第三百二十六話 鬼人の放浪
ぶっくま、ありがとうございます!
食糧には余裕がある。
夏の暑い盛りでなかったことや、火を焚く手段が残っていたことで、
鬼人の食生活は豊かだったといえるだろう。
もちろん、全ての人肉を平らげたわけではない。
すべてが腐らないうちに喰い尽くすのは、鬼人にとっても至難の業だ。
哀れだったのはやはり馬たちか。
逃げることも歯向かうことも出来ず、
次に食われるのは自分たちの番かと怯えながら、鬼人と共に毎晩過ごしていたのだから。
二頭とも生きた心地はしなかったに違いない。
もうそろそろ食べるものがない、となれば、
鬼人の視線は馬たちに・・・
それに気付くと狂ったように暴れ出す馬たちであったが、
何も今すぐに彼女達を食べようとするつもりは鬼人にはない。
「人間のっ、住んでる場所を探すぞっ!
我の飢えがっ、限界になる前に見つかればっ!
お前たちをっ、喰う必要もないだろうっ!」
「冗談じゃないわよ、このクソオーガッ!
あんた一人でどこへなりと勝手に行けばいいじゃないっ!!
あたし達を巻き込まないでっ!!」
などと馬が喋れるわけもない。
もはや、二頭の馬に選択できる道は、
なんとか人里を見つけ出し、人間になんとかしてもらうしか方法などありはしなかった。
勿論、その人間達が、鬼人を討伐できるかどうかなど、彼女たちの思考の外の話。
馬車はもう不要。
鬼人は、人間達がしばしばそう見せたように、
自らは一頭の馬の上に跨り、
もう一頭の背には最低限の荷物を括り付けた。
毛布や調理道具など、鬼人が有用だと思えるものだけを持っていく。
現代のように、舗装された道があるわけでもないが、馬や馬車が通るには不都合がないだけの整備はされている道。
もちろん、それを辿れば調査隊がやってきた街に辿り着く。
とは言え道は一本でない。
途中、別れ道も有り、選択を間違えば更に遠い街へと向かう事になる。
その場合、途中で食糧を調達することは困難だ。
当然、鬼人に最適な選択をする事など出来ない。
馬達にしてみれば、自分たちの記憶の通りに脚を動かせば、元の街に辿りつくと知っている。
だが、彼女たちは御者の指示通りにしか動けない。
「クソオーガ、どーするのよっ?
どっちの道を行けばいいのっ!?」
まるで馬はそんなセリフでも言いたげに首をもたげる。
鬼人にしたところで判断など出来はしない。
「ぬ、ぬううっ・・・」
もちろんそんな別れ道には標識くらいあるのだが、鬼人には字は読めないし、読めたとしても街の名前の知識もない。
結局、鬼人は適当に手綱を引っ張って、無理矢理に近い形で間違った道を馬達に歩ませる。
この結果において、
調査隊のやってきた街は、鬼人による人間への大量虐殺という憂き目から、難を逃れたと言って良い。
仮の話にはなるが、
その場合、最終的に鬼人を討伐できたかもしれない可能性については、全く分からない。
また、現実の話に戻せば、
単にその街が被害を免れただけと言う事だけで、
他に犠牲が出なかったという話には決してならないのは、
きっと皆様も理解できる事だろう。
ここから先はそのお話である。
「おかしいなっ、
一度拓けた道に出たと思ったがっ、
また山道になってしまったではないかっ?」
彼らが通る道には、うっすらと雑草が生えており、他の馬が歩んだ形跡は見つからないが、
轍の跡はあるので人間が使っている道であることは間違いない。
いや、途中に馬糞も落ちている。
間違いなく街道の一つだろう。
だが次の街までどれくらい距離があるのかは、鬼人には全く分からない。
何か手がかりのようなものはないだろうか?
いや、人が作った建物も見当たらない。
ゴブリンやコボルトの集落すらないのだろうか?
もちろん人間の生活する近辺にそんなものが出たら、即討伐となるのだが、鬼人の考えはそこまでには至らない。
まあ、互いに同族意識があるわけもなく、
向かってきたら殲滅するだけだ。
ただ食用としてはコボルトもゴブリンも、あまり旨いものではないことも彼は知っている。
ようやくオーククラスになって、初めて旨みを覚えるくらいか。
火を通せばオークの肉は素晴らしく美味しくなることを、こないだ殺した人間たちは教えてくれた。
そう言う意味ではオークに現れて欲しいという望みはある。
しかしいないものは仕方がない。
結局、日中、馬達も鬼人も、
その日は何の収穫もないままに終わった。
まだ食糧はある。
人間達が残した乾燥食材。
食べられないこともないがやはり不味い。
明日は人間の街を見つけられるだろうか。
そんな日が三日と続いた。
途中で蛇を捕まえたり、ホーンラビット程度なら大した手間も要らない。
見つけることさえできれば労せず仕留められる。
しかしこれは目的には程遠い。
そして今夜も前日と同様、取り止めもない事を考えながら、明日のことを考えていた。
火を起こし、
毛布を体に巻く。
テントは要らない。
夜風と夜行性の小虫たちから身を守るだけでいい。
馬達は、雑草が茂みになっている場所さえ見つければ、後は縄を近くの大木に繋げておくだけでいい。
彼女達も緊張を切らすわけにはいかないが、鬼人に食糧があるうちならまだ安全だと理解はしているようだ。
そこに
悲鳴。
眠りかけていた鬼人の目が開く。
人間の悲鳴だ。
武器などあってもなくてもどちらでも良かったが、盗賊達の持っていた山刀が使いやすそうだったので、いつでも使えるように眠る際もそばに置いていた。
馬達ももちろん目を覚ますが、
木に繋がれている彼女たちは動けない。
そして馬達は、茂みの奥深くに入っていく鬼人の姿をやがて見失う。
果たしてこの後、鬼人は如何なる姿でここに戻ってくるのであろうか。
鬼人は慎重に歩く。
その気になれば、その強靭な肉体を駆使し、
ほんの10数秒で目的の地に辿り着くことも出来たかもしれない。
今の自分になら、そこいらの冒険者や魔物など相手にならないだろう。
それだけの自信はある。
だが、知能を得たことで戦闘以外の面でも、
姿を隠しておいた方が都合がいいかもしれないと考えた事で、彼は静かにそこへ近づくことを選んだのである。
聞こえる。
何か争うような音と、
これは唸り声。
複数の、獣のような唸り声だ。
そして、
「来ないでっ!
やめて、近づかないでっ!!」
と言う甲高い人間の声も聞こえてきた。
これは子供の声ではないだろうか?
なぜこんな夜更けに人間の子供の声が、
森の中から聞こえてくるのだろうか。
鬼人は手近な木に登る。
どうも獣の方は群れを作っている様子である。
ならば、草木を掻き分ける音で彼らに接近を気づかれるかもしれない。
そこで鬼人は、なるべく頑丈な、枝から枝へと飛び移る移動方法を選んだ。
これも場合によっては、枝葉を揺らし、
うまく飛び移ることも出来ずに大きな音を立ててしまうかもしれないが、
風が吹いたタイミングや自分の筋力なら何とかなるだろう。
最悪、バレたらバレたでどうでもいい。
結果を言えば、鬼人の目論見は成功した。
鬼人の接近は、
魔物たちに気づかれることもなかったのである。
そこで鬼人が木の上から見た光景。
小さな人間の子供が、
必死に松明の炎を振り回して、取り囲む狼たちから、自分の身を守ろうと・・・
いや、既にその狼達から攻撃を受けているようだ。
子供の服がボロボロになっている。
七、八匹の群れであろうか、
狼は火を警戒しているせいもあるが、
一斉に襲い掛からずに、
確実に獲物を仕留めるために、
少しずつ子供を攻撃しては、弱らせていく手段を取っているようだった。
鬼人のエピソードはこの案件を
描き終えたら最後にします。
次回で終わるか、
もう一話伸びるかは描いてみないと・・・。
いよいよ三連休!
ワクチン打ちにいって、歯医者行って・・・