第三百四十三話 またいつかどこかで
<視点 ケイジ>
「「「「クッ!? クィーンッ!?」」」」
何が起きた!?
オレの脳裏に浮かぶのは、先に魔族娘ヨルに背中から槍で貫かれた執事シグの姿。
しかし現在、ベアトリチェの背後には誰もいないままだし、
あれは・・・ベアトリチェの胸から何か得体の知れない生き物が突き破ってるようにしか見えない。
「麻衣さん、あれは!?」
いち早くこの事態に気付いた麻衣さんにカラドックが声を上げる。
「あ・・・わ、わかりません、
突然、この空間に沸き上がった殺意で・・・
で、でもあれは魔物とか生き物とか、そんな生易しいものじゃ・・・。
それにあれ、ハイエルフさんの結界の中から生じている?」
そうだ、
小規模ながら、あのスケスケエルフが結界でベアトリチェたちを守っていた筈だ。
その結界を突き破って・・・いや今、麻衣さんは結界の中からと言ったか!?
冒険者パーティー「聖なる護り手」の死霊使いの女が、まだ立ち上がることも出来ないミュラを抱きかかえ、ダンや僧侶の少年が、今も気味悪く蠢く触手をどうにかしようと駆け寄るが、迂闊に近づくと自分たちにも攻撃が及ぶことと、その触手そのものがベアトリチェの体から生じているために、思い切った攻撃を仕掛けられないでいる。
力なく床に崩れ落ちようとするベアトリチェを、スケスケエルフが後ろから支えることで精いっぱいだ。
そしてベアトリチェの口から、
その忌まわしい名前が放たれる・・・。
「邪龍・・・ヌスカポリテカ・・・様。」
じゃ・・・邪龍だと!?
あれがっ!
彼女の胸から生えているあれがっ!?
その時、この宮殿全てに響き渡るような声が聞こえた。
『ベアトリチェよ、我との約定を違えたな。』
「監視・・・されていたのですのね・・・。」
『貴様ごときがその約定を翻すことなど許されると思うたか。』
「よ、良いのですか? まだ、不老不死は完全では・・・」
『もはや無用、既に眠りにつく必要もなく千年は活動できよう、
その間に、貴様のような召喚士を見つければ良いだけのこと。』
「ふ、ふふ、そんな都合よく、見つかるでしょうか、ね?」
『短い付き合いだったな、死ね。』
その瞬間、醜く蠢いていた触手がベアトリチェの体の中に吸い込まれるように消えていった。
パリィンッ
「うあっ」
今の音は・・・まるでガラスが割れるような・・・
いや、あれは魔石が砕け散った音・・・
それは・・・魔人ベアトリチェの・・・
「「「クィーンッ!!」」」
すぐに僧侶の少年が回復呪文をかけるが無駄だ。
既に、魔族執事シグの時に同じ経緯を見ている。
せいぜい、迫り来る死の時間を引き延ばすだけだ。
オレの「鷹の目」で見える。
もはやベアトリチェの目には生気がない。
ただ、ぼんやりと自らの愛し子、ミュラを見ているだけだ。
そのミュラは何も反応する様子がないな。
状況を理解できていないのだろうか。
やがて、ベアトリチェが力なく腕を伸ばす。
ミュラを求めているのだろう。
死霊使いが気を利かせてミュラを近づけるが、
未だミュラは母親を受け入れられないのか・・・。
「ミュラ・・・ちゃん?」
やめろ、
例え敵とは言え、女の、
「母親の」そんな悲しそうな顔などオレは見たくない。
「ケイジ?」
カラドックに声を掛けられるもオレの足は勝手に動いていた。
気が付くと、オレの後ろにはリィナも麻衣さんもついてきている。
オレが何をしようとしているのか、見透かされているのだろう。
途中、スケスケエルフの結界に引っ掛かったのか、ある一定の距離以上近づけなくなったので、術者である彼女に声をかける。
「ミュラに用がある・・・。
結界を解いてくれ。
悪いようにはしない・・・。」
一度スケスケエルフに睨まれたが、ダンが首だけ振って取りなしてくれた。
だが、礼を言っている暇はない。
「ミュラ。」
産まれたばかりの赤ん坊の癖に怪訝そうな表情を浮かべる。
あ、この表情、なんか見覚えあるぞ?
やっぱりこいつはミュラだ。
まぁ、もう前世を殆ど思い出しているなら、大人と思って扱ってもいいだろう。
「きみ・・・誰さ。」
オレは前世の姿じゃないからな。
分からなくても当たり前だし、今はどうでもいい。
「オレはケイジ、だがオレのことは気にするな。
そんな事より、そこにいるのは間違いなくお前の母親だ、
それはもう理解しているんだろう?」
「・・・だから、なに?」
「お前の前世の過去はカラドックから聞いている。
母親とのわだかまりもあるだろう。
けど、お前が本当の母親と出会えたのは、今この瞬間だ。
この瞬間を逃したら、お前は二度と母親の愛を知る事が出来なくなる。
受け入れてやれ・・・。
そこにいるのは間違いなくお前の母親だ。」
「ケイジ・・・様?」
ベアトリチェにはオレが何をしたいのか、すぐには理解できないだろう。
彼女にそんなお節介をする義理なんてないだろうしな。
だが、オレはオレがすべきだと思う事をするだけだ。
「きみには、わからないよ。
父親にも興味を持たれずに、母親にも裏切られた僕の気持ちを、
あの絶望を。」
絶望・・・か。
オレが味わったのは・・・
「・・・く、そうだな、『それ』はオレにはわからない。
だ、だが・・・じゃ、じゃあお前が信頼できる奴はどこにいるんだ!?
お前が心を許せる奴なんてどこにいるって言うんだよ!?
せっかくこの世界に生まれ変わったってのに、
前と変わらない絶望の人生とやらを繰り返すつもりなのかっ!!
またもっ、今後もっ、未来永劫にかっ!?
すくなくともっ、彼女はっ!
ベアトリチェは後悔して、やり直そうと言ってるんだぞっ!!
お前との親子としての仲を取り戻そうとしているのにっ、
今を逃したら、もう二度と会えないんだぞっ!!」
「・・・っ」
「う、あ、ケイ、ジ様・・・。」
ミュラから反論がなくなった。
けれど、ヤツの心は凝り固まっている。
ベアトリチェがオレに何か言いかけているが、いま優先するのはミュラの方だろう。
「あ、あのさ・・・。」
「リィナ?」
「リ、リナ?」
後ろめたそうにリィナが口を挟んできた。
ミュラも反応するが、リィナはリナじゃないからな。
すくなくともリナの記憶は持っていない。
「あ、あたしはリナって子じゃないからね、先に言っとくね、
でも聞いて欲しいんだ。
ここにいるケイジは父親に見捨てられて、母親とは病気で死別している。
あたしは両親の顔も知らない。
あたしは最初から何もなかったから、そんな寂しいとか辛いとか言った感情はないんだけど、やっぱり他の家族がいる人たちと比べると、
自分、て、なんかこう、何か足りないっていうか、ぽっかり穴が開いているような感じっていうか・・・
でも君はまだ、手を伸ばせば取り返せるじゃん?
あたしには何もないし、ケイジにはもう手が届かないのに・・・。
君はまだ、絶望するには早すぎるよ・・・。」
オレの言葉はどうでもいい。
リナの言葉でもどちらでもいい。
オレたちの言葉はミュラに届いているのだろうか。
奴も産まれたばかりの頭で考えてはいるのだろう。
だがベアトリチェにはもう時間がない。
「そ、そんな、ケ、ケイジ様、あなたはこの世界でも・・・。」
おい、ベアトリチェ、
凄い気になることを言ってくれたが、今はお前たちの話だからな。
「やり直しましょう。」
麻衣さん?
「き、きみは・・・」
「あたしのことはいいですから。
あなた達はやり直すために転生したんです。
偶然なんかじゃありません。
その為にあなた達に手が差し伸べられたんです。
早く、お母さんの手を取ってください。
今のあなたに失うものなんてないと思ってるでしょう?
でもそれはあなたが気づかないだけで、ちゃんとあるんですよ。
ここでそれを逃したら、この先、一生後悔が付いて回ります。」
やり直すために転生した・・・か。
そしてそれは偶然じゃない、と。
麻衣さん、それはオレにとっても同じことと考えてもいいんだよな?
お?
「ミュ、ミュラちゃん?」
ミュラの視線がベアトリチェを向いている。
まだ、頭の中では整理できてはいまい。
そんなすぐに人の心は変えられない。
だがヤツも心の中でいくつもの矛盾した感情を抱えていた筈だ。
そうとも、母親に裏切られたということは、
母親の愛に飢えていたからこそだ。
オレたちはアイツの心を変えさせようなんて思っちゃいけない。
アイツにそれを思い出させるだけで良かったんだ。
「ミュラ、それがお前が本当に欲しかったものだ・・・。」
オレはその言葉を最後に後ろに下がる。
リィナも麻衣さんも。
ゆっくりと、恐らく本人も意識してなかったのかもしれない、
ミュラの小さな腕が伸びる。
「ああああああああ、ミュラちゃん!
私のミュラちゃん!!」
「お、おかあ、さま・・・?」
「ごめんなさい、ごめんなさい!
ずっと、あなたに謝らなきゃって思ってたのに!
あなたを守らなきゃいけない筈なのに、あなたを苦しめてっ!
傷つけてっ! 本当に悪いお母様でごめんなさいっ!!」
二人が抱き合う。
そうとも、これが正しい親子の姿だ。
・・・正しい姿の筈なのに、
なんで
なんで視界がぼやけるんだろう。
見えない。
二人の姿がぼんやりして見えない。
オレのユニークスキルなら、どんな細部でも見極められる筈なのに。
グズッ、うまく呼吸も出来ないぞ。
おかしい、
カラダがコントロールできない。
オレは何か状態異常にでもかかっているのか?
「うわっ、ケイジさん、凄い涙っ!!」
えっ?
麻衣さん、なんて?
オレか、泣いているのか?
オレが!?
なんで目から汗がこんな大量に・・・!
ベアトリチェは一度だけオレたちの方を向いた。
既に声を出すのも辛そうだ。
「・・・あり、がとうございます、
伊藤、麻衣様、リナ様、
・・・そして栄誉ある騎士モーd・・・いえ、今はケイジ様、でしたね・・・。」
・・・おい。
今、出しかけた名前・・・。
「そして・・・ミュラちゃん、ごめんなさい・・・、
これからあなたのお母様として、ずっと一緒にいたかったのだけど、
お母様、ここまで、みたい・・・。」
「そ、そんな・・・。」
「でも、いい?
またきっと、・・・この世界じゃなくても、
どこかの世界であなたに出会いますわ?
その時こそ・・・本当にあなたのお母様として・・・
胸を張って、生きていけるように・・・絶対・・・
約束、いたしますわ・・・。」
「お母様、お母様っ!!」
「うふふ、何度そうやって呼ばれること、夢見た事か・・・
これが・・・しあわせ、・・・です、のね・・・ 」
オレが目から大量に溢れる液体をぬぐってその光景を目にした時、
すでにベアトリチェの目は閉じられていた・・・。
もう、この状況に新たな展開など何もない。
辺りには「クィーン!」という幾つもの声と、
ミュラの泣き声の洪水だけが響き渡っていた。
いつまでも
魔人クィーン編の舞台は次回で終了です。
後、残すは泡の女神と、邪龍戦ですね。