第三十五話 ぼっち妖魔は外道を容赦しない
<視点 麻衣>
初のダンジョン探検を終えたあたしは宿泊してるランプ亭に戻ってきました。
ちなみに、あたしは売却したクマ肉の一部を買取ってます。
ランプ亭へのお土産です。
「ただいま戻りましたー!!」
「あ! いとー様!
お帰りなさいませ! ご無事で何よりです!!」
ローラちゃんが出迎えてくれました。
自分とちょっとしか歳の違わないあたしが、ダンジョンに潜ること自体びっくりしてたようですから、無事に帰ってこれるか心配だったようです。
あたしとしても、こっちの世界に歳の近い子いないんで安心するんだよね。
「ローラちゃん、ダンジョンのお土産なんだけど、ここでクマ肉調理できる?
大丈夫そうなら他の宿泊してる皆さんにも振舞ってあげて構わないけど。」
「ホントですか!?
ありがとうございます!
あたしじゃまだできませんけど、お母さんなら調理できない肉はない!
という自慢の腕前なのでバッチリです!
今夜は間に合いませんけど明日の夕食にさせて頂きますね?」
あ、明日は冒険者ギルドで宴会だあ。
「そうだ、ごめんなさい、
魔物の肉がギルドにたんまり納品できたんで、明日は夕食要らないんだ。
あっちで宴会なのよ。」
「そうですかあ、それは残念です。
でも下拵えとかこちらの宿でお母さん自慢の味付けできますからね、
冒険者ギルドの料理には負けませんよ!
明後日の夜は期待してて下さい!
あ、そうだ、それじゃ宿泊予定の方は・・・。」
「あ、うん、かなり儲かったから一週間分払っておくよ。」
「わー、嬉しい!!
良かったら仕事空いてる時間にダンジョンの話とか聞かせてくださいね!」
どうやらローラちゃんも、歳の近い女の子のあたしと喋るの楽しみにしてくれたみたいだ。
この村にいつまでいれるか分からないけど、当分ここを拠点にさせてもらおうっと。
この日の夕食は食堂で食べた。
案の定、冒険者の宿泊客に声をかけられたけど、みんなあたしが召喚士だということが信じられなかったみたいだ。
そりゃね、外見上あたしは子供に見られてるんだろうからね。
まぁ冷やかされたり、おだてられたり、見下されてるような目もあったけど、適当に感情をオフにすることも出来たのでスルーしといた。
お酒飲んで絡んできそうな人もいたけど、同じパーティーらしき人が申し訳なさそうに回収していった。
ええ、ちゃんと気遣いできる人は好きですよ。
しっかり管理しておいてください。
この日はあたしも達成感というのか、いろいろ疲れてしまったので早めに寝ることにした。
明日は市場で衣類や生活用品をそろえる予定。
またエステハンさんの勧めで採集依頼をいくつかこなそうと思ってる。
あたしの遠隔透視と鑑定眼があれば楽にクリアできるものがいくつもあるという。
・・・そう、あたしは早めに寝ることにしたんだよ。
つまり邪魔すんなということだ。
でも世界はいい人ばかりじゃない。
この宿であたしを襲おうというバカがいたんだ。
「・・・おい、ブッカ!
鍵開け大丈夫なんだよな!?
時間かけらんねーぞぉ!?」
カチャカチャ
「・・・うるせー、黙って見てろオッチョ!
それより分かってるな!
まずは目隠しと口を塞げ!
後は刃物を首にあてときゃ何もできずにおしっこちびらせちゃうだけだぁ。」
カチャカチャ
「ヒヒヒ!
あの嬢ちゃん、かなり羽振り良さそうだったからなぁ?
身ぐるみ剥いでも美味しいし、人買いに売り飛ばしても金になりそうだしなぁ。」
「オッチョ、そこでお終いじゃねーぞ、
俺らは奴隷として売り飛ばされた可哀相なお嬢ちゃんを、優しく買い取ってあげる紳士になるんだぜ?
だからここで顔を見られるわけにはいかねーのよ!」
「ヒヒッ、そこで奴隷契約結んで俺らに逆らえねーよーにすると!
悪党! 俺らって悪党!!」
「まぁ、売り飛ばす前に味見してみるのもいいな。
まだ発育途中だが出るとこ出始めてるぜ!
オッチョ、丁寧に扱えよ?」
「あ~あ、ブッカは少女趣味だったけかなぁ、
困った趣味だよなぁ!?」
「ぬかせ、オッチョ!
貴様だって無理やり女に突っ込まねーと、燃えねー性質だろうが!
人を変態みてーに言ってんじゃねーぞ?
お? 外れたぞ!」
「ゲヒヒヒヒ、さぁ、お楽しみターイム!!」
・・・なぁーにがお楽しみタイムなんでしょーかねー?
単にお金目当てだけだったら脅かすだけで見逃してあげようかと思った。
けれど、こいつらは外道である。
あたしに一切の慈悲はない。
食堂であたしに向けていた悪意に気付かないと思っているのか。
まぁ、普通は気づかないんだろうけども。
彼らは音もたてずにあたしの部屋の扉を開ける。
抜き足差し足であたしのベッドに近づいて、下卑た笑みを浮かべているのだろう。
でもそこまでだよ。
それ以上、顔を近づけんな外道ども。
「おじさん達、足元と頭上に注意。」
熟睡してる筈のあたしから声が出たのに明らかに動揺したんだろうけど、こいつら、せっかくのあたしの忠告を無視したようだ。
「ブッカ!
バレてる! 起きてるよこいつ!!」
「仕方ねぇ!
オッチョ、ふんじまっちまえ!」
馬鹿だね、ほんとに。
すぐに逃げ出せば助かったのに。
ていうか、顔を見られないようにしようとしてたくせに、互いの名前を呼び合うなんて・・・。
ボトッ・・・
「ん? なんだ、天井から・・・っ!?」
シュルルルルル・・・
「え? 足元に何か・・・あっ!?」
一人の首筋に天井から一匹の毒蛇がボタリと落ちる。
もう一人の足首にも二匹目の毒蛇が巻き付く。
さっき裏の林の中でテイムしといたんだよ。
おかげで溜まってたスキルポイント全部つかっちゃったよ。
あー、もう泣き叫んでも遅いから。
だいじょうぶだいじょうぶ、死にはしないよ、たぶん。
でも、毒の影響で後遺症は残るかもね。
「な、なんだよ、この子供っ、
目が・・・目の光がっ!?」
「ま、まさかこいつ、魔族かっ!?」
失礼だね、ちゃんと人間だよ。
まぁ今は瞳の色が変化してるからね、
暗闇だと眼球が浮いてるように見えるかもしれない。
「それより、人の安眠妨害した罪は重いよ。
その蛇に噛まれると、出血が止まらなくなって、高熱と呼吸障害出るけど、運が良ければ助かるからさ。」
「ふ、ふざけんな、小娘!
俺らを誰だと・・・!?」
「そ、そうだ、早くこの蛇どかせよっ!
大人を舐めると・・・!」
「あなたたちこそ、女子供舐めるな。
もういいよ、ガブっとやっちゃって。」
「お、おい! ちょっと!」
「や、やめっ!」
がぶ×2!
「「ギャアアアアアアアアッ!!」」
騒ぎで宿のご主人や女将さんが寝間着姿でバタバタ駆けつけて来た。
ホントに寝てた人達にはいい迷惑だよね。
申し訳なさそうにドアがノックされる。
あたしはのんびり返事した。
「はぁ~い。」
あたしの平和な返事にさぞ戸惑ったことだろう。
「い、伊藤さま、お休みのところすみませんが、いま大きな悲鳴がこちらで聞こえませんでしたか!?」
あたしはゆっくりドアを開ける。
そして無言で首を後ろの床に向けた。
そこには悶え苦しんでいる二人の馬鹿。
「あっ、この人達は!!」
「ここに泊まってる冒険者の人ですよね?
あたしを攫って奴隷商に売り飛ばすとか言ってたので返り討ちにしました。」
「ブッカさん、オッチョさん、
あんたら、なんて事を・・・。」
二人は涙と鼻水で顔をグチャグチャに歪めて訴える。
うん出血毒は痛いらしいね。
「ヒッ、た、頼む!!
い、医者に連れてく、か、僧侶呼んでくれっ、い、痛ぇ~っ!!」
「ご主人さん、こういう時はここらではどうしてるんですか?
警察みたいなとこあるんです?」
はい、冷たく機械的に対応しますよ、
慌てる事など何もありません。
「あ、えと、警察?
犯罪者は自警団に引き渡すもんだけど、伊藤様もこの人達も冒険者なんで、冒険者ギルドに連れてって処分してもらってもいいと思います。」
そっか、じゃあどうしようかなあ。
ギルドの人、呼んで来てもらうか。
そう思ってるうちに、ランプ亭のご主人さんが嬉しい事を言ってくれた。
「ああ、そんならリヤカー出しますんで、私がこの人達をギルドまで運びます!
人攫いなんてとんでもない事する人間に、宿に泊まらせるなんてできません!」
「助かります、
それに、そうですよね、
今回はあたしが狙われたけど、次にローラちゃんが狙われないとも限りませんもんね。」
はい、とどめ。
娘を持つ親にとってこれ以上はない脅し。
後で過剰防衛だなんて言わせない。
宿屋の人達もあたしの味方につける。
まあ、実際ローラちゃんは親と一緒に暮らしてるんだから誘拐するの難しいだろうけどさ。
外はさすがにこの時間は肌寒い。
ローラちゃんの防寒コートを貸してもらう。
夜になってから風が強くなったみたいだ。
ランプ亭のご主人さんが、うんうん唸ってる二人を乗せたリヤカーを引っ張ってくれて、あたし達は真夜中の冒険者ギルドについた。
ギルドって24時間営業してるんだね。
まあ、入り口が開いてて、エントランスには申し訳程度のランプが点いている。
受付は無人。
用がある時はカウンターのベル鳴らせというシステムか。
チ~ン!
とニ回くらい鳴らすと、暫くして眠そうな・・・
いや、普段と目の細さが変わってるのか分からないけどケーニッヒさんが出てきた。
「あれ、ケーニッヒさん、お泊まりの番なんですか?」
ケーニッヒさんは眠そうな目をこする。
「む・・・誰かと思えば麻衣ちゃんかの?
こんな時間に何かあったのかの?」
そこであたしはランプ亭のご主人さん呼んで後ろ二人の行状を説明した。
「ブッカとオッチョかの・・・。
前々からあまりいい評判聞かなかったけど、こんな下らないマネするとはの!
冒険者資格剥奪は覚悟するんだの!!」
「お、オレらが悪かった、から、はあ、はあ、医者を、いいい医者ぁ~!」
「ざ、寒いざむいざむぃああああ」
ケーニッヒさんは二人の症状を見てあたしが何したか理解したようだ。
「これ、蛇の毒かの?」
「ええ、即効性あるけど、致死性は少ない毒の蛇を選んだつもりですけどね、
ほっとくと取り返しのつかない結果になるかもしれません。」
「やれやれ、
もはや、麻衣ちゃんは初心者冒険者とは言えんの、
下手するとソロでも活躍できそうじゃの。」
「まあ、元いた世界でも厄介ごとには時々巻き込まれていたもので。」
「そうか、そういうことか、
通りで肝が座っとると思ったの。」
「そ、それよりあわわはやぐ~」
まだ人攫いどもが喚いてる。
早く諦めて試合終了すればいいのに。
ただケーニッヒさんはそこまで冷たい人ではなかったようだ。
震えて呻いている二人に近づくと、一人ずつに手を当てて・・・え?
呪文?
「『何人にも平等に照らす光よ、蝕まれしこの体より病魔を消し去り給え、ピュリファイ。』」
その後、ぼんやりした光が人攫いたちの体を包んだ。
その光はあっという間に彼らの体内に消えてゆく。
二人の顔から苦悶の表情が消えた?
「わしの解毒呪文じゃとこんなところかの?
後で薬飲ましてやるから暫く拘束部屋で大人しくしとるんだの。」
ランプ亭のご主人さんも驚いてる。
「光系の魔術士呪文!?
ケーニッヒさん、そんなレアスキルを!?」
あたしも驚いた。
でもケーニッヒさんは手を振って恥ずかしそうだ。
「ああ、違う違う、
わしは魔術士の適性なかったからの、
これは僧侶系呪文のほうだの。
まあ、どっちにしても才能ないから効果は小さいがの。」
「昼間のダンジョン探索じゃ、そんな素振り全然ありませんでしたよね?」
「うん、麻衣ちゃんやベルナ嬢が優秀じゃったからの、
一度も使う必要なかったしの。」
まあ、確かに治療呪文に頼るようなケガはしてない。
それにしても、ケーニッヒさん、ほんと優秀ってか、便利だな。
魔法剣士のベルナさんがなんでも出来る器用貧乏とか言ってたけど、ケーニッヒさんの方がホントに何でも出来そうなイメージだ。
「ケーニッヒさんの方が、もしかしてギルドマスター合うんじゃないですか?」
これはお世辞でなく半分本気で言ってみた。
でもケーニッヒさんはとんでもないと首を振る。
「わしはこの村の生まれでないしの、
この村で生まれ育ったエステハン殿の方がギルマスには向いてるの。
あの人のフォロー役に徹してた方が気も楽だし楽しいしの。」
その後、例の二人はギルドの裏手の拘禁室に入れられた。
そこは魔物を生け捕りにする必要がある時にも使われるそうだ。
明日、エステハンさんが来るのを待って正式に処分するとの事。
帰り際にケーニッヒさんが忠告してくれた。
「そうそう、麻衣ちゃんはもう中堅どころの実力ありそうだがの、
オックスダンジョンの地下六階層以下に潜るなら解毒呪文を使える人と一緒に行くといいの。
まあ、冒険者Fランクの内は入れさせないがの。」
ああ、しばらくダンジョンは結構です。
ていうか、そのフロア以下は毒持ちの魔物がいるってことですね。
うん、やっぱりいいです。
そして、ケーニッヒさんにお礼とお詫びをして冒険者ギルドを後にした。
付いてきてくれたランプ亭のご主人さんにもお礼を言った。
「とんでもない、
ウチの宿を使われて不快な目に遭われたんですから、こちらこそ申し訳ありません。
鍵とか早急に別な物を用意しますんで。」
まあ、今夜は早く寝ましょう。
さすがに眠いです。
宿屋の部屋に戻ったあたしは、テイムしてた蛇さん達を林に戻して今度こそ安眠した。