第三百六十六話 いま、キレそうなの
<視点 メリー>
あの二人が不死の妖魔に何かしたかって?
・・・とは言われても・・・
「・・・それは聞いてないわね。
私が知っているのは、『あの子』が不用意に骸骨のような老婆に触れてしまい、心臓が止まってしまったこと、
彼女を助けようと夫が攻撃をしかけて、枯れ木のような目玉のない男の妖魔に全て防がれてしまったこと、それだけよ?
その後、夫は彼女を置いて逃げ出してしまったそうだから。」
二人の妖魔の姿を話したためか、リィナの顔が強張っていた。
それにさっきの説明も含めると、その妖魔たちにはリィナの天叢雲剣も通用しないことになるのだ。
間違っても出会いたくない相手だろう。
「とんだ腰抜け野郎だったんですね、
・・・いえ、落ち着いて考えれば、無理もない気はしますけど。」
そして私に話を合わせてくれているのだろうけど、
そんなおぞましい話を聞いても眉一つ動かさないどころか、ナチュラルに私の夫をディスる麻衣。
彼女も普通の神経ではない。
「そう、普通の神経だったら、その場で失禁して気絶するレベルだと思うのだけど、
お姫さまを救う勇者としては足りなかった。
所詮ヒーローにはなれない中途半端な男だったの。
・・・結局一晩経って無事に生きて彼女は帰ってくることはできたわ。
何でもその森の中でしか蘇生できないそうだったらしいわ。」
「あ・・・それだ。」
「あら? それって?」
「その子に『闇』属性ついたの、それが原因ですよ。
『祭司』のほうはまだ・・・あ、いえ、『祭司』はイブのほうか、
そこで何らかの儀式を受けた?
・・・そこで彼女は『受け入れた』?」
一人で納得しないでくれるかしら?
「待って、何を言ってるのかわからないわ?」
「あ、す、すいません、
あたしの称号の『闇の巫女』も、あたし自身がそれをある程度認めてからステータス画面に表示されたみたいなんで・・・。」
「ステータス画面に?
『称号』と言えば・・・」
私は女神を見上げる。
「称号は女神さまが認定しているの?」
彼女はすぐに答えてくれたけど、まるで濡れ衣でも着せられては敵わないとでもいうように、首を・・・あ、世界樹に埋まっているから首は振れないのね。
「私を含め、この世界において神格を有していれば、称号を与える事は出来るようです。
ただ、あの・・・お判りでしょうけど、元の世界で人間だった私にそんなマネはできませんからね?」
「それはそうでしょうけど・・・。
だいたいどうして、あの子がそんな・・・。」
さすがにその理由までは麻衣にもお手上げのようだ。
「ちょっとそこから先はわかりませんね。
想像するだけでも無駄なような気もします。」
「ちょっといいかい?」
話の終着点が見えなくなっていたところにカラドックが口を挟んできた。
「なにかしら?」
「・・・私は部外者だとは思うんだが、
どうやらその黒髪の子とやらは私の子孫なのだろう?
なら少し私も口を出させて欲しい。
今までの話をまとめると、
私達の世界には、時代の要所要所にアダムとイブに相当する男女がいたと。
そして、メリーさんのそのカラダは、一人のイブをモデルにしていた。
そしてそのイブ本人は・・・神様? の、呪いで特別な場所から出られないように閉じ込められていた・・・。
そこへ私の子孫の女の子がむやみに立ち入ってしまい、
その子もイブになってしまった、ってことなのか?」
あれだけでそこまで把握したのか、
この突拍子もない話を。
さすがは斐山優一の息子ね。
だがこれには私は答えられない。
カラドックもそれがわかっているのか、私と麻衣を交互に見やる。
じゃあ、お相手は麻衣に任せるわ。
「あ、はい、・・・だいたいはそれでいいかと。
でもイブって役割がいつの時点で課されるのかはあたしにもわかりません。
その二人の妖魔に何かされた時かもしれないし、
あるいは・・・既にその子はイブの役割を持っていて、
それで妖魔に目を付けられたってこともあるかもしれないし、
生まれた時から決まっていたことかもしれないし。」
「うう、ん、話だけ聞いていると、
その、何かよくないものを、先代のイブから次世代のイブに引き継がされたようなイメージなんだよねぇ?
それで先代のイブは役目が終わってその土地から解放されたってことなのかな?」
なんですって。
それならその先代のイブとやらも、あの子を破滅に追いやった容疑者じゃない。
一体どこへ消え去ったというの?
この人形のカラダに五寸釘でも打ち付けてやれば、その女にまでダメージを飛ばせられないだろうか?
確か感染呪術といったかしら?
しかし麻衣は腕を組んで難しそうな顔をする。
「うう~ん、・・・それは直接そんな関係はないと思うんですけどねぇ・・・。」
「それはどうしてだい?」
「いえ、あたしも詳しく知らないんですけど、
フラウ・ガウデンて人たち・・・
あ、ちょっと待ってくださいね?
ええっと、マリーちゃんが生きてた時って、今から500年くらい前かな?
あの子も自分の村の中でしか暮らしたことないって言ってたから、自分が生きてた時代のことも詳しく知らないってことだし、
それにフラウ・ガウデンて人たちが生きてたのは更に遠い昔の出来事で・・・
あ、すいません!
メリーさんやその黒髪の子たちが生きていたのは、あたしの時代から400年も先なんですよね?
ってことは、フラウ・ガウデンがイブとして生きていた時代から、黒髪の子が生きていた時代まで千年以上の開きがあるんですよ。
その間、他にイブが生まれなかったわけはないと思うんですよね。
だとすると、フラウ・ガウデンが次の世代に何かを引き継いで、お役御免になるっていうのが、しっくりこないっていうか、話が合わないっていうか・・・
それにさっきも言いましたけど、その二人の妖魔、神様から永久にそこから出られない罰を受けてる筈なんですよ。
そんな、役目を受け継がせるなんて毎回行う儀式のようなことしたからって、解けるような呪いじゃない筈です。」
今度はカラドックが難しい顔をしている。
張り合わなくていいのよ?
「カラドックさん?」
「いや、済まない、麻衣さん、
君の言葉を否定するつもりは全くないんだけど、
だとすると、こうは考えられないかい?
それが可能かどうかはわからないんだけどさ、
タグ プレイ・・・鬼ごっこってわかる?」
は?
「・・・え?
鬼ごっこって・・・。」
「つまり、そのフラウ・ガウデンて妖魔は、
次世代のイブに、呪いを・・・自分にかかっていた呪いを擦り付けた、ってことは・・・。」
私のカラダが熱くなる。
この人形に体温も温度感知能力もないにも拘らず。
「そ、それは・・・!?」
「つまり引き継いだのは『イブの役割』ではなく『呪い』のほうってことさ。
さっきも言ったけど、可能かどうかは分からないよ。」
・・・抑えが効かない・・・
限界だ。
「り、理屈は通る・・・え、でも、カラドックさん、待ってくださいそれ」
テーブルを破壊する。
麻衣が何か喋っているが知ったことではない。
私は立ち上がってテーブルに手をついた瞬間、
勢いあまってテーブルを真っ二つにへし折ってしまった。
テーブルマットとか紅茶のカップとか全部滅茶苦茶になってしまうが、
今の私にはそれらを構う余裕はない。
「やめて! もういい加減にしてっ!!
あり得ない!!
あの子は何にも悪くないのよ!?
地上の人々を救って!!
国民に愛され!!
戦場では傷ついた兵士たちを一心に看護しつづけたあの子が・・・
家族も殺され!
信頼していた部下も仲間も殺されて・・・それで、
なんで・・・どうしてあの子が磔にされてまで・・・
しかもそんな訳も分からない呪いまで引き受けなきゃならないっていうのっ!!
そんなの・・・そんなの救いがなさ過ぎる!!」
ラプラスと布袋が無言で後始末をしてくれる。
タバサが周辺の人間に怪我か火傷はないかと気を配る。
無関係な人間にとばっちりをかけてしまったことは申し訳ないとは思う。
けれど
「・・・メリーさん、謝罪する。
不用意な発言をしてしまったようだ。
けれど、君は私の子孫を大事にしてくれたんだね・・・。
その事については本当に嬉しいよ・・・・ありがとう。」
「・・・やめて。
私にはお礼を言われる資格なんてどこにもない。
あの子をそこまで追い込んだのは私も一緒なのだから。」