第三百三十九話 真相
おかしい、時間は有り余っている筈なのにどうして話を書き上げるのがギリギリになってしまうのか・・・。
謎だ!
<視点 ケイジ>
・・・え?
また?
またかよ、ちくしょう!
何度オレを驚かせれば気が済むのか!?
ミュラ?
あの赤ん坊がミュラ!?
そんで魔王!?
顔が・・・いや、さすがに生まれたてでは、オレの記憶の中にあるミュラと顔が似てるかどうかもわからないが・・・
いや、そもそも転生者であるオレ自身が、種族も変わって転生していることを考えると、
あの赤ん坊の顔がミュラに似ているかどうかなんて意味ない話か。
ん?
ではベアトリチェはどうやって産まれてきた赤ん坊がミュラだと判断したんだ?
これは・・・マルゴット女王に聞いてみるか。
「女王、あなたの魔眼であの赤ん坊のステータスはわかるか?
称号は転生者だけか?」
「・・・いや、他にも『魔王』とがっつり、表示されておるぞ?」
「ああ、他には・・・そう、名前はミュラで合っているのか?」
「ふむ、名前欄も間違いなくミュラと表示されておるな。」
やっぱりか・・・。
あの額にちっちゃく生えてる角には違和感あるが・・・やはりオレの知っているミュラで間違いないのか・・・。
いや、でもステータスウィンドウの名前なんて、親が名付けた瞬間に決まるのなら、
ベアトリチェが勝手に名付けただけとも考えられる。
彼女の病み具合から考えて、自分の赤ん坊をミュラだと思い込んでるだけとは考えられないだろうか?
「む!?」
その時、マルゴット女王が驚いたような声を上げる。
「どうした!?」
「障壁を張られた・・・!
あのミュラという赤子・・・妾の魔眼の覗き見を遮断しおった!!」
「なんだって!?
何物をも見通すはずの女王の魔眼を!?」
見ればミュラの野郎、
マルゴット女王に不快そうな視線を投げていやがる。
いや、そもそも生まれたての癖にどこまで「理解」しているんだ?
あ、頬ずりするベアトリチェをむずがるようにカラダを捻ろうとしているな。
ベアトリチェは・・・あの性格だ。
赤ん坊がどんな反応しようが気にも留めずにべたべたしている。
これ、この場はどうするか・・・。
オレの出自がバレる危険もあるから、オレから質問するのは慎重になったほうがいいんだが・・・。
「カラドック、ベアトリチェがミュラと呼んでいるが・・・
さっきのお前の話にあった人間か?」
この質問ならセーフだろう。
恐らく他のみんなも聞きたいはずだ。
一瞬、カラドックはオレを見て何かに躊躇ったようだったが・・・
すぐに何事もなかったかのように再び前方の親子に目を向ける。
・・・?
「・・・そうだな、あの赤ん坊があのミュラなら・・・
元の世界におけるベアトリチェの一人息子・・・。
軍師としては私の好敵手と言ってもいい男だ。
そして、弟の恵介とリナちゃんを取り合ったライバルでもある。」
ちょっと!!
後半の紹介要らないだろっ!!
ほらっ! リィナがどうしていいかわからずにオレとカラドックの間を視線泳がしちまってるじゃないかっ!!
「これは楽しい喜劇に期待!!」
「それは新たな悲劇の予感!!」
アガサにタバサ!
どっちもやめろ!
オレらを鑑賞対象にすな!!
イゾルテに麻衣さん、どうして君らは鼻を拡げてフンスフンスしてるのっ!
ニムエさんに至っては顔を真っ赤にして口元にハンカチを当てている。
まるで涎が零れるのを抑えているかのように!
てめえら、いいかげんにしやがれ。
「クィーン・・・おめでとうございます。」
お?
展開に変化が?
「聖なる護り手」のリーダー、ダンがベアトリチェに祝の言葉を述べる。
微妙な表情をしているな。
笑顔を浮かべちゃあいるがやるせなさそうな・・・。
「はぁい!
ダン様、ありがとうございますですの!
ご覧くださいませ!
こんな可愛い子になって戻ってきてくれたのですのよ!!」
ベアトリチェもあんな表情できるんだよな・・・。
最初からそんな姿を見ていれば・・・オレたちは戦うこともなかったかもしれない。
「なんか・・・抱かれるのを嫌がっているように見え・・・
あ、いや、なんでもねぇ・・・、
それより・・・意外とあっさり目的を達成しちまったな。
もう、不老不死になる必要もねぇんじゃねーか?」
・・・ん?
どういうことだ?
不老不死を得る目的が・・・ミュラ!?
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
いまのはどういうことだ!?」
カラドックがオレの聞きたいことを聞いてくれる。
いや、ていうかオレら側はみんな聞きたいはずだ。
「まぁ? カラドック様、何をお聞きしたいのですか?」
「その子が・・・本当に私の知っているミュラかどうかは後にして・・・
不老不死を得る目的が・・・ミュラ!?
その話は今初めて聞いたぞ!!」
そこで初めてベアトリチェは恥ずかしそうに顔を背けたのだ。
「あ、え、そ、それはですね、
私がこの世界に転生したんですもの、
可愛い可愛いミュラちゃんがやってこないとも限らないじゃないですか、
ですけど、その可能性はほんのわずかですよね。
もともとこのサキュバスの体は長命とは言え、子供も生まれにくいと聞いていました。
ならばこそ、長く生きる事が出来れば、どこかでミュラちゃんに会えるんじゃないかって・・・
まさか、こんな・・・まだ不老不死も得ていない段階でこの子に逢えるなんて・・・
しかもちゃあんと私の体から生まれてきてくれたんですよ!
伊藤麻衣様、あなたには感謝しきれませんわ!!」
「あ、ええーと、いえ、お子さんと会えて何よりです・・・。」
麻衣さんがぎこちない笑みを浮かべる。
だけど・・・そうか。
それこそがベアトリチェが不老不死を得ようとしていた本当の理由。
そうだったのか・・・。
オレの方からは一点だけ聞きたい。
「だが何故今になって!?
戦いを起こす前にそれを告げてくれたら・・・。」
「嫌ですわ?
それこそ、そんな荒唐無稽なお話、皆さん信じていただけますの?
なに夢を見てやがるんだ、この女とでも思われたんじゃないですか?」
それもそうか。
結果として今、目の前にある現実が視えるからこそ、状況を受け入れる事が出来るが・・・
自分の意志で元の世界から転生者を待つなんて、
そんな奇跡を誰が信じてくれようか。
・・・あ、あいつらは「聖なる護り手」の連中は、
それを知ったうえでベアトリチェに仕えていたのか・・・。
なんだよ、あいつらいい奴らじゃねーかよ。
「あら? そういえばドルス様がいらっしゃいませんね?
あの方にもお祝いして欲しかったのですけれど?」
「聖なる護り手」のパーティー、オスカ、クライブ、カルミラの視線がダンに集まる。
ああ・・・あれは痛いな、ダンよ。
こんな場所で、こんなタイミングで仲間の死を告げるのは・・・。
「鬼人の野郎が・・・とち狂いました。
あいつはクィーンの命令を無視して、ここに乱入してきて暴れ始めて・・・
ドルスは・・・オレをかばおうとして・・・。」
そこでダンは初めて、カーテンで覆われたかつての仲間の亡骸の方へと視線を向けた。
途端に「聖なる護り手」パーティーの形相に変化が起きる。
お? ダンに喰ってかかったのは僧侶だという少年か。
「な、なんだよそれ!!
ぼ、ぼくの回復術ならドルスを!!」
「無駄だ・・・もう人間の原型を留めちゃいねぇ・・・。
わかるだろ、あの鬼人に殺されたんだ・・・。」
「そ、そんな・・・。」
「う、嘘でしょ? あ、あのドルスが?」
「ダン・・・あなたがついていながら・・・。」
驚き、悲しみ、怒り・・・自分たちがちょっと席を外した隙に、大事な仲間が死んでいた・・・。
やるせねーよな・・・、
しかも自分たちの主がご機嫌最高潮のこのタイミングだ。
自分たちの感情をストレートに出すわけにもいかない。
それでもやはり「彼女」は曲がりなりにもクィーンなのだろう。
フリでも演技でもない。
ベアトリチェは悲しそうな顔を浮かべて見せたのだ。
「まぁ・・・残念ですわ。
ドルス様は寡黙な方でしたが、パーティーの席で私があの方の体に触れても、いつも顔を赤らめて身体を固くして・・・。
自分からは決して私に触れようともしませんでしたのに、
私が話しかけると、いつも恥ずかしそうな面白い笑顔を浮かべてくれてましたね。
この子が産まれたら、どんな顔を私に見せてくれるか楽しみにしていたのですよ・・・?」
鬼人に真っ二つにされた奴がどんな男だったかは知らない。
だが、ベアトリチェの言葉やパーティーの反応で何となくわかる。
みんなに頼られてた奴だったんだろうな。
「あ。」
リィナ?
いま、オレの隣から洩れた声はリィナだった。
彼女は何に反応した?
「どうした、リィナ?」
すぐにオレは彼女の視線の先を探る。
いったい、何が・・・
赤ん坊が・・・転生したミュラと呼ばれた赤ん坊が・・・
ベアトリチェから逃れようとして必死に小さな腕を伸ばし・・・
その腕は・・・
顔は・・・
視線は・・・リィナに向けて・・・
赤ん坊は喋ったのだ。
「リ・・・ナ・・・ぁ!」