第三百六話 護衛騎士ブレモアの災難
登場人物が多くなると、いろんな角度から物語が描けるのだけど、取捨選択が難しいですね。
<視点 ブレモア>
ぬおっ!?
これはどうしたことかっ!?
いきなり敵の親玉であるクィーンとやらが、私の体にもたれかかってきた。
こんなにも接近されるまで、対処どころか気づきもしなかったのは、このブレモア一生の不覚としか言いようがない。
とはいえ、仕方ない部分もあるだろう。
そもそも私が守るべきはマルゴット女王、そしてそのお子様方である、ベディベール王子にイゾルテ王女。
その本来ならば、後ろで守られているべき筈の女王と王子が、
あの信じられぬほどの魔術を駆使して敵の企みを吹き飛ばして見せた。
なんとも恐ろしい主人に仕えたものだ。
そしてそれを目の前で目撃できたことは一生の誉れとなるだろう。
その間、私はイゾルテ王女の盾として、如何なる敵の接近をも排すべき・・・・
そう考えてこの集団の後方にてイゾルテ王女の正面で剣を構えていたのだが・・・。
女王たちの術が敵の結界を破った後に事態が急変した。
それまでケイジ様たち「蒼い狼」が優勢に戦ってこられたのだが、
結界が消えたその隙を狙ったのか、敵の親玉クィーンが闇系全体魔法を放ってきたのだ!
うがああああああっ!?
なんだこれはっ!?
急激に体の力を全て吸い出されてしまったかのようなっ!?
これが敵の剣戟や弓矢による攻撃ならば・・・
いや、例え魔法だろうとファイヤーランスでもアイスジャベリンであろうとも、
この身を盾にしてイゾルテ王女を守るべきものだが、
いかなる頑強な体や不屈の意志を見せようとも、全体攻撃では庇えようもない。
そして事実、イゾルテ王女も苦しそうにその高貴なる表情を歪めていらっしゃる。
・・・むぅぅ、これでは私は何のためにこの場へ・・・
それが致命的な心の隙となり、敵の親玉であるクィーンをここまで近づけさせてしまった。
クィーンの闇系呪文のダメージで反射神経に重大な影響が出ているのかもしれない。
だがそれが言い訳に出来ないことも分かっている。
ただ一つ、幸運だったのは、狙われたのが王族の方々でなく、
この私であった事だけが救いと言えよう。
・・・だが何故私?
情けない話だが、私はこの戦いで一切役に立っていない。
それこそ私はケイジ様のようなレベルも腕力も弓矢の腕もない。
リィナ殿のような素早さもないし、全体雷系攻撃のような切り札もない。
勿論私の使命は王族の護衛なのだから、
戦いに積極的に参加する必要もなければ、事前に私の役割は皆様に了解を得てこの位置にいる。
それでも敵から見れば、いてもいなくてもどうでもいい存在の筈。
何故クィーンは私を狙う?
・・・そして彼女・・・クィーンは私がそれ以上の思考を行うことを許してはくれなかった。
いま、ハーフプレートやガントレットの隙間から、
彼女の柔らかくも白い素肌が私に押し付けられている・・・。
潤いを帯び、湿った唇は私に向かってプルプルと生き物のように小さく蠢いている・・・。
長い睫毛の真ん中には透き通る程の薄い水色の瞳・・・
まるでこちらの全てを飲み込んでしまいそうなほど・・・。
いかん!
敵の正体は確かサキュバス!!
彼女の目的は分からないがこちらを魅了しようということか!
この場に辿りつく直前に、ハイエルフのタバサ殿にプロテクションマインドを掛けていただいたが、それも先ほどの死霊術士の解呪呪文によって解かれてしまったようだ。
魅了スキルとやらがどういった手段で私の精神を犯してしまうがわからぬが、
気をしっかり保たねば・・・!!
・・・ん?
おかしい。
見れば確かにこのクィーン・・・ベアトリチェ殿と名乗ったか、
妖美な表情をしている。
私の足に太ももをこすりつけられて、正直抗いがたい快感を覚えてもいる。
しかし・・・なんというのか、状態異常にかかっている感覚は一切ない・・・と思う。
先程、悪魔との戦いにおいて情けなくも「恐怖」に陥ったのとは全く違う。
未だ冷静に判断できたのが功を奏したか、もう一つの違和感にも気づいてしまった。
それはベアトリチェ殿の言葉であった。
「うふふ、私の胸元が気になりますか?
マルゴット女王と私を見比べていたのは存じ上げていますのよ?」
んん?
何を言ってるのだろう?
いや、胸元に目が行くのは仕方ないはずだ。
身長差と、この位置関係と、男の本能として、どうしてもその谷間に目が行ってしまう。
その次だ、
「マルゴット女王と見比べて」?
そんな覚えは一切ない。
確かにマルゴット女王は私の最優先警護対象だ。
何か御身に万一のことがあってはと、常に視線は飛ばしている。
そしてあの方の高貴なる美しさも認めよう。
それはさながら生きた芸術品のようだ。
・・・しかし誓って言うが、女王をそのような下卑た視線で見た覚えは一切ない。
え・・・あ、あの・・・メイドのニムエ殿の目が私をゴミでも見るかのように・・・
ご、誤解だ!!
まさか、こんな事までしてある事ない事いいふらかして、我々の結束にひびを入れることが目的なのだろうか?
「・・・ふふっ、ご安心を・・・、
ブレモア様と仰るのですね?
あなたに『魅了』スキルを掛けるつもりは一切ございませんわ?
当然でしょう?
そちらのパーティーにはプリーステスがいらっしゃるのですもの、
ディスペルで状態異常を解除されてしまうとわかっているのに、そんな無駄なマネはしませんわ?」
なるほど、話を聞けばそれは理解できる。
だが、なぜ私に近付いたのかと、先程のセリフの意味が分からない。
これでは単に、私が気持ちがいいだけの話である。
正直、食指は動きかけているがそれだけだ。
恐らく本当に「魅了」をかけられていたら、私は守るべき皆様に刃を向けることになっていた筈。
いまだ私は自我を保っている。
何も変化はない。
そしてそのことに、当のベアトリチェ殿も違和感を感じたようだ。
「あら? おかしいですわね?
ブレモア様が一番、抵抗値が低い筈なのに・・・
私の素の魅力が届いていない?」
む?
ということは、ベアトリチェ殿はスキルに頼らずに私を魅了しようとしていたという事か?
その場合だと僧侶呪文のディスペルで解除できなくなるということだろうか?
な、なんと恐ろしい・・・。
しかし一体・・・
「ブレモア様・・・もしかして特殊な性癖を持ってらっしゃいますか?
例えば大人の女性には反応しない・・・とかいうような・・・。」
えっ!?
そこで有り得ない存在から有り得ない言葉が飛んできたのだ。
「ダメじゃあっ!!
その者はラウネがツバつけておるのじゃあっ!!
他の誰にも渡しはせんぞぉっ!!」
えっ、あれっ!?
「まぁ・・・!
ブレモア様ったら、・・・先程から視線をマルゴット女王に釘付けになってらっしゃるのかと思いましたら・・・女王の首元の妖精から目が離せなかったのですね!?」
ちょ、えっ!?
麻衣
「あたし、この後、何すればいいんですか、
もうほとんど魔力残ってませんよ・・・?」