第四百一話 虚しき蛮勇
「ブレードランナー」で有名なVangelis様がお亡くなりになった・・・。
ショックだ・・・。
今も「流氷原」聴いているのに。
<視点 ハギル>
魔法使いの人が作ってくれた壁はだいたい2メートルくらいの高さか。
うん、今のオレならギリギリ跳び上がれる。
聞いた話だけど、ダンジョン発生のスタンピードで良かったと思えることがある。
それは、ダンジョンの出入り口より大きな魔物は出てこれないという事。
また、深い階層の魔物も、大きな個体は上の階層にも上がってこれないそうだ。
ただ、ダンジョン内に残っていた冒険者は絶望的だろう。
勿論オレにそんな他人を心配する余裕もない。
ダンジョンに入ったことがないからどんな魔物がいるかも分からない。
どの程度だろう。
ゴブリン一匹ならどうにかできる。
それが集団となるともう怪しい。
オーク?
・・・敵う気がしない。
オーガがいたらアウトだろう。
四つ腕クマの皮膚やオーガの筋肉に、こんなダガーの刃が通じるのかどうかすら怪しい。
ダンジョンの入り口からこの街道まで道は一本。
左右には申しわけ程度の外壁が・・・
いや、外壁とは言わないか。
領兵総出で道を掘り返し、その残土を道の両側に盛り上げただけ。
勿論スタンピードを想定したものでなく、普通にダンジョンから偶然抜け出た魔物対策だと思われる。
大雨で崩れないよう固めてはあるそうだけど、頑張れば魔物でも乗り越えてくるかもしれない。
けれど、スタンピードはいわゆる狂乱状態。
普通の動物なら身を隠すために森の中に入るのだろうけど、
今なら食べるものを求めて人間が作った移動しやすいこの道を使う筈。
道が完全に封鎖されていれば、壁を越えて森へと溢れかえるかもしれない。
でも魔法使いの人が互い違いに並べて作った壁は、いい感じに魔物の直進を止めて、
右に左にと魔物の動きを惑わすだろう。
・・・む、来たか。
先頭集団はホーンラビット。
しめた!
あいつらの動きは前方のみの攻撃と単純で、
壁の上から襲い掛かるオレの動きに対処できない!!
・・・後ろの方から犬型の魔物の群れが来てるけど・・・
まずはこいつらからだ!!
オレが狙いを付けたホーンラビットはこちらの存在に気が付いていない。
一匹一匹の動きはちょこまか素早いが、頭上は隙だらけ!
「キィッ! キィッ!!」
!?
いや、後ろからくる個体には気づかれるよな。
それは仕方ない。
オレは着地寸前に一羽の後頭部にダガーを一突き!
抜いた刃を一閃!
近付いてきたホーンラビットの顔面を切り裂いたが、息の根は止められなかった。
通常の魔物ならここで逃げるか、警戒して間合いを取るのだろうが、
今は狂乱状態、
すぐに真っ赤な目を輝かせて襲い掛かってきやがった。
だが避けることくらい造作も・・・
うわ、後から後から湧いてきやがる!?
こいつらオレの膝や太腿を・・・いや、跳び上がった!?
狙いはオレの喉元かよ!!
森で通常のホーンラビットは何匹も倒したことはあるが、
ここまで飛び跳ねたやつなんていなかったぞ!?
これもスタンピードの影響か!?
けど!
オレはそれよりも高く跳べる!!
この壁の上まで跳んで・・・くるのかよ!!
でもな!
跳び上がってる間は軌道修正できないよな!!
かかってこい!
全部このダガーの餌食だ!!
仮に二羽同時に襲ってこようが、空いてる片腕で殴り落としてやる!!
「レベルアップしました。」
ありがたい!
少しでも体が軽く感じる!!
積み重なった疲労やダメージは消えないが、
この後やってくる大型の魔物の前に少しでもステータスを上げておかないと!!
多少なりともクリティカル効果が発生してるのか、
壁の下には動かなくなったホーンラビットが積み重なっていく。
「レベルアップしました。」
レベルアップはいいけどスキル取得してる暇がないな・・・。
暗殺者ジョブなら、こういう状況で喉から手が出るほど欲しいスキルありそうなんだけど・・・。
獣の鳴き声が聞こえてきた・・・。
ホーンラビットに混じって新たな敵・・・。
グレイハウンド、
狼型の魔物だ。
群れを成して冒険者を襲う・・・ちょっと厄介だな。
あ・・・壁の後ろ側に回り込みやがった。
獲物を挟み撃ちにする知能は持ってるんだよな!!
ホーンラビットのように一息では跳んでこないのも良し悪し!!
ストーンウォールの壁をよじ登ってギリギリオレに牙を届かせやがる。
スピードこそホーンラビットに劣るも、
「よじ登る」だけに、こっちのダガーを避ける事が出来るのだ!!
しかも前から後ろからと嫌らしい!
・・・けどな!
跳べるのはお前たちだけじゃない!
オレだって隣の壁の天辺に移れるのさ!!
みろ!
どんだけ数が増えようが、地の利はこっちにある!
確実に数を減らしてやるぜ!!
「レベルアップしました。」
・・・へっ、
斬る!
払う!
突き刺す!!
いくらでも倒せるぞ!!
・・・くっ、
とは思っていたけども・・・。
もう何十体やってんだ・・・。
何度か避けそこなって噛みつかれかけたが、まだ魔法防御呪文効果で傷一つない。
それはいいんだが・・・
壁の下に魔物の死骸が重なり過ぎて・・・
簡単にこっちに登ってこれるようになってないか?
ホーンラビットはもういないな・・・。
グレイハウンド・・・何百匹ダンジョンにいたんだよ!?
目の前の道が動くカーペットみたいだぞ?
ていうか、その波の中を別の何かがかき分けるように・・・
ゴブリンか!!
・・・いやひと際大きいのもいるぞ?
ホブゴブリンも混じっているのか・・・。
狂乱状態のスタンピードならゴブリンアーチャーはいないだろう。
遠距離攻撃するような理性は残っていまい。
・・・これ、
確実にオレはレベルアップしてるんだけどさ・・・
どこまで持つ?
スタンピードで能力はアップしてるんだろうが、ゴブリンがここまで登ってこれるかというとギリギリだ。
それほど恐ろしくは感じない。
ホブゴブリンなら余計にその巨体が邪魔をして、跳び上がるなんてマネはできまい。
問題は棍棒持ってる奴だ。
あの巨体で棍棒を振り回せばオレの足首を砕かれる危険が出て来る。
・・・いや、違うな。
何かオレはとんでもない見込み違いをしている気がする。
そうとも。
最初から生き残れるはずはないと自分で思っていただろう?
状況がどんなに有利に見えたって、
それは最初の一時だけ。
数の暴力の前では全てが無意味。
単に時間を何処まで稼げるかだけの話なんだ。
パリィンッ!!
ヤバい!
一瞬呆けた隙にグレイハウンドにプロテクションシールドを破られた!!
でもまだオレの脚力は健在。
追い詰められても隣の壁に跳び・・・
嘘だろ。
数匹のグレイハウンドがオレの逃走経路を潰そうと、
先回りして壁の上を占拠してやがる・・・!
スタンピード中でもそこまでは頭は回るのか・・・。
どうする!?
特攻かけてあのグレイハウンドを蹴り落とすか?
けど失敗したら、壁から真っ逆さまに落ちるのはオレだ。
そうなったら下には血に飢えた魔物どもが牙を剥きだしてオレを歓迎してくれることになるだろう。
その時点でオレの命は終わる。
「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
グレイハウンドを蹴散らしてひと際大きいホブゴブリンがやって来た。
同士討ちでも共食いでもしてくれたら楽なんだが・・・。
いや、棍棒振り回したおかげで何匹かのグレイハウンドが吹き飛ばされたな。
いいぞ、もっとやってくれ。
おかげでグレイハウンドの襲撃に一瞬の空白時間が生まれた。
体勢を整えてダガーにこびりついた血糊をぬぐう。
・・・どっちみち足元だけ注意してれば・・・
ん?
アイツ何処狙ってるんだ?
棍棒を振り回すホブゴブリンはオレの足を狙っていない。
まさかスタンピード中の魔物にフェイントや動きのフェイクなんか出来る筈もない。
やる意味もない。
・・・ならこいつは・・・。
あ・・・
奴の狙いは・・・まさか・・・
ドッガァァァン!!
足元が揺れる!!
ヤツはこの壁そのものを砕く気か!!
今の一撃でストーンウォールの壁は崩れるまで至らなかったか、
棍棒がぶち当たった跡はぼっこりと抉れている・・・。
ダメだ・・・
あと一撃か二撃でこの壁は崩れ落ちる・・・
ここまでなのか・・・。
どうする。
逃げるか。
オレの足なら・・・。
ダメだ、相手がゴブリン程度ならともかく、
四つ足のグレイハウンドの群れに逃げおおせるわけはない!
樹々の上なら?
いや、それは確かにオレの命を生き永らえさせることは出来るだろう。
けどそれ魔物から逃げ切れるという意味ではないし、
何よりも
ここから離れた時点で、オレを美味そうに狙っている魔物以外は、
街道に沿って街や孤児院に溢れ出すだけなのだ。
・・・わかっている。
ただの時間稼ぎにしかならないんだってことは。
しかも大して意味はあったかと言われると、
ほとんどないと言っても良かったかもしれない。
せいぜい街の連中には少しだけ役に立ったかもしれない。
ほんの少しの時間を。
けど孤児院の方は絶望的だ。
あいつらを守る人間自体いないんだから、時間なんか稼いでも無駄なこと。
オルドス?
オレにケンカで勝てない奴が魔物相手にどうにか出来る筈もない。
瞬殺されるか嬲り殺されるかどちらかだ。
孤児院には避難する場所だってない。
だから・・・やっぱりここでオレが踏ん張らないとダメだよな。
せめて魔物の数を一匹でも減らして・・・
そうなったら、
奥様やお嬢様はオレのために泣いてくれるだろうか。
おかしいな。
なんでそんな事を思うのだろう。
あの人たちが悲しむ顔なんか見たくない筈なんだけど。
いつも厳しい顔の伯爵様には、「よくやった」と褒めてもらえるかな。
孤児で獣人のオレなんか、貴族の人間には奴隷のように扱われるかと思っていたけれど、
あの人たちの為なら命を張れる。
領主様が雇った獣人が、命を懸けてスタンピードを止めようとしたなんてエピソード。
あの人たちの名声を上げる事にも役に立ったりして。
ぐっ!
思い上がりもここまでかっ!
さっきっから反射神経だけでグレイハウンドを捌いていたが、肩口を噛み砕かれた!
ふくらはぎも・・・っ!?
そこはまずい。
もう跳べなくなる。
尻くらいはくれてやるが、それ以上は・・・
あ、またホブゴブリンが振りかぶって・・・
その一撃を防ぐ手段はない。
轟音と共に
カラダが一瞬浮き上がった
そこから落ちる
崩れる
耳に無理やり詰め込まれるような音の洪水の中で、目に映る景色が流れていく。
グレイハウンドも一緒に落ちていくけども、
すぐにオレの顔を覆いつくすように、
唾液を飛び散らかせて幾つもの牙と口がオレの顔の周りに
左手で喉を守れ!
いたいっ!!
やめろっ!!
いや、まだだ!!
オレの右手にはまだダガーが健在!!
喉元を切り裂いてやるのはこっちだ!!
ぐあっ
喰うなっ!!
くそっ!
斬っても斬っても後からっ!!
ぎぃやああああああっ!!
あああ、いたい、あつい
おかしい、
腕を振り回してる筈なのに奴らが減らない
怯みもしない
ダガーは・・・
いや、ダガーどころか・・・
うでは?
オレのうでは・・・どこだ?
ぐぅあっ
はらをくわれたっ
がふっ、
こんなにも
いたいなんて
こんな
こんな死に方
やっぱり
やめ ればよかった
ひとりで
にげ てれば
だれか
たすけ て
いや で も
おく さま
マデ リ ン お じょ う