第四百二話 見た目、頼りになりそうな人も一皮むけばただの人だったという話
久しぶりのアレン様視点です。
<視点 アレン>
全く冗談じゃないよっ!
昨日、訳の分からない虫どもに襲われた時辺りから嫌な予感はしていたんだ。
この街の領主様の護衛を引き受けたのも、
タイミングが良かったのと、貴族の繋がりを作って実家の役に立つかなと色々打算もあったけど、
何よりも変な虫に纏わりつかれたくないから「厄落とし」になるかと思って引き受けたのに。
あの虫はそれほど手強い魔物じゃなかったけど、冒険者ギルドの中や酒場にも現れたとか。
孤児院にもだってさ。
どこにでも現れやがるな。
ただ、これは依頼を受けた後で知ったことだけど、伯爵様の屋敷の中には虫どもは湧かなかったそうだ。
すごいな、ウチの実家とは違って魔物を封じる結界でも張っているのかな?
そう、そういうおこぼれ的な何かを期待してたんだけどさ、
よりによってスタンピードだと!?
そんなもの一生に一度経験するかどうかの大外れクジだよね!
だいたい僕らはこの街の人間じゃない。
それがたまたま、依頼を受けた先で出くわすなんて、運が悪いにもほどがある。
この辺りの冒険者に、腕が立つ人間が揃っているのかどうかも怪しい。
領主の私兵軍だって・・・
あ、でもここの街は代々頑強な軍を組織してるって言ってたな、
そっちに期待をかけるしかないだろう。
それにしても馬に乗ってる僕らはともかく、馬車の方がじれったいな。
どうしても速度を抑えざるを得ない。
スピード出し過ぎて、車軸が折れたり馬車が横転するような事態になったら目も当てられないからね。
怪我した冒険者の方は、その内の一人が馬に乗れるからと、オルベが騎乗していた馬を使って一足先にギルドの方へ向かってもらった。
・・・僕らも一緒に行きたかったけど、
僕らの依頼はアスターナ様とマデリーンお嬢様の護衛。
彼女達を置いていくわけにはいかない。
・・・これがそこいらの商会とかのおっさんだったら、
契約違反だろうと何だろうと逃げ出させてもらうけどね。
マルゴット女王と並んでも全く遜色のない美貌、スタイルのアスターナ様と、
将来が期待できるマデリーンお嬢様を置き去りにしたらなんて、
僕らだけ無事にやり過ごす事が出来たにしても、その後の寝覚めが悪すぎる。
・・・大なり小なり、あの獣人の少年も同じ考えだったと思うよ。
もちろん、僕もパーティーの女の子たちも死なせるつもりはないけどさ、
彼は自分がどうなってもいいから、アスターナ様達を守りたかったんだろう。
僕に同じマネが出来るかって?
はっ、出来るわけないだろう、そんなの!
助かる算段があるなら・・・
勝ち目が少しでもあるなら考えるよ、そりゃあ!
でも、今回は考える必要もないだろ!?
いまやるべきなのは、早く大勢の人間たちがいるところまで戻ることだ!
・・・申し訳ないけど、あの獣人の少年には時間稼ぎをしてもらえれば・・・
いやいや、分かっているよ!!
たった一人でスタンピード相手に時間稼ぎにもならないってね!
だったら無理やりにでも引っ張ってこさせたか?
それも無駄!
問答している時間こそ勿体ない!
だからあの少年があそこに残ると言った段階でこれが最適解!
僕らは一刻も早く街に戻るだけだ!!
・・・じゃああんな年端も行かない少年を一人残すことにうしろめたくはないのかって?
あるに決まってるだろう、そんなの!!
どんな気持ちであの場に残ったんだろうね?
もう「死ぬ」ということが何を意味するか、
分からない年齢じゃない筈だ。
孤児院育ちなら、病気とかで途中で死んでいく子供だっていただろう。
見た所、彼は貴族の元で大事にされていたようだ。
自らの境遇を呪って自殺願望があったわけじゃない。
あの母娘と孤児院の仲間を守りたいがために残ったんだ。
誰がその気持ちを否定できる!?
僕には無理だよ!
出来っこない。
最後に彼は僕のことをじっと見つめていたっけ。
あれ、アスターナ様達を守れってことだよね?
ちくしょう!
やってやるよ!!
あんな子供の獣人に命を懸けられた願いを踏みにじる程、僕は腑抜けじゃない。
ああ、まったく何の因果でこんな目に・・・。
・・・後ろはどうなっているかな。
あの少年はもう絶望的だろう。
あとはスタンピードで湧き出る魔物がどれほどのスピードで向かってくるのか・・・。
二足歩行の魔物ならともかく、獣型なら容易く馬車のスピードに追いついてくるだろう。
そこで応戦できたとしても、その間に人型の魔物も追いつくに違いない。
・・・せめて奴らが孤児院のある村の方角に向かえば・・・
ああっ、わかってるよ!!
僕は聖人君子じゃないんだ!!
自分と仲間の命が最優先なんだと言ったろうっ!!
「ミ、ミストレイ!!
魔物のっ、追いつく気配はあるかいっ!!」
ちくしょう、うまく喋れない。
こんな事で動揺するなんて僕らしくないだろう!
しっかりしろ!!
それより背後の様子を確かめねばならない。
ミストレイは森の中で育った狩人だ。
獲物を嗅ぎ分けることに関しては、狐獣人のオルベにも引けを取らない。
オルベには前方を注意してもらってるからね、
今の最後尾は弓矢も扱えるミストレイに任せてある。
「今のところ、追ってくる気配も、魔物が湧きだした様子もないよっ!!」
「・・・そうかっ!
ありがとう、引き続き背後の警戒を頼むっ!!」
マジであの雪豹獣人の少年、大活躍してるのかなっ!?
もちろん、魔物の群れ相手にまともに戦える筈もないだろうけど、
囮の役目をはたして、こっち以外の方向に誘導できたのか?
だとしたら君は英雄だ!!
・・・せめて君の勇気と献身を大勢の人間に語りまわってやるとも。
吟遊詩人にネタを売るのもいいかもな。
生き証人にくらいなってやるさ。
僕らにできることなんてせめてそれぐらいだ・・・
「アレン様・・・。」
馬車の中からミコノが顔を出す。
さすがの彼女も不安げな顔をしているよ。
僕は馬の手綱を操り、馬車と並行してミコノと会話ができる位置まで並ぶ。
何か僕に伝える事でもあるのだろうか?
「どうした、ミコノ?」
馬車の御者も僕らが会話しやすいように速度を抑えてくれる。
本来、そんな事をしている余裕はないんだけどね。
ミコノだってそれくらいわかっている。
だからそれ以上に何か重大なことを僕に伝えたいのだろう。
僕に口を開く前に一度、彼女は馬車の中を振り返った。
てことは、アスターナ様達の事か?
「はい・・・かなりよくないご様子です。」
さっきっからマデリーン嬢の泣き喚く声が聞こえたままだからな。
とはいってもどうしようもないよな。
「お嬢様のことは、アスターナ様や執事の方に任せるしかないだろう。
僕らに出来ることなんて・・・。
ミコノだってどうにもならないだろう?」
「あ、はい、それは、あの子もそうなのですけど・・・。」
その途端、僕の顔から血の気が引いていくのがわかったよ・・・。
「まさか・・・アスターナ様の方かっ!?」
この距離で会話してれば馬車の中にも僕らの声は筒抜けだろう。
それでもミコノは構わず事実を口にする。
「・・・必死になって、正気を保とうとされていますが・・・、
手足は震えて・・・顔も真っ青で・・・
視線も在らぬところを見詰めて、『どうして』とか、『呪われているのよ』とか、
『私のせいだ』とか脈絡のない独り言をぶつぶつと・・・
執事の方も、暴れるマデリーン嬢を抑えつけるのに精いっぱいの様子で・・・。」
なんだよ、そりゃ!?
これまでの印象だと、名領主のようにしっかりした態度と、凛とした空気を身につけていらっしゃると思ったけど、何か後ろ暗い秘密でも抱えてやがんのか!?
いいや、今は現実的な方を考えるのが先だな。
確かアスターナ様はまだ30手前の年だったと思う。
こんな異常事態に耐えられる神経までは持ちえなかったのだろうか・・・。
無理もないんだろうけども・・・
それでも務めを果たさないとならないのが貴族ってやつだろう!?
「ミコノ!
なんとか、はげましてやれないか!?」
「は、はい、もちろん、先程から無礼を承知でいろいろと話しかけてはいるのですが・・・。」
僕だって女性を口説い・・・いや、説得したり慰めたりすること自体は得意な方だよ。
やれと言われれば、全力を以てお応えするよ!
むしろやらせて欲しい!
けど、さすがに今は・・・それに同性のミコノだからある程度許されるだろうけども、
爵位もない男性の僕が、そこまで踏み込むのは色々不味い!
このペースならあと20分くらいで街の入り口には辿り着くはずだ。
なんとかそれまで持ちこたえてくれれば・・・。
「あっ!!」
その時、最後尾のミストレイの驚いたような叫び声が上がる!!
何事かと振り返ったのは僕もミコノも同様!
けれど、ミストレイに何があったと聞くまでもなく、
僕らは彼女が何に驚いたのかすぐにわかった。
・・・もっとも、それが如何なる現象だったのか、
その場で理解できた者は一人もいない。
なにしろ、僕らが逃げてきた方角の上空に、
まるでもう一つの太陽でも登ったかのように、
目を塞ぎたくなるような一つの光球が輝いていたからだ。