第四百二十六話 いま、復縁を迫られているの
<視点 メリー>
もしもし?
私メリー。
王様のところから夜逃げしたら、異世界でその王様が幽霊になっていたわ。
しかもそのお嫁さんが私だったそうよ?
うん、今度こそ何言ってるのか分からないでしょう?
いま、私はアスターナに案内されて、
エントランスの二階廊下、肖像画の真ん前にいる。
周りには麻衣は勿論、カラドック達やアレン達のパーティーもいる。
まぁ彼らはどうでもいい。
なるほど、これがご先祖様とやらのイザークか。
昼間の時は遠目に眺めただけだが、今は肖像画に描かれた顔がはっきりと分かる。
肖像画の中の彼は50才くらいか、頭髪には白髪が混じっているが、
アイザスと同じ金髪。
恰幅も良くなっているが、
確かにアイザスが歳を取ったらこんな感じに老けるのだろうか。
「お、お待たせしました・・・。
こちらがエリザベート様の立ち絵でございます!」
執事の人が、もう一人の従者と二人掛かりで別の絵を運んできた。
このエントランスには歴代の当主の肖像画が並んでいるが、
その伴侶の絵までは陳列されていない。
屋敷のどこかに保管場所があるのだろう、そこから運んできてくれたのだ。
・・・そしてそこには・・・
これは二十歳くらいだろうか、
妖艶な笑みを浮かべた明るい印象の姿の女性が描かれていた・・・。
「こ、この綺麗な女の人がメリーさんの中の人・・・なんですか?」
麻衣が私とエリザベートの立ち絵を見比べる。
「・・・・・・。」
どうなのかしら。
似ている?
そもそも自分が人間のカラダを捨てたのは何百年前?
既にその時40才を過ぎてた筈なんだけど。
私は麻衣の質問に答える事が出来なかった。
私は・・・私たちは転移者。
麻衣もカラドックも同じである。
だからこそ、この世界を他人事として見ていた。
カラドックにはカラドックの、
私には私の目的の、と・・・それぞれ目的は別なのだろうけども、
それでも外からこの世界を見ていたのは間違いないはず。
『エリザベートォ・・・』
考えこんでる最中、何やら聞こえてきたけど無視する。
邪魔だから静かにして欲しいものだわ?
そうね・・・
まるで小説や映画を眺めて、
それが何の因果か悪戯か、自分が物語に入り込み、主人公たちに協力して終幕を目指す。
そしてそれが終われば自分はお役御免、元の世界に戻るだけ・・・
そう、そんな立ち位置にいたはずだ。
なのに自分が元からその物語の登場人物の一人だったって?
なるほど、
ウェールズの魔女のように、もう一人の自分がこの世界にいるのなら、
同じように私が存在していたとしてもおかしくはない。
けれど、ザジルがいたこの屋敷に、
私が捨て去ったはずのアイザスと、そしてもう一人の私が?
そして元の世界と同様に、二人は夫婦だったとでもいうの?
「・・・アスターナ、
よければ、そのエリザベートの事を教えてくれるかしら?」
しかし答えは返ってこない。
私が訝しがって振り返ると、何やら彼女は躊躇っているようだ。
「どうしたの?
彼女のことで言いづらい事でもあるの?」
「は、はい、
いえ・・・あまり、他人に聞かせられるようなお話ではないので・・・。」
まさか、ここでも私は何かやらかしたのか・・・。
「無理にとは言わないけど・・・
そのエリザベートという女性は、この世界におけるもう一人の私の可能性がある。
出来れば自分のことは知りたいのだけど・・・。」
「そう・・・いうことになるんです・・・ね。
わかりました。
ではお話しましょう。
た、ただ、皆様もこのことは後で忘れていただけると・・・。」
このアスターナという女性も気苦労が絶えないようね?
もちろん私にとってもそれは必須の話。
一度、私は皆んなを見回す。
特に・・・
「カラドック、
以前、私はあなたに人間だった時の名前を名乗るのを断ったわ。
理由はその時話したわよね?」
「ああ、私が余計な知識を得たがために、
未来に変化や影響を与えないためだよね。」
「今度のことも・・・。」
「わかっているとも、
君の名前や、何が未来で起きたのかも聞かなかったことにしよう。」
さすがの賢王は話が早い。
もし私の夫がこのカラドックだったとしたら、私は逃げ出すこともなかったのかもしれない。
・・・そうね、その時は、
カラドックの妻だというラヴィニヤを出し抜くことが私の勝利条件ね。
あの女の一人娘を不幸にさせてやったと思えば、当時の私の気も晴れるだろう。
「ではよろしいでしょうか・・・。
こちらの肖像画のエリザベート様ですが・・・
実を申しますと、彼女は私やマデリーンとは血が繋がってはおりません。
イザーク様の第一夫人であったのは間違いないのですが・・・。」
そこも一緒か。
「・・・子供はいなかったという事ね。
私は元々アイザスとの間に子供を作る気なかったし、
その後、王宮から逃げ出したし・・・。」
『おお、エリザベートォォ・・・
行かないでおくれ、私を捨てないでおくれぇ・・・』
うるさいわね、さっきから。
今はアスターナの説明を聞きたいのよ。
「私も直接お二人に会ったことはありませんので、
どういった経緯でそうなったのか定かではありません・・・。
ただ、子供がいなかったせいなのか、元々そういう性質だったのか、
イザーク様は第二夫人と・・・
それ以外にも外で女性関係を持つようになり・・・。」
「それは・・・確かに他人には話したくはないでしょうね・・・。」
ちょっとこのアスターナに同情する。
一般家庭ならよくある話かもしれないけど、
醜聞にうるさい貴族の世界で身内にそういう話が出ると、自分たちの名に消すこともできない傷がついてしまうようなものだものね。
「は、はい、
女性の身としても、先祖のイザーク様に思う所もあるのですが、
ただ、もしイザーク様を庇うところがあるとすれば、
子供のいないエリザベート様を愛していらっしゃったのは間違いなかったようなのです。」
「へぇ?」
『おお・・・愛しているとも、エリザベートォォ・・・』
イザークはもしかしてこっちの話も聞いているの?
鬱陶しいから麻衣にサイレンスかけてもらおうかしら?
あ、でもあの術は音を奪うだけだから、霊の声には無効だわよね?
「ただ、イザーク様はどうしても跡継ぎの生まれた第二夫人を構わなければならず、
結果的にエリザベート様を遠ざけてしまい・・・
さらに言うならばエリザベート様も中々のもので、
それなら自分も好きなようにさせてもらうと外で豪遊三昧・・・。
イザーク様と同じ部屋で寝ることも拒否し続けて・・・」
「あらあら、まぁまぁ?」
一応、私はアイザスと何度も寝たわよ?
実際、それまで男性経験はなかったけれど、
21世紀のサブカル知識で、どういう態度を男性に見せればいいかは知っていたので、
恥じらう生娘を貫き通したけど。
いやホントに生娘だったのは間違いないんだけど。
「それこそ、大きな問題には発展しなかったので、
あまり外に影響はなかったのですが、
結局お二人とも亡くなるまでそのままの関係が続いていたようです。」
『私の元に戻ってくれたのかぁ、エリザベートォォ・・・』
いいえ、そんなわけないから。
「それで死んでまでも、そのエリザベートに未練でも持っているのかしら。」
今までの行動を振り返るに、
それが原因で霊となったわけではなさそうだけど、
それこそそんな理由はどうでもいいか。
「ですが、メリーさんとこの肖像画のエリザベート様とは似ても似つきませんよね?」
それはそうだろう。
この人形の体は、大昔のフラウ・ガウデンという女性をモデルにしたそうだ。
だから私の人間だった時の顔と全く違うのは当たり前。
「そうね、それは間違いないわ。
だからこそ、この私をエリザベートと呼ぶ、イザークとやらの執着は本物のような気がするの。
何しろ霊が見ているのは私の外見でなく、魂の形なのだろうから。」
これ・・・
だとすると私が何かしないといけないのだろうか・・・?
人違いよ、とか、
私の知ったこっちゃないというのは簡単なんだけども・・・。