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第三百四十一話 ミュラの思い出


何の因果でこうなったのか、

目の前に、前世で死んだはずのお母様が泣きじゃくっている。


あれ?

頭の中で考えている言葉だけど、赤ちゃん言葉が消えているな?

もしかしたら凄まじいスピードで僕は成長しているのだろうか?

思考能力も発達し始めているのかな?

もう少ししたら、ちゃんと喋れそうだ。


あ、それでなんだったっけ。

そう、あの時の話だ。

死体を確認まではしていないけども、

僕が放った火にお母様が巻き込まれて、断末魔の叫び声をあげたのは、確かにこの耳で聞いた。

あれ以上、あの場に残っていては僕も無事に済むわけもない。

あの時、無理やりリナに引きずられなければ、僕もあの時点で死んでいただろう。


・・・お母様はあの時のことを覚えていないのだろうか?

もし僕に殺された事を覚えているのなら、

いま・・・無防備な赤ちゃんの状態は非常にまずい。

このまま首を絞められても抵抗できないだろう。


いまのところ、お母様が僕に殺意を覚えている様子はない。

純粋に母親としての愛情?


本当に?

あのお母様が?



思い出せ。



前世で・・・お母様に初めて会えると期待と不安でいっぱいだったあの時、

「あなたの息子、ミュラです・・・。」と名乗った時、


お母様は両手を拡げて僕を歓迎してくれた。

ああ・・・僕が遠ざけられているなんて思ったのは杞憂だったんだ・・・

ぎこちなくも感動的な再会のシーンを迎える事が出来たと思ったのに、

お母様の瞳に妖しい光が灯った瞬間、僕の背中に冷たいものが走った。


なんだろう?

やけにスキンシップが過剰だなと思った。

でも僕には普通の母と子が、どれだけの親密さを持っているかなんて、全く知らなかったのだ。


唯一、ある意味僕と同じように、生き別れになっていた朱全、朱路と陽向さんとの再会シーンは覚えていた。

陽向さんも涙を流してあの二人の兄弟を抱きしめていたっけ。


そう・・・その時と同じような・・・

本当か?

何かが決定的に違うような気がしてならない。


父親がいないとは言え、無事に再会を果たしたあの家族が羨ましかった。

僕にもお母様に抱擁してもらえる日は来るのだろうか?

そんな資格などありはしない筈なのに。



そしてその願いは叶った。

・・・僕の願いは叶った筈なのに、どうしても違和感が消えない。


本当にこの人が僕の母親なのか?

・・・確かに僕とも身体的特徴は合致しているように見える。

誰かがお母様に成りすましているなんてこともなさそうだ。


じゃあ、なぜ?




その答えは、その晩明らかになった。

晩餐会を終えて僕が案内されたのは、お母様の寝室。

戸惑う僕を迎えたのは、煽情的で過度のレースや刺しゅうをあしらった黒の下着に身を包んだお母様。


僕だってそこまで子供じゃない、

何を求められているかはすぐに分かった。


その瞬間、

目の前の景色が歪んでいった。

無理やり飲まされたワインのせいじゃない。

僕の中の何かが崩壊したのだ。


迫るお母様の腕を払い、目に映る全てのものを拒絶した。

あの屋敷にいるものは全てお母様の配下。

逃げないと。


どこへ?

いや、あのままだとリナも危険だ。

この屋敷の男たちがリナを見る視線は、まるで性的な対象物でも見ているかのようだった。


お母様との再会に不安がる僕を心配して、ここまで一緒についてきてくれた彼女を巻き込んではならない。


事態を理解してないリナを連れ出すのは苦労した。

そして当然のごとく、お母様と、お母様の配下の者達が僕たちを取り囲む。


 「ミュラちゃん、逃しはしないわ、いけない子ですのね?

 あなたはずっとこのお屋敷でお母様と一緒に暮らすのよ?

 今まで一緒にいられなかった分、これからは毎晩毎晩毎晩毎晩、お母様が愛してあげますわ。」


初めて会った時は美しいとさえ思ったお母様の顔が、

今は醜く歪んで見える。

その異常さはリナにもわかったことだろう。



・・・最低のお父様だった。

そして僕のお母様は異常。

その二人から生まれた僕は?

やっぱり最低で汚らしい何か・・・



これから先、生きる意味も必要も、僕にはないんじゃないだろうか?


・・・そうだね、お母様、

僕たちはこの世に生まれてきてはいけなかったんだ。


なら・・・この場で全て消し去ろう。



 「この館中のネズミたちよ!

 この屋敷に火を放て!!」


 「ミュラちゃん!?」


なんでこんな不思議な能力を持っているのだろう。

ほとんどの動物は僕の言葉に従う。

そらそら、やってきた。

衛士もメイドも集まって来たネズミたちに襲われてパニックだね。


彼らは屋敷の中を縦横無尽に走り回る。

燭台を落とし、暖炉にくべられた薪をも引きずり出して、火の手が絨毯に燃え移る。



 「ミュラちゃん、やめてっ!

 お母様になんてことをするのっ!?」


お母様?

・・・そんな人はいない。

僕にはお母様なんて最初からいなかったんだ。


逃げ道は全て塞いで見せたよ。

大丈夫、どうせすぐにみんな、煙に巻かれて動けなくなるとも。




・・・いけない、リナ。

君だけは逃げて。

僕のことはどうでもいいから。


・・・いや、そうじゃない、僕の腕を放して。

さっさと一人で逃げておくれよ。

何故か分からないけど、アスラ王が君に向けていた視線は優しかった。

この館で、どんな陰惨な事件が起こったとしても、

アスラ王が君を悪いようにはしないだろう。


・・・どうして?

どうして君が泣いているのさ?


僕の両親が・・・

君のお父さんを罠にはめたのは僕の両親だよ。

君ら家族をバラバラにしてしまったのは僕らのせいなんだ。


君はお父さんの仇を取ったって思えばいいじゃないか。

僕はそんな二人の呪われた息子なんだ。

そうなんだよ、リナ。

僕は君に殺されても文句は言えない人間なんだ。

だからここで僕を置いていきなよ。

そして陽向さんや梨香さんに胸を張って報告すればいい。

お父さんの仇を取ったって・・・



 バチン・・・!


痛・・・。


・・・頬が痛い。

リナに叩かれた・・・。


リナが泣きわめいてる。

僕は何も悪くないって?

何も悪いことをしてない僕がどうしてこんな辛い目に遭わなきゃいけないんだって?


うん、でもさ、責任ってもんがあるよね?

産まれてきた以上はさ、自分で選べないけども、やらなきゃいけないことってあるじゃない?

カラドックだって、あの得体の知れない「月の天使」とやらに従って、これから最強の軍事国家スーサに立ち向かわなければならないんだろ?

「月の天使」の息子だというだけで。

無謀だよね?

アスラ王と戦って勝ち目なんかあるわけないのに。

えっ?


そんなものはない?

嫌なら拒否してもいい?

立ち向かってもいい?

逃げたっていい?


・・・アハハ、

なんだい、それ?

そうだね、それができるなら楽になれるかな。


・・・ねぇ、リナ。

腕を放してくれないんだね。

僕は君を死なせたくないんだよ。


これじゃあ我慢比べだよ。


僕は生きていく意味がない。

でも君は死なせたくない。

だけど、君が手を放さないから・・・


ずるいよ。


これじゃあ君に逆らえないじゃないか。

・・・ダメだ、僕はリナには敵わない。

うん、ごめん、リナ。

そして・・・ありがとう。



もう少しだけ・・・

もう少しだけ生き延びてみるよ。




君と出会えたことだけが・・・

僕にとって何よりも価値ある事だった・・・。

少なくとも、こんな僕にも、それだけは、

生きていて意味があったと証明できるまで、もうちょっと生きあがいてみよう。




炎に包まれて、屋敷が崩れる・・・。

逃げ延びれた人もいるかもしれないけど、

まだ屋敷の中に閉じ込められた人はもう誰も生きていないだろう。

最後にけたたましい叫び声が聞こえてきた。



 「みゅうううううらあああああぢゃああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・っ 」



それは呪詛のように、

いつまでも僕の頭の中に残り続けて消えなかった。




ベアトリチェが死んだ段階で、リナがアスラ王の孫であったことはまだ発覚していません。

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