第三百八十話 語られない物語~リア充の暗殺者
まだ続くのです。
ただし肝心な部分はすっ飛ばしました!
<第三者視点>
一人の男が、心ここに在らずとばかりに、おぼつかない足取りで館のエントランスの階段を下りていた。
時刻も遅く、その空間にはもはや誰もいない。
もちろん館の主人の居室の前には二人の護衛が控えているが、
彼らの視線はここまで届かない。
館の入り口の前にも門番はいるが、彼らにも扉の中の状況は一切把握できない。
男は館の主人に大事な用があり、その目的を終えた所である。
大事な用・・・というか交渉事、
いや、一世一代の大勝負と言い換えてもいいだろう。
普通なら話にもならないと追い払われるのが当たり前である。
元来こんな夜更けに、伝令の役目とは言え、
この国の王家に連なる女性に、一介の護衛ごときが二人っきりで会える筈もない。
いくら託された王妃からの手紙に、自分と二人っきりで会うようにしたためてあったとは言え、そんな奇跡的な願いが叶うような状況になるなど有り得ないと思っていたのだ。
(自分は担がれているのだろうか?)
何度そう思ったことか。
あの王妃のことだ、
とても面白い悪戯思い付いちゃった、と・・・やりそうである。
けれど、そんな質の悪い悪戯にあの王女フラアが付き合うとも思えない。
事実、緊張のあまり喉から心臓でも飛び出るのではないかと思いながら入室を許可された時、
部屋の奥で彼を迎えてくれた彼女の笑みは、
今までに見た事がないほど明るく嬉しそうに綻んでいた・・・。
その後・・・イザベル王妃の懸念を彼女に説明し・・・
そこから先は何を言ったのかもう思い出せない。
部屋を出てから・・・そう時間は経ってない筈だが、
なにがどうしてこんなことになったのか。
本来自分の身分ではあり得ない筈の至福の瞬間は今も余韻が続き、彼の脳内はオーバーヒートを起こしていると言っても過言ではない。
それでも一流の護衛である。
誰もいない筈のエントランスに、自分が降りてきた方角とは別の通路から、
誰かがやってくる気配を察知すると、男は気を引き締める。
王妃の命令を受けてここにいるが、
この館に常在する者にとっては彼は部外者。
何故貴様がここに一人でいるのだと問い詰められる事態は常に想定せねばならない。
しかしそこに現れた男は・・・
「ランディ将軍?」
「む? そこにいるのはザジルか?
王妃の護衛を離れて何故こんな所に君がいる?」
現れた男は砂漠の国アルヒズリからやってきた男、ランディ。
オールバックの髪を後ろで束ね、彫りの深い眼窩からは常に獲物を狙うような厳しい眼光を持つ男。
彼は名目上、アイザス王とイザベルの婚礼の儀に出席するために、アルヒズリから派遣されたのだが、王女フラアを中心とするトラブルに巻き込まれて、客将としてこの国に留まっている。
・・・そしてそれは彼の主たるアルヒズリ国王エアの指示・・・いや、
正確には「光の天使」の企み通りというべきか・・・。
ザジルにしてみれば、ランディがここにいることはお互い様というべきなのだが、
他国の将軍に対して護衛に過ぎないザジルが同等な立場の訳もない。
答えられる範囲の回答を正直に述べる。
「はっ、・・・そのイザベル王妃の命を受けて、
フラア様に内密の親書を届けた所でございます。」
もちろん、嘘ではない。
そして内密と言ってしまえば、その内容を問われてもその中身を明かす義務などどこにもない。
もっとも、ザジルのこの返答は、
誰に同じ事を問われても一様に同じ答えを返すだけのものではあるが、
相手がランディであれば、さらなる詳細を伝えてもいいのではないかと思える相手であった。
「・・・そうか、セザンヌ殿があんなことになって・・・
気軽に打ち解けられる方は、もう王妃殿下だけだものな・・・。」
「は、あの、・・・恐れながらランディ将軍は?」
ここでザジルが問い返す。
この館はウィグルの王女フラアの屋敷だ。
こんな時間に外国の将軍が屋敷の中で自由に出歩いているのも、普通に考えて誰もが違和感を覚えるものだろう。
「ああ、私はハンス殿との打ち合わせだ。
この度、私とフラア殿下と共に北方へ邪教集団の討伐に向かうのは知っているかね?
もう日がないんでね、
こうやってちょくちょく擦り合わせをしているんだ。」
ハンスは今現在、フラアの私兵部隊の総隊長を任されている。
この館の護衛ももちろん彼女の私兵が持ち回りだ。
普段は館の隣に建っている別館が彼らの配置及び就寝場所だが、
本館であるこの館にも彼らの控え室や打ち合わせ用のスペースがある。
ランディはそのうちの一室から出てきたのであろう。
「それは失礼いたしました。
ご無礼をお許しください。」
「いや、当然の疑問だろう、
気にすることはない。
・・・それにしても内密の親書、か。
プライベートなものならともかく、
私が気にしてもよいものだろうか?
・・・明日にでも本人に聞くのがいいだろうか・・・。」
ランディは勿論、一介の伝令としてここにきたザジルから聞き出そうとは思っていない。
独り言でも呟くかのように声に出しただけだ。
そしてランディが親書の内容を気にするのは至極当然のこと。
なにしろ王女フラアの周りでは、不審な事件や不幸な出来事が立て続けに起きているのだ。
その背後にいるのが、400年前、四人の使徒に殺された悪霊どもとも彼は知っている。
狙われている中心人物がフラアだとも知っているが、ランディ自身もその四人の使徒の末裔だ。
いつ何時その恨みが自分に向けられるかもわからない。
いまや二人は運命共同体なのだ。
もっとも、
さすがにこの国の王妃そのものが、その悪霊の一人とまでは知らされていないのだが。
そしてザジルは思う。
・・・であるならば・・・情報の一部はランディにも共有してもらうべきではないのかと。
「ランディ様・・・そのことで、
少しよろしいでしょうか・・・?」
「む? 私で良ければ力になろう・・・。」
そこでザジルは自分が喋れるだけの情報を明らかにした。
すなわちこれから二人が向かう北の教団内に敵の一人がいるらしいこと、
そして最後の一人がイズヌ国内にいること、
そしてザジルがこの後、その正体を探りに行くことをだ。
「それで・・・か。」
「はい、王妃殿下は、任務に際し私に命の危険があると仰い、
私にフラア様に直接挨拶するよう申し付けられて・・・。」
最後の一言は余計だったかもしれない。
何事もなかったかのようにスルーしてくれればとザジルは思ったが、
ランディはそんな甘い男ではなかった。
「直接挨拶・・・?」
「え、あ? は、はい。」
「内密と言っていたが、もしかして二人っきりで会っていたのか?
しかもこんな時間に?」
「あっ、そ、それはその・・・。」
普段、氷のように冷たい表情のままのザジルが取り乱す事は珍しい。
それを猛禽類の目を備えたランディは、この短い時間で全て見抜いたのだ。
もっとも、それは普通の常識に照らせばあまりにも考えにくい事。
だからいくつか問い詰めねばならない。
「ザジルよ。」
「はっ、はい!?」
「フラアはお前と二人っきりで会ったんだな?」
いきなり敬称を外すランディ。
どうせこの場には二人だけ、そしてどちらも国外の人間だ。
「・・・は、はい、そのようにイザベル王妃殿下が指示されたようで・・・。」
「なぜ、王妃殿下はそんな指示を?」
「そ、それはわかりませんっ!
私の方から問い返すのも不遜でしたし・・。」
「ほう? ほうほうほう?」
まるで悪魔のような笑みを浮かべるランディ。
滅多に笑わない男の筈だが、こんな表情も出来るのか。
「あ、あのっ?」
「お前はイズヌに戻る際に、もう会えないかもしれないとでも言ったのか?」
「いっ、いえ、あくまでもそういう危険があるとだけ・・・
それより必ず戻ると伝えたつもり・・・で。」
更にランディの瞳がギラッと光った気がした。
今のも失言だったのだろうか。
「ほう、そうか、そうか、
まるで出征前の兵士だなぁ?
それも愛する妻か恋人にでも別れを告げるようなシチュエーションではないか?」
どうやら更に深みにはまってしまったようだ。
その時のフラアちゃん。
ただいま脳みそふっとー中!
続きます!