第三百七十六話 語られない物語~王妃の正体
そして三部作「フラア・ネフティス」編の一シーンです。
時系列としては
大陸戦争終結
天空からの災厄排除
400年前の悪霊復活
その争いも大詰め間際というところでしょうか。
<第三者視点>
そこは豪勢な家具や天蓋付きの大きなベッドの備え付けられた後宮の一室。
そこに立ち入れる者は、部屋の主とお付きの女官、
それ以外では時に通ってくるこの国の王だけである。
そう、ここは神聖ウィグル王国国王アイザスの王妃イザベルの居室である。
いまだアイザス王と王妃との間に世継ぎは産まれていないが、
夫妻の仲は睦まじく、国外から嫁いできた妖艶なる美貌のイザベルと、
端正な顔立ちのアイザス王との組み合わせは、誰が見てもうらやむほどのロイヤルカップルと言えよう。
傍目には。
事実は違う。
確かにアイザス王はこの稀に見る美貌のイザベルに身も心も虜にされているが、
自分と血がつながっている筈の、王位継承権第一位にある自らの従姉妹にも隙あらばという目を向けている。
もちろん、彼もそこまで愚王ではないので、それを実際に行動に表すような真似はしない。
舞踏会や晩餐の席で必要以上に肌をくっつける程度の役得で満足している。
・・・時々暴走しそうになるが。
そして当の王妃イザベルもアイザス王の内心くらい看破済みだ。
この国王を使っていろいろ悪戯する計画もあるにはあったが、
国外から嫁いできて、この国に信用できる人間も少ない現段階では手を出すべきではない。
いくらなんでも目立ちすぎる。
そもそも、イザベルがターゲットにしているその黒髪の王女は国王を何とも思っていない。
まだ彼女が生家で暮らしていた頃は、将来が約束されているイケメン王子に憧れもしたそうだが、
彼女の家を襲った不幸な事件から、もはやそんな感情はどこかへと消え去ってしまったようだ。
とはいえ、その王女も人並みの健康な若い女性である。
恋愛に興味がないなんてことは有り得ないし、それなりに好印象の男性が近づいてきた時に、彼女の反応が変わることくらい、特殊能力を持つイザベルにはお見通しだ。
さて、部屋の主イザベルは、
下着が透ける薄いキャミソール姿に部屋用のガウンを纏った姿で、ふかふかの椅子に座って書き物中のようだ。
手紙でもしたためているのだろうか?
「ザジル?
いるんでしょう? 降りてきなさい。」
自分以外誰もいない部屋の中で、イザベルは一度ペンを置く。
書き物は終わったのだろうか。
彼女は小さな細い指で何枚かの便箋を丁寧に折りたたむ。
機は熟している。
恐らくこれが最後の仕掛けとなるだろう。
果たしてあの子は、このイザベルの一手をどう躱すのか・・・
そんな事を考えて、王妃イザベルは自らの専属護衛に声をかけた。
「はっ、ザジル、ここに。」
一人の男が、部屋の隅に片膝をついた姿勢で現れる。
物音一つさせずに。
普段はこの男、王妃の居室の天井裏に控えている。
国王がイザベルと睦む時でさえも。
もちろん、日中は通常の王宮の警備がいるが、
彼女が一人或いは自室にこもる時は、この銀髪にして氷のような瞳を持つ青年が必ず護衛している。
なおこのザジルという男、
神聖ウィグル王国の人間でもイザベルの故郷の人間でもない。
もとは東方にある九鬼帝国というところの暗殺組織の人間である。
彼は組織を裏切り、イザベルの故国にやってきた。
その後、大陸戦争に加わり、400年前の大国の王アスラによって創られたという軍事施設を奪取するのに多大な貢献を果たした。
その出自と卑しい身分から、彼の名が世に知れ渡ることはなかったが、
その功績を以て神聖ウィグル王国に嫁ぐイザベルの専属護衛に選ばれたのである。
ぶっちゃけると王妃となるイザベルのご指名である。
そして内政的にも、一度でも裏切り行為を働いた人間を国内に留めるよりかは、
外に出してしまった方が煩わしいこともないだろうとのことだった。
ちなみにイザベルが彼を選んだことについては、
「やっぱり傍に置くなら若いイケメンを選ぶよね」と思われたらしい。
公式に広まっている理由としては、
イザベルが大陸戦争で活躍した英雄達に多大な憧れを持っていたことは比較的有名であり、
世間知らずな貴族令嬢にありがちな選択だったと万人に納得された。
ザジルの紹介はこんなところでいいだろうか。
「ザジル、少しお話があるの。」
「はっ、なんなりと・・・しかし王妃殿下の警護が・・・。」
「ふふ、こんな後宮にまで入ってこれる者はいないでしょう、
それに、このところ怪しい動きを見せていた九鬼の暗部の元締めは・・・
あなたがその自分の手で葬った・・・そうでしょ?」
王宮内に国外の暗殺者が忍び込まれたという時点で、この国の警備にかかわる者の大失態だが、見事このザジルが打ち倒したことで、彼の評価は高まっている。
「それは・・・ですが、あの方のお付きのセザンヌ様でさえ・・・。」
けれど、そこで安心してはならなかった。
頭を潰したとて、まだ手足が残っている。
敵の親玉を潰し、ほっと一息ついた彼らを嘲笑うかのように、
この国の王位継承権第一位にある王女の、お付きであった盲目の女性が殺された。
「ああ、あのメ〇ラが死んだのはいい気味だわ。
表立って、私達と敵対しようとするから・・・
本当に・・・バカなヤツ・・・。
もっと、賢く立ち回れば良かったのに・・・。」
ザジルには、人の心を読んだり他人の内心を推し量れるような特技などない。
それでもイザベルの言葉の裏に、隠された感情が潜んでいることは理解できた。
「さて、ザジル、
あなたはこれまで立派に私の護衛をこなしてみせたわ。」
「・・・もったいないお言葉です・・・。」
「そんなあなたに聞きたいことがあるの。」
「・・・なんなりと・・・。」
「私の正体は知っているわね?」
彼女の正体・・・
隣国イズヌから王妃として迎えられた辺境伯の娘・・・
だがそれは正解でありながら違うとも言える。
「・・・何のことか私には・・・。」
「とぼける必要はないわ?
私が他に誰もいないところでフラアやセザンヌと秘密の話をしていた時も、
お前は天井裏で私達の会話を聞いていた筈よ?」
そう、彼女は自分の秘密を完全に伏せていたわけではない。
もちろん、理由がある。
そもそも前世からのつきあいがある盲目のセザンヌに対して、外見の変化など何の意味もない。
面と向かった段階で自分の正体は露見する。
精神障壁を展開したならば?
何故二十歳にも満たない箱入り令嬢がそんな技術を身につけているのか。
逆に怪し過ぎてすぐバレる。
ならさっさと正体を曝してしまってフラアの信用を得るべきだ。
それがイザベルのスタンスだった。
「いえ、・・・それは。」
当然体術しか取り柄のないザジルに、反論できる弁舌などどこにもない。
もっとも当のイザベルには、そんな事はどうでもいいようだ。
「まぁ、聞きたいのはその事でないの、
お前が知っているのは私も理解した上で次の話。」
「・・・。」
「どうして私がイザベルに取り憑いてる悪霊だと、どこにも報告していないの?」
「それは・・・王妃殿下こそ、
私が聞いてることをご存知なのにそんな事を」
「質問しているのは私よ?」
彼女はザジルの言い訳を許さない。
彼の言葉を塞ぐように質問を繰り返す。
「それは・・・
あまりにも突拍子もない話で、証拠も何もございませんし・・・。」
それはそうだろう。
王の妃に悪霊が取り憑いて操られているなどと、どこの誰がどう信じてくれると言うのか。
「もっともらしいことを言うけども、
少なくとも私の話を王位継承権第一位のフラアが直接聞いているのよ?
彼女の証言があると言えば、卑しい身分のお前の話より信憑性が出て来るわよね?
この国の王妃に化け物が乗り移っているなんて、国を揺るがす大事よ?
それを報告しないのは、職務怠慢どころか背信行為だと問われて然るべきだと思わない?」
「それでは・・・
それこそ王妃殿下の話を誰にも喋っていないフラア様に責が生じてしまいます。
あの方がどこにも喋らないおつもりなら、私は・・・。」
続きます。