二人部屋なのでしょうね。
本来、私に休息も睡眠も必要ない。
何も用がないなら立ったまま一時的に機能停止すればいいし、
なんなら棺桶のようなところの中にでも納まることもできる。
・・・だからこれは状況作り。
あのこじらせ霊は、恐らく私が屋敷の中のどこにいてもやってくるだろう。
そうなった時に周りの人間に迷惑をかけないために、他の人間たちから隔離した空間が必要だっただけ。
だからこれは私自身を囮にした罠。
あれ、
ちょっと待って・・・。
・・・罠、なの?
これを罠と言っていいのだろうか?
確かに今の私は、あのイザークという霊をおびき寄せるために一人でここにいる。
・・・しかしそれは彼を捕まえる為でも討伐する目的があるわけでもない。
私は何をやっているのだろうか。
これではまるで、
グループ旅行中、意識している男の子が自分の個室にやってきてくれるのを待つ、青春真っ最中の女子ではないか・・・。
男女で旅行したことないけども。
いやいや違う違う。
相手は幽霊。
私は生き人形。
そんな甘酸っぱい展開あるわけないでしょうに。
しかも相手は前世で私が夜逃げした元夫よ?
それが時空を飛び越えて追っかけてきたようなものよ?
昼ドラ真っ青のドロドロ展開じゃないの。
(「ぐはっ・・・!」byあふろでぃーて様
「マ、マスター、ど、どうしたんですかっ!?お口から血がっ!!」by布袋どん
「いえ、気にしないで下さい、ちょっと精神にダメージが・・・。」)
そしてご覧なさい?
いいえ、耳を澄ませてご覧なさい、というべきかしらね。
もう、家人も使用人も寝静まって、
お屋敷の中には一切の音はしないわ。
もちろん寝ずの番人もいるにはいるけど、何も異常がなければ彼らも静かに夜を過ごしている。
居眠りしてる人もいるみたいだけど。
実際、敵や物盗りが出ないなら何の被害もない。
・・・じゃあ、いま聞こえているのは何の音なのかしら?
老人の足音のような、
規則正しい、とまでは言えなくても、一定の間隔で近づいてくるこの音は。
『・・・リザ・・・ベートォ・・・』
その名はイザーク様、
いま、階段を登っているところね。
『ようやく・・・お前に逢えたぁ・・・エリザベート・・・』
イザーク様、いま、階段を登り切ったわ。
『もう一度ぉ、もう一度お前の笑った顔をを・・・』
イザーク様、いま、廊下の角を曲がったの。
え・・・と、
なんでメリーさんの私が訪問を受けてるのかしら。
これ、立場逆じゃない?
いや・・・もともと、メリーの生態は、
エミリーという大昔の少女が、変態人形性愛者に襲われた時のトラウマから発生したのだっけ。
その子の魂がまだこの人形に残っていたら、また大変なことになっていたかもしれない。
それより今はこっちか。
コン コン・・・
『エリザベートォ・・・開けておくれぇ・・・イザークだぁ・・・』
処刑対象を私が狩る場合、
相手に鍵を開けてもらったり、扉を開ける承諾など不要。
ただ、メリーさんの生態に関係ない場合、
すなわち誰かに何の害意もなく訪問する場合には相手の何らかの許可が必要だ。
・・・絶対にダメというわけではないが、
礼儀というか、しきたりというか、
そういうものというか、
私にもよく分からない。
その気になれば無視して入ることもできる筈なのだけど。
恐らくこれイザークも・・・
いや、イザークには特別な意味があるのだろう。
エリザベートに受け入れて欲しいと彼は願っているのだから。
鍵は開いている。
けれど私の言葉が必要なのだ。
「おいでなさい、イザーク・・・。」
かつてはあの男の事を陛下とかアイザス様と呼んでいた。
けれどこの世界の彼は王様ではないし、
別に敬称も必要ないだろう。
薄暗い部屋の扉が開く。
誰もドアの取っ手には手を触れていないのに。
ギギギキィ、と耳障りな音を立てて。
そこに目に見えるものは何もない。
けれどヤツは入ってきている。
霊感のあるものには、
それは煙のように、
そしてさらに感知能力が高い者には、
はっきり老人の姿が映ることだろう。
『おおお、エリザベートォォォ・・・
またそなたに逢えるとはぁぁぁ・・・』
まあ、彼と対峙してみようとは思ってはいるけども、会話は成立するのだろうか?
私もある意味幽霊みたいなものなのだけど、
人形という器があるせいか、その精神は安定している。
かたやイザークは自らを描いた肖像画に憑依していた状態。
もはや理性など残ってはいないのではないだろうか?
そして結局、私は彼に何をするつもりでいるのか?
彼に何をさせようというのか?
なぜ何も教えてくれなかったのか、
世界樹の女神様は。
・・・いや、
もしかしたら、また何かヒントだけ残していたのか?
あの時・・・
そこで私は思い出す。
ケイジのセリフだったっけか。
「それは罪かもしれないが罰ではない」
「何かをやり直すために転生したのではないか」
そして私は結局会う事もなかったが、
もう一人の転生者、ベアトリチェもやり直す事が出来たという。
でも私は?
私はこの世界の転生者ではないわよ?
なら誰かのために?
それこそ、
ザジルに、私自身は何も出来なかったけど、
彼の命が助かるのを見届ける事が出来た。
それと同じように、アイザス・・・イザークの後悔を晴らしてあげよということなのか?
では彼の求める物は?
・・・それこそ本当に、彼が成仏しても知らないわよ?
「お久しぶりね、イザーク・・・。」
私はベッドの上に半身を起こす。
『おお! おお! エリザベート!
私の私だけのエリザベートォォォ!!』
「私の事が忘れられなかったと言うの?
他にカラダを重ねられる女はいたでしょうに。」
『バカなことををを・・・
そなたの他に私が愛する者など誰がいよおかぁ?
ずっと、そなたを、そなただけを思っていたのだよ・・・』
会話は通じているわね・・・
異世界での私と状況が似ているせいなのだろうか。
「悪いとは思ってるわ。
けれど私には私の目的があった。
その為には王宮・・・いえ、あの屋敷に留まっているわけにはいかなかったの。」
単に、あの子のいない王宮に、何の価値も見出せなかっただけだけど。
『良いのだ、良いのだあ、
私こそそなたの心を捕まえることが出来なかった・・・
だからこそ、今一度、そなたをこの腕の中に抱き締めたかったのだああ。』
その言葉を実行するかの如く、霊体の両腕が私の背中にまわる。
人間同士なら互いの頬を擦り付けている事だろう。
私はそんな事しないけども。
まさしく人形のように彼にさせるがままにしてあげている。
『あああ、私だけのエリザベートォォォ、
あの美しさは今も変わらないぃぃぃ。」
ホントかしら?
イザークはメリーのカラダではなく、私の魂を見ているの?
それはエリザベートと同じ姿をしているのだろうか?
やがてイザークは本格的にベッドの上で横たわっている私のカラダにのしかかってきた。
上半身も寝かされ、太腿の間に足をこじ入れられる。
独りよがりのセックス。
彼なりに私を喜ばせようと、いろいろ局部を弄ったり舌を這わしてくるのだけど、
肝心の私がその気になってないんだから、こちらは燃える事もない。
下手くそ、
と言ったら悪霊化するだろうか。
流石にそれは哀れだ。
ルックスはいいのだから、
女性側も協力的ならそれほど酷いわけではないとは思う。
単に私個人の問題だろう。
まあ、良くも悪くも、さっき感じたように、
霊体なら人間のような判断力もないだろう。
エリザベートを我が物にしたいがだけの執着。
なら好きなだけ貪りなさい。