第三百九話 囚われたケイジ
オレの驚愕の表情を見て、ベアトリチェは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「うふふ、
そんなに驚かなくても良いのではないですか?
申しあげましたわよね?
私は争いや戦いなんて苦手だと・・・。
こうやって敵が勝手に同士討ちでもして共倒れになっていただくのが一番だと思いませんか?」
何てやつだ・・・。
改めてこのベアトリチェの恐ろしさを痛感する。
きっとオレの前世でも彼女の口車に乗って、オレはとんでもないことを・・・
えっ?
いま・・・オレは何を思い出しかけた?
何かの映像がオレの脳裏にフラッシュバックする。
夜の潜入行動・・・
ビルの階段を登る足音・・・
オレの腕の中のスナイパーライフル・・・
そしてスコープの中心に浮かぶ爆発物・・・
なんだ!?
記憶がぐちゃぐちゃだ!!
「ケイジ! しっかしろっ!!」
リィナの叫び声が聞こえてくる。
天叢雲剣を構えて今にもこちらに飛び掛かってきそうだ。
だがリィナも動けない。
ベアトリチェを攻撃したいが、彼女の体がオレを抱きしめているために迂闊にリィナも攻撃をかけられないのだろう。
けれどベアトリチェからしてみれば、
動けないリィナは格好の的だった・・・。
「うふふふふふ、リィナ様、
今、ケイジ様は私と大事なところですからね、
邪魔しないでいただけますか?
・・・『悪夢』。」
ベアトリチェが左腕をオレから離し、その掌をリィナに向ける。
何か禍々しい気配を感じた後、その「何か」はリィナに襲い掛かった!
「な、なんだ、これ・・・う、うああああああああああああっ!?」
途端に頭を抱えてリィナはうずくまる。
攻撃されたのかっ!?
いや、外傷はなさそうだが・・・
そうかと思ったらリィナは突然訳の分からないことを叫び始めた。
「ケイジぃっ!
そ、そいつは違うっ! あたしじゃないっ!
行かないでっ!! 置いてかないでっ!?
いっ、いやああああああっ!!」
「リィナッ!?」
彼女はいきなり苦しみだしたと思ったら、訳の分からないことを叫び始めたぞ!?
「うふふふ、ご安心ください、ケイジ様、
リィナ様のお身体にダメージは一切ありませんわ?
命に別状がない事も保証いたします。
ただの精神魔法・・・そもそも私の『魅了』スキルなんて、高位の妖魔ならほとんどが習得できる一般的なもの、
ではこの体サキュバスが覚える専用スキルはないのでしょうか?
いいえ?
それこそがこの『悪夢』。
対象者に悪夢を見せる私の手札の一つですのよ?
いま、リィナ様は絶対に彼女が受け入れられないような残酷な光景をご覧になっていらっしゃるのでしょう。」
まだそんな奥の手を残しているのか!!
リィナまでもが行動不能に陥って・・・だがここはタバサに任せるしかない。
彼女なら解呪呪文ディスペルでその「悪夢」とやらも対処できるのではないか?
だがそうなると、動けるものは、後・・・カラドックとアガサのみで・・・。
「人の心配をしている状況ではありませんわ、ケイジ様?」
なっ!?
まさかオレにも今のスキルを!?
だがこの至近距離なら手のひらを向けられる前にいくらでも・・・
「いいえ、ケイジ様?
私は悪夢より真実を知りたいのですわ?
ケイジ様のステータス画面、色々不自然な点があるのですが、特にその称号欄、
まるでステータス隠蔽を施したような表示ですのね?」
「なっ!?」
・・・見られたか。
称号持ちの人間なんてそう多くはない。
だからカラドックや他の鑑定持ちの人間にステータスを覗き見されたところで、そうそう気づかれはしないと思っていたのだが、
わかる人間が見れば気づいてしまうのも仕方ないことなのだろう。
オレのステータス画面に不自然な空白がある事に。
オレ自身は鑑定スキルを使えない。
つまり他人のステータス画面も見たことはない。
だからオレと他人のステータス画面の違いなど気にもかけなかった。
おふくろからは、オレに称号が二つ付いていることと、そしてそれは、他人に知られたらオレにとって不名誉な扱いを受けるだろうから、結界師のスキルで隠蔽を施したとだけ聞いている。
勿論、おふくろが隠蔽をかける前に、オレはその称号自体は知っていたが、まだ前世の記憶が甦る前だったので、オレが本当に転生者なのか、そして前世で何をやらかしたのか、知ることなど出来なかった。
いや、今はそんな話をしてる場合じゃないよな。
どうも普通一般の人間・・・
すなわち「称号」など持ってない人間のステータス画面には、
「称号」欄自体ないのだそうだ。
だが、オレのステータス画面には、
「称号」欄がある。
そしてその後は空白のまま。
何も記載されていない。
鑑定持ちの人間だろうと、マルゴット女王様のような魔眼でも同じく空白に見える筈だ。
オレか、或いはおふくろのような結界師がその隠蔽を解除しない限り誰にもその称号は読めやしない。
・・・待てよ?
結界師!?
確か敵のスケスケエルフが結界師だった筈だ。
そして・・・このベアトリチェにはスキルコピーがある。
もし、ベアトリチェがスケスケエルフのスキルをコピーしていたら?
この場でオレの隠蔽された称号を解除できるということじゃないかっ!?
ヤバいっ!!
別にステータス隠蔽を解かれようと肉体的ダメージもないし、戦いに不利な状況に陥る訳でもないが・・・
オレがこれまで隠し続けた転生者であることが、カラドックや女王にもバレてしまうという事だ!
「あら、ケイジ様?
顔色が変わりましたね?
私が何をしようとしているのか、気づいてしまわれたのでしょうか?
ご安心くださいませ、
そろそろ私もあなたの正体、予想がついてきましたわ?
後はその答え合わせをしたいだけですの。」
冗談じゃない!
こんなところでカラドックに知られてなるものか!
アイツが元の世界に戻った後ならともかく、
この場で全てを曝け出されたら・・・
「うっ、うわああああああっ!!」
「ケイジっ!?」
オレの反応が異様に感じたのだろう、
何が起きたか、分からずにカラドックが声を上げる。
気がついたらオレは四肢をガッチリと抑え付けられていた。
獣人の膂力なら振り解く事は可能だったはずだ。
けれど・・・用意周到なベアトリチェは、
更なる罠を仕掛けていたのだ。
「『ライフドレイン』・・・。
私もあの妖精と似たようなスキルを持っていますのよ?」
あ、・・・ああ、
力が吸われる・・・?
ダ、ダメだ・・・。
全部、このベアトリチェの手のひらの上で弄ばれただけだった・・・
強い・・・
肉体的な・・・戦闘能力じゃない・・・
こいつ、たった一人で、
オレたちを・・・
だ、誰か、助けてくれ・・・
リィナもまだ起き上がってこない。
タバサがディスペルをかけてくれたようだが、
まだ意識がはっきりしていないようだ。
マルゴット女王もなんとかしようとしてくれているみたいだが、あのクソ妖精が暴れて思うように動けないのか。
カラドック。
お前は・・・この先を見ないでくれ。
いや、なんならオレごとベアトリチェを攻撃してくれても・・・
アガサでもいい。
お前の魔力ならオレとベアトリチェ二人の体を貫通できる術があるだろ?
・・・ダメか。
誰か・・・
誰かコイツを・・・この女を止めてくれ、
誰かいないのか?
誰か・・・
その時、
オレに視界に一人の女の子が飛び込んできた。
黒髪の・・・小柄な少女・・・
なんの戦闘力もない筈の・・・
もはや魔力も尽き欠けていると言っていた筈の・・・
麻衣さんが。
サキュバスの専用スキル「ライフドレイン」は、
前回闇魔法「ダークネスハウリング」と似た能力ですが、
対象一体にのみ使えることと、吸い取った生命力を自分のものに出来るのが違いです。