第三百二十七話 鬼人、子供を救う
ぶっくま、ありがとうございます!
「う、あ、あ、やめて・・・やめてよぅっ・・・!」
第三者だろうが鬼人だろうが、この先の展開はすぐに理解できる。
この場に他の人間が現れなければ、子供は狼たちに食い殺される。
ちなみに狼と言っても動物の狼ではない。
レッドウルフという魔物である。
野生の狼なら、時には人間と友好的な関係を築いたりすることは知られているが、
魔物である以上、そんな展開はあり得ない。
凶暴性においてレッドウルフは、動物の狼のような穏やかさも慎重さも持ち合わせていないのである。
さて、鬼人の方はこの状況を把握して考えた。
放っておいてもいいが、せっかく見つけた人間である。
しかも大人ならともかく、子供が一人で森の中にいるとは考えづらい。
どこかに人間の大人が近くにいるはずだろう。
この場で子供を捕まえて食べても良いが、
まずは人間が大量にいるところを探すべきだ。
であるなら方針は決まった。
ここで人間の子供を狼に食われるわけにはいかない。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
人間の子供もレッドウルフたちも、心臓をいきなり鷲掴みにされた気分だろう。
ほとんど自分たちの真上から突然他の生き物の咆哮を浴びせられたのだ。
彼らは全て、その咆哮の聞こえてきた方角に頭を向けるも、
その行為を裏切るかのように、飛び降りた鬼人の巨体が森の大地を揺らせたのである。
「があああああああああっ!!」
挨拶代わりとでもいうべきなのだろうか。
鬼人は手近なところにいたレッドウルフの顎に、無造作な右腕の動きでその顎を粉砕!
その時の衝撃か、吹き飛ばされて巨木にカラダを打ち付けたせいか不明なれど、
その魔物は即死した。
人間の子供が持つ松明の僅かな炎のおかげで、
鬼人の体が暗闇の中で浮かび上がる。
群れのリーダーは、ここで退却の指示を出すべきだった。
だが、あまりにも突然の出来事と、暗闇のせいで正しい判断ができなくなっていた。
自らの群れに攻撃の指示をだすも、
一斉に飛び掛かったレッドウルフたちの牙は、鬼人の筋肉の鎧を貫くことも出来ず、
一匹、また一匹と、息の根を止められてゆく。
この化け物には向かってはならなかったのだと、気づいた時には全てが手遅れ。
鬼人の分厚い手がレッドウルフのリーダーの喉元を掴む。
すぐにそのまま体を持ち上げられ、
必死に両脚をばたつかせるも、その爪は鬼人には届かない。
せいぜい、鬼人の腕の皮膚を削ることぐらいか。
やがて、・・・というか、そのまま鬼人はレッドウルフの喉を握りつぶす。
何匹か、他のレッドウルフの個体が生き残っているが、
この時点で彼らに戦闘意欲など残っている筈もない。
悲鳴をあげながら、彼らは消えるように森の奥へと逃走してしまった。
これでしばらくこの辺にレッドウルフは寄ってはこないだろう。
残ったのは、鬼人と、
そして、腰を抜かしてしまった人間の子供だけであった・・・。
もう、ここに危険はない。
戦闘する必要はない。
警戒は不要と判断した鬼人は後ろを振り返る。
人間の子供がだらしなく口を開けたまま尻もちをついていた。
その形相は「恐怖」であろう。
もう少し成長し、経験と知恵を発達させたなら、
この状況に「絶望」も加えたことであろうが、
まだ幼い子供に許されたのは、今この状況を理解することだけである。
この先の展開など想像も計算もできない。
大人なら「それら」が可能になって、「絶望」に至るだけの話ではあるが。
ではそれに対して鬼人の次の動きは?
この子供が逃げ出さないのならそれで十分。
もちろん、逃げ出したところで子供が鬼人から逃れられる筈もない。
その時は捕まえて食うだけである。
まずは前回の人間たちと同様、会話を試みる。
「人間のっ、子供っ、
・・・動けるかっ?」
・・・
その子供は今、何が起きたのか理解できなかった。
狼の魔物からは助かった。
でも次にオーガと呼ばれるに違いない人型の大きい魔物が現れた。
では自分は新しくやってきた魔物に食われてしまうのだろう、と思っていた矢先に。
人間の言葉がその魔物から発せられたことを、自分の耳が受け入れる事が出来なかった。
「へぁっ・・・? い、いま、誰が喋ったっ?」
そこで鬼人は冷たい森の地面に、子供の視線の高さまで腰を落とす。
「我はっ、人間のっ、言葉を話すっ、
無事かっ、人間の子供よっ。」
「・・・え? は? え、えっ!?」
鬼人の動きに合わせて逃げるかのように、頭を引く子供。
それでも今度は、間違いなくこの化物が人間の言葉を話したと理解できた。
「なっ、どっ、どうして魔物が言葉をっ!?
あっ、もしかして亜人の人っ!?
ご、ごめんなさい、魔物だなんてっ!!」
子供は亜人に出会ったことがなかった。
エルフやドワーフ程度ならヒューマンと外見上、大して違いがないこと、
逆に獣人やリザードマンは、その見映えはかなりヒューマンと異なる程度の話は親から聞いていたに過ぎない。
だからこの目の前にいる化物に見えるような人も、
言葉が喋れる以上、オーガなどではなく、亜人の一種だと思い込んでしまった。
もちろん、それは鬼人にはどうでもいい話だったが、
目の前の子供が、自分を怯えなくなったということは望ましい展開だったと言える。
「我はっ、鬼人だっ。
それよりっ、何故っ、こんなところにっ、子供がっ、一人でいるっ!?」
「鬼人・・・?
あ、やっぱり亜人さんなんですねっ、
あの、この近くに家があるんですけど、
お、お母さんが熱を出して苦しんで・・・
それで家の薬も足りなくなっちゃって、
でも、この辺に薬草が生えてるから・・・。」
子供らしく要領を得ない話し方だが、言わんとすることは分かった。
「せめてっ、朝までっ、待つべきだったなっ、
だがっ、薬草はっ、手に入れたのかっ?
一人でっ、帰れるかっ?」
「あ、は、はい薬草は取れて・・・
あれ? あ、足に力が入らない・・・。」
子供は自力で立とうとして、途中でペタンとしゃがみこんでしまう。
恐怖と緊張から解き放たれて、もう力が残っていないのだろう。
やむを得ず、鬼人はこの脆弱な生き物が壊れないように、ゆっくり「拾い上げる」。
「え!? うわっっ!?」
「怯えるなっ、まずっ、お前のっ、親の所へ案内しろっ。
・・・いやっ、夜がっ明けるのを待つべきかっ!」
鬼人の行動パターンは変わらない。
まずは人のいるところへ行く。
ただ、さすがにこの夜の闇の中では、自分一人はともかく、
馬たちや子供が歩くには危険だろう。
子供の方も、一刻も早く母親の元に薬草を届けたくはあったのだが、
先のように魔物がこの先襲ってこないとも限らない。
ここは鬼人という「亜人」の人と夜をともにすることを受け入れたのである。
・・・ただし、鬼人の思考は少し違った。
人間の子供・・・これは雌だろうか・・・。
食べるにしても・・・孕ませるにしても・・・
まだ早い。
もう、どのくらいの文章量で終わるか、考えないことにしました。
・・・ああ、ワクチン打って肩が痛い・・・。
熱とかだるさはないので、日常生活に不便はないのですが。