第三百二十二話 第一ラウンド
ぶっくま、ありがとうございます!
<視点 カラドック>
目が離せない。
もう一人の異世界からの転移者が現れた。
麻衣さんが転移者だとカミングアウトした時も驚いたが、今回はそれを上回る。
何しろ人間どころか生物ですらない。
これが旧世界の科学技術の粋を集めた、ロボットだとかアンドロイドとかなら、まだ・・・
いや、それはそれで凄いか、
凄いけども理屈で納得できるからいいのだが、
あの人形メリーとやらにはそんな機械部分は一切ないという。
動力は?
どんな仕組みで動いているというんだ?
しかも人間の魂が入っている?
もちろん今この場にあって、それを追及するのは後回し。
あの鬼人に立ち向かえるかどうかだけが最優先で考えるべきこと。
幸いなことに、こちらのメンバーは、まだ誰も致命的なダメージを負っている者はいない。
このタイミングで追い風となる戦力が増えたことは純粋にありがたいと思う。
最悪、撤退という形でもいいから、このまま被害が拡がらないうちにケリをつける事が出来れば御の字だ。
後ろを振り返ると、ようやくアガサとニムエさんが気絶から回復していた。
ニムエさんは以前、マルゴット女王と共に人形と会っていたらしく、それほどの驚きはなさそうだ。
女王から、どこかのタイミングで人形を召喚すると、事前に聞かされていたのかもしれない。
一方、アガサは目をまん丸くして、状況理解不能の状態だ。
説明はタバサにお願いしよう。
護衛騎士ブレモアは・・・
うん、局部的に肉体ダメージがかなり酷いことになっていそうだから、まだ回復するのは無理っぽいな。
ていうか、タバサはブレモアを回復させてあげるつもりはないのだろうか?
確かに私も指示してないのだけども。
そして指示するつもりもないけども。
・・・妖精ラウネは、部屋の隅っこの瓦礫に隠れるようにして震えている。
今までの反応で最大の怯え方だ。
あれ・・・なんか彼女の足元周辺がびっちょり濡れている・・・?
暖かそうな湯気までも立ち昇っているぞ?
妖精も失禁するんだね。
一つ勉強になった。
「・・・正直。」
む?
いよいよこれが最後の戦いとなるのだろうか。
女性の姿をした人形は、歩みを止めぼそりと呟く。
「この場に呼ばれてから、この人形の体を抑えるのに一苦労したわ?
それほど・・・あなたの身に纏わりついてる死者の恨みと憎しみの念は濃く・・・そして重い。」
どうやら鬼人に語りかけているようだ。
しかし、死者の恨みと憎しみだと?
いったい、あの人形には何が見えているというのか。
鬼人の顔が喜悦に歪む。
「フンッ! それはっ! このワシにとってっ!
誇るべきっ! 勲章のようなものっ!!
それでこそっ! このワシはっ! どこまでもっ!
強くなるというものだっ!!」
・・・その瞬間、またもや鬼人の姿を見失った!!
ヤツが攻撃を仕掛けたのだ!!
そして何か硬いモノが破壊されたかのような衝撃音!!
・・・ほぼ同時に・・・私の視界の右手側の壁に・・・
先の人形が真っ二つになって吹き飛ばされていたのである・・・。
「メリーさーんっ!?」
麻衣さんの悲鳴だ。
何が起きたのかって?
事が終わってしまった今なら一目瞭然だ・・・。
先程、人形がいた位置には、
入れ替わるかのように鬼人オグリが、まるでつまらぬものを切ったかのように呆れた顔で佇んでおり、
そして右側の壁には人形メリーが上半身と下半身に分かれて転がっていたのである・・・。
「ふんっ! 口だけっ、だったようだなっ!
つまらんっ!!
もういいっ、生き残り全員っ!
このワシがっ! 引き裂いてやろうっ!!」
やはり、そううまい話などない。
もう一人の転移者の登場に少しは期待したのだけど、
やむを得ない。
最後は私の切り札を使ってでもこの場を・・・。
「あら? もうおしまい?」
えっ?
「・・・なんっ だとっ!?」
鬼人ですら目の前で起きている事態を受け入れられないようだ。
無理もない、
間違いなくあの巨大なバトルアックスで、真っ二つに人形の体は両断されている・・・。
なのに、なぜ何事もなかったかのように人形は喋っているのだ?
いや・・・生物でない人形だからこそ、なのか?
そして更に信じられない現象が起こる・・・!
二つに分かれた筈の人形のボディが、
まるで生き別れた親子が互いに求めあうかのように、テケテケと動き始め・・・
そして何事もなかったかのように、元通りにくっついてしまったのだ!!
これは・・・何という夢に出てきそうなほど気味の悪い動き。
息子のウェールズに見せたら、間違いなく夜中におねしょをして泣き喚くことだろう。
そして当の彼女は、
自分の下半身がちゃんと動くのかどうか、確かめるかのように腰を捻りながら立ち上がる・・・。
「もちろん、ここまでバッサリ斬られたら、普通は中々再生できないわ?
でも・・・私の体に流れ込む恨みの情念はこれまでにないくらい桁違いのエネルギー・・・
この程度の再生くらいわけはない。」
再生・・・なのか?
これを再生と言っていいのかっ!?
人形は身だしなみを整えるかのように、髪を梳き、服の埃を払う。
実際に彼女が言葉にしたわけではないが、
「あ~あ、埃だらけで嫌になっちゃぁう」とでも言いそうな振る舞いだ。
ダメージのようなものは全く見えない。
一方、鬼人の方は最初こそ驚いていたようだが、
今は手頃な玩具がまだまだ遊べる事に気を良くしたらしい。
声の調子が弾んでいるように聞こえる。
「面白いっ!
では次はっ! 粉っ、々にっ砕いてくれるっ!!
それでもっ! 元に戻れるかどうかっ! 確かめてやろうっ!!」
だけど、その遊びとやらに、彼女は付き合うつもりなど更々ないようだ。
「そう、残念ね、
実を言うと・・・こちらはそろそろ限界なの・・・。」
「限界っ、だとっ!?
力のっ! 差を感じっ! 今更っ、降参でもしようというのかっ!?」
「いいえ?
これ以上の情念が流れ込むと、私の精神が持たない、というだけのお話。
・・・だから、
使わせてもらうわ?
エクスキューショナーモード・・・オン。」
人形メリーの足元の瓦礫が崩れた・・・。
え?
私は・・・いや、この場にいる誰もが人形の姿を見失った事だろう。
先程から鬼人の姿を捉える事が出来なかったように、
今度は人形の姿が一瞬にして消えてしまっていたのである。
ドザッ・・・
何の音・・・
鬼人のところから・・・あ、ああ、
あああああああっ!?
「ぐおおおおおおおおおおっ!?」
左腕が・・・
鬼人の左腕の肘から先が、床に転がっていた・・・!
当然斬られた断面からは大量の血飛沫が溢れ出す!!
斬り落としたのか!?
あの人形が目にも止まらぬ早業で、鬼人の左腕を切り裂いたというのか!?
あの、
不気味な形状を持つ、アラベスク文様が施された鎌で!?
「どう、かしら?
あなたも再生できるのよね?
繋げてみせてもらえる?」
そうだ・・・。
鬼人オグリも驚異的な再生スキルを持っている。
さすがに斬られたところから新しい腕なんかは生えてこないだろうけども、
元の腕を繋げることくらいなら・・・。
「きっ、ききききききききききっ、きさまぁっ~っっっっっ!!」