第三百八十一話 語られない物語~矮小なる将軍
うおおおお!
評価ありがとうございます!
<第三者視点>
愛する妻か恋人にでも別れを告げるようなシチュエーション。
言われてみれば確かにその通りである。
「そっそんなつもり、はっ・・・!?」
なのでザジルは否定しようとして言葉を最後まで言い切れない。
「ふむ、それで・・・彼女は・・・フラアはなんと?」
そこでザジルの全ての動きが止まる。
先程の王女とのやり取りを完全に思い出してしまったのだ。
「ザジル?」
そこでランディも、相手をいじる空気でもないと察したようだ。
「・・・泣かれ・・・ました。」
・・・それはランディにとっても意外な反応と思われたのか、
彼の瞳が見開く・・・。
「それは・・・・お前が死ぬとでも思われたのか?」
急いで首を振るザジル。
「あ、ち、違います。
むしろ逆で・・・。」
「逆?」
「あ、あの・・・その、必ず戻ってくるから・・・その」
「その・・・?」
「は、あの・・・全部片付いたら・・・
私に・・・この後すべて・・・フラア様を守らせて欲しいと・・・そう言って。」
「・・・そうか。」
その言葉を放つのにどれだけ時間がかかっただろう?
ランディはエントランスのシャンデリアを見上げる。
いや、見上げたのはシャンデリアだろうか?
彼がその先にある、この館の主の居室の方を向いていたのか、それは誰にも分らない。
ザジルの方も、余計な発言をしてしまったという自覚があるが、
今の内容だけなら問題ではないと思っている。
この発言で、まさか一介の護衛が王女と駆け落ちする計画を立てているなどとは思われないだろうと。
けれど。
「ザジル。」
「は、はい!」
「お前のその一言で・・・フラアは泣いたんだな?
喜んでいたのか?」
「それは・・・涙を流しながら・・・
とても素敵な笑顔を私に向けてくれました・・・。」
「そうか・・・。」
「あ、あの将軍?」
いつの間にかランディの顔は真面目なものに戻っていた。
もはやザジルをからかおうなんて気配はどこにもない。
「ザジルよ。」
「は、はい!」
「オレが彼女と・・・面を突き合わせるたびに言い争いみたいになってるのは知ってるな?」
「あ、はい、それは大陸戦争の頃から・・・。」
「別にオレはアイツが気に入らないわけでも、軽蔑しているわけでもない。
むしろアルヒズリを救ってくれた彼女には感謝してもしきれない。」
「・・・ああ、ええ。」
ザジルには、ランディが何の話を始めたのか理解できない。
取りあえずは彼の話を大人しく聞いているしかないだろう。
「思い返せば初対面からだ。
フラアの右腕だったレンを覚えているか?
オレが初めてアイツらに会った時、婚約者を事故で失ったレンは酒におぼれ、
酔いつぶれてまともに立ち上がることもできなかった。
そんな奴にオレが説教かましたら、あの女は、なんて無神経な男だと、
帯剣しているオレに向かって一切の遠慮なく怒鳴り返してきやがった。
・・・あとで彼女が王位継承権第二位の王女だと知らされて、
オレも外交問題になるかとビビり上がったもんだったが。」
「レン殿・・・あの方も九鬼に。」
「あいつも死ぬのは早すぎたな・・・。
この国に来た時、再会できるかと思っていたんだが・・・。
まぁ、今はフラアの話か。
結局、その流れは変わらず今に至る。
そして今も変わらずオレは思う。
あの女に王女なんて似合わないと。」
「ランディ将軍!?」
普通に考えて不敬極まりない発言である。
これが外国から慶事の目的で訪れた人間が喋ったとなれば、それこそ外交問題だ。
もっとも、ランディは事あるたびに当のフラアに同じようなことを言い続けていた。
この場所が彼女の館の中であるなら、毎度のことだとも言える。
「彼女の後ろ盾だったディジタリアス王弟殿下が亡くなり・・・
彼女を支えていたレンも殺された。
フラアと血が繋がっているセザンヌ殿もつい先日・・・。
果てはツォン殿でさえ、いまや連絡が付かず行方不明ときてる。
もう、彼女に・・・フラアの心に寄り添える者など果たして何人いるのかな?
ザジルよ、
いま彼女に必要なものは何かわかるか?
あいつはいつでも、誰にでも明るく対応しているがそれは全て演技だぞ。
・・・ああ、オレに対しては明るくもないし演技でもないんだろうがな。
まぁ、オレのことはいいか・・・。
今のフラアは一人ぼっちだ。
心から全てを委ねられる人間がそばに誰もいない。
このままじゃ、いつかアイツは壊れる。
だから誰かが彼女を支えてやらねばならないんだ。
・・・ザジル、
お前がフラアの支えになってやれるというんだな?」
おそらく、今生きている人間の中で、フラアを最も理解している人間は誰だと問うならば、
このランディこそがその筆頭だったろう。
もちろん、
フラアはそれを絶対に認めないし、今のランディのセリフにさえ間違いが一つだけある。
『オレに対しては明るくもないし演技でもないんだろうがな』
もっとも・・・当のフラアも演技している自覚はないのかもしれない。
ランディの問いかけにザジルは真剣に答える。
「・・・全力で・・・命を捧げても彼女を守ります!」
「違う!!」
そして全力で切り捨てられる。
「・・・え?」
「生きろ!
オレの話を聞いていなかったのか!
決して死ぬな!!
軽々しく死ぬつもりなら、お前にフラアと添い遂げる資格なんかない!!
お前は必ず彼女の元に戻って来い!!
そうしたら、こんな王宮の事なんかどうでもいい、
どこへでも好きなところへ連れ去ってしまうがいい!」
「ラ、ランディ将軍・・・ど、どうして、そんな・・・。」
ザジルは二つの意味で理解できない。
何故ザジルがフラアを連れ去ってしまおうと考えていることがバレたのか、
・・・そして、何故これほどまでランディが親身になってくれるのか。
「昔、オレがレンを悪しざまに罵った話はしたよな・・・。」
「え、ええ、でもそれが?」
「・・・オレは英雄でも何でもない、
ただのヘタレの臆病者だ・・・。」
「何を言うんです?
あなたは世界を救った英雄ではないですか!?」
「フン、たまたま祖先のアスラ王が残した武具に守られただけの平凡な男だよ。
オレにはもともとレンを罵る資格なんかどこにもない。
あれは、あの説教は、他の誰でもなくオレ自身に向かって吐いたセリフだ。
あの酒場で足腰も立たずにうずくまっていたのは、レンじゃなくかつてのオレの姿だ。
オレは家族同然に暮らした者達を誰も守る事が出来なかった・・・。
誰も守る事が出来ないから、敵を見つけて殺すだけしか出来なかったんだ。
・・・あの時も・・・あの400年前の施設で化け物に襲われた時、
オレは足が竦んで動けなかった。
・・・それでもお前はフラアを守るために、彼女の前に立ち塞がって戦っていたな・・・。」
「あれは・・・あの時だってランディ将軍は・・・。」
最後にその化け物に止めを刺したのはランディである。
故に、ザジルの目にはランディの自虐的な告白は謙虚な態度と映っただろうか・・・。
それとも誠実な姿に見えただろうか。
いや・・・それは間違いではないのかもしれないが・・・
ランディの性格からすれば、それを適当な表現というには躊躇われる。
「彼」は「こいつ」にはバラしても問題ないと考えているのだ。
イザベルのような遠大な計画を立てているわけでもないが、ザジルのような世間知らずの男には、自分の弱さを見せて信用されていると思わせたほうが都合がいい。
ランディは過去の自らの行状を、忌まわしい屈辱と自己嫌悪の記憶と認識しているが、
人の性格などそうそう変わるものではない。
何よりも、
他人が自らを頼ったり尊敬したりしてくれるのは単純に気分がいいのだ。
「だから」そういう姿の自分を演じる。
おわかりだろうか?
彼もまた「英雄」や「勇者」ではあり得ない。
ただの平凡な、どこにでもいる、器の狭い凡人なのだ。
だからこそ、なのか。
・・・自分と同じ匂いのする平凡な「少女」を、
彼は放っておく事が出来なかったのだろうか・・・。
ただ一人、「王女」の役割に圧し潰されようとしていた「彼女」のことを真に理解できていたのかもしれない。
その頃のフラアちゃん
ベッドの上で体育座りして百面相連発中。
語られない物語は次回まで!!