第三百二十話 鬼人対人形
<視点 ケイジ>
オレたちは夢でも見ているのか。
あの鬼人にいいように嬲られ、もはや絶体絶命。
ベリアルの剣の衝撃波はかなり使い勝手のいい技だが、これだけで鬼人をあしらえる自信はない。
そこへマルゴット女王が切り札でも出すかのように、
麻衣さんにMPポーションを差し出した。
結構高額なアイテムなんで、おいそれと使う訳にもいかないが、
一国のトップなら用意するのも使うのも容易い。
権力者ならではの戦術である。
そして麻衣さんに何をさせるのかと思ったら、
なんと召喚術を使って欲しいそうだ。
そこまではいい。
問題はその後。
呼び出すのは、異世界からやって来た意志ある人形。
なんでもカラドックと麻衣さんとは別に、
この世界に転移させられたもう一人の人物こそ、その人形だという。
それだけでも驚愕の話なのに、
その人形には麻衣さんの母親が宿っている?
でもその母親は死んだはず?
さらにはその人形はオレの前世の世界より何百年も未来の時代からやってきただ?
いい加減にしてくれと言いたい。
いや、オレはまだいい。
麻衣さんの事も考えてみてやれ。
いつも冷静なあの子が・・・今回も気丈に振る舞ってはいるが、
無理をしているのは傍目にもわかる。
(ケイジ、お前そこまでわかってるのになんで)
ん?
何かカラドックの内なる声が聞こえたような気がするが、
気のせいだろう。
時間もない事はみんなわかっている。
麻衣さんも本当に強い子だ。
今自分がすべきことを完全に理解して、自分の心を抑え込んでいるんだろう。
それでも最初は失敗した。
やはり今現在、その人形は麻衣さんの母親ではないらしい。
オレがその事を問うも、麻衣さんは気を取り直したように、失敗の原因を分析、
すぐにもう一度、召喚術を起動。
麻衣さんはオレに視線を向けてくれなかったが、
それは仕方ない。
術に集中しなけりゃならないんだからな。
その代わり、カラドックに睨まれた気がするんだが・・・。
ここから先は、誰もが目を離せない。
視線を逸らす事すら許されない。
麻衣さんの召喚術は成功する。
召喚の最高ランクと呼ばれる七色の光に包まれて、
現れたのは高貴な白銀の髪と、神秘的な黒いドレスを纏った少女の姿の人形。
あまりにも美しく、あまりにも精巧なその人形、
誰もが言葉を失ってしまいそうなその姿だが、
こいつは・・・この人形であの鬼人に立ち向かえるのか!?
名を・・・メリーと言ったか、
その人形とマルゴット女王が会話を始める。
もともとこの人形を呼び出そうという発案者は女王だものな。
状況説明は女王に任せよう。
・・・と思っていたら、暢気すぎる会話が始まった。
いま絶体絶命の状況だとわかっているのか?
逆に、女王の首元に巻きついていた妖精が、これまでにないほどの怯え方を見せていた。
その絶体絶命の状況を作り出した鬼人にではない。
・・・あの人形に対してだ。
そこへ麻衣さんが足を踏み出す。
どうやら初対面のようだが、
これまでの流れだと、この意志ある人形に最も深い因縁を持っているのは麻衣さんのようだしな。
オレたちにはすぐに理解できない話だとしても、
あの人形と麻衣さんの間には通じるものがあるのだろう。
「ママの・・・ママの記憶を持っているんですか・・・?」
「・・・勿論、全ての記憶を見たわけじゃないわ、
この人形に焼き付いている情報の断片を見たに過ぎない。
それ以前の二人の女の子の惨劇も見ているわ。」
「エミリーちゃんやマリーちゃんのも・・・?
その二人が今、あたしの家でママの体で生き永らえていることも?」
「・・・へぇ?
ああ、そういえば、あの洞窟の中での魂の交換術はそういうこと・・・。
ええ・・・と、麻衣・・・だったわね、あなたのお名前。
洞窟の中でこの人形があなたを見ているけども、大きくなったのね・・・。」
人形の視線が、麻衣さんに対して優しそうな眼差しに見えたのは、
オレの気のせいだっただろうか?
「間違いなくあたしの知っているメリーさんのようですね・・・。
いろいろお話したいことがたくさんあるんですけど・・・。」
そこで初めて、人形は視線を遠くに飛ばせて見せた。
最初から自分の敵が誰か分かっていたのだろう。
「ええ、私もよ。
でも今は・・・私の相手はあちらのようね・・・。
オーガ?
いえ、あれは完全な知性を獲得している?」
「オーガから特殊進化を果たした鬼人、というそうです。
オーガの戦闘能力にヒューマンの知性と技術を兼ね備えた化物とか・・・。」
「ふぅん、それは厄介な存在なのね・・・」
そこで人形は、アラベスク文様の鎌を振りかざす。
「あなたたち、人間には。」
あの巨大な鎌を使い慣れた武具のように、人形は頭上で回転させ、
まるで儀式のように、自らの眼前で薙ぎ払う。
完全に戦闘態勢に入ったという事か。
「戦闘?」
まるでオレの心の声に反応したかのように、人形は声を上げる。
「いいえ? 私は戦闘なんかしないわよ?」
ではいったいこんな所で何をするつもりだというのか。
「私の名はメリー・・・、
ただ私は鎌を振るう・・・
穢れた命を絶つために・・・。」
ゆっくり・・・あまりにもゆっくりと人形は足を進める。
まるでこれから玄関ポストの郵便物でも確かめに行くかのように。
一方、あの鬼人はというと、
唐突に現れた人形が自分の相手をすると理解したようで、
気持ちの悪いくらい嬉しそうに表情を歪ませた。
「ぐふふっ!
そのっ! 作り物の女がっ!
ワシのっ、相手をするというのかっ!!
妊娠っ、させられないのは残念だがっ!
原型もわからないほどっ! 粉微塵にしてくれるっ!!」
相変わらず気持ち悪いことをほざく鬼人だ。
・・・いや、人間でもたまにいるよな・・・。
オレも・・・人を殺したことがある身で偉そうなことを言えないが、
殺意と性欲を併せ持つヤツの感覚が分からない。
性欲はまだわかる。
オレも男だしな。
女性の同意を得ずにレイプするような奴は最低だとは思うが、欲求くらいは理解する。
そして「話は変わるが」、戦争や戦いにおいて、相手を破壊するということもある意味において理解する。
これは敵を物言わぬ肉塊にするのが楽しいんじゃない。
単に自分たちの安全を確保するために、脅威のリスクを減らす為、すなわち安心を得るための行為でもある。
そこに欲求も愉悦もない。
ここにある種、復讐的な要素を加えた場合になら、
敵を殺す事にある種の満足感を覚えるというのもあるだろう。
しかし殺意と性欲、これが同時に併せ持つ感覚がいまだにわからない。
ああ、それをわかっちゃあ、人としてお終いなんだろうなとは分かるから、
無理に知りたいとは思わねーよ。
でもオレの周りにはいなかった、というだけで、
人間の歴史の中には戦争時だろうと、平時の凶悪犯罪だろうといたるところにそういう事例が残っている。
人間の本能に根差す感覚なのだろうか?
それとも偶発的に起きる、ただの猟奇的な嗜好だと割り切っていいものだろうか?
けれど戦争時に起こるそれは、偶発的なものとは思えない。
誰か一人の「猟奇的な嗜好」が集団に伝播するのだろうか?
群集心理?
同調圧力?
これが国や民族単位になると慣行事例となるからおぞましい。
人間とはそれほど愚かで罪深い存在なのだろうか?
だからある意味、この鬼人が、顔を背けたくなるほどキモいセリフを吐こうが、
それ程の衝撃はない。
ああ、こいつは生かしといちゃあいけない存在なんだとしか思えないだけだ。
・・・何故だろうな?
どうしてここで「あの男」の顔が思い浮かぶんだろうな。
「人間という種に生きる価値などあると思うのか?」
いつ、どこで聞いたセリフだったか、思い出せない。
あいつならいつでも言いそうなセリフだ。
まぁ、今はどうでもいい話だ。
なんとかこの場から生還しないとな・・・。
あの人形がどんな能力を持っているか知らないが、
出来ることは何だってやってやる。
だから、オレは一人でスタスタと歩く人形に向かって声をあげたんだ。
「おい!
一人で行くことはないぞ!
オレらも手助けする!!
連携しないとその鬼人は倒せないっ!!」
なのに、
彼女のその反応はあまりにも冷たかった。
「足手纏いは不要。」
あ、足手纏いって・・・
「この鬼人からは、そうとうの瘴気を感じるわ・・・
特殊進化?
それまで・・・いったい何百人の命を屠ったのかしら?」
「ぐっふっふっふっふっふ!
破壊とっ! 殺戮こそっ! 我が生き様っ!
悪いがっ! この両の手の指の本数以上っ!
数えたことはないっ!!」
「・・・せっかくの知能を役に立たせたことはないというわけね・・・。」
言われてみたら全くだな・・・。
まぁ、インテリのオーガって言われても、こっちもどう対応していいかわからねーけどな。
そしていよいよ、鬼人も自らの間合いに人形が踏み込んできたと理解したようだ。
その両手で再びバトルアックスの柄を握る。
「愉しみだっ!
貴様はっ! どんな悲鳴を上げるのかっ!!」
「・・・ええ、聞かせてあげるわ?
あなたの悲鳴をね?
私はメリー、いま・・・あなたの前にいるの。」
私の物語の世界観はいたってシンプルです。
人間が罪深い存在・・・なら、人間を絶滅しようとした神々の行為は正義。
人間がこの先も繁栄を望むなら・・・それを認めようとしない神々こそ悪でしょう。
ただし未来がどうなるかは、
たった一人、大地の底に眠る巨人しか知り得ることではありません。
それこそ、天空の神々が彼と人間を滅ぼせなかった最大の理由なのですから。