第四百話 使命
ついに400話達成。
・・・当初の予定ではこのくらいの分量で物語は収まると思っていたのに・・・。
今回ちょっと長めです。
<視点 ハギル>
彼らの服装からは、
ダンジョンを攻略していた冒険者なのか、
ダンジョンに異常がないか監視するギルドの人なのかは判別できない。
もっとも今はそんな事を気にしている場合じゃないか。
どう楽観的に考えたって街全体の危機だ。
仮に逆の道の方へ魔物が向かったとしても・・・
「ダンジョンから魔物が溢れてきやがったんだ!
オレらは冒険者ギルドに報告に行く!!
あんたらはどうにかして領主様に・・・
あれっ!?
もしかしてアスターナ様!?」
彼らもこの場にいる人が領主様だと気づいたようだ。
この土地の人間なら、幼い頃からこの地で生まれ育ったアスターナ様の方が、
婿入りした旦那様よりなじみ深いだろう。
「おかしな虫の発生に続いてスタンピードですか・・・。
一体どうしてこう、次から次へと・・・
ですが考え込んでる暇は有りませんね、
わかりました!
私たちは急いで街へ戻って全ての領兵に・・・」
そこで奥様の言葉が止まった。
オレがつい反射的に、顔を孤児院のある方角に向けてしまったからだ。
そう、ここでスタンピードを止められなければ、
オレが育った孤児院は魔物の群れに飲み込まれ、
オレを育ててくれた職員の人や、
一緒に育った子供たちは皆殺しになるだろう。
その事に・・・
そしてオレの心情に気付かない奥様のはずもない。
けれど・・・
「う・・・この場の私達だけではスタンピードを止められる筈も・・・」
言い訳するかのように奥様の顔が歪む。
縋るような顔で奥様が冒険者パーティーに目を向けるも答えは一緒だ。
「申し訳ありません、無理です。
小規模クラスのゴブリンの一団程度なら僕らにも対応可能ですが、
スタンピードに立ち向かうなど自殺行為です!
契約云々の話ではありません、
何を置いても撤退すべきです!!」
即答か・・・。
冷たい反応だとは思わない。
アレン様の言葉は当たり前だと思う。
オレだって、街の全てを滅ぼすスタンピードの話を子供の頃から聞かされてきた。
街の全兵力を使わなければ防げるかどうかという厄災に、
この場の人数で何が出来るのか。
けど・・・
奥様がオレの顔を見て残酷な決断をしようとしている。
いつもの優しそうな顔でもないし、
オレやお嬢様を叱る時のような厳しい顔でもない。
まるで別人のようにおろおろしてるのが丸わかりだ。
奥様がこんな表情をするなんて・・・。
・・・こんなの・・・
今のオレに出来る事なんて
ゴクリと奥様の喉が鳴る。
オレに非情なる一言を仰るつもりなんだろう。
けれどその言葉は言わせない。
「奥様・・・!」
「ハギル・・・あ、貴方には辛いことかもしれませんが」
だからその先は言わせない。
「奥様達はすぐに屋敷にお戻りください・・・!」
「屋敷に・・・え、ハギル!?」
「奥様や旦那様に受けた恩は決して忘れません。
オレがここで少しでも時間を稼いで見せます、
その間にお嬢様を連れて屋敷に!!」
「何を言うのですか!?
そんな話が許されるはずないでしょう!!
それではあなたが!!」
それは恐らく、
奥様がこれまでオレに対して叱責したことのあるどんな声よりも激しく。
・・・でも怯まない。
「奥様は仰いました。
家も財産もない孤児でも、才能のある者は社会に出て貢献するべきだと。
こんなオレでも少しは役に立つのなら・・・。」
「こんな事を教えたつもりは有りません!
違います!!
あなたはこんな所で命を散らせていい人間ではありません!!
バカなことを言ってないで一緒に戻るのです!!」
「・・・あの孤児院にも・・・命を散らせていい者など一人もいない筈です。」
「うっ、そ、それは・・・」
執事のチャンバスさんが血相を変えて怒鳴りつけてくる。
「ハギル!!
君の心意気は買いますが、君一人残った所で何も変わりありませんよ!
襲い来る魔物の群れに、せいぜい数秒足が止まるかどうかです!
奥様を困らせてないで言う事を聞くのです!!」
「・・・そうですね、チャンバスさん、
いくらオレでも魔物に立ち向かえるなんて思ってないですよ。
オレの役目は奴らが孤児院に向かわないよう、囮の役です。」
チャンバスさんの顔が引きつる。
「バカな・・・それでも」
「はは、でも死ぬつもりはありませんよ?
オレは雪豹獣人、
周りにはこれだけの木立がある。
樹上での追いかけっこは自信があるんです。」
子供の頃から林の中はオレたちの遊び場だった。
こんな時に思い出したくもないけど、オルドスの奴も木から木へと飛び移るの上手いんだよな。
あいつ、絶対コウモリかモモンガの獣人だろ?
聴力は飛びぬけていいわけじゃなさそうだからモモンガかな。
そこへハイエルフの弓使いさんが割り込んできた。
「いやいやいや!
魔物を舐め過ぎだよ!
しかもスタンピードだよ!?
やつらの凶暴性は通常の比じゃないんだから!!
君がそんな・・・てアレン!?」
慌てる弓使いさんの腕をアレン様が掴む。
アレン様は一度オレの顔を覗き込んだ後、黙って首を左右に振った。
「アレン・・・な、なにを!?」
「彼は全て理解している。」
「なっ・・・」
それ以上アレン様は何も言わない。
でもオレの気持ちを汲んでくれたようだ。
あ、お嬢様が暴れ始めた。
「ハギル! 何言ってるの!?
なんで!? どうして!?
あなたは私のものよ!?
わ、私から離れるなんて許さないわっ!!
言ったはずよっ!
あなたは私の命令に従わないといけないのっ!!」
お嬢様にもわかったようだね、オレが何をするつもりなのか。
オレに詰め寄ろうとしたマデリーンお嬢様をチャンバスさんが後ろから抱きかかえる。
「チャンバス、放しなさい!
放してっ!! 無礼者っ!!
ハギルがっ! いっちゃう!!
いやあっ、私のハギルがあああ!
うわあああああああああああんっ!!」
ついに泣きじゃくり始めたか。
お嬢様のオレへの執着というか、依存は本当に激しいな。
でも仕方ないのだろう。
オレが屋敷に引き取られる直前、あの家に不幸な出来事があったそうだからな。
だからマデリーンお嬢様の心を癒すためにオレが引き取られた。
・・・それって結局オレはペット枠なのかとは思うけど。
「チャンバスさん、お嬢様をお願いします・・・。」
チャンバスさんも理解してくれたようだ。
お嬢様を必死に抱きかかえながらオレへ無言で頷いた。
でも、そんなことよりも・・・
「アスターナ様・・・時間がございません・・・。」
冒険者のアレン様が決断を迫る。
そう、オレのことはどうだっていいんだ。
あなたにもお願いする。
このまま屋敷まで奥様とお嬢様を守ってくれ。
その奥様は顔を伏せて震えている。
アレン様の言葉に、ようやく口を開くも、
その声はあまりに痛々しい・・・。
「ハギル・・・。」
「はい・・・。」
「し・・・死んだら許しませんよ。
どんなことをしてでも生き延びてください・・・!」
オレだってまだ死にたくない。
でも無理だろうな。
まぁここで反論する雰囲気じゃない。
あ・・・そうだっ
「はい、最後に奥様・・・。」
「さ、最後なんて言うんじゃありません、なんですかっ?」
奥様の声が震えている。
こんな優しい人を死なせるわけにはいかない。
「オレの職業を変えてもらえませんか?
オレの適性職業に『暗殺者』と『レンジャー』があります。
少しでも魔物をた・・・いえ、有利にしておきたいので・・・」
魔物を倒そう、と言いかけて言葉を変える。
「う・・・レンジャーなら地形による移動阻害を低減できるし、
環境適応能力も高いのでは・・・」
「この辺りは元々オレの庭みたいなもんです。
レンジャーになってもそれ程職業の恩恵はなさそうですから。」
正直、この辺まで足を伸ばすことなんてあんまりなかったけどね。
植生とかはそんな変わらないはずだ。
「そ、そうですか、やはりこの場は暗殺者を選ぶしかないでしょうね。
・・・わかりました・・・。」
奥様は領主の権限を持っているから、オレをジョブチェンジさせることが可能。
すぐにオレは暗殺者となる。
といっても職業レベル1ではほとんど何もできないのと一緒みたいだ。
何か役立つスキルは・・・
ジョブスキルLv1、「忍び足」?
・・・日中、それどころかスタンピードの前には意味ないか・・・。
それと、刺突・斬撃攻撃にクリティカル発生効果(小)、
後は、敏捷、器用さに補正が加わるくらいか。
こっちの方がありがたいな。
逃げるだけならレンジャーの方が良かったのかもしれないけど。
結構早い段階で、オレの職業適性にはその二つが記載されていた。
もっとも、孤児院では職業変更できなかったし、
お屋敷ではそんな物騒な職業に代わる必要もなかった。
せめてもっと前にジョブチェンジできていたなら・・・
それより時間がない。
瞳をにじませた奥様はくるりと振り返って号令をかけた。
「屋敷に戻ります!!
冒険者の方々は、途中まで馬車に乗っていてください!!」
「おお、ありがてぇ!!」
「いそげ! 奴らが近づいてきたぞ!!
ダンジョン周りの防護壁が突破されたんだっ!!」
てことは、そこを守っていた人たちは全滅したのだろうか。
地響きも聞こえてきたな。
オレは護身用のダガーを握りしめる。
お嬢様が今も泣きわめいているけど、もう会話も説得する意味もない。
今のオレに出来ることはみんなの無事を祈るだけ。
「・・・君のような勇敢な男を僕は見た事がない・・・。」
アレン様がオレに声をかけてくれる。
嬉しいな・・・。
少しは誇らしい気持ちになれる。
「ミコノ、ライザ・・・せめて。」
「畏まりました、勇気ある少年よ、
あなたに大いなる祝福と敬意を・・・プロテクションシールド・・・。」
僧侶の人が防御呪文をかけてくれた。
ありがたい。
これでしばらく安心かな。
「・・・全部の魔力をつかって壁を築く。
アースウォール。」
うわっ!?
道の真ん中にいくつも高い壁がせりあがってきたぁっ!?
「んやぁ!
雪豹獣人なら立体的な動きは得意の筈!!
ただしスタミナがないから身を隠しながら立ち回るといいよ!!」
狐獣人の人から有難いアドバイスをもらう。
魔法使いの人に作ってもらった壁をうまく使えば・・・。
そうなんだよね、短距離走は得意でもマラソンは無理。
もっと訓練していれば・・・。
「ぶわっ!?」
ハイエルフの人に抱きつかれたっ!?
む、むねが・・胸があっ!?
「絶対死んじゃダメだよっ!!
逃げ出したって誰も責めないからねっ!?」
出来れば死にたくないし、逃げれるなら逃げたい。
でもそんな特別なことをしているわけじゃないだろう。
現に冒険者の人もダンジョンで食い止めようとしていたわけだし、戦争でも大勢の人が死ぬ。
だから特別なことじゃない。
・・・でもこんなオレによくしてくれた人達を少しでも守れるのなら。
地響きや魔物の咆哮が聞こえてきたな。
馬車が出発する。
奥様やお嬢様が、泣きながらこちらを見続けてくれていた。
オレは気を付けの姿勢から丁寧に腰を折り曲げる。
ただのお辞儀なのに、滅茶苦茶しつこく習わされたっけ。
・・・一年にも満たない短い時間だったけど、
あなた達と会えて・・・
あなた達と一緒に暮らせて・・・
オレは幸せでした・・・。
奥様、お嬢様・・・
どうかご無事で。