第四十話 ぼっち妖魔は最後でへたれる
「ま、麻衣ちゃん?」
ダナンさんがあたしの形相の変化に怯え始めたみたいだ。
いけない、感情を切り替えねば。
「あ、すいません、
ちょっと良くないものを感知しただけですけど、こちらに危険はありません。
それで話は戻りますけどどうします?
あたしに背中乗られると困りますか?」
「え! いや、僕は困る困ら、
いや困らないけど君が!?」
「あたしの世界では全く問題にならない行為です。」
うん、まあ人前でなければ。
ていうか、ここまで狼狽えてくれると、
こっちも悪い気はしない。
「で、でもそんな・・・。」
こっちも楽しいけど、
魔物がいつ襲ってくるかわからないところで、問答しててもよろしくない。
「はい、じゃあ決まり〜、
ダナンさん、座って下さ〜い!
しゃがんで、しゃがんで〜。」
「えっ、あっ!」
よっこらしょっと!
男の人に肩車してもらうなんてパパにしかしてもらったことないけど・・・
そしてあたしはダナンさんの頭に両手を添える。
足は・・・制服姿のままだったら、
ナマ足堪能させてしまうところだった。
今はローブの下に村の人たちと同じ種類のボトムはいてるからそんなにヤバくはないでしょう。
「じゃあダナンさん、
あたしの両足首掴んでくれますか?
そしたらゆっくり立ち上がって貰えれば・・・。」
「あああ、申し訳ない申し訳ない!
この依頼、君の献身的行為のおかげで達成できる!
麻衣ちゃん、君の犠牲は無駄にしない!!」
「だからあたしが何かとんでもないこと仕出かしたように言わないで下さいねっ!?」
騒いでる間に昼虫夜草が逃げてしまわないかと思ったけど、何とか、すぐに見つかり採取完了!
「ダナンさん、無事にゲットしましたよ〜!」
あ、あたし生物部だから毛虫怖くないんで。
まあ、幽霊部員みたいなもんだけどさ。
「ありがとう、じゃあゆっくり下ろすね!」
そしてダナンさんは再びしゃがんだ。
えへへへ。
「麻衣ちゃん?」
「いやあ、もうちょっとこのままでいいです?」
ドキン!
うわ、これダナンさんの心拍音だ!
「いや、あの、ちょっとパパに昔、肩車してもらったの思い出しただけなんですけど・・・。」
「あ、ああ、そ、そうか!
それだけだよね!?」
まあ、そっち方向に勘違いしてくれても問題ない・・・か?
「男の人も、子供の頃、肩車とかお父さんにしてもらうもんですか?」
「あ、うん、そうだね、
僕も子供の頃担いでもらった記憶はある・・・。
うん、懐かしいな。
でもウチは5人兄弟で僕は四男。
どっちかというと兄に肩車してもらった記憶の方が強いかも。
あんまり高くなかったけどね、
そんでバランス崩して地面に落っことされた!」
「あっはっはっは!
男の人の兄弟だとそんな事あるんですね!?」
うちはひとりっ子だからなあ。
「たぶん、どこも似たり寄ったりじゃないかな?
ああ、でも妹に肩車してあげたこともあるよ!
僕は落としたことはない!」
「うふふ、妹さん、喜んでたんじゃないですか?」
「そう、だね、うん、
はしゃいでた・・・。」
しまった、
ここは異世界、まさか良くない展開になったりしないよね?
でも、少なくともあたしの感知スキルには何も・・・。
「ダナンさんの妹さんなら素敵な人でしょうね?
ちなみに今はどちらに・・・。」
ドキドキ・・・
「あ、ああ、
一昨年、結婚したよ、
いま、子育て真っ最中だ。
そのうち顔を見に行くかな?」
良かった、そういう意味の過去形表現か。
そして今もなお肩車続行中である。
楽チンなのである。
「ダナンさんは結婚されないんですか?」
この世界、結婚とか早そうだよね。
「え、あ、そこで僕にフルの?
仕事が忙しいし、それに僕なんか。」
「その気になれば引く手数多って気がしますけどね、
うふふ、誰も他に見てないこんなところで、あたしがダナンさんに肩車してもらってるなんて広まったら大変な騒ぎになるから、内緒にしますけども。」
「うええあああっ!?」
「まあ、特定のお相手いらっしゃらないんなら、しばらくこのままでいいですよね?」
「えええっ! そんなふしだらな!?」
「えっ?
まさか15歳のあたしを性的な目で見てませんよね、ダナンさん?」
おお、動揺してる動揺してる!
「だ、ダメだよ、15歳はこの世界では結婚できる年齢だし・・・!」
あっ、そうなんだ。
「じゃあ・・・。」
「じゃあ?」ゴクン!
「あたしの年齢なら変な目で見て問題ないんですね?」
「〜〜〜ッ!!」
反論できなくなったようだ。
誤解を避けるために皆様へ。
こういう遊びは同世代の男の子にやっても楽しいのだけど、
女の身からすると、やはり同世代の男子は成熟度が足りなく刺激に欠け、
何より経験が浅いためにとんでもなく予測不可能な行動に出られることがしばしばあるので、かなり危険な結果を伴うことがある。
実際は、
立場的に逆らえない年下の後輩を弄ぶのが安全で手頃である。
え? あたしはそんな事してませんよ、
まだ一年生ですから。
来年になったら?
さあ、どうでしょう?
ではこの場はどうしたかと言うと、
もちろんダナンさんを誘惑しているつもりはない。
ちょっとしたイタズラである。
「ダナンさんは、
知り合ったばかりの、恋人でも何でもない女の子と、どこまでだったら肌を触れ合っても大丈夫だと思ってらっしゃるんですか?」
「ま、麻衣ちゃん、君ねえっ!
お、大人をからかうんじゃないっ!
もし、僕が誘惑に負けたらどうするつもりだっ!!」
「ダナンさんがあたしを見ても、
それこそ何も感じない子供だと思ってらっしゃるなら、こんなこと言いませんよ?
ダナンさんはあたしを大人扱いしているからドキドキしてるんじゃないんですか?」
ここではっきりした。
ダナンさんは普通の男の人だ。
うん、スイッチ入りかかってる。
ダナンさんが自分で理性のタガを外したらあたしはこのまま、押し倒されるかもしれない。
自意識過剰とかじゃなくて、
感知できるから。
「ダナンさん。」
「な、なんだい?」
「そろそろやめましょうか?」
「え!?」
残念そうな表情しないでください。
あたしが調子に乗っちゃうでしょ!
「あ、ダナンさん、そのままでいてくださいね?
迂闊に態勢変えると、テイムした蛇さんたちが、勘違いしてあたしを守りに襲ってくるかも。」
今は彼らは姿を見せてないが、あたし達の周辺を等間隔で取り囲んでいる。
勿論外敵を警戒してるのだけど、
あたしの身に危急の状態が起きれば、彼らはその危険の対象に向けて行動を起こす。
勿論そんなマネさせないけどね。
「ま、麻衣ちゃん、僕は・・・。」
「はい、時間切れです、
下ろしてもらえますか?
ゆっくりとお願いしますね。」
ダナンさんは何か言いたそうにしていたが、あたしの言葉に従った。
「ありがとうございます、ダナンさん。」
このありがとうにはいろんな意味を込めてるよ。
伝わったかどうかは分からないけど。
「麻衣ちゃん、
君には感謝してるけど、
こ、こういうのは良くないよ・・・。」
ほう?
「ダナンさん、はっきり言って下さい、
あたしみたいな、可愛げのない女の子に寄りつかれてご迷惑でしたか?
なら頭を下げて謝ります。」
頭が千切れるんじゃないかと思えるぐらい首を横に振るダナンさん。
お願いだから人体の限界にチャレンジしないで。
「そ、そうじゃなくて逆だよ!
もう少しで理性が飛ぶところだった、
他の男だったらもっととんでもないことになってたかもしれないんだよ!?」
あたしはダナンさんの目を見る。
「あたしの目を見てください。」
「・・・あっ、」
「勿論、他の人だったら、
ダナンさんに向けてた言動は取ってないですよ、
あたしには危険察知スキルありますし。」
「あ、それじゃさっきの蛇の話も・・・。」
恥ずかしそうにダナンさんは眼を背けてしまう。
でもあたしは許さない。
ダナンさんの手首をギュッと捕まえた。
「あたしの目を見て下さい。」
まあ、正直、こっちも少し恥ずかしいのだけど。
覚悟を決めたのか、ダナンさんが視線をあたしの瞳に向けてくれる。
「ダナンさん、あたし、ダナンさんを誘惑してるわけじゃありませんよ?」
「そ、そりゃそうだろうけど、
男ってのは、口で偉そうなこと言っても心の中ではっ・・・。」
何という正直者なんだ、この人。
「でもダナンさんで遊ばせてもらったのは確かです。」
「ほわっと!?」
「ですので、ダナンさんもあたしで遊んで頂く分には構わないんですよ?」
「あ、遊ぶってそ、そんな」
う、なんか誤解されそうな表現してしまった気がする。
だ、大丈夫かな?
「あ、遊ぶっていうのは、
手を握ったりとか、
さっきみたいに肩車したりとか、
ちょっとしたスキンシップぐらいですけどねっ。」
へ、へたれたわけじゃないよ?
最初からそのぐらいと考えてただけだよ?
「で、でも、なんでそんな!?」
ここはうまく、スマートに話を進めないと。
「えっと、一つには、
ダナンさん、女の人と話すの苦手そうだったんで、なんとかしてあげたいな、
って余計なお世話なのかもしれませんけど・・・。」
「あ、あ、うん、自覚はあるから何とも言えない。
もう一つは?」
「もう一つはあたしのただの修行の一環です。」
「修行!?」
それは予想外だよね。うん。
「なにぶんにもあたしはまだ大人になる直前なので、
女性にとって男の人を捕まえることは、一つのスキルなんですよ。」
まあ、逆も然りだという理屈も分かっている。
「え、あ、それは。」
「すいません、練習台になってもらったんですよ。」
その気になれば、
ステータスウィンドウに、燦々と輝いている魅了スキルをゲットする手もある。
だが、これは女としてのプライドとして自力で身につけるべきものだ。
状況が状況なら使いこなしてもいいかなとは思うけど、
日常生活ではあくまでも自力で獲得すべきものである。
現実世界に戻れば女の子同士での熾烈な競争もあるかもしれないが、
練習できる時にやっておくのは悪い話ではない。
まあ、ダナンさんにしてはいい迷惑だろうけどね。
「勝手に練習相手になってもらって申し訳ないとは思ってます。」
「あ、いや、そんなことは」
「ですから多少はいいですよ?」
「い、いいって何を!?」
「さっき、ダナンさんがあたしにしようと考えてたことです。」
そこであたしはダナンさんに背中を向けました。
もう時間切れだとは伝えてあります。
あたしからこれ以上何もする気はありません。
果たして、無防備な背中を見せてるあたしに、
この人は何か出来るのでしょうか?
・・・葛藤してる、迷ってる、とても悩みまくっている。
本当に申し訳ないくらい困らせちゃったみたいだ。
申し訳ないので感知スキル最大にしてピンクスライムでも探そうかと思った時、
ピクン!
後ろからギュッと抱きしめられた!
うわぅっ!!
・・・両足は少し動かせるけど、
腕はもう無理。
背中が暖かい。
ダナンさんの心臓の音が直接背中に響く。
「ま、麻衣ちゃん・・・!」
「・・・なんですか・・・?」
「き、きみは・・・。」
あ〜あ、あ、もったいない。
本当に時間切れだ。
魔物というか、邪魔者が来たようだ。