第三百十七話 召喚失敗
ぶっくま×2、ありがとうございます!
<視点 カラドック>
「麻衣さん!?」
鬼人は予想外の攻撃を喰らったせいか、向こうの壁でゆっくりと、慎重そうに体を起こそうとしていた。
あんな見た目だが、考えなしに突っ込んでくる脳筋でもないらしい。
その代わり攻撃に転じる時は、肉眼で追えない速さで迫ってくるから厄介だ。
だが今の状況にはちょうどいい。
こちらではマルゴット女王と麻衣さんとの間で何かが起きたようだ。
つい先程、女王が麻衣さんにMPポーションを渡すシーンまでこのカラドックにも把握できていた。
麻衣さんのユニークスキルや虚術は強力且つ有用だ。
彼女が戦線に復帰できるなら心強い。
だが女王の口ぶりだと麻衣さんに期待するのは召喚術だという。
召喚術?
確かにそれは麻衣さんの得意スキルとして聞いている。
だがそれは、あくまで獣や魔物を呼ぶだけだ。
強力な魔物を従えているのかもしれないが、あの鬼人に立ち向かえるほどの魔物と契約しているのだろうか?
そのまま話を聞いていると、女王はとんでもない事を言い出した。
ゴーレム?
魔導体を呼び出そうというのか?
しかもそれは麻衣さんが契約している魔物ではなく、女王の知っているゴーレムだという。
そこまではまだ良かった。
問題はその後だ。
意志あるゴーレム。
それも、異世界からやって来た動く人形だと?
そして麻衣さんは、
明らかに、それを聞いてショックを受けたかのように固まってしまったのだ。
「麻衣殿?」
女王は、その人形というゴーレムについて、麻衣さんは心当たりがある筈だと言っていた。
そして麻衣さんの反応を見るに、どうやらそれは間違いないようだ。
だがあの反応は明らかにおかしい。
もう一人の異世界から転移してきた者に対して、いったいどんな因縁を持っているのか。
そしてそれはすぐに明らかになった。
「・・・ママ。」
「「「えっ?」」」
・・・いま、彼女はママと言ったのか?
その言葉に女王はおろかケイジまで反応する。
その人形とやらが麻衣さんと関係あることは女王も想定済みで持ってきた話。
だが、さすがにその言葉は予想の遥か斜め上であったようだ。
「ま、麻衣殿、いまなんと!?
あの人形はそなたの?
いや、しかしそれは・・・!?」
「じょ・・・マルゴット女王、あ、会ったんですか・・・
薔薇の刺繍のドレスを纏ったモノトーンの人形・・・、
巨大なアラベスク文様の鎌を振りかざすあの人形に・・・。」
麻衣さんの声が震えている。
人形が麻衣さんの母親?
えっと、麻衣さんは妖魔で、その母親はゴーレム?
・・・理解が追い付かない。
女王も完全に理解していないようだけど、話を進めるしかないと判断したらしい。
もともとこの話の言い出しっぺはマルゴット女王なのだしね。
「う、うむ、特徴はまさしくその通りじゃ。
どうやら間違いないようだの。
その人形はカラドックを追って来たのじゃが、
先に妾に会って情報を収集しようとしておったのじゃ。
まぁ、カラドックは異世界出身の冒険者として名を挙げておったからの。」
え? なにそれ、怖い。
知らないうちにそんな人形に追われていたの?
「し、しかし麻衣殿、いまそなたママとは・・・?」
麻衣さんがうつむいている。
あまり時間はないのだが・・・・。
振り返れば完全に鬼人は立ち上がっていた。
こちらへの警戒は一切切らしていない。
そしてどうやってこちらへ近づこうかと算段しているようだ。
ケイジがベリアルの剣で牽制しているからな。
どんなに素早く動こうが、あのベリアルの剣の衝撃波からは逃れようはずもない。
効果的なダメージこそ与えられてはいないが、二の足を踏ませるくらいには十分か・・・・。
「有り得ない。」
それは小さな声。
けれど強い確信を秘めた口調。
その声は麻衣さん。
「有り得ない!
ママは・・・ママは・・・!」
「麻衣さん!?」
女王も麻衣さんの反応に狼狽えている。
先程、女王は人形の名前をメリーと言ったろうか?
その人形が麻衣さんの・・・母親?
先程も言ったが、さすがにそれは女王も想定外だったろう。
だが、話はそんな簡単なもので終わらなかったのだ。
「有り得ないっ!
だって、だって・・・ママは・・・死んだんだからっ!!」
「「「なっ!?」」」
母親の死・・・。
同じ境遇を感じたのか、ケイジまでもが再び麻衣さんに視線を飛ばす。
体は鬼人に向けて、どんな行動に出ても反応できるようにはしているのだろうが。
問答の方は、引き続きマルゴット女王が主導する。
「ま、麻衣殿、あの人形がそなたの母親だというのか・・・
いや、そういえば確かに元は人間と言っていたの、
そして人間だった時は娘が一人いたと・・・。」
「ほ、ほんとうに、その人形がそんな事を!?」
一瞬、麻衣さんが嬉しそうな表情をしたかに見えた。
死んだ筈の母親に、会えるかもしれないという期待だろうか。
間違いないのか?
もう一人の異世界転移者が、麻衣さんの死んだはずの母親?
だが、マルゴット女王はその答えには否定的だ。
「い、いや、あの人形がそう発言したのは間違いないが・・・麻衣殿の母親かどうかは・・・
なにしろ、その人形は遥かな未来からやって来たと言っておったぞ?
その・・・アスラ王の時代よりもな。」
なんだって!?
「え・・・遥かな、未来?」
麻衣さんも聞き返す他ないだろう。
いや、既にこの世界への転移や転生やらが、
一つの世界だけでなく、パラレルワールドからもやって来ていることを考えれば、
過去の世界や未来の世界から来たとしても・・・
一方、マルゴット女王は麻衣さんの質問に誠実に答えようとしていた。
その人形が麻衣さんの母親でないのなら、その人形と麻衣さんに別の関係性があるのだろうか?
「うむ、あのメリーという人形は、未来の時代からと言っておった。
カラドックは彼女にとって、数百年前の歴史上の人物とな。
そして異世界におけるもう一人の妾のことは、
自分の記憶でなく、人形に残された記憶だと言っておった。
その人形に封じられた魂が何度か代替わりしており、
それで過去の人形が異世界の妾に会った事があると・・・。」
どういう仕組みで動いてる人形なんだ?
そんなものが私たちの世界にいたというのか?
いや、肝心なことは、
今の話は麻衣さんにとって、残酷な真実と言うべきなのだろうか。
「ママじゃ・・・ない?」
女王は沈痛な表情を浮かべる・・・。
「麻衣殿、すまぬ、
なにやら、そなたの事情も知らずに話を進めてしまったようじゃ、
あの人形なら鬼人にも立ち向かえるかと思ったのじゃが・・・。」
私にはまだ話がよく見えない。
だが麻衣さんは手渡されたMPポーションを見詰めている。
今のマルゴット女王の話は本当なのだろうか?
たかが人形一体であの鬼人に立ち向かえると?
「メリーさんが・・・この世界に・・・いる。」
これは麻衣さんの独り言だ。
まるで、自分に言い聞かせているかのようでもある。
その静かな時間はほんの数秒だったろうか。
そして彼女は顔を上げる。
「・・・呼んでみます。」
「麻衣殿、
それはそなたにとって、知りたくないものを知ってしまうことになるのではないか?」
麻衣さんの儚い笑みが痛々しい・・・。
「そうかもしれません。
でもここまでお膳立てされてしまえば、
あたしの仕事ですよね?
どんな結果になるか、わかりませんが、
確かにメリーさんなら、あの鬼人に勝てるかもしれません。」
どうやって?
話を聞く限り、特徴的な武器を持っているようだけど、人形の体なんかではパワーもスピードも鬼人には敵わないと思うのだが。
とは言え、私にはそれを否定する根拠もない。
黙ってことの成り行きを見つめるのみだ。
麻衣さんは召喚に必要なスペースを探す為か、
二、三歩前に出る。
「ステータスウインドウ。」
召喚に必要なスキルを選ぶようだ。
これは全く問題ないらしい。
問題はこの後。
そして彼女は高らかに叫ぶ。
「・・・魔導体召喚スキル取得!!」
続いて彼女は、ゆっくりと両腕を前方に掲げ、そのまま水平に両腕を拡げる。
まるで水の中の波を掻き分けるかのように。
「召喚・・・メリーさんっ!!」
私達の目の前に虹色の光が煌めいた!
執事魔族のシグが悪魔を呼び出した時と同じ光!!
つまり呼び出されるものは悪魔たちと同格の存在なのか!?
だが・・・
虹色の光は魔方陣の円周上を回転しているようだが、
そこからは何も現れない・・・。
やがて、光は小さく萎んでしまう。
「な、なんだよ、失敗か!?」
思慮の足りないケイジが余計なことを言う。
麻衣さんの表情から判断できないのか。
あんな辛そうに・・・
すぐに彼女は私の視線に気づいたのか、
取り繕うような痛々しい笑みを浮かべた。
「す、すいません、
今のは完全に失敗です。」
「い、いや、気にすることはないよ。
あの鬼人は私達でなんとかするさ。」
何とか気の利いたセリフを吐けないものかと思ったが、私にはせいぜいこの程度。
一方、ケイジは全く空気が読めていない。
「どうしてだ?
やっぱり別人だったとか?」
どうやってケイジの口を塞いでやろう?
サイキックで無理矢理閉じるか、
ファイアーボールで唇溶かしてやろうか?
後でタバサに回復してもらえば問題ないよね?
いや、・・・無理にケイジを庇うような解釈をするなら、
麻衣さんに自分の境遇を重ね合わせているからこそ、
突っ込んでその先を知りたかったということなんだろう。
しばらく、麻衣さんはケイジの質問には答えず、足元の魔法陣の跡を見つめていた。
だが、自分で原因はすぐにわかっていたのだろう。
それを認めたくなかっただけなのかもしれない。
「・・・呼び出すメリーさんのイメージを間違えたんです。
あたしが最後にメリーさんと会ったのは、
メリーさんの中にママが入っていたから・・・。
だから、今この世界にやってきているメリーさんの中にいる人が、
ママと全く関係ない人なら、ママのイメージで呼びかけたって反応するわけがない。」
そういうことか。
だが、それを自分の口で言い切るのは覚悟が要っただろうに。
しかしそうすると・・・
「では麻衣殿、その者のイメージがなければ呼ぶことはできぬと言うのか?」
「難しいですね、
例え姿形が一緒でも、中身が別人なら・・・あれ?」
「どうした、麻衣殿?」
「・・・もしかしたら・・・あたし、夢の中で一度会っているのかな・・・。」
カラドックの世界では、メリーさん、というより伊藤ファミリーがどんな暮らしをしていたかは不明です。
麻衣パパは殺されているかもしれないし、
そもそも百合子ママと麻衣パパは結婚していたかどうかも分かりません。
ただ当代のメリーさんが、強力なサイコメトリー能力で、
その人形に「残っていた」情報を読み取っただけに過ぎません。
誰だ、そんな情報置いといたのは。