第三百七十八話 語られない物語~王妃の命令
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<第三者視点>
「王妃殿下、それでは私めが・・・!」
何を言ってるのと呆れた顔を浮かべるイザベル。
「ザジル、前回あなたが活躍できたのは、敵がこの王宮内に忍び込んでいたからよ?
私の護衛であるあなたが、私の元を離れて討伐作戦に向かえる名分がどこにあるの?」
「そ、それは・・・。」
「第一、フラアの護衛にはアルヒズリの客将、ランディ将軍が随伴するわ、
あの二人が組めば、そうそう心配は要らないでしょう?」
「あっ・・・ランディ様が・・・
そうですね、あの方なら・・・。」
かつてアスラ王が残したと言われる400年前の軍事施設を奪取する戦いで、ザジルもアルヒズリのランディとは既知の仲である。
滅多に笑うことのないランディはとっつきにくい男だが、相手の身分が平民だろうと卑しかろうと、他人を差別することもない。
事実、ザジルもあの時には随分とよくしてくれた。
友人と言えるものが殆どいないザジルだが、アリヒズリのランディは、数少ない彼が尊敬する男でもある。
「まぁ、あの二人はしょっちゅうケンカばっかりしてるけど・・・。」
それも事実である。
公式の場でランディが一国の王女に無礼なマネを取る筈もないが、
身内しかいない状況になると、どちらからともなく嫌味や皮肉の応酬が始まる。
互いの前世は猿か犬かとでも言わんばかりにだ。
「ですね・・・。
しかしランディ様はああ見えて、誰かを守ることに関しては細心の注意を払える方です。
フラア様の護衛というなら心強い味方です。
・・・あれ? それでは私は何を?」
「もう一人の残りのほうよ。」
「!!」
「もともと私達400年前の化け物が、この時代の誰に乗り移ったのか、全てを知っているのは、施術を行った九鬼の死霊術士ダイモンだけ。
彼がフラアとランディ将軍に倒されて、最後の一人が誰なのか手掛かりは完全になくなってしまった。
あら、本当にそうかしら?
いいえ?
手掛かりは一つだけ残っている。」
「王妃殿下・・・それは。」
「結論を先に言うと、
私は・・・彼らの最後の一人は・・・イズヌにいると思っている。」
「なんですって!?
バカな!
そいつらは・・・九鬼一族の祖神と崇められている筈です!
そっ、それが九鬼の宿敵たるイズヌ国内に!?」
「その理由はね、ザジル、
私が今、この場にいることと関係があるの。」
「えっ? イザベル王妃殿下が・・・?」
「そうよ?
もともとイズヌと神聖ウィグル王国は、大陸戦争終結までまともに国交もなかったのよ?
フラアがあの戦争で両国の軍事同盟を掲げて、
天空の災厄を退けて、一気に二つの国が手を取り合うわけだけど、
そんなすぐに互いの友好の証として、辺境伯の娘に過ぎない私とアイザス王との婚姻を進めるなんて、何かおかしいと思わない?
一応私はそれまでにイズヌ国内に婚約者もいたのよ?
それを全てご破算にして、その令嬢に400年前の化け物が取り憑いていることを知っている何者かが、フラアが王女として脚光を浴びるこの王宮に私を送り込んだのよ。
この私がフラアを容易く陥れる事が出来るようにね?
つまりイズヌの外交に発言権か、あるいは何らかの影響力を持つ者が、
フラアを狙う最後の黒幕よ。」
「フラア様を狙う最後の敵がイズヌに・・・。」
「そこでザジル。」
「はっ! そいつを始末する事が私の」
「もう! このおバカさん!」
「はい!?」
シリアスな会話をしていた筈だが、
イザベルの抗議するような表情は可愛かった。
もしフラアより先にイザベルと出会っていたらと、有りもしない仮定がザジルの頭によぎる。
けれどザジルにとって、イザベルはあくまでも忠義を捧げる対象であって、恋愛の対象にはなり得ない。
もう、彼の心の中にはフラアしかいないのだ。
「下手したら相手はイズヌの権力中枢にいるのよ?
お前がどうやってそいつを殺すの!?
暗殺までは可能かもしれないわね、お前の能力なら。
けれどどうやってその後脱出するつもり!?」
「それは・・・ですが私の命など」
「却下!!」
「で、では!?」
イザベルはため息をついて、傍のテーブルに視線を落とす。
「ここに二通の手紙があります。」
どうやら本題に入ったようだ。
イザベルの口調が改まる。
「は、はい。」
「一通は私の父宛の手紙です。
お前は直接イズヌの王都に向かうのではなく、
父の治める辺境伯領ルートで入国するのです。
それなら私の護衛任務を放棄したと、いきなりあなたを誹る者はいないでしょう。
そこで娘の私からの内密かつ重要な親書を父に渡すのです。」
当然の話だ。
ザジルに王妃の命令を与えた権限者はイザベルではなく、イズヌの王宮である。
つまりイザベルは護衛対象であってザジルの上司でも何でもない。
つまりイザベルにザジルを動かす権利などないのだ。
「それが私の役目なのですね?」
「そう、私が神聖ウィグル王国の王女フラアに憧れていたのは、
私が乗り移る前からだし、父もそのことはご存知のこと。
この私がイザベルに乗り移っていることは伏せているけども、
イズヌ国内にフラア様を害そうという者がいることを手紙につづっておいたわ。
だからその調査は父とその手のものにさせるの。
ザジル、お前の役目はその正体が明らかになったら、その情報を私の所まで持ち帰ること。
よろしい?」
「はっ、はい!」
「そう、それが一つ。」
「え・・・他にもまだなにか・・・。」
「ここにもう一通の手紙があります。」
「あ、は、はい。」
「あて先はフラアです。」
「フラア様に・・・。」
「そう、明朝・・・
いえ、早い方がいいわね、
あの子はもう王宮の定例業務は免除されて、北伐遠征の準備で忙しい。
この後、すぐに向かいなさい。
直接お前が会えるわけはないけど、手紙を渡した者に、
緊急なのですぐにこの手紙をフラアに読ませるように伝えるのです。
そしてどんなに時間がかかっても良いので返事を待つと。
この手紙に書いてあるけど、あの子に人払いしてお前に会うよう記してあります。」
「人払いを・・・?」
「そう、二人っきりでね、
そこでフラアがお前に会うと言ったら作戦成功ね。」
「す、すいません、私があの方になにを・・・。」
一介の護衛が他に誰もいない場所で異性の王女に会うなど普通の思考ではあり得ない。
・・・有り得ないのだが・・・。
「正直に言います、ザジル、
最初に話したお前がイズヌに戻るという話、
たとえ父の治める領地内とはいえ、お前が無事に帰ってこれる保証はありません。」
「・・・!」
イザベルは本気でそう考えている。
そもそも、敵国であったイズヌの、しかも地理的に九鬼とは正反対ともいえる北部地域の辺境伯領にまで侵入して、当時のイザベルは誘拐されたのだ。
あれは叩きつけるような大雨の日。
そこで彼女は死霊術士ダイモンによって、400年前に四人の使徒に殺された化け物のうちの一人を精神に植え付けられた。
しかも真夜中に行われたその儀式を終えると、何事もなかったかのように彼女は自分の自室で早朝目を覚ましたのだ。
イザベルの父母もお付きのメイドたちも、屋敷の家令も警備兵も誰も騒いでいない。
そんなことが可能なのか。
領内や屋敷にスパイか裏切り者でもいないと納得できない話であった。
「理由は父の領地内にもスパイがいる可能性を排除できないから。
奴らに自分の正体を探っている者がいると知れたら、下手をするとあなたは命を失う。
よくても護衛任務放棄どころか反逆者の汚名をかぶることになるでしょう。
それでもあなたはフラアを守るために動ける?」
「もちろんです。」
「・・・即答したわね・・・。
では・・・この私からあなたへの最後の命令よ。」
「えっ? 最後の命令って・・・はっ!」
「・・・あの子を守り抜きなさい、この先の人生・・・ずっとよ。
この命令に従える?」
「イザベルさま・・・。」
400年前のイザベルの出番は次回まで!