第三百七十話 いま麻衣がきょどってるの
久しぶりにあの方のお名前が出ます。
<視点 メリー>
女神との話し合いは終わった。
答えは出なかったけども確かに有意義だったと思う。
後は私に有り余る時間を使って思考の海に沈めばよいのだ。
私が壊したテーブルの代わりを布袋がどこからか持ってきてくれた。
あらためてみんなにお茶が出される。
・・・私の前にも出してくれたけど飲めないのは分かっているのよね?
もう少し雑談をしたら、この女神の世界樹洞ともお別れだ。
今後の流れだが、真っ先に深淵の黒珠をダークエルフの街エルドラに返却に向かうという。
その後、森都ビスタール、グリフィス公国という流れになるようだ。
ローゼンベルクという街には、マルゴット女王と打ち合わせをすませてからでいいだろうとのこと。
そういえば、さっき頭の中に一つ浮かんだ事がある。
自分のことではなかったので重要な話ではない。
ただの興味本位。
「ねぇ、麻衣?」
「は、はい?」
わたしに問いかけられると予想していなかったのか、
いえ、逆に気付いていたのかしら?
麻衣はビクッと反応する。
私が気になったのはほんの些細なことなのだけど・・・。
「リーリトの・・・あなたの一族の神の名は何と言うの?」
しばらく答えが返ってこない。
何故ここで迷うのかしら。
「麻衣?」
ようやく覚悟を決めたかのような表情ね?
麻衣の口はゆっくり開かれる。
「リ・・・リーリトの神様の名前は・・・ヴォーダン、です。」
「ヴォーダン?」
聞き覚えがある。
確か中欧神話の神様では?
そこはカラドックも同様なのか、口を挟んできた。
「ヴォーダン?
確かゲルマンの戦争の神様だっけ?
戦争で死んだ兵たちの国を治めるとかなんとか・・・。」
なるほど、圧倒的な武力と破壊の象徴ともいえるアスラ王のイメージに近いのだろうか。
「あ、ええ、カラドックさん詳しいですね?」
麻衣がぎこちない笑みで対応する。
突っ込まれると不味い話でもあるのかしら。
「ドルイド魔術の研究をする時、古代民俗は避けて通れないからね。
でも麻衣さん、君は純粋な日本人のはずでは?」
「ああ、あたし達の一族は国籍に囚われませんので・・・
ただ日本の神話だとスサノヲノミコトがそれにあたるって聞いてます。」
・・・だめだわ。
いえ、もちろん知ってるの。
名前も有名だものね。
ただ違うの。
私の二次元知識が邪魔をして、いろんなマンガ小説ゲームの設定ばかり記憶に詰まっているから、どれが正しい知識か分からないのよ。
そこで存在を忘れていた女神が口を開く。
「ああ、それなら・・・
私の地下世界ではポセイドンが『あの方』の血の中に眠ってらっしゃると聞いたことがあります。」
ポセイドン?
布袋どんは関係ないのかしら。
「ポセイドンですか?
ギリシア神話の海の神様の?
・・・これは逆にイメージがかけはなれていくような・・・。
いや、そう言えばアスラ王はトリダントゥという三又の鉾を愛用していると恵介から聞いたな。
三又の鉾と言えばポセイドンの武具だったと思う。」
本当にカラドックは博識ね。
彼の頭の中には余計な情報は混入してないのだろうか?
でもそれくらいは知っているわ。
私も海の神様のイメージを思い浮かべるのだけど、どうもそれは誤った知識らしい、
すぐに女神が否定してきた。
「それについては聞いています。
何でも地上の言い伝えでは、
ポセイドンの地位が貶められて海の神に変えられたと言ってました。
本来は大地の守護者と言われている神ですよ。」
へぇ、それは初めて聞いたけども、あまりアスラ王とはイメージが・・・
あ、いえ、天使シリスが空からやって来たとすると、
アスラ王は迎え撃つ地上の神という設定か・・・。
カラドックもへぇと興味深そうに感心しているわ。
しばらくしてから麻衣が私に問い返してくる。
「あの、メリーさん、でもなんで今その事を?」
「・・・ああ、いえ、自分でもよくわからないわ。
何か参考にならないかと思って・・・。
ていうか、麻衣、
あなたもやけに落ち着きない素振りをしていない?」
何か隠し事でもあるのかしら?
「うっ、そ、それはですね・・・。」
「ここでは話しづらい事?」
別に虐めるつもりはないのよ?
なんなら別の機会に教えてくれてもいいし、
無理ならどうしてもというわけでもないし。
「・・・いえ、メリーさんの方とは関係なく、
あたし達のルーツの方で・・・。」
「あなた達の? それは聞いても?」
ということは麻衣の種族というリーリトのことだろうか。
「いえ、あたし達リーリトに伝わる話ってのは、
やっぱり他の宗教や神話と微妙に異なるんですけども、
でもあたし自身、自分たちが伝える神話が正しいのかって言われると、
どうも自信がないというか、
さっきイブの話とか出たんで特に・・・。」
そういえば、リーリトというのはアダムと一緒に作られたという話よね?
えっちする時に、アダムの下に組み敷かれるのが我慢できなくて出ていったとか。
その後アダムのカラダからイブが作られ、イブが蛇の誘惑を受けて「知恵の樹の実」を食べてしまう。
麻衣の話だと、その後リーリトは「生命の樹の実」を食べて不死となるらしいが、実際は普通の人間より長生きするだけとのこと。
後は女性しか産めないとも言っていた気がする。
「それで?」
「リーリトって名前が出て来るのはユダヤ教の口伝だそうです。
聖書には既にその存在は削られたのか、一切記されていません。
じゃあ、あたし達の存在って、ユダヤ教にしか語られてなかったのかなって。」
(実際は古代バビロニアにまで起源が遡れるとの説もあります。
あとがきにwikiからの引用を。)
「・・・。」
「人類創造とかノアの洪水とか世界レベルでお話があるのに、
どうしてあたし達の存在は他に語られないんだろうって思ってたんですけど、
最近、日本神話にそれっぽいのを見つけたんですよね。」
「ああ、それは興味深い話だね?」
カラドックも知識欲が刺激されたようだ。
私には関係ないと思うのだけど、何がどう話が飛ぶか分からないので一応耳を傾ける。
「ええ、コノハナサクヤとイワナガヒメ。
多分、これが日本におけるイブとリーリトの物語だと思うんですよね。
コノハナサクヤは美しいけど花のように短命、
イワナガヒメは醜いけど石のように長寿、
花婿がイワナガヒメを選べば人間は不死を享受できたんじゃないかってくらいな話なんですけど・・・。
・・・ていうかあたし達は知恵の実食べてないからバカなんじゃないかとか、
石のように醜い一族とか言われているみたいでとても不快な話なんですけどね・・・。」
そう言われると不名誉な扱いを受けているわね。
苦虫でも噛み潰したような顔をしているわよ、麻衣?
昆虫食はやめた方がいいわ?
というか苦虫を噛み潰すって、その慣用句の人はどうしてそんなものを食べようと思ったのかしら。
「死の起源説話か、
それは確かバナナ型神話といって、東南アジアやポリネシアに広く分布する神話だって聞いたことがあるな。」
「カラドックさんイギリス人ですよね・・・
博識すぎる・・・。」
「はは、たまたまだよ、
でも誰も麻衣さんのこと、そんな風に思ってないからそこは安心していいと思うよ。」
「そ、そうですかね?」
嬉しそうね、麻衣。
まぁ、もちろんカラドックもお世辞でなく本心からそう思っている。
それも麻衣には分かっているからこそなのだろう。
「カラドックの言う通りだ、
麻衣さんは賢いし、優しいしかわいい子だと思うぞ!」
「えっあ、は、はい・・・
ケ、ケイジさんありがとうございます・・・。」
ケイジも本心なんだろうけど・・・
年頃の女の子なんだからセリフの使い方には注意した方がいいと思う。
おかげで微妙な雰囲気になっているわよ。
麻衣もリィナに視線飛ばすのはやめた方がいいわ。
いま必要なのはカラドック得意のスルースキルよ。
引用
エンリルが若者であった頃、とあるニップル市内。処女ニンリル女神は母親ヌンバルシェグヌから「エンリルの目に止まっては困るので、ヌンビルドゥの河へ行ってはいけない。外で水浴びをしてもいけない」という忠告をくどいほど受けた。しかしニンリルは言いつけを破り、聖なる河で水遊びをし、ヌンビルドゥ運河の土手を歩いてしまったために、エンリルに目を付けられる。エンリルはニンリルを口説くと、ニンリルは頑是ない態度であられもないことを口走った。エンリルは彼の従神ヌスクが用意した船の上で、思いを遂げんとばかりにニンリルを強姦。このたった1回の行為で、ニンリルはシンを受胎してしまう。
エンリルは神々の指導者であるにもかかわらず、強姦の罪に問われ「50柱の神々」と「運命を決する7柱の神々」によって逮捕・天界を追放され、冥界へ落とされた。あろうことか、このとき被害者であるはずのニンリルは、エンリルを追って自ら冥界へ旅立ったという。
引用終。
「エンリル」と呼ばれるその名はシュメール語で EN「主人」、LIL「風」
「ニンリル」はNIN「女王」、LIL「風」
・・・さてみなさん日本神話で似たような話がありませんでしたでしょうか。
ん? ギリシア神話の方が似てる?
別の話で「LIL」はメソポタミの悪霊とも・・・
ここからLilithに変遷したのか・・・。
少年
「おまえ、ほんとろくでもない事しかしてないよな。」
大地の底に眠る巨人
「いや、あの、物語だから。作り話だから。」