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第三百二十一話 鬼人


<第三者視点>


もう何十年前になるのだろうか。


「その悲劇」は大陸東部の小さな領地で起こった。

ヒューマンや亜人の長い歴史の中で、それは時々起こること。


それは「スタンピード」と呼ばれる魔物の異常発生。


その周期も発生確率も全て不明。

諸国の学者たちが常に研究を重ねているが、未だ定説というものすら生まれてはいない。

その構成となる魔物の種類も発生数もバラバラである。

これが始まったら、その街は大抵の場合、甚大なる被害が生じ、大勢の犠牲者が出る事もよくある事だった。


もっともスタンピードそのものは、必ずしも防衛不能と言うものではない。

堅固な城壁、

十分な兵力、強力な冒険者、大規模な魔法を展開できる魔術士たち、

それらさえ用意出来れば、幾千もの魔物が溢れてきたとはいえ、最小限の被害で済ますことも可能だった。


そうして生き残る事が出来た場合、

大量の魔物を屠ったことによるレベルアップ、すなわち英雄の誕生、

魔物から採取できる強力な武具の材料、魔石により街そのものが一段階強力なものに生まれ変わるとさえ言っても過言ではなかったのである。



だがその土地には、街を守り切るだけの兵力も、大量の魔物に対処するための時間もなかったのである。


街は魔物に蹂躙された。


いや、今特筆すべきは不幸な街やそこに住んでいた住人のことではない。


今回は魔物の方はどうなったのか見てみよう。

大量発生した魔物。


人間・亜人側が勝利した場合、

それはすなわち魔物が全滅したことを意味する。

では魔物が勝利した場合、

その被害は、どこかの時点で人類が勝利するまで半永久的に続くのであろうか?


現在の所、そう言ったことが過去にあったという記録はない。

一つの街が滅び、そのまま近隣に街も連鎖的に滅ぶということはある。

だがそれでも、程なくスタンピードは自然消滅に近い形で沈静化してきた。


これについても原理や仕組みは分かっていない。

ただ、毎回、必ずそうなるというだけの話。


人間が魔物を倒した場合、

その脅威度、人間のレベルに応じて、

大量の経験値とスキルポイントを得る。

それと同じように、魔物についても、他種族や人間を倒すと多くの経験値を得ると言われている。


ただ知能がないとされる魔物にはスキルポイントは付与されない。

いや、もしかしたらスキルポイントも人間同様に取得されているのかもしれないが、

知能がない彼らには、スキルポイントという概念そのものが理解できないだけ、というのが実際のところ真実と言えよう。


現に、知能がある高位の妖魔には、

そのレベルに応じて様々な能力やスキルを得ているものが殆どだ。

ということは、

知能が低いとされるゴブリンやオークでも、

進化を果たして亜人並みの知能を得れば、

魔術や武技を得るものが出て来ることも不思議な話ではないと言える。


さて話を戻そう。

スタンピードで大量発生した魔物。

彼らが人間の街に侵攻し、大勢の人間・亜人を食い殺したとしよう。

当然、先に述べたように、その場合は魔物にも次々と経験値が加算されていき、

恐らく何度もレベルアップを果たしていくのだろう。


その段階で、細かい条件は不明なれど、

種族進化を果たしていくものもよく見られる現象である。

そうやって一つの街を滅ぼした魔物の集団は、

近隣のものにとっては脅威以外の何物でもない。


この考えで行けば、街を飲み込むごとに魔物は強力になっていくのだから、

人類側にとって勝ち目はどんどんなくなっていくと思うのも仕方ない事だろう。


だが実際はそんな事にならない。

どこかの時点でスタンピードは消滅する。

どんなに魔物が進化を果たしていたとしても。


理由は二つ。


一つは誰にでも理解でき納得できる話。

食糧問題である。


街を滅ぼすということは、魔物がそこにある食い物を全て喰い尽くすということである。


現代の都市のように、街と街が隣り合っている場合なら、

もっと恐ろしい事態になっていたかもしれない。


だがこの世界では、一つの街から隣の街に移るにも、馬車で何日もかかる事も珍しい話ではない。

魔物にもそこに高度な知能を有する統率者がいるのならばともかく、

スタンピードなどと言うものは一種の狂乱状態の集団だ。

一つの街を滅ぼした後、次にどこに行けばいいのか考えることすら出来ないのだ。


従って彼らは一つの街を滅ぼした後も、

街のどこかに人間が生き残っていないか、徒労とも言える報われない努力を続けた結果、

一つの答えに辿り着くしかなくなるのである。


すなわち共食い。


一度共食いが始まれば、もはやそこに魔物同士の仲間意識は完全に消え去る。

自分の食欲が満たされるまでかつての同胞を喰らい合い、

ある一定の時点までそれは留まるところはない。


それは最後の個体が飢え死にするまでが終着点だ。


それまでにどれだけの仲間を殺したか、

どれだけ進化を果たし、その拳の一撃で大地を割るまで強力になろうとも、

食べるものがなくなれば死ぬ。


これがスタンピードの終焉である。



これとは別に、

もう一つの不可解な現象も報告されている。

それは壊滅した街を調査に来た近隣の兵士たちが発見した報告である。


その街では多くの魔物の死骸が残っていた。


街の住人は全滅していた。

兵士たちは、街に残る大量のレベルアップした魔物を警戒していたのだが、

そこには「外傷のない」多くの魔物が転がっているだけだった。


魔物たちは共食いしたわけでもない。

誰か名乗りを上げない冒険者に討伐されたわけでもない。

解剖して確かめたが、飢え死にしたわけでもない。

まるでスイッチでも切れたかのように、ある一定のタイミングで死んでいったのではないか?


伝染病説、ウィルス説など、変わり種では寄生虫によって操られていたなどという説までも飛び出してはいるが、未だこの原因を究明された事はない。

もっともそれを言い出せば、

なぜ魔物がテリトリーを飛び出し、別種族と共に人間社会に襲い掛かるのかすら謎のままなのだ。


恐らくこの先も、この謎が解明されることはないのかもしれない。

ただし・・・何事にも例外がある。


ここに一匹のゴブリンがいた。

ごくごく平均的なゴブリンではあったが、

スタンピードの波に乗り、街のあちこちで女子供見境なく殺しつくしていた個体だった。

恐らく兵士と一対一の状況であったら、すぐさま反撃されて死んでいたであろう。

だが、そのゴブリンは、自分で選んでいたのか定かでないが、

確実に自分が殺せる人間だけを仕留めていた。

時には死体を喰い、時には女を犯し、その後で腹を突き刺し殺していた。

弱い人間から得られる経験値など微々たるものであったが、

それなりにレベルアップを果たしていくと、

成人男性が相手でも危なげなく勝つ事が出来るようになっていた。


この段階で一匹のゴブリンはホブゴブリンに進化していた。


そうなるともはや普通の人間では対処できない。

冒険者か兵士でなければ勝てるわけがない。


だがスタンピードという数の暴力の前には、

冒険者も兵士たちもどんどん蹂躙されていく。


時には弓矢や魔法で傷つけられることもあったが、

どこで再生スキルを身につけたのか、放っておけばいつの間にか傷も再生していた。


そう、その個体はオーガに進化していたのだ。


気が付いたら人間・亜人はその街から完全に消滅していた。

もう食べるものがない。


ひもじい。

この圧倒的な飢餓感。

何か口に入れないと、この強靭な体のオーガですら死んでしまう。

そしてそれは他の個体についても同様である。


いつ、誰からともなく彼らは共食いを開始する。

もちろん、ここまで生き延びた他の個体も強力だ。

ゴブリンジェネラルやゴブリンメイジ、その他オークキングにまで進化したものもいる。


たまたま幸運もあったのかもしれない。


統率者クラスに進化した個体は、自らの配下にバフ効果を与える者もいるのだが、

ここに来て勝負を決するのは個の強さそれだけである。

個体単体の強さではオーガに進化した「彼」だけが一歩抜きんでいた。

「再生」スキルを持っていたのも、彼の生存に一役買っていたと言えよう。


そして「彼」は最後まで生き延びた。



同格の鬼系種族を食い殺した彼には更なる進化先が用意されていた。


だが、知能に劣るオーガでは、自分でこの先、如何なる進化をすべきか選択する余地は全くなかった。

ステータスウィンドウ自体開く事が出来ないのだ。

それは当たり前の話。


・・・ただし、

それを学習さえしてしまえば話は変わる。


自分が殺したオークキングが生前時にステータス画面を開いていたのを見てしまった。

そう、鬼系種族はキングクラスになると、ステータス画面を開く事が出来る。

そしてそれは、他の種族・クラスでは「それ」を開けないという訳ではない。

単にキングクラス以外では知る事が出来ないだけ。


そのオーガは更なる進化を遂げる前に、殺したオークキングが行っていたように、自分でもできるかとステータスウインドウを開いて見せた。


そしてそれは成功したのだ。


・・・もっともこれは何をどうしたらいいんだろうか?


スキル?

スキルポイント?


一応、表示されている文字?に手を触れると、

何故かその単語の意味が頭の中に入ってくる。



とはいえスキルポイントの計算もできない。


強そうなスキル、便利そうなスキル、面白そうなスキル、意味の分からないスキル、

自分に判別できるのはそれだけ。


その中で強そうなスキルも目に付いたが、

同時に彼の目を惹いたものが一つあった。

 「人語理解」


人間・亜人と会話ができるスキルだという。


別に人間と仲良くなりたいと思ったわけではない。


これまで戦ってきた人間が、強力なスキルで何度か自分が殺されかけた経験があったからだ。

他のオークやゴブリンとは違った強さだと思った。

はっきり自分がこの先、何になりたいか、そこまで明確なビジョンがあったわけではない。

彼が何も考えず、順当に進化を選べば、

この先、ハイオーガ、オーガロードなどに進化した「筈」である。



ただし、その場合、

「例外」は起こらない。

スタンピードで生き残った魔物は、何故か糸が切れたかのようにあるタイミングで死んでしまう、

それは如何に強力なキングクラスの魔物に進化しても避けることは出来ない。


そう、通常であればこのオーガも、

順当に進化した先で、何の理由によってか全く知ることも出来ずに命を終えてしまう運命でった。


しかし彼はここで「人語理解」を取得してしまった。

結果、彼の進化先に新たな「種族」が表示されてしまったのだ。


 「鬼人」


そして鬼系種族において最も高い知能を得るこのクラスこそ、

謎の自然死を避け得ることのできるたった一つの方法だったのである。


蛇足となるが、

食糧問題にしても、知能を得た事によって、

欲望のままに喰らい尽くすことをせず、

食糧の備蓄・保存に考えを至らせる事が出来たことも、彼が生存に至った大きな理由と言えよう。



 

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