第三百三十五話 鬼人の足掻き
<視点ケイジ>
もう驚かない。
いや、と言っても別に、
何事にも動じないような不動の精神を身につけているというつもりもないが、
こう何度も立て続けに驚かされたりしていれば、さすがにこれ以上、間抜け面を晒してなるものかと反発したくもなる。
いい加減にして欲しい。
カラドック、麻衣さんに続いて現れた三人目の転移者・・・
巨大な鎌を振り回す動く人形メリーさん?
まあ、その驚愕と衝撃については、
前回ここに記したつもりなので、重ねて言うこともないだろう。
今回、開いた口が塞がらなくなってしまったのは、そのメリーという名の人形の圧倒的な強さだ。
まず何だ、あのスピードは?
オレも旧世界の科学には詳しくないが、
母さんや陽向おばさんから、いわゆるロボットという存在の話は聞いた事がある。
だが、そのイメージはカクカク動くような、精密かつ正確な動きはできたとしても、
どことなくぎこちないというか、人間の動きとは決して相容れないような、そんなものを想像していた。
だが、あの流れるような滑らかな動きは何だ!?
オレの目でも殆どその姿を捉える事ができない。
いや、確かに彼女は間違いなく人形なんだろう。関節の形状は人間のものと著しく異なっているせいか、絶対に人間では再現できない瞬間を何度か目にする。
オレが彼女の姿を見失うのは、そのせいもあるのだろう。
仮にオレが正面から向かい合ったところで、絶対に勝てる気がしない。
何よりも、
鬼人に傷を負わすとか、ダメージを与えるとか、そんなレベルでない。
いきなり鬼人の腕を切り落としてしまったんだぞ?
あの、筋肉そのものが鎧のような鬼人の体を。
脅威的な再生能力?
意味がない。
体を部位ごと切り落とされたら戦闘中には再生しようもないだろう。
なお、
あのメリーという人形が、
狙いをつけた相手の、これまで殺してきた人々の、怨みや恐怖を吸い取って自らの力に変換するという話は後から聞かされた。
・・・どうだろうな。
戦闘以外で、オレが直接この手で殺した人間はそう多くはない。
だが、オレのせいで大勢の人間の命が失われた事も間違いない事実だ。
もし、あの人形メリーが、
オレに狙いを定めた時、
オレは・・・
いや、そうならない事を今は願うしかないな。
この世界に転生してまで、前世の恨みや罪がくっついて回るのだとしたら・・・
今はその話じゃないよな。
鬼人と人形の対決に話を戻そう。
さっき、あの人形は「戦いなどしない」と言った。
全くその言葉の通りだよ。
最初こそ、鬼人はあの人形のボディを真っ二つにしたが、人形メリーは防御する気も回避する気もなかったのだ。
ただ一つ、あの人形は鬼人を処刑する、そのことのみ目的として動いている。
しかも苦痛もなく一刀の下に切り捨てるとか、そんな生温い処刑方法ではなさそうだ。
オレの見た限りでは、鬼人の体どころか戦意ごと心を折りに行ってるとか、そんな感じか。
更に両腕ぶった斬った後は片足砕きに行きやがった。
完全に一つずつ鬼人の行動の自由を奪いにいってるな。
余裕とか油断とかそんな言葉はそぐわない。
ただ圧倒。
まさしく死刑執行人が罪人を裁くが如く。
今はその手順を滞りなく遂行中・・・
それが今の現状なのだろう。
これ、タイトルつけるなら第一ラウンドとか第二ラウンドとか絶対につけちゃダメだろ。
最初から勝負が成立してない。
当然、最終ラウンドもあり得ない。
このまま、何事もなく、
鬼人が殺されて終わり・・・
誰もがそう信じただろう。
もしかしたら鬼人が奥の手を残しているとか、
どんでん返しが控えていたとか、
そのくらいの懸念は慎重な誰かが考えていたのかもしれない。
その予感を裏付けるかのように、
鬼人の視線は無防備な人形メリーの白い二本の太腿に・・・?
その瞬間、
轟音が響いた!!
誰もが予想できない動きを鬼人が見せる!
「うわっ!?」
奴は両掌を組んでハンマーのように、自らの足元に振り下ろす!
当然床に散乱していた天井部分の瓦礫は、
周辺にいたオレらに満遍なく飛び散り、
幾つもの小さな傷を受けてしまった。
もちろん、それ自体は大したダメージでは・・・
「きゃあっ!?」
なっ、麻衣さんっ!?
き、鬼人の野郎っ・・・!
今の瓦礫を吹き飛ばしたのを目眩しにして、奴はいきなり残った片足でバックステップ!
人形の黒いドレスの下を覗こうとしたのはフェイクか!
そして事もあろうに、鬼人の野郎、戦闘力が最も少ない麻衣さんを抱きかかえこみやがった!
「そっ、それ以上っ!
近づいたらっ! このっ、小娘の首をっ、へし折るっ!!
それでもっ、良いのかっ!!」
ちくしょう・・・
やられた・・・。
完全にオレのミスだ。
あの人形は、オレが共闘しようというのを、足手纏いと言って断った。
その事自体は間違いない。
何ら反論する必要がない。
だが、ならばこそ、オレは麻衣さんのように戦う力のない者の守りに徹すべきだったのに。
誰もが動けなかった。
オレやもちろんカラドックでさえも。
そして人形の方へと目を向けた時、
オレは言葉を失った。
人形メリーは首をコテンと傾けていたのだ。
まるで、鬼人が何をしているのか、理解できないとばかりに。
そして、彼女の口からは、
それを証明するかのように恐ろしい言葉が紡がれたのだ。
「・・・何のマネかしら?」
「みっ! 見ればっ、わかるだろうっ!!
人質だっ!!
動くなっ! 動けばっ小娘のっ・・・」
「それに・・・何の意味があるの?」
もしかして、
あの人形には「仲間」の概念さえないのだろうか!?
だとすると、鬼人は倒せるかもしれないが麻衣さんが危ないっ!!
どうすればいい?
麻衣さんが殺されるのは見過ごせない。
かと言って、あの人形を説得できる気もしない。
ここから飛び出して人形の動きを止めるか?
下手すると全員共倒れになる危険もある。
だがこのままでは・・・。
そんなオレを嘲笑うかのように事態は進展する。
鬼人はオレの予想もつかない反応をして見せたのだ。
いや、予想できなくしたのは人形の方が先か。
「あなたに殺された人の記憶が見えたわ。」
「な、何をっ!?」
「あなたは人質ごと敵を殺したわよね?
自分に困る事はないと言って。」
「・・・えっ、あっ・・・?」
お、恐ろしい・・・。
やっぱりあの人形は人の思考回路なんぞ持っちゃいなかった。
今は味方かもしれないが、やはり魔物だとカテゴライズすべき存在。
その証拠に、あの鬼人もかつて同じことをしたのだろう。
・・・いや、
もしかしてあの人形は、鬼人の過去をトレースしているのか?
この展開すらも彼女の処刑方法の一環だとでも言うのだろうか。
「そっ、それはっ、だ、だがっ、確かにっ、ああっ!?」
「イヤだわ?
自分が何の疑問もなく行った行為を、どうして他人が行わないと思えるのかしら?」
「そっ、それはっ、ワシはっ、魔物でっ、
貴様らはっ、同じ人g・・・じゃないっ!?」
鬼人は一生懸命思考回路を作動させていたようだが、あまりにも間抜けな結論に気がついたようだ。
ただ、それで麻衣さんの命が安全になるかどうかは別の話。
何しろ今、麻衣さんの命はまさしく鬼人に握られているのだ。
人形メリーに人質が通じるか通じないか関係なく、鬼人が麻衣さんの首をへし折るかもしれない。
それ以上、何も考えられずにオレは横から叫び声をあげる。
「お、おい! やめろっ!!
麻衣さんを傷付けるのだけは止せっ!!
メリーと言ったな!?
お前も鬼人を挑発するなっ!!
人質ならオレがなってもいいっ!
だから・・・おい! 聞いているのか!?」
人形メリーはオレの言葉に何の反応も見せない。
だが、
オレが「もう驚かない」と言った最初の決意は、この時点で、
完膚なきにまで叩き潰されてしまったのだ。
あの人形は、しばらく静かに佇んでいたのだが、
いきなりオレに首だけギュるんっと回してこう言ったのだ。
「あの・・・
そこの化け物の女の子の、
何を心配するというの?」
・・・え
化け物の・・・女の子・・・?
「なっ!?
何だっ!? こいつはっ!?
まっ、もしかしてっ魔族かっ!!」
ゴギィッ
なっ
う、うそ・・・だろ
麻衣さんの
首があり得ない角度に「落ちた」。
「くっ! うっかりっ力を入れてしまったっ!
何というっ、脆い細首よっ!
だっ、だがっ、召喚者を失えばっ、呼び出された魔物はっ送り返されるはずっ!?」
き、鬼人の野郎・・・っ
勢い余って・・・麻衣さんの
首を 首を捻り潰しやがったっ!!
ま、守れなかった・・・?
オレの、オレたちの命の恩人である麻衣さん、を・・・
だが
真の恐怖はさらにその先に
首の骨を折られ、あらぬ方向に向いていた麻衣さんの目が、
ギョロリと鬼人に向かう。
「んもおおおお、痛いですね?
か弱い女の子になんてことするんですかあ。」
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?
生きているううううううううううううっ!?
黄金色に瞳を光らせた麻衣さんがっ麻衣さんがっ!!
首、首、首を・・・だらああああんと垂らしながら、上目遣いで普通に喋ったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?
麻衣
「ケイジさん、落ち着け!!
ううう・・・やってくれやがりましたね、メリーさんっ!」
次回、鬼人戦ラスト!!
たぶん。
そして、あと仕事場に泊まるのも、残り3回!!