第三百十六話 ぼっち妖魔は鍵を握る
長めになってしまいました。
<視点 麻衣>
圧倒的過ぎる。
正直言って、一瞬でも気を抜けば、
あたしは恐怖と絶望とで心が折れてしまっていただろう。
感情というものを持たない筈の、リーリト設定なんか関係ない。
生物として生きている以上、痛みや死に対する恐怖は当たり前に存在する。
単に精神耐性が高いおかげでどうにか持ちこたえているに過ぎない。
それがスキルレベルのせいか、あたしの種族特性のせいかはどうでもいい話。
それでもどうにかしなければならない。
あの鬼人は、ケイジさんやリィナさんのパワーやスピードを上回るという。
そんなものいったいどうしろというのか。
もはやあたしに手札はない。
MPに余裕があったならば、スネちゃんを呼んで毒の奇襲をかけることは出来たろう。
ラミアのラミィさんを呼べば、麻痺爪攻撃で・・・
いや、素早さの差で避けられるか、
それでも魅了攻撃が効いたかもしれない。
・・・でも状態異常に耐性あったら無駄だろうな・・・。
ユニークスキル「この子に七つのお祝いを」なら通じるだろうか?
でもさっきはアガサさんのライトニングすら躱してみせた。
あれはきっとアガサさんの攻撃の気配を見切ったんだろう。
その反射神経と洞察力で、あたしの術が届く前に攻撃されたら一巻の終わりである。
唯一、誰かを攻撃した瞬間なら隙が生まれるかもしれない程度だ。
事実さっきはカラドックさんの攻撃は届いた。
ダメージは殆どなかったけども。
虚術なら?
どうにかなるイメージが全く湧かない。
無重力だろうと、暗闇だろうとすぐに適応されてしまいそうだ。
うん、あたしにはどうにもできない。
そう、殆ど諦めかけてた。
敵の冒険者「聖なる護り手」の人たちが攻撃された時は、戦いの流れが変わったかと思ったけど、期待できるきっかけは何も生まれなかった。
むしろ、盾持ちの人が殺された事で、これから起きる悲劇に現実味が一層濃くなるだけだった。
あ・・・ダンていう剣士の人が魔法剣を発動!?
かまいたちを剣に付与できるのか・・・、面白そうだけど・・・
あ、やっぱり通じない。
鬼人の防御力と再生能力がチート過ぎる。
ところがここであたしの感知機能に違和感があった。
あたしは他人の感情が分かる。
特にこんな自分たちの生死が、危機に直面する状況ならそれが顕著にわかる。
恐怖・・・絶望、焦り、
それから怒り、悲しみ・・・、これは向こうの剣士の人のだね。
そんな中に「嫉妬」心のようなものを感じたのだ。
意味が分からない。
嫉妬と言えば、誰かカラドックさんに女性が近づいて、ヨルさんがまたしても反応したのかと思うところだけど、
今この瞬間、誰もカラドックさんには近付いていない。
そこであたしはその感情の発生した場所を探る。
・・・ケイジさん?
・・・じゃないよね。
ケイジさんはケイジさんで、他の人たちと同じく危機意識でいっぱいだ。
じゃあ、えっと・・・。
あれ?
もしかして?
状況は切迫してるんだけど、あたしは思わずカラドックさんに声をかけた。
この状況を打破できる可能性はあまりにも低いのだけど、
藁にもすがる気持ちで望みをかけた。
そう言えば、これすっごい気になってたんだけど、
今まで状況が状況だったからね、
後回しにするしかなかったのだ。
そしたら、カラドックさんもケイジさんもあたしの声に耳を傾けてくれた。
どうにかなる自信はない。
ダメもとである。
少しでも状況が好転できる可能性があるならば。
「麻衣さん! 剣が感情の発露とは!?」
「あ、あのさっきも言いましたけど、
わざわざ『喋る機能はない』って設定されてるってことは、
何か、それに準じる機能でもあるのかなって・・・。
それにあの剣士さんが魔法剣を使ったタイミングで、その剣に感情の揺らぎがあったってことは、もしかしたらそのベリアルの剣・・・
インテリジェンスウェポン、っていうんでしたっけ? なのかなと?」
「「なんだって!?」」
そこへ誰かが近づいてくる気配・・・マルゴット女王だ。
「どれ? 興味深い話よのう?
ケイジよ、妾が魔眼で見てみよう。」
おおお、マルゴット女王の魔眼ならあたしの鑑定以上のデータを見れるかもしれない!
これで何か秘密がわかるだろうか?
一方、鬼人はこっちを攻撃は・・・うわああああああああああっ!?
やけに大人しいかと思ったら、自分で殺したタンク役の人の腕を引きちぎって食べてるぅぅぅぅ!?
精神耐性持ってて良かったあああああああっ!
あれ? 普通の女の子見たら卒倒するよっ!?
あっ!? 言ってる傍からニムエさんがっ!
倒れそうになったニムエさんをベディベール王子が支えて大事には至らない。
でもまた一人、戦闘不能者が出てしまった。
まぁ、ニムエさんは戦闘要員でないけども。
そしてこの間にマルゴット女王は魔眼による解析を済ませたのだ。
「ケイジよ!」
「お、おう、どうだった!?」
「そなた、先程の悪魔との戦いで、
この剣の所有者と言うべきかの? あの悪魔の攻撃を覚えているか?」
「ん? ああ、あの黄金のベリアルとかいうやつか?
もちろん覚えているぞ?
あの衝撃波でオレたちは何度も・・・」
「この剣には面白いスキルが封じられておるぞ?
隠しスキルというヤツじゃな。
あの悪魔と同じ攻撃が出来ると思って振るってみるがよい。」
「「「な、なんだってーっ!?」」」
あら、あたし達ってば仲いい?
「むっ!?
なにかっ! 作戦でもできたのかっ!?
無駄とは思うがっ! 試してみるかっ!?」
鬼人はタンク役の人の腕を、まるで骨付きチキンのようにむしゃぶりついていたけども、
こちらに戦意があるとわかって、再びバトルアックスを構える。
齧りかけのタンク役の人の腕は、無造作に地面に投げ捨てられた・・・。
こっちの作戦はうまく立てられたようだけど。
・・・行き当たりばったりでうまくいくのかな?
「女王、行きますよ。」
「まかせるがよい、カラドック。」
二人の術士がタイミングを合わせてファイアーランス!
だけど・・・。
「なんだっ? その術はっ!?
あまりにも鈍いしっ、狙いも甘いっ!!」
そう、ファイアーランスは殺傷力抜群の火術なんだけど、
敵への着弾速度は他の術より一歩遅い。
そして女王とカラドックさんは、互いに距離を取ってから鬼人へ術を放ったのだ。
つまりどういうことかというと、
鬼人がこちらへダッシュして来たら、二本のファイアーランスは鬼人の左右を通り過ぎる。
あたらない。
あたるわけがない。
あてようと思ってないのだから。
その代わり、今の攻撃は鬼人の退路を塞ぐためだけのもの。
いくら再生能力が高くても、わざわざ炎の槍に貫かれる趣味は鬼人にもないだろう。
つまり鬼人は二本のファイアーランスの間を突っ切ってくる。
どんなに鬼人が素早くても、
迫るルートを特定できれば・・・
「ホントにいけるんだろうな・・・
衝撃波っ!!」
そこへケイジさんがベリアルの剣を振り回す!!
まだその剣の刃が鬼人がに届かないにもかかわらず。
「ぬぉっ!?」
するとどうだろうっ!?
ケイジさんの剣が当たってないにも関わらず、鬼人の体が反対方向に吹き飛んだ!!
やっぱりあれは悪魔ベリアルの衝撃波だ。
本家本元より威力は弱いみたいだけど、鬼人の体も吹き飛ばせる威力だなんて!
あ・・・
ベリアルの剣から歓喜のイメージが。
まぁ、あの剣だけでなく、ケイジさんやリィナさんも嬉しそうだけど。
でもなぁ。
「確かに凄い効果だが・・・しかし。」
カラドックさんの心配は分かる。
手札は一枚増えたかもしれないけど、決定的とは言い難い。
あの衝撃波は鬼人の足を止めることは出来るかもしれないけど、
ダメージを与えるには至らない。
これだけじゃ・・・。
「いや、足を止める事が出来れば上々よ。」
「え? マルゴット女王?」
女王には秘策があるのだろうか?
「麻衣殿、これを。」
え? あたしに?
女王はあたしに一本の小さなガラス瓶を差し出してきた。
あれ?
見たことあるぞ、これ。
確か・・・
「MPポーション!?」
なんであたしに?
確かにMPはすっからかんだけど、
ゼロまでになったわけじゃない。
単に他の術を使うほどは残っていないだけ。
ゼロになったらまた魔力切れで倒れてしまうことになるわけで。
女王はそれを心配してあたしにこれを飲むように言ってるんだろうか?
「麻衣殿?
実はそなたに使ってもらいたい術がある。」
「え? あたしに、ですか!?」
「うむ、もしそなたが使えぬなら、妾がやらざるを得ないが、
妾には召喚士の適性スキルがないため、魔方陣を自力で書くところから始めねばならぬ。
この場に有ってそんな余裕はないしの。」
「え? 召喚ですか?
でもスネちゃんも、ラミィさんも状態異常があの鬼人に通じるかどうかは・・・。」
「いや、麻衣殿に呼んで欲しいのは一体のゴーレムじゃ。
魔導体召喚のスキルは持っておるか?」
「ゴーレムですか!?
い、いえ、魔導体スキルなんて持っては・・・
あ、別にスキルポイントは余ってますからこの場で習得自体は出来ますよ?
でも魔物の召喚には相手の同意が事前に必要で・・・
あ、それとも意思のないゴーレムには事前契約必要ないのかな?」
女王は何を言い出したんだろう?
あの鬼人を倒せる手段でもあるのだろうか?
ゴーレム?
体が岩や鉄でできてるというあれ?
確かに強そうかもしれないけど、ゴーレムってスピード遅そうだよね?
あの鬼人に通じるとは思えないんだけど。
「なるほど、事前に契約が必要と。
ではその場で契約してしまえばよいのだな?」
「ちょ、ちょっと、待ってください?
その前に、見た事も会った事もない特定の存在を呼ぶなんてできませんよ?
誰でもいいって言うんなら適当に何かやってくるかもしれませんけど!」
それでも女王の表情には何か自信のようなものが浮かんでいる。
そのゴーレムを呼びさえすればあの鬼人に勝てるというのだろうか?
「いや、麻衣殿は知っておるはずじゃ。
根拠はないが、ここまで異世界人どもに、それぞれ関りがあるというならば、
麻衣殿の過去で、その者は何らかの形で接触しておるはずじゃ。」
え?
「かこ? 異世界?」
何を言って?
「妾が麻衣殿に呼んで欲しいのは、
異世界からやって来た意志あるゴーレム。」
「な、何を言ってるんですか!?」
「妾は既にカラドックや麻衣殿とは別の異世界人に会っている。
まぁ、異世界人と言っても、ヒューマンではなく動く人形であったがの。」
「・・・え。」
動く・・・人形?
それって・・・
あたしが
会った事がある?
そんなの
「その者の名は」
まさか
「メリー。」
ついに。