第三百六十九話 いま超混乱しているの
<視点 メリー>
ミカエラが・・・?
待って、有り得ない・・・だって、あの子は・・・
女神は私の混乱などお構いなしに、無慈悲な言葉の矢を浴びせ続ける。
「あなたはさんざん、お嬢様を自慢してらっしゃったじゃないですか?
その通りです、
親バカなんかじゃないですよ、
あなたの目は間違っていません。
本当にその子は時代が時代なら、大勢の人間を惹き付けたカリスマになったでしょう。
望めば、宗教団体の教祖にでもなれるし、
その気になれば一国の女王にもなれたかもしれません。
それだけの才覚をお持ちのように見えますよ。」
確かにあの子は行動範囲は狭かったかもしれないけど、
どこへいっても、老若男女問わずみんなから慕われていた。
街の中の出来事だから、そんな大きな事件とかはなかったけども、
突発的なトラブルや事件が起きても、悲壮な顔一つ見せずに、積極的に問題を解決させていく。
・・・そう、私自身これがアスラ王の血筋の影響かと納得していたではないか。
いえ・・・違うの?
それはアスラ王の血縁など関係なく、
もとからミカエラにはそれだけの才能があったということなの?
だけど今この場で疑問の声を上げるべきはこっちの話だ。
「でっ、でもあの子は・・・
確かにアスラ王の子孫ではあるけども、シリスの血は一滴も入ってないわ!!
アスラ王の封印を解くのはミカエラにはできない!!」
そこで女神は申し訳なさそうな顔をする。
「あっ、大変言いづらいんですけども・・・。」
「なにを・・・?」
「そのアスラ王の封印を解くのに、天使シリスの子孫が必要だっていうのは誰が決めたんですか?」
「えっ?」
今度は何を言い出したのか、
この私が手玉に取られている?
女神が何を言いたいのか先が全く予想が出来ない。
「そのアスラ王ですか? それとも天使シリスという人が?」
あれ?
そう言えば誰だったっけ?
「えっ、ちょっと待ってくれる?
私は当事者じゃ・・・でも確か、
その国の・・・アリヒズリの『神に愛された王』エアの預言で・・・。」
「預言というのは予知ですか?」
「いいえ、違うわ・・・・
国王エアが眠りに就いていると・・・
『神』が降りてきて、様々な国難が起こることを教えてくれるとか・・・
天空からの災厄のことも、その神から・・・
それを打ち破るアスラ王の遺産のことも・・・。」
女神の追及の目が厳しい。
私を射抜くその目に容赦の念は全く感じられない。
「その『神』とは誰のことですか?」
誰ってそれは・・・光の・・・
あ
「黄金色の瞳の男・・・。」
嘘、よ、ね ?
「・・・その方の予言は信用できると?」
あ、そ、そんな・・・まさか・・・
「そんな・・・まさかそんなところからあの男の掌の中なんて・・・。」
「ですが、先程の麻衣様の話でもありませんが、それを保証できるようなものは何もありませんよ?
あくまでメリーさんの記憶の中の情報から、そうではないかと推測しただけに過ぎません。」
けれど、女神の指摘を否定する事が出来ない。
彼女の推論は根拠がないというだけで、筋そのものに何の矛盾もないのだ。
唯一あるとすれば・・・
「でもどうして・・・すべてが終わった後にあの子が生まれるなんて・・・。」
そこで私の思考機能がストップした。
・・・えっと、
ここはどこかしら?
いま、なにをしていたっけ?
そうだ・・・確か、今・・・
・・・どうやら再起動できたようだ。
私の名はメリー。
いま、混乱しているの。
ステータスに状態異常はついてないから安心して?
この場で女神や麻衣から聞いた話は、確かに今までの私からは考え付くことも出来ない新しい解釈だ。
・・・問題はその全てが私にとって受け入れがたい話になっていること、
そしてそれらを確かめる術がないことだ。
最初にこの世界で受け取ったメッセージは何だったかしら?
私の知りたかったものがある?
けれど、それが真実とは限らない?
真実は一つとは限らないとも言っていた。
これって・・・言い換えれば、
たった一つの真実などない・・・ということなのだろうか。
だから・・・いくらでも言いたいことが言えてしまう。
ならば・・・後は私が信じたい事だけ信じていればいい・・・ような。
なぜ今、あの男の姿を思い出すのだろう。
あの黄金色の瞳で、
「君がそう納得できたのなら・・・それでいいじゃないか。」
そんな事を言われそうだ。
いえ、まだ納得していないわよ?
ただ、
私には私の物語があり、
夫には夫の物語があり、
あの子にはあの子の物語がある。
それぞれは同じ舞台ではあっても、別々の物語なのだろうか。
それこそまるでパラレルワールドみたいね。
ウェールズの魔女、フェイ・マーガレット・ペンドラゴンと、この世界のマルゴット女王が、他人から見れば同一人物と見紛うほどにそっくりでも、それぞれ全くの別人だとしたら・・・。
私は・・・いえ、人間は元々、自分の作り出した幻影を相手にして生きていることになるのだろうか・・・。
「・・・メリーさん、いかがですか、ここまでお話をしてきて・・・。」
私の周りで時間が動き始めた。
今回はどれくらい思考の海に潜っていただろうか。
うん、一時、思考そのものを停止していたけども、
周りからは区別されることはないだろう。
「正直、困惑中よ、
でもとても参考になったわ、
お礼を言わせてちょうだい・・・。」
「それはよかったです・・・。
では私の役目もここまででよろしいでしょうかね?」
「・・・そうね、答えが出たわけじゃないけども、
あとは自分自身の問題だもの。
また一人になって落ち着いて考えてみるわ。」
私は視線を床に落とす。
とはいえ、これから何を考えればいいのだろう。
「ああ、そうそう。」
女神さまが言い忘れたことでもあったかのように私に声をかけた。
仕方がないのでもう一度女神を見上げる。
「まだ何か?」
「いえ、あなたの記憶を視て、ここで話せることは以上です。
この後はたまたま私の能力、『運命の三女神』で視えた未来の一光景です。
グリフィス公国の中の一つの街、ローゼンベルクという街においでなさい。
ヨル様の新しい武具もそこで入手できるでしょう。」
「予知能力?
そこで何が視えたの?」
「・・・いえ、冒険者にありがちな事件はあるようですが、
それほど大きな事は起きないと思います。
ただ・・・メリーさん、あなたが膝をついている映像は視えましたね。」
私が?
膝をつく?
「もう少しヒントはないの?
私が勝てない魔物でもいるのかしら?」
「ああ、申し訳ありません、
そういう血生臭い話ではないようですよ。
なにか、石碑のようなものを前にしていたかと・・・。」
この話も全く分からないわ。
でも物騒な感じはしないわね。
「急ぐ必要もないのかしら?」
「・・・そうですね、
先の石碑のようなものもずっとそこにあり続けているのでしょうから、
他の用事を済ませてからで大丈夫だと思いますよ。
・・・ただ邪龍については私にも見通せませんので、
討伐に向かう前にした方がいいのは確かです。」
「他に誰かいるのかしら?」
「そうですね・・・
私に見えたのは貴族の様な一組の家族と・・・
従者か護衛か、白い豹のような若い獣人、それだけです。」
貴族に獣人か・・・
カラドックのパーティーに合流するまで
何人かの貴族や獣人と接しているけど、
知り合いにいそうな感じもしない。
そもそもそのローゼンベルクという街には訪れたこともないのだから、
初対面の人間たちなのだろう。
ではその石碑のようなものに何かあるというだけか・・・。
メリーさんのここでのお話は、
あと一つだけどんでん返しがあります。
ただ、ずっと同じ話をするのも申し訳ありませんので
次回からは少し別のお話をします。
先にバラしますと、この物語の設定というより、
現実世界の神話のお話です。
物語の舞台背景についてと思って頂いても構いません。
一応この物語は私が作ったフィクションではありますが、
世界各地の神話に基づいて作っていますので。