第三百十八話 ぼっち妖魔は惑わない
<視点 麻衣>
二年前の記憶・・・。
あれはあたしが悪霊に感染する直前・・・
いや、あれはもう感染してた後だったんだろう、まだ発症してなかっただけに過ぎない。
それでも高熱を発して、起き上がることも出来ない時だった。
その時に予知夢のようなものを見た。
ただし、その時に見た内容は取り留めもなく、過去か現在か未来かもわからない、
まるで映画の予告シーンを次々と見せられるそんな感覚。
その時にあたし達とは違う世界のケイジさんの姿も見たし、
あたしたちの造物主様が気にしていた、長い黒髪の女の人と、その人を愛していた白髪交じりの男の人を見た。
あたしはなんとなく、あれが未来におけるアダムとイブなのかと思った。
ただ、それがどんな意味を持つのかは分からない。
あたしが知識として知っていることは、アダムとイブと呼ばれるものは、
原初の二人とは別に、地上の歴史において節目節目に何度も現れるそうだ。
そうなると、人類最初の女性であるリーリトとはいかなる関係になるのか。
それは今はいいだろう。
また別の機会に考えよう。
他にわかっていることは、
その内の一組のアダムとイブが、造物主様を裏切った報いで、不死の妖魔となり、夜の森に永遠に閉じ込められているとか。
けれど、あたし達の主がそんな恐ろしい罰を与えるものだろうか?
正直、あたしに対して自由に楽しんで良いような態度を見せてくれる造物主様が、
そんな事をするのだろうかという、違和感はある。
まぁ、もともとあたしにはそんな大層な役目を与えられているわけでもないから、
前提が違うのだろう。
それに仮にも造物主様は、神々の怨敵である。
一般の人間にはあの人は悪の権化と思われているのだから、
多少の残酷行為は普通にやっているのかもしれない。
長らく物語をご覧になっている皆さんならもう気づいているだろう。
あたし達の主・・・
それは人間には悪魔と呼ばれている。
あんな召喚術で呼ばれたような「まがいもの」なんかじゃない。
もっと絶対的な存在。
もちろんあたしは主を「悪魔」だなんて思うことはない。
むしろ逆だ。
1万年以上昔になるのか、地上の人間を絶滅させようとした天空の神々こそ悪魔だ。
みんなだってノアの洪水の物語は知ってるよね?
キリスト教だと、あれは神様が一人で勝手に決めたけど、敬虔な家族がいるから彼の家族だけ生かそうと思いなおした設定にしてるけど、
キリスト教より遥か昔のメソポタミアの神話じゃ、洪水を起こすことを決めた天空の神々と、大地の神様とではっきり意見が分かれて、大地の神様が人間に箱舟を作って洪水から逃れるよう味方をしてくれている。
ちなみにギリシア神話では、人間に箱舟を作るよう教えた「彼」は、神の使いの鷲だか鷹だかに永遠に臓物を喰われ続けるという罰が与えられた。
人間に知恵を与えたとか、そんな理由でね。
人間の罪?
原罪?
何だか知らないけど、そんな物のために皆殺しにされる筋合いなんてどこにあるというのか?
あたし達の主は人間を救うために、
神々と何らかの契約を行い、大地の底に封じられた。
殺されたわけではないらしい。
現に今もなお、眷属を地上に送っているし、
自らの器を復活させたりもしている。
あと何年かしたら、完全に復活した姿をあたしは見れることがあるのだろうか?
その後は何をするつもりなのだろう?
神々に復讐かけるのだろうか?
でもそれこそ、神々がそれを手を拱いて見てるとも思えないし。
その為に、あの「斐山くん」という名の少年も遣わされているんだものね。
・・・おっといけない。
造物者さまの話は今することでもないよね。
肝心なことは、これから呼び出そうとする未来のメリーさんをあたしが知っているかということ。
あの夢の中で随所で誰かの声が聞こえていた。
あたしに話しかけるというより、その人の独り言のようにも聞こえたし、
悲しい後悔の独白とでも言えばよかったのかもしれない。
「ねぇ、遠い世界の可愛い子、
教えてくれないかしら?
私が犯したことは罪だったの?
それとも私は何もできなかったの?
私は二人の幸せを願ったのかしら?
それとも二人の破滅を望んだのかしら?
外から視たあなたなら、・・・それを答えられる?」
あああ、そうだ。
そんな事を言ってたんだ。
うん、間違いなくママじゃない。
ママのことは自分の中ではケリをつけたつもりでいたけれど、
それでも今回「もしかしたら」と心を揺らせてしまっていた。
二年前、あたしが悪霊から解放された時、
もうどんなにママに呼び掛けても、その返事が返ってくることはなかった。
メリーさんの姿を遠隔透視で探っても無駄だった。
そこには魂のないボロボロに砕け散った石膏人形しか視えない。
その後も未練がましく何度も透視したけども、
そのうち、まるで結界に覆われでもしたのか、あたしの能力でも見えない遠くに行ってしまったようだ。
それ以来、あたしはなるべく忘れるようにした。
最初はパパも何度かママの様子を聞いてきたけども、
あたしの拙い態度で気付いてしまったんだろう。
もう、ママのことは口にすることもない。
それでもまるでお墓参りでもするかのように、
ママの体に宿ったエミリーちゃんやマリーちゃんを連れて、
昔、ママと一緒に出掛けた街とかお店とかに出歩いている。
そのことに対し、あたしは何も言うつもりもない。
そんな資格があるとも思えない。
あたしとは境遇は違うと思うけど、
ケイジさんがこの世界や前世で、自分のお母さんと死別したくだりは聞いている。
その事が、ケイジさんの中で大きな部分を占めているのはおかしなことでも何でもない。
むしろあたしがこの異世界転移に選ばれた理由の一つなのかもしれない。
今も、あたしがママという単語を出したあたりから、ケイジさんの食いつき方が普通じゃなかった。
でもごめんなさい。
もう、あたしは心の中でスイッチを切り替えた。
惑わない。
あたしは造物主様の巫女。
恐らく・・・
これから呼び出そうとするメリーさんも、
何らかの運命に巻き込まれて・・・
世界を彷徨い歩いているのかもしれない。
ケイジさんがこの世界に転生し、
前世で救うことのできなかったリィナさんの命を掴み、
カラドックさんと再会して心の整理をつけたように、
メリーさんにも何らかの答えが用意されているのだろうか。
きっとこれもあたしの役目。
なら呼べる。
もうイメージは掴んだ。
もう一度・・・。
「召喚!!」
再びあたしの足元に眩い七色の光が灯る!
そしてあたしの脳裏に浮かんだ一体の人形。
光り輝くシルバーブロンドの髪、
少女を思わせるあどけない頬、
その細くて白い指は、祈るように組んだまま・・・
右腕の内側と自分の体の間に抱えるように、
あのアラベスク文様の死神の鎌も健在だ。
眠っているのだろうか?
じゃあ起きてくださいね!!
「メリーさん!!」
その名を呼ぶと七色の光は激しく魔方陣の周りを回転し始める!!
「あ、あ・・・ああ」
「・・・おおお」
カラドックさんやマルゴット女王から感嘆の声が漏れる。
虹色の光の中にシルエットが見えたのだ。
やがてそれは実体化して人の姿を取り始める。
薔薇の刺繍のドレスを纏い、
か細き腕には一振りの鎌・・・
その冷たい二つの瞳に魅入られた者に
逃れる術は・・・ない!!
光が収まった時・・・
そこには目を瞑り、しゃがみこんだ姿のままのメリーさんがいた。
間違いない。
あたしが直接その姿を見たのは、6年前の赤い魔法使いに人質にされた時だけなのだけど、
一度それを見たら二度と忘れるものではない。
そして・・・彼女は、ゆっくりと、瞼を開いたのだ。
まるで眠りから覚めたかのように・・・。
というわけで、二人目はメリーさんです。
「メリーさんを追う男」編で麻衣ちゃんに、メリーの夢を見せたのは蛇足かなと思っていたんですが。
こんな形で繋げることが出来ました。
まぁ、三人目はもう想像できますかね。
あれだけ前振りしてましたものね。