第四百十話 いま、貴族のお屋敷の前にいるの
ううう、家の中の唯一の高価な家具、ロッキングチェアーの後ろのソリの部分を踏んづけてしまったら、バキッと折れた・・・。
もう、ゆらゆら揺れることが出来ない・・・。
<視点 メリー>
もしもし?
私メリー。
いま、タイトルに書かれてる場所にいるの。
久しぶりね。
何が久しぶりって、書き出しの話。
ああ、私自身の語りも久しぶりだったかしら?
それはそれとして、みんなに聞いて欲しいことがあるの。
ぐーぐるどきゅめんととかいう訳の分からないものに「私メリー」って書くと、
勝手に「私の名前はメリーです」って赤ペン先生が怒るのよ?
余計なお世話だと思わない?
うん、ちょっとボヤいてみたかっただけ。
・・・取りあえずカラドック達と別行動してからの話をするわね。
もう馬車を急がせる必要もないので、ゆっくりと走っていると、
街道の向こうから、血相変えた冒険者ギルドと領兵の先遣隊がやってきたわ。
地上に溢れた魔物の排除と、勇者を擁するAランクパーティー「蒼い狼」がダンジョンに向かったという話は、アスターナという貴族とアレンがしてくれた。
私が出ていく必要は勿論ない。
出てったところで話がややこしくなるだけだ。
彼らもすぐに信じることは出来なかったようだが、
最悪の事態は回避できるかもしれないことに、みんな胸を撫でおろしていたようだ。
これ以上、安心したければ、この先の氷漬けになってしまった現場に行くといいだろう。
ただ、数千体に及ぶであろう魔物の氷漬けをどう処理するのかしら?
もっとも、少なくともこれ以上死人は出ないのだから、彼らにこの先どんな激務が待ち構えていたとしても、同情する必要はどこにもないわよね?
どちらにしろ、彼らがこれから向かう先に変更はない。
あとは「蒼い狼」の片づけたスタンピードの結末の確認と後始末が、残された彼らの仕事だ。
原因究明?
不要だろう。
十中八九、邪龍の影響。
再発防止?
カラドック達と打ち合わせたわけではないが、
あの様子だと、ダンジョンの中の魔物を殲滅してくるに違いない。
心配なのは再発ではなく、しばらくあのダンジョンで冒険者が稼ぎを得るのは無理だろうということくらいか。
スタンピードだろうと、あのメンバーで魔物に遅れを取る心配もないし。
というわけで私の興味はこれからのことだ。
銀髪の雪豹獣人の少年はまだ目を覚ます気配がない。
愛くるしい顔立ちのマデリーン嬢も必死に獣人少年にしがみついている。
ケイジに教えられたとおりに、無暗に揺すったりしないように細心の注意を払っているようだ。
・・・なお、馬車の中は定員5名というところだろうか。
ちょうどシートは「コ」の字型。
左側が乗り降り口の所ね。
アスターナとミコノは奥の座席に並んで座り、
執事の人は御者側だ。
本来、私が乗ると定員オーバーなのだけど、右側のシートに獣人少年ハギルを寝かせ、
彼の頭を私のひざの上に重ねてなんとかなっている。
マデリーン嬢は床に膝立ちして獣人少年の顔を覗き込んでいる格好だ。
「ハギル・・・まだ目を覚まさない・・・。」
「血を大量に失っているからね、
屋敷に戻ったら、口移しでもなんでもいいから栄養のあるスープを飲ませた方がいいわ。
・・・この世界に点滴の技術があればいいのだけど・・・。」
「・・・点滴、ですか?」
アスターナという女性が興味深そうに尋ねてくる。
「カラダの血管に直接、薬や栄養を流す技術よ。
清潔な針をブスッと射してね。」
そこでマデリーン嬢の幼い顔が恐怖に震えた。
ごめんね、怖がらせて。
「異世界にはそんな知識があるのですね・・・。
ですがスープの方は帰り次第すぐに手配しましょう。」
この世界は怪我の回復には魔法が使えるから、あまり医療技術というものは発達しづらいのではないかと思う。
ただ、回復呪文では細菌・ウィルスによる病気や、ガンとか腫瘍とかの異物の除去には役には立たないだろう。
誰か医療知識を持っている者がこの世界に転生してきたら、とんでもないチート改革ができたでしょうね。
そこでマデリーン嬢は恐怖から立ち直ったようだ。
この歳でなかなか強い子ね。
「口移し・・・マデリーンがやる!!」
「おっ、お嬢様!!」
「マデリーン、ハギルを心配するのはわかりますが、それはやり過ぎです!!
こ・・・・これは家長である私の務めでしょう!!」
アスターナ?
ご立派だと思うけど、執事の人が顎が外れそうなほど驚いているわよ?
「いっ、いえ、奥様はもっとなりませんっ!!」
「しかし、他の誰かにさせるわけにもいきません・・・。
チャンバス、あなた出来ますか?」
「ひっ、そっ、それは・・・っ。」
人の命がかかっているのに、情けない執事だわ。
男同士とはいえ、こんな少年相手に・・・
いえ、もしかしたら獣人に偏見を持っているタイプなのかもしれないわね。
「でしょう?
私もしたくない者にそんな命令を出しはしません。
ならば私しかいないではないですか。」
アスターナの方には仕方なく、とかやむを得ずとかいった感情は全く見えないわ。
彼女もマルゴット女王と同じように余計な偏見を持ってはいないのだろう。
「い、いえ、屋敷の中にはハギルに好印象を持っているメイドもいると思います。
一度、集合をかけてから、メイドたちに聞き取りをして・・・。」
執事の人はまだアスターナの説得を諦めてないみたい。
ああ、もう埒が明かないわ。
「誰もやりたがらないなら私がやるわよ?」
「えっ!?
え、と、メリーさん・・・でしたね、あなたが何故?」
「何も問題ないでしょう?
このカラダは人間のカラダではないのだし、それこそ医療道具と思ってもらえればいいわ。」
「・・・ありがとうございます。
そうしていただけますか・・・。」
執事の方は心底安心したように・・・マデリーン嬢はちょっと不満そうね。
大丈夫よ、別にこの男の子は取らないから。
・・・ただ、
ちょっと気になるのよね。
さっき黒髪のアスターナという貴族を初めて見た時も思ったのだけど、
この金髪のマデリーンという子も、誰かに似ているような気がして・・・。
いえ、二人は親子なのだろうから、誰かに似てるというのなら、
どちらとも似てるのが当たり前と思うべきなのだろうけど、
二人とも同じ顔、というわけではなく、
それぞれ別の顔の知り合いがいたような気がしてならないのだ。
さて、
そんなこんなで、馬車はとても優美な塔を備えるお屋敷の前に着いた。
敷地の広さもなかなかだ。
いつだったか、豚のような貴族の屋敷を見たことがあるが、その壮麗さは比べ物にならない。
確か、こちらの領主は伯爵だったか。
アスターナもマルゴット女王の遠縁だというからには、由緒ある家系なのだろう。
既に護衛についていた馬車を先に向かわせていたので、屋敷の従者たちの出迎えは万端だった。
雪豹獣人ハギルは担架に乗せられ来客用の部屋に引き取られる。
血が足りないのだから、肉をドロドロに溶かしたものや、鉄分が豊富な食材が望ましいとは伝えてある。
準備ができ次第、私の出番だ。
「『栄光の剣』の皆さんはこちらで依頼は終了なのですが、是非今晩はこちらにお泊まりになっていって下さい。
後ほど『蒼い狼』の皆さんと合流できれば、彼らも夕食にお誘いするつもりでおります。」
オルベとミストレイは大喜びね。
元々貴族の出身だというアレンやミコノは感情を抑えているようだけど、心の内が溢れまくってるわよ?
いくら実家が裕福でも冒険者になってしまったら、そんな贅沢な食事なんてそうそう出来ないものね。
まあ、飲食しない私には関係ない話。
大きな事件は片付いて、あとは獣人少年の回復だけが残された問題と思っていたのだけど、
実は私にとってとても重大な話はこれから始まるのだ。
それはまさにこの瞬間から・・・。
執事が扉を支え、
アスターナとマデリーン嬢が屋敷の中に入り、
私はとても自然に・・・
アレン達に続いてお屋敷の中に入ろうとして・・・
ぼよん!
気がついたら私は青空を見上げて寝転んでいた。
「え?」
麻衣
「メリーさんの口の中ってそんな広いの?」
メリー
「広いみたい・・・
ちゃんとベロもあるし・・・」
麻衣
「レッスルお爺ちゃん、
そこまで精密に作り込んでいたんだ?」
メリー
「ここに来て判明した新たな設t・・・いえ、事実ね。」