第三百二十八話 鬼人、招待される
「あらあら? あのクソオーガ、今度は人間の子供捕まえてきたわよ?」
「可哀相に・・・まぁあたしらの寿命は少しだけ伸びたけどぉ・・・。」
もちろん、二頭の牝馬がそんな言葉を交わせるわけもない。
見れば子供も震えている。
これは恐怖からの震えなのか、夜風に晒されてのことなのか。
人間の生態に詳しくない鬼人でもその程度の観察はできる。
「子供よっ、寒いのかっ?」
正解は両方である。
怖いし寒い。
しかし、一応鬼人を亜人と認識しているので、命を助けてくれた人を怖いと言っては失礼だろう。
幼いなりにそんな気を回すのだが、どちらにしろこの震えをどうにかするのは難しかった。
そこへ鬼人は毛布をかける。
「焚火だけではっ、半身が寒かろうっ、
我のっカラダを使うといいっ、
それならっ、カラダを冷やすことはないなっ?」
なんとこの鬼人、自らの肉の塊をベッド代わりにしろと言っている。
たしかに巨体のオーガ種なら、人間の子供の体などいくらでも夜風から守る事が出来るだろう。
さらに、毛布で子供をぐるぐる巻きにしてしまえば、保温効果はばっちりと思われる。
「え、で、でも、それじゃ鬼人さんの背中が寒くない?」
子供にしてみれば鬼人の毛布を自分が奪う格好だ。
獣人なら体毛があるだろうが、初めて見るこの鬼人という亜人にそんな防寒機能はなさそうに見える。
「この巨木をっ、背にすれば何ということはないっ、
あとはっ、朝を待って、子供の家に向かうっ、
それで良いかっ?」
「あ、う、うん、あ、ありがとう、鬼人さん・・・。」
子供は恐怖に敏感だが、
さすがにこの状況で、自分に害意はなさそうなのは理解できた。
親からは知らない人についていくな程度の躾けは受けていたが、
危険を冒して(冒してない)自分の命を助けてくれた人(人ではない)に、
いつの間にか警戒心も薄れていった。
それにこの山のことは自分の方が詳しい筈だ。
だから夜が明けてしまえば、後は自分で家に帰るだけ。
誘拐されたりする心配もないだろう。
鬼人はそのまま、毛布に包まれた子供を抱き抱えるようにして座り込む。
もう、辺りに魔物や動物の気配はない。
二人とも、何も言わずとも、この後すべき事は眠る事だけだと認識していた。
人間の大人だったら、見張りも立たせずになんと危険なと思うだろうが、野生に育った鬼人なら、たいていの魔物の接近には眠っていても気づくことができる。
子供の方もそれくらいの危機意識はあるのだが、
先程、レッドウルフ相手に見せた強さと、この体の大きさをもってすれば要らぬ心配なのだろう。
そしていつの間にか子供は意識を失った・・・。
「・・・眠っちゃったよ、あの子・・・。」
「クソオーガに抱かれて眠る人間の子供って・・・。」
馬たちも呆れているが、彼女達に出来ることは何もない。
見れば鬼人も目を瞑って起きる気配もない。
また今晩も生き延びた・・・。
それが二頭の馬の共通の感想であった。
「子供のっ、家は近いのかっ?」
「うんっ、歩けば30分くらいっ!!」
朝になった。
そう言えば時間の感覚はまだ理解しきれていない。
人間の言葉自体はわかるが、まだ言葉の中には分からないことだらけだ。
特に距離とか重さとか数字の単位がよくわからない。
ただ、人間の子供の体力ではそう遠くにはいけないであろう予想はつく。
昨夜も実際には、それ以上の時間をかけて家からやってきたはずだ。
何しろ日中に歩くペースと、明かりが殆どない夜の森では、同じ距離でも歩く時間はかなり変わってくる。
ただ、体力はなくとも子供は慣れ親しんだ道で、いくらでもペースを上げる事が出来る。
引き換え、四つ脚の馬の体や、体格の大きい鬼人は、
その気になれば子供よりも早く歩くことも出来るが、物理的な制約でゆっくりと歩かざるを得ない。
それに鬼人も馬も早く歩く必要は全くないのだから。
ただ、子供にしてみれば、母親の為の薬草を早く届けに行かなければならないので、どうしても気が急いてしまうのだ。
これが互いに普通の大人同士であるならば。
「昨夜はありがとうございました、後は一人で帰れます。」
「いやいや、まだ昨夜のような魔物が現れないとも限らん、家までちゃんと送って行こう。」
という流れになるだろうか?
この子供の場合、
「親切にしてくれた人にはちゃんとお礼を言うんだぞ。」と
「あと、お父さんにちゃんと報告するんだぞ?」という教えがあった為に、
自分の命を救ってくれた珍しい亜人さんを父親に紹介すべきだと思ったようである。
そしてもちろん、鬼人にそれを断る理由は全くない。
やがて彼らの前に拓けた土地が見えてきた。
魔物対策か、盗賊避けか、丸太で組んだ高い塀がその家を囲っていた。
一つの家族が住んでいるには結構広い家か・・・
それともこんな土地が余っている山の中ならそんなものだろうか?
門は裏から丸太で閂をしているようだが、
外側からでも子供の細い腕なら頑張って隙間から動かせるらしい。
一苦労したのち、門を開いた子供が大声を上げる。
「おとうさーん!
かえったよぉぉぉぉっ!!」
大体あんな夜中に小さな子供を薬草探しに出すなんて、なんと酷い親だろうと言うべきなのだろうが、
勿論そんな非常識な家庭の訳もない。
その証拠に、すぐに扉が開いて血相変えた30代後半ほどの髭を蓄えた男が飛び出してきた!
「フユリーっ!!
おまえ、何処に行ってたんだっ!!
お母さんが病気で寝込んでいるっていうのに、これ以上心配を・・・。」
子供の名前はフユリというようだ。
それはいいが、父親の様子がおかしい。
子供が無事に返って来たのは嬉しい。
嬉しいが、あんな夜中に一人で出ていくのは絶対に認められない。
ここは厳しく叱ってやらねばならないとずっと考えていた筈である。
子供の姿を見て・・・
服がボロボロになっている・・・。
何があったんだ・・・
いや、そうでなく・・・後ろに二頭の馬がいる。
そうじゃないだろ、
そうじゃない・・・。
「あ、あ・・・あ・・・。」
その存在感を無視できるものなどいない。
自分の一人娘の後ろを・・・巨大な・・・赤銅色の筋肉に覆われた、角と牙を生やした凶悪な形相の・・・
「オッ・・・オーガアアアアアアアアアアアアアアアーっ!?」
いつも通りの真っ当な反応である。
さて、どうする。
ここでこの人間を殺すか。
父親はあまりの事態に尻もちをつくが、この後どうすべきか必死で思いを巡らせていた。
「もっ、物置にっ、武器、武器を・・・オレがフユリと、ケィティを・・・!」
その決意を誰も否定しないだろうが、腰が抜けているようでまともに歩けない。
父親の慌てようを理解できず、子供のフユリはポカンと見てるだけだ。
「おとうさん、どうしたの?
足を怪我でもしたの?」
鬼人はこの状況を無表情に観察していた。
この親の態度如何で彼は行動に出るつもりだった。
確かあと、母親がいる筈・・・。
全員殺せば一週間か10日ほど食事は安泰だろう。
見れば、この家は鶏を庭に放し飼いにしているようだ。
うまくいけばもっと生活できるかもしれない。
「えっ、フ、フユリ、お、お前なに、そんな呑気なっ?」
「あっ、えっとねっ、この人、鬼人さんていう亜人さんなんだって!
きのう、狼の魔物の群れからあたしを助けてくれたんだよっ!!」
「・・・へ?」
自分の一人娘は何をとち狂ったことを言ってるんだ?
鬼人て亜人?
いやいやいやいや、どう見てもオーガだろおおおおおおおおっ!?
それとも、まさかフユリはテイマースキルでオーガを使役できたとかああああああっ!?
それなら娘は天才すぎるうううううううっ!!
「人間の子供よっ、お前はっ、フユリというのかっ?」
ああああああああ!?
喋ったああああああああっ!?
「あっ? そういえば名前言ってなかったっ!
うん、そうだよ!!
あ、えっと・・・鬼人さんのお名前はっ?」
「・・・むっ?
我にっ・・・名前っ!?」
もちろん、ゴブリンや、知能のない魔物の集団内で名前などある筈もない。
ステータス画面は開けるし、そのステータスの各項目も、おぼろげながら意味は分かる。
自分の種族名は鬼人と表記されている。
だが・・・名前の記載はなかった・・・。
「我にっ・・・名前はっ・・・ないっ・・・。」
「名前・・・ないの?」
そこで子供は、みっともなく地面を這いずっている自分の父親の方を見た。
「おとうさん、さっきのオーガってなに?」
「あ、あああ、あ・・・お、お前、そい、そいつは、とんでもない魔物で・・・
オーガってば、化物なんだぞ?」
そこで子供は考える。
父親が言った言葉の意味ではない。
オーガという呼称についてだ。
「オーガ・・・、オーガ・・・オガ、
じゃあ、鬼人さんの名前はオグリ!!
あたしの名前とはんぶんこにしよっ!!」
話の流れはお忘れではございませんね?
何も期待しちゃダメですよ。