第三百七十七話 語られない物語~王妃の作戦
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<第三者視点>
「なるほど・・・。」
ザジルが密告しなかった理由。
ザジルの使命は王妃の護衛だが、彼が自分の意志で守りたいのは黒髪の王女。
自分の行動がその王女を貶めてしまう結果を恐れるなら、密告など出来る筈もない。
理屈としてはよくわかる。
しかしつまらない答えだなとイザベルは思う。
あまりに消極的だ。
そんな凡庸な男に王女とのラブロマンスを見たいとは決して思わない。
この後、計画を再考すべきかと、一度彼女は俯いてしまった。
イザベルの人格を支配している悪霊は感知系の能力を持っている。
もちろん読心術のような身も蓋もない能力ではないが、
誰が誰にどんな思いを秘めているかはすぐに看破できるのだ。
もっとも、
能力になど頼らずとも、この銀髪の護衛が「彼女」に思いを寄せている事など一目瞭然なのだが・・・。
けれどザジルの回答はまだ終わっていなかったようだ。
「何より・・・」
まだ何かあるのかとイザベルは顔を上げる。
果たして彼は魅力的な答えを紡いでくれるだろうか?
「王妃殿下がフラア様に酷いことをするようには思えませんでしたので・・・。」
「はぁ?」
コイツは何を言ってるんだとイザベルはザジルを睨む。
「確かに・・・王妃殿下の本当の正体、とやらには驚きました。
ですが、王妃殿下が九鬼の情報を包み隠さずフラア様に教えたからこそ、
私もフラア様をお守りする事が出来たと思っています。
王妃殿下がフラア様を『狙っている』のは間違いないのでしょうが、
王妃殿下からはフラア様への害意は見て取れません・・・。」
この男は暗殺者として育てられてきたのに、人を疑うということを知らないのだろうか?
イザベルはそう思った。
けれど・・・
「・・・他の連中にあの子を盗られたくないだけよ・・・。」
「フラア様にもそのように仰ってましたね・・・。」
イザベルは目を逸らす。
「・・・ふん。」
嘘ではない。
あの子は自分だけのものだ。
他の仲間たちに殺されてもならないし、汚されてもならない。
彼女を弄んでいいのは自分だけなのだ。
「お前がどこかに密告するようであれば・・・。」
しばらくしてからイザベルは口を開く。
顔はザジルとは明後日の方を向いたままだ。
「はい?」
「さっきのお前の質問の答えよ。
お前が密告するようなつまらない男なら、
このカラダを使ってお前を誘惑してあげようと思ったのにね?」
ようやくイザベルは妖美な笑みを湛えてザジルの方を向く。
そこで組んでた足を組みかえれば淫靡な下着の膨らみまで見えてしまう。
「お!? 王妃殿下!?」
その瞬間の映像を鮮明に脳裏に焼き付けるも、すぐにザジルは目を伏せる。
「うふふ、そっちのほうが良かったかしら?
まんまと私のカラダにお前が釣られた時を見計らって悲鳴を上げるの、
『護衛に襲われてますぅぅっ!』って。
ザジルはめでたく縛り首、運が良ければ腕を切断されるくらいで済むのかしら?」
「おっ、お戯れを!?」
「くすくす、でもお見事よ、
ザジル、あなたはここまで私の期待通りの働きをしてくれた。
そのご褒美に、この後、私のカラダを一晩自由にさせてあげると言ったら?」
イザベルは椅子に座ったままだが、膝まであるキャミソールの裾を両手で引き揚げ自らの美しい足を晒す。
すぐそばには豪勢なベッドもあるのだ。
やろうと思えばすぐに彼女をベッドに放り投げられる。
そこで彼女に覆いかぶさったとしても、すぐにイザベルは彼の背中に腕を回してくれるのではないか。
「そっ、そのような用件でしたら任務に戻らせていただきます!」
ザジルは鉄の意志でそんな邪念を振り払う。
「まぁ、つれないわね?
でも、本音は違うわよね?
王妃たるこの私より、あなたの目にはフラアしか映っていないからでしょう?」
「なあっ、な、ななななにをっ!?」
たとえ心の中が覗けなくとも、この反応で誰もが分かるだろう。
彼が初めて「彼女」に会ったその日から、
ザジルの心の中にはフラアしかいないのだ。
「くすくすくす、
氷のような冷たい表情が売りのあなたの顔が真っ赤っ赤よ?
そんな顔も出来るのね。」
「からかう対象をフラア様から私に変えるおつもりですかっ!」
「まあ? それは魅力的な提案だわ、
でも私の誘惑を跳ねのけられるなら合格にしてあげる。
じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか?」
「・・・!」
やはり試されていた。
ではいったいどんな無理難題を課されるのか・・・。
ザジルの背中に冷たいものが這う。
「盗み聞きして知ってると思うけど。」
「正当なる任務です。」
ノータイムでのリアクション。
本当にこの子はからかいがいがある。
なお、一応年齢はザジルやフラアより、イザベルは年下だ。
ただ、そこにどうしても前世での記憶を加算してしまうので、
イザベルから見れば、どちらも年下にしか見えない。
「ふふふ、
400年前、四人の使徒に殺された化け物どもは、全員今の時代に甦ったわけだけども、
あなたやアルヒズリのランディ将軍の活躍によって、
殆ど返り討ちに遭ったといって差し支えないわ。」
どうやら、ここから先はかなりの覚悟をもって臨まねばならない話のようだ。
「・・・。」
「でも彼らは全滅したわけではない。
現に九鬼暗部のトップを討ち取ったはずなのに、
透視能力を持っていたセザンヌまで殺された・・・。」
「心中お察しいたします・・・。」
その一言でイザベルの顔が歪んだようにも見える。
ついこないだも、この件でフラアとイザベルは言い争い寸前にまでなった。
常に感情の底を見せないイザベルにしては珍しいとザジルでさえ思ったほどに。
「・・・だからどうでもいいのよ、あんな奴は。
でも、フラアは酷く落ち込んでたわね。」
「・・・フラア様が気を許したたった一人の女性でしたからね・・・。」
「本来であれば、悲しむあの子を慰めるのは私の出番となるところだけど、
さすがに名目上、私の仲間の手によってセザンヌが死んだ形なので、
立場上、今回は見送らざるを得なかった・・・。
ザジル、お前も気をやきもきさせていたわね?
あの子がいじらしく肩を震わせて泣いているのに、お前の身分では手を触れることもできないのだから。」
今度はザジルの顔が歪むが、顔を下に向けその表情をイザベルには見せない。
「・・・いえ、何を仰いますか。
私ごときがそんな・・・。」
「私は他人の感情が読めるのよ?
いい加減、諦めて認めなさい。
あの子に惚れているんでしょう?」
「ぐっ・・・。」
「それこそ安心しなさい?
身分の卑しい護衛ごときが王位継承権一位の王女に下卑た情念を抱いていると知れたら、
・・・まぁ具体的な行動を起こしてなくとも、国に強制送還は避けられないわねぇ?
でもそんなつまらないことをするつもりはないの、
ザジルには是非、あの子の役に立ってもらいたい。」
そこでようやくザジルは顔をあげた。
「い、いったい何を?」
「400年前の化け物はほとんど討ち取られたとさっきは言ったけども、
実を言うとまだ結構残っているのよ。」
「!?」
「彼らは全員で9人・・・命があるという意味では4人生き残っているわ。
まぁ一人は私として、
もう一人はあの『光の天使』とやらが魂を喰ってしまったというから除外して、
・・・まだ二人大物が残っている事になる・・・。」
「二人、ですか。」
「一人は当てが付いているわ。」
「それは一体・・・?」
「今度、ウィグルとイズヌの共同作戦で、北の国境付近の新興宗教勢力の殲滅に行くことになっていたわよね?」
「あ、あの『月の天使』が復活したと掲げてる・・・。」
「そう、恐らくその教団のトップか、少なくとも中枢にいる人物が私のかつての仲間よ。」
「なんですって!?
確かその討伐にはフラア様も参加するという話では!?」
「ええ、『月の天使の娘』と言われるあの子本人に、『月の天使』を名乗る教祖を否定させれば信者の離反は容易いでしょう、
そう考えるのならあの子の参加は必須の条件。
そしてそれが私の仲間の狙い。」
>その一言でイザベルの顔が歪んだようにも見える。
ついこないだも、この件でフラアとイザベルは言い争い寸前にまでなった。
常に感情の底を見せないイザベルにしては珍しいとザジルでさえ思ったほどに。
語られない物語のさらに語られない話
「イザベルにあたしの気持ちなんかわからないわよっ!」
「・・・ふぅん、そう、じゃあ、フラア?
あなたに私の気持ちが分かるっていうの・・・?」
「・・・あ、う・・・」