表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
333/748

第三百三十三話 交わらぬ道

内容が内容なので直接的な表現は「────」でぼかさせていただきます。

胸糞回です。


どうしてこんなことになったのだろうか?

父親は何も考えられない。

彼の脳内では、想像したくもないのに、フユリが味わったであろう苦痛と恐怖が浮かび上がる。

どれほど怖かったか。

いったいどれほど苦しかったのだろう。

自分がのんびり魚が獲れるのを待つ間、

娘は父親が助けに来るのをずっと待っていたに違いないのに。


遺体はぐちゃぐちゃになっている。

父親の衣服が血だらけになるが、そんなことはどうでもいい。

もはや誰だか判別のできない体を抱きかかえる。


・・・こんなに軽く・・・


 「 うああああああああああああああああああっ 」


人の心を持たない第三者がいたら、このフユリに何があったか、

遺体の状況である程度推測が可能だろう。

だが自分の娘になにがあったのか、愛する父親は無意識でそれを拒絶した。

拒絶せざるを得ない。


早くフユリを家に帰らせよう、

そしてあの鬼人・・・疑うまでもない。

フユリを殺したのはあいつだ!

もはや「考える」というより、連想ゲームのように次から次へと勝手にその光景が浮かび上がる。


家に帰らないと。

フユリを連れて。

妻のケィティだって危険だ。



遺体の傍には火を焚いた跡がある。

見れば一頭の馬もそこに倒れていた。

父親の娘がハルリと名付けた馬だろう。

馬の体の各部分がごっそりとなくなっている・・・。


獣や魔物に食い破られた跡ではない。

刃物で綺麗にカットされているのだ。

明らかに知恵と道具を持つ者の仕業。


落ち着いて状況を観察すれば、フユリと馬の死体に明確な違いがあるのだが、

父親にとってはどうでもいい事。



父親は叫び声をあげる。

何の意味もない。

ただただ口から洩れてくる。

積もった雪で足を取られるがどうでもいい。

早く家に。


こんな寒くて寂しいところにフユリを置いていくことなど出来ない。

早く

早く。

一刻も早く。


目が見えない。

辺りが暗いせいじゃない。

視界がぼやけているのだ。

後から後からあふれてくる涙のせいで。

耳から入ってくる音は自分の嗚咽と、ズボッ、ズボッという、雪から足首を引き抜く音だけ。


時間の感覚もない。

長い時間が過ぎ去ったのか、

それともすぐに自分の家に帰って来たのだろうか?


ようやく父親はそこで、自分が発していた以外の音を聞きつけた。

音というか、家の敷地に繋がれていた馬のアキリが興奮していなないていたようだ。


 ドクンッ


嫌な予感がする。

門は・・・門は開きっぱなしだ。


おかしい、そんな筈はない。

オグリと家を出た時に門は閉じてきた。


門をくぐると、家の玄関から明かりが漏れている。

玄関の扉も開けっ放しだと?


悪い予感が加速する。

ケィティは無事なのか?


 「うあああああああああああああああああああっ!!!」


もし、家の中に盗賊でもいるのなら、叫び声をあげて自分の所在を知らしめるなど、

愚かの極致と言っても良いだろう。

しかし、もう父親にそんな余裕などない。

フユリの遺体を抱きかかえながら、父親は転びそうになりながらも、家の中に走り込んだ。

 「ケィティーッ!!」



家の中は・・・



静かだった。

愛する妻の姿は見えない。

もちろん妻の寝室は玄関口からは遠い。

彼女がベッドで寝ているならば、この位置から彼女の姿を視れるわけがない。


だが、寝室のドアも開いている・・・。


父親は一歩、よろめきながらも一歩、ゆっくり家の中を歩む。

その開いているドアの方へ。



 べちゃり


何の音だ?

自分の靴についた雪が解けた音か?

違う。

そもそも音が聞こえてきたのは妻の寝室の方だ。


 ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、


まるで何か規則的に床がきしんでいるような・・・



そんなに広い家ではない。

すぐに寝室の中の光景が、父親の視界に飛び込んでくる。


暖炉の光が薄く届いているおかげで、

何か巨大なものが寝室の中で蠢いているのが分かった・・・。


背中を丸めている・・・?

まるで何かを食べているかのように上下にカラダを揺す・・・

いや、違う、あれは・・・。


 「オグリ・・・。」


父親の口から自然と声が漏れた。

巨体の持ち主はしばらく自らの行為をやめなかったが、

思い出したかのようにゆっくりと・・・


後ろを振り返る。


 「意外とっ、早かったなっ・・・。」


 「あんた・・・何をしてるんだ・・・。」


見ればわかる。

けれど、父親は自分の視界に入っているそれを受け入れる事が出来ない。

愛する娘に続いて・・・まさか長年連れ添った妻までも・・・・そんな。



 「やはりっ、カラダがっ、弱っていたようだっ、

 この女っ、もうっ、動かなくなってしまったっ。」


 「・・・あ、ああ、そんな・・・」

鬼人オグリの言葉に誘導されたかのように、

父親は「彼女」の顔を見てしまった。

その表情は苦痛と驚愕で歪に歪んでしまい、その瞼は開き切って閉じることもない。

まるで壊れた人形のように、だらしなく床に四肢を投げ出していたのだ・・・。


衣服を全てはだけられて・・・。



 「・・・はなれろ 」


 「ぬっ? 何かっ、言ったかっ?」



 「ケィティから離れろぉぉおおおおおおおおおおっ!!」


フユリの亡骸を抱いたままオグリに殴りかかる父親だが、

そんなものは鬼人オグリにとって何の痛みもない。

・・・ただハエが纏わりついて鬱陶しいだけだ。


今もケィティの細くなってしまった両脚は拡げられ、そこに下半身裸となった鬼人の───が我が物のようにケィティの体を・・・


どうやったらこの岩のような巨体を引き離せるのか?

拳では埒があかない。

父親が辺りを見ると鬼人の山刀が落ちている。

あれなら・・・。




だがもちろん、鬼人は自分に対する敵意を見過ごすような魔物ではない。

父親が武器を振り下ろすより先に、母親にのしかかったまま、腕を振り回し、裏拳で父親の下あごを粉砕した。


 「アガガアオゴッ・・・!」

床に鮮血と父親の歯が飛び散る。

もちろん、一度でも倒れ込んでしまえば、再び立ち上がる体力も気力も残っていない。

もう・・・彼には、守るものさえ残っていないのだ。


 「邪魔だっ、そこでっ、大人しくっ、見ていろっ・・・!」



鬼人はまだ満足していないようだ。

自らの行為をやめる気配さえない。

守るものさえ残ってない父親だが・・・

自分の命さえ守る意味もないのだが・・・

これ以上・・・

これ以上、妻や娘をいいように嬲られて、どうして黙って見続ける事などできようか?


今一度、自分の腕の中の変わり果てた娘を見下ろす。

フユリが生まれたばかりの頃は、こうやって何度も抱きしめていたのに・・・。

自分の目に映るフユリは、まるで別世界の生き物の死骸のようだ・・・。


 「何をっ、抱いているかと思えばっ、あの娘かっ。」


鬼人には何の感情もない。

侮蔑も敵意も憐れみもない。

ただ、余計な手間をかけさせられた事に対する愚痴のようなものだったのだろう。

これから彼が口にするのは更なる残酷なる事実。


 「やはりっ、その娘にはっ、まだ早かったようだっ、

 我のっ、ものはっ、どうしてもっ、入らなかったっ、

 だからっ ───をっ、引き裂いてもみたのだがっ・・・!」






なんだと・・・

フユリの足の片方が有り得ない生え方をしていたのはそのせいか・・・

この外道っ・・・


 「ナレ・・・ナレ、フユリヲ・・・

 アロコハ、アンラニモ、ヒサマリナツイヘイハロリ・・・」


顎を砕かれて、父親の言葉は聞き取りづらいかもしれない。

ただ、鬼人の方も話の流れで父親の言いたいことは理解できたのだろう。



 「ふんっ、人間とてっ、家畜を飼うではないかっ、

 明日にはっ、絞める予定の家畜に懐かれたからと言ってっ、

 食べる予定をっ変えたりするのかっ!?」



所詮、魔物は魔物である。

人間と分かりあえる道などなかったのだろう。

ここから先に続くのは、鬼人の解説ではない。

ただの拷問だ。


 「あの娘っ、───を裂いたら、狂ったようにっ泣き叫んでいたがっ、

 しまいにはっ、声を出すっ、力も失っていたようだっ、

 それでもっ、しばらくは生きていたぞっ!

 最後はっ、呼吸しかっできなくなっていたようだったがっ。」


やめろ



 「結局あれではっ、我はっ、満足できぬっ、

 したがってっ、先に腹ごしらえをすることにしたっ!

 足りない部分はっ、馬をいただいたっ!

 久しぶりにっ、我はっ、満腹になったっ!!」


やめろ、

やめてくれ。


 「そこでっ、次はこの女だっ!

 やはりっ耐えきれなかったようだがっ、!

 ───ことはあきらめるがっ、このままっ飽きるまでっ、使わせてもらうっ!」




 ふざけるな、

 オレたちが何をした。

 オレたちがこんな目に遭う何をしでかしたって言うんだよ!!


 ・・・フユリ、ケィティ・・・

 オレが・・・もっと早くこいつを追い出していたら・・・



現実的に考えれば、

父親が何をどうしたところで遅かれ早かれ似たような状況となっていたであろう。

逃げる手段は在りはしないし、

戦って勝てる要素も何もない。

下手に追い出そうとしても、もとから鬼人にとっては自分たちなど食糧でしかなかったのだ。

その場で食われて終わりだろう。




結局、この後、特筆すべきことは何もない。

父親もすぐこの後、殺された。


たまたまこの家にやって来たのが、進化前のオーガでも同じような結果は起きていたかもしれないが、

その場合、鬼人とは異なる事情が一つだけある。



この家族の死にゆく際に生まれた恐怖、憤り、無念、恨み、憎しみ・・・。

以前も説明したが、

オーガやゴブリンに殺されたとしても同様のものは発生する。

だが、知能が劣る相手に対して、

コミュニケーションが取れない相手に対して、

被害に遭う人間たちにはある程度、諦めというか仕方ないと思う部分も存在する。

魔物や動物が行うそれが、ただ生きるための食事ならなおさらだ。


しかし人間たちがどうしても納得できない理不尽な行為、

そのために自分や自分の愛する家族に及んだならば、

その行き場のない感情はどこに向かうのか?


何処に向かうのかって?

そんなのは決まっている。


・・・死んでしまえば何も残らない・・・



それが世の理であろう。

この世界でも異世界でもそれは変わらない。



けれど私たちは知っている。

その理をひっくり返す存在がいることを。


だから人は、

大地に膝をついて運命の残酷さを嘆く必要はない。

頬に涙を流し、世界の理不尽さに絶望することもない。


ある世界、ある時代のアダムとイブの遺骨と髪を与えられ、

呪われしアラベスク文様の鎌を持つ一体の人形。


彼女が



人形メリーがこの地にやってきたのだから。


 

大地の底に眠る巨人

「どうした?」

少年

「・・・いや、何か余計な事に気を回してしまったようだ。」


大地の底に眠る巨人

「・・・ああ、そうだな、

自分の話に重ねちまったか・・・。」

少年

「・・・そういう流れになるのか?」

大地の底に眠る巨人

「・・・いや、そうなる道もあるってことだろう。

この魔物はそれを選ばなかったに過ぎない。」


少年

「・・・そうか。

逆に言うと、私も別の道を選んでいたかもしれない、ということか。」

大地の底に眠る巨人

「まぁ、そんなところだろう。

・・・ん? どうした?」


少年

「いや・・・お前はお前であの家族に思う事があったのでは?」

大地の底に眠る巨人

「・・・いいんだよ、オレのことは、ほっとけよ。

お前、こないだのエリナさんの事、根に持ってるな!?」

少年

「根になど持っていない。」(キリッ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表紙
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ