第三十三話 ぼっち妖魔はクマと戦う
ダンジョンバトル終結です。
<視点 麻衣>
あああ、
だんだん近づくと他の魔物と存在感が全然違うのが分かる。
目の前に大きな壁が左右に広がっているけど、少し窪んでいる箇所がスライド式の扉なんだ。
ご丁寧に、ちょうど指で引っ掛けられそうな溝がついている。
さすがに重そうだ。
「ああ、ここはオレが開けてやる。
先頭はケーニッヒ、
お嬢ちゃんはあちらさんがいきなり攻撃かけてこないか注意を頼む。
ベルナはお嬢ちゃんの守りな。」
よろしくお願いします。
あああ、扉開けなくても透視できますよ、
これは・・・くま?
腕が四本ある!!
「四つ腕熊です!!」
あたしの声にエステハンさんが眉をしかめた。
「ちょっと相性悪いかもな、
お嬢ちゃん、部屋に入ったら即、蛇を召喚してくれ。」
ええっ!?
なんか胸騒ぎするんですけどっ?
エステハンさんはそのまま、硬い土の扉に手をかけた。
あたしたち一人一人の顔を振り返る。
やりますよ、もうここまで来たら。
そして扉は開かれた。
スルッとケーニッヒさんが入室。
続いてエステハンさん。
そそくさとあたしも松明に気をつけながら入室、
後ろからベルナさん、
そして、背後から他の魔物に入ってこられないように、エステハンさんが素早く扉を閉めた。
そしてあたしは松明の火を掲げる・・・。
と言っても、もうそこにいるのはわかっているんだ。
あくまでみんなに目視させる為・・・。
身の丈三メートルに届きそうな茶褐色のクマがこちらを睨みつけている。
ホントに腕が四本あるよ。
・・・ヤバい。
食欲MAXじゃん。
どでかい口からヨダレをダラダラ垂らして前屈みになった。
こっちを警戒なんかしてない。
完全にエサとして認識している。
来る!!
まだ距離がある今のうちに!
「召喚! スネちゃん!!」
・・・
あれ?
いつもの白い光は出たけど尻すぼみっていうか、・・・不発!?
スネちゃん!?
ベルナさんが異常に気付いた。
「まーちゃん、まさか魔力切れ!?」
いやいやいやいや! まだ魔力はたっぷ r
うわあああ、熊が突っ込んで来たあっ!!
よっよけ避けヨケ・・・
エステハンさんがあたしの首根っこ捕まえてあたしの足は宙ぶらりん!
いつもすいません。
ケーニッヒさんがナイフを投げるも、あれ、たぶん皮膚の下まで届いてないかも。
ベルナさんが身をかわしつつファイアーボール発動したけど、毛皮焦がしただけでダメージになってないよ。
むしろ、熊はあたしたちに躱されて、壁にぶつかったのが最大のダメージだろう。
土壁がボッコリ吹き飛んでいる。
あんなもん、あたしにぶつかったら即死だよ。
「ちぃ、ファイアーウォールの方が効果あったかねぇ!?」
「それより、嬢ちゃん大丈夫か?
さっき蛇が進化したって言ってたよな?
そのせいで召喚消費コスト増加しちまったとかか!?」
え、そんなリスクあるんだ?
完全に考えてなかった。
でもさっきはステータス画面見そこなっちゃったけど、保有魔力はまだまだたっぷりあった筈。
いくら進化したってそんなに消費コストが増えるとも思えない。
「考えてるヒマはないかの!!」
ケーニッヒさんが年齢を感じさせない動きで撹乱してくれるけど、ケーニッヒさんのナイフ攻撃が浅過ぎる。
一応毛皮の下までは届いて熊は血を流しているけど怯む様子が全くない。
そこに四本の腕が上下左右あちこちから襲って来る。
距離を取れるからまだなんとかなるけど、
部屋の隅に追いやられたら勝ち目なんか無いと思う。
むう!
スネちゃんが何で呼べないのか分からないけど、手をこまねいて棒立ちなんかしませんよ、あたしは!
それなら!
地球の妖魔の魔力を見せてあげましょうっ!!
「今度はどう!?
召喚! たくさんの蛇さん!!」
あたしの足元からいつもの光が!!
きたきたきたきたあ!!
一匹二匹三匹四匹五匹六匹・・・、
ああ! 数えるのもめんどくさぁーい!!
たぶん総勢20匹前後!!
みんなあのクマを襲ええええっ!!
アオダイショウ、マムシ、ヤマカガシ、キングコブラ、ハブ、アナコンダ、ガラガラヘビ、ニシキヘビ、ブラックマンバ、ラッセルクサリヘビ、デスアダー、サンゴヘビ、タイガースネーク、あといろいろ。思いつくまま呼んでみた。
「きゃあああっ!?」
「ひぃいぃいぃっ!!」
「だぁぁぁぁぁぁっ!?」
うん、見ないし聞こえないフリするけど、
ベルナさん、ケーニッヒさん、エステハンさん、みんな間違いなく顔の形が変わるぐらい驚愕の表情を浮かべているんだろうな。
それより注視するはこっち!
多種多様、いろんな種類の蛇さんたちが、一斉にクマ目掛けて襲いかかってるんだから、さすがのクマも悲鳴をあげて慌ててるよ。
足元から巻き付いて体に登って来るんだから、やられた方は堪ったもんじゃないのは分かる。
でもどうしてスネちゃん来てくれないのか?
「お、お嬢ちゃん、どれだけ魔力を持っているんだ・・・。」
エステハンさんが呆然として独り言のように呟いた。
「それより進化させたスネちゃんが呼べなかった理由分かりますか!?」
「あ、ああ、魔力が十分なら・・・後は召喚前の場所であの蛇に何かあったか・・・、
例えば申し訳ないが他の動物に殺されたとか・・・?」
「そんなこと有り得ません!
スネちゃんは無事です!!」
遠隔透視したわけでもないのに、あたしの口から根拠のないセリフが出る。
そう思いたいだけだ。
しっかり心を落ち着かせれば交信のようなものもできるかもしれないけど、こんな緊迫した状況でそれは難しい。
「だめだ! あの蛇たちでも分が悪いよ!!」
ベルナさんが悲痛な叫び声をあげる。
そんな!?
四本腕のクマに次々と蛇さんたちが引き千切られたり食い千切られたりしてる!!
クマの毛皮が厚くて牙がなかなか通らないんだ。
みんなごめんなさい!!
「もしかしたら!
あの緑の蛇は何に進化したのかの!?」
「え!?」
ケーニッヒさんの言葉がすぐに理解できなかった。
何に進化って?
蛇が進化って・・・。
あれ?
そう言えば進化ってどういう意味なんだ?
「そうか! お嬢ちゃん!
もしかしたら、あいつはもう普通の動物ではないのかもしれんぞ!!」
「え! え!?」
「動物はこれだけ魔物と戦って、急激にレベルアップなんかしない!
しかもあの蛇は何度も魔物を喰らっているだろう、その魔石ごと!!」
「え!? つまりどういう?」
「お嬢ちゃんが呼んでた蛇は魔物に進化してるかもしれないということだ!!」
それって・・・あ、
あたしが持ってる召喚スキルは鳥獣召喚のみ・・・。
魔物に進化したら一般動物のカテゴリーから外れてしまったっていうこと?
クマに一度目をやる。
あたしが召喚した蛇さんたちが、クマの足元で蠢いていたり、もう動かなくなっていたり・・・
ごめんね・・・
仇は討ってもらうからね・・・
クマがあたし達に向かって咆哮をあげる!
まるで、「よくもやったな、次はお前らだ!」
とでも言うように。
違うよ、
次は君だよ。
まあ、君のお部屋にあたし達が突然押し入ったんだからさ。
可哀想だとは思うけど、運が悪かったと諦めるんだねっ!
「ステータスウィンドウ!!」
既にあたしのスキルポイントは3000を超えている。
そして「それ」に必要なポイントはたったの1000!!
迷う事なくあたしはそれ取得する!!
あたしは両腕を水平に掲げて大声で叫ぶ。
「魔獣・・・召喚!!」
いつもの白い光じゃない。
足元から煌めく黄金の光が立ち昇る!!
エフェクト派手だね!
「召喚! スネちゃん!!」
何も無い空間を赤黒く輝く角が切り裂いてゆく!
すぐにその後、見慣れた緑の風貌が現れた!!
待ってたよ、スネちゃん!!
クマは何が起きてるのか分からず身動き一つ取れない!
黄金の輝きが収まった後には、
額からユニコーンのように、長く聳え立つ角を有したスネちゃんが悠然と構えていたのである。
あの角ってもしかして最初のホーンラビットの・・・。
とにかく・・・(だれうま)、最初から魔物に進化できる条件は揃っていたのだろう。
蛇型魔獣ブラッドホーングリーンピットバイパー!
「スネちゃん! 敵は四つ腕熊!!」
違う、
存在の格が違うと言うべきか、
スネちゃんはもうただの蛇じゃない。
瞳に意志が感じられる。
言葉は喋れないだろうけど、もしかしたら人間並みの知能も備え付けているかもしれない。
スネちゃんのニつの赤い瞳がクマを睨みつける。
いまやどちらも魔獣同士のはずだが、相手の脅威度が分かるのかもしれない。
でも手を抜かないよ。
「ユニークスキルレベル3!
『この子に七つのお祝いを(小声)!』」
状態異常!
脱力!
寝違え!
倦怠期!
しゃっくり!
沈黙!
恐怖!
尿意!
だから尿意って何よ尿意って。
でも沈黙と恐怖はそれっぽくなってきたぁ!
「ベルナさん、あいつにあの術を!」
「了解だよ、まーちゃん!!」
ベルナさんは両腕を前に突き出し手のひらを拡げる!!
「『大空あまねく旅する風たちよ! 我が腕に集いて力を溜めよ!!』」
ベルナさんの両腕の周りに魔力が凝縮され、そしてジェットストリームのように魔力は風に変換されてゆく!!
「『今こそ羽を開きて暴れ回れ! トルネード!!』」
視界が歪むほどの大気の圧力が一気に四つ腕熊に放たれた!!
それでもさすがに超重量級のクマ!
吹き飛ばされることなく必死にその場に足を踏ん張って耐えている。
それでいい!
このトルネードはクマの動きを縫い止めるためのもの!
そしてトルネードの気流に乗って、
スネちゃんが伸縮する胴体を生かしバネのように跳ぶ!!
・・・音は後から聞こえて来た・・・。
目にも留まらぬスネちゃんの突撃は、
クマの喉元に大きな穴を作り出していた・・・。
後から衝突音が聞こえたってことは音速超えた?
「ガ、ガ、ガフ・・・」
そのまま崩れ落ちる四つ腕熊。
沈黙状態だから呻き声というより呼吸音かな?
まだ生きてるかもしれないけど、喉元ざっくり貫かれて誰がどう見ても致命傷。
エステハンさんが止め刺そうとしたけど、ベルナさんが「あたしにやらせて」とアピールした。
後で聞いたら今までフロアボスにトドメ刺したことがなかったらしい。
エステハンさんとケーニッヒさんが熊の両脇を固めて最後の反撃がないか警戒、
そしてベルナさんは自分の得意技を披露する。
「これで魔力すっからかんだ!
『全てを焼き尽くす炎よ! 我が剣に宿りて敵を喰らえ!!』」
お! これはもしかして魔法剣士オリジナルスキルの魔法剣!?
「『ファイアーソード』!!」
ベルナさんの剣に赤く揺らめく炎が纏う!
一気に距離を詰めたベルナさんは跳躍!
そしてその燃え盛る剣を四つ腕熊の首筋に刺し入れた!!
分厚い毛と固い肉が焼ける匂い。
だが熊の断末魔の声の後、
まるで豆腐でも切るかのように、なめらかに炎の刃は熊の首を切り落としたのである。
そして胴体から別れた首を拾ったベルナさんは、自分の頭より何倍も大きいクマの頭部を高々と掲げてみせた。
うわあ、
ベルナさん、ここに来て満面の笑みだよ、
すごい可愛い笑顔!!
これは惚れる!!
エステハンさん、大絶賛だ。
あたしとベルナさん交互に褒めてくれる。
ケーニッヒさんは仕事を忘れない。
エステハンさんと同じようにあたしたちを褒めながらも、その手は四つ腕熊の解体始めて魔石を掘り出している。
この人プロだよ。
そしてあたしは・・・
「スネちゃん、ありがと、
これからも宜しくね・・・。」
スネちゃんは舌をチロチロ出して、
「今後も任してね」と言ってくれたように思う。
たぶんきっとそう。
その後、金色の光の中に帰って行ったけど、最初に呼んだ蛇のみんなはもう動かなくなっていた。
ホントにごめん。
取り敢えずみんな集めて穴を掘って埋めておいた。
あんまり意味ないかもだけどあたしは手を合わせて謝った。