第三百二十九話 鬼人、推理する
ぶっくま、ありがとうございます!
家の大黒柱たる父親は頑張った。
何を頑張ったか?
いろいろな気遣いである。
まずは娘のフユリが持ち帰った薬草を煎じる。
これに関して言えば、面倒な手間はそれほど要らない。
そして娘のフユリをベッドから起き上がれない母親の元へ向かわせる。
母親の熱は高く、呼吸も荒いが意識はまだはっきりしている。
娘のフユリが夜中に飛び出したことに酷く心配し、精神的にもまいっていた。
それから勿論、鬼人の対応である。
当然、そんな状態の母親に鬼人を会わせるわけにもいかない。
とりあえず、家のダイニングにくつろいでもらおうかと思ったのだが、
家の椅子に、鬼人のサイズに合うものがない。
仮にサイズの合う椅子があったとしても、鬼人の体重に耐えられる椅子が果たしてあるだろうか?
取りあえずこの地方独特の意匠で縫われた座布団を用意し、
鬼人は板張りの床の上に座ってもらっていた。
「す、すまないね、
出せるものも今は安物のお茶しか・・・。」
母親への薬を煎じる際に使ったお湯で、即席のお茶を鬼人に振る舞う。
出来ることと言えばそれぐらいだ。
「かまわんっ! 茶というのかっ、
ありがたくもらおうっ!」
鬼人にとっては、殆どどんなものでも新しく、見るものは新鮮で刺激的に映る。
家の庭には井戸があり、そこから水を汲むという。
なんと便利なものを作るのだろう。
鬼人がきょろきょろと、せわしなく家の中を観察している隙に、
父親は薬を母親に飲ませると同時に、家族会議も行わなければならない。
しかも母親になるべく心理的負担を与えないように。
・・・無理である。
かと言って嘘をついたり、誤魔化したりなんてしてもすぐばれそうだし・・・。
母親の寝室では、フユリが母親に叱られて涙目になっていた。
もちろん、母親だってフユリの優しさや彼女の気持ちは理解できる。
だがらといって、自分の命を危険に晒す行為は、親として絶対に看過することは出来ない。
自分がまだ元気なうちにフユリに教え込まないと・・・。
「ケイティ・・・大丈夫か、ほら、フユリが取ってきてくれた薬だ・・・。」
「ゴホッ、ええ、ありがとう・・・
フユリ、勘違いしないでね?
あなたが薬草を取ってきてくれたことはホントに嬉しいのよ、
でもね、それであなたが危ない目に遭うことを、お母さんは耐えられないの。」
「う、うん、ごめんなさい・・・ぐすっ。」
「もうその辺に・・・フユリもよくわかったろう、
ほら、カラダ起こせるかい、ケィティ・・・。」
「ええ、う、うん・・・悪いわね・・・。」
「ゆっくり飲んで・・・。
それで・・・フユリから聞いたかもしれないけど・・・。」
「ああ・・・お客さんを連れてきたんですってね?
亜人の方って聞いたけど・・・。
ちょっとこのカラダじゃ挨拶しないほうがいいかしら?」
「やめといたほうがいい。
そっちの方は僕が応対しておくよ、
亜人ていうか・・・多分あれは魔物だよ・・・。」
「え、ま、魔物ですって!?」
「魔物って言っても、人の言葉がわかるんだ。
なるべく早く、追い返すよ。
魔物だけに金銭とかには興味なさそうだから、
お土産に鶏でもわたしてお引き取り願いたいところだけど。」
そこでフユリが反論する。
「オグリはいい人だよ!!
フユリを守ってくれたもん!!」
それが父親にはわからない。
魔物ならフユリなどすぐに食べられてしまったはずだ。
確かに自分が最初にあった時にも、あのオーガはこちらに対して攻撃的な態度は何も見せなかった。
「鬼人」なんて勿論初めて会う種類の魔物だが、
他のオーガとは全く異なる存在なのだろうか?
「う・・・ん、フユリの言う通り、あのオーガがいい人かどうか分からないけど、
このあと少し話してみるよ・・・。」
とは言え、今も父親の心中は恐怖でいっぱいだ。
フユリが堂々としているからこそ、なんとか虚勢は張れてはいるが、
戦ったら絶対に勝ち目のない存在なのだ。
いや、戦ったらも何も戦いにすらならない。
「目の前に人食い虎がいます、
これからあなたは虎を穏便に退去させてください」、
というミッションを与えられて、どれだけの人間が平常心でいられるだろう?
父親がダイニングに戻ると、鬼人は今もダイニング中をいろんなものに興味を示してウロウロしていた。
湯呑みのお茶は既に飲みつくされている。
よく考えたら、あの巨体にあれだけのお茶ではあっという間になくなってしまうだろう。
「あ、あ、・・・え、とオー・・・いや、鬼人・・・さん?
お待たせしました・・・。」
「ふむっ、気にするなっ、退屈はっしていないっ!
それよりっ、名前はっ、オグリでよいっ!
気に入ったっ!!」
他人に名を与えられたタイミングか、それを自らが受け入れた結果か、
ステータスウィンドウの名前欄にもオグリと表示がされている。
鬼人にしてみれば、名前がついたことによって、また一段、確実に特別な存在になったと錯覚したのかもしれない。
「わ、わかりました・・・、え、と、
あの、ま、まずは娘のフユリを助けてくれて、あ、ありがとうございます。」
礼を言うのを遅れたようか気がするが、
勿論魔物の鬼人に礼儀など不要な話。
気にする必要はなかっただろう。
「たまたまだっ、それよりっ、この辺りにはっ、あんな魔物がっよく出るのかっ?」
「い、いえ?
レッドウルフの群れに襲われたんですよね?
おかしいんですよ、この辺りにあんな魔物なんていないはずなのに・・・。」
それを聞いて鬼人も考える。
いくらなんでも、魔物が出没する森の中に人間が居を構えるのは不自然だ。
魔物を監視するための砦を構えるというならまだ分かる。
だがあんな小さな子供を抱えた家族にそんな仕事をさせるものなのか?
人間にはそのような習慣があるとでも?
しかし、この家族の反応は、明らかに魔物の襲撃など全く慣れている気配もない。
家の周りには最低限の防御はしているようだが、
そもそも、そんな場所に住み着く必要があるのだろうか?
そう考えていた時に、やはり人間の父親の返答は、魔物の存在を最初から想定していなかったと見える。
では魔物の方に原因があるのか・・・。
「むっ?」
「あ、あれ? オ、オグリさん、どうしました?」
「いやっ、人間よっ、街の名前は知らぬがっ、
ここからっ馬で数日離れた街がっ、魔物のスタンピードでっ滅んだ話は知っているかっ!?」
「はいっ!?
スタンピードでっ!?」
やはり初耳らしい。
どうやらこの家は、周りの人間の街から完全に情報を遮断された生活を送っていたようだ。
「うむっ、恐らくだがっ、スタンピードによって、動物やっ、魔物のっテリトリーにっ、
大きな変化が出たのかもしれぬっ!」
鬼人オグリの想像は正解だ。
魔物とて、周辺のもの全てがスタンピード化するわけではない。
想像は出来るだろう。
影響を受けなかった魔物は行動パターンに変化はない。
とは言え、スタンピードが起きた事により、周辺の動物は食い尽くされる。
或いはその土地から逃走に成功した動物たちもいる。
結果、どちらにせよスタンピードに直接影響を受けなかった魔物も、食糧調達の為に自分達も住処を変える必要が起きるのだ。
そして、たまたま、件のレッドウルフの群れは、フユリ達家族が住んでいる山間にまで移動してきただけの話。
そしてまた、移動してきたのは、レッドウルフのみならず、また別の魔物とてやって来ることも十分考えられるということだ。
「そ! そんなバカな!?」
父親にしてみればそんな話など認められる筈もない。
ヘタをすると、この場所での生活に重大な危機が生じるからだ。
そこへ・・・
「むっ? 外がっ騒がしいなっ?」
「ええっ!?」
家畜の鶏が騒いでいるようだ。
いや、鬼人オグリが連れてきた馬達もだ。
「ちょっとちよっと!
誰が出てきてーっ! 魔物だよーっ!!」
「早くー! クソオーg・・・鬼人さまでもいーからーっ!!」
もちろんあの馬達が、そんな言葉を話すわけもない。
この家の高い塀を飛び越えてやってきたのは、
石化能力を持つコカトリスだった。
次回、鬼人対コカトリス!
・・・あれ?
ここで戦闘起こす予定なかったのに・・・