第二百九十五話 妖姫ベアトリチェ
「クィーン、あんたはどこでリナと会った!?」
・・・とはオレから聞けない。
当のリィナ本人だって、その記憶も自覚もないんだから答えようがない。
オレはその答えを求めるようにカラドックに目を向けた。
カラドックの方には、
今のクィーンの質問に何らかの回答ができるのはお前しかいないぞ、という意味で伝わったろう。
その期待通り、カラドックがクィーンに口を開く。
「彼女がリナちゃんかどうかは、何の確証もない。
今のところ、マルゴット女王と同じく異世界におけるもう一人のリナちゃんと認識している。
だから彼女に、あなたの記憶は何もないだろう、
だが、あなたはどこでリナちゃんと会ったんだ!?」
そう、リナは殆どの時間をオレと一緒に過ごしていた。
彼女がオレの傍にいない時なんて、それこそ戦場か、
・・・いや、一度、陽向おばさん達と数か月ほどだったか、
朱全・朱路の兄弟とリナで、家族水入らず一緒に過ごした時期があったな、
あの時くらいか・・・いや、他にも・・・。
「私のお城に訪問していただきましたわ・・・。
私の前世の最後の日ですもの、
よく覚えておりますわ・・・。」
なんだと?
それって・・・。
「クィーン・・・
もしかして・・・あなたは・・・。」
カラドックもクィーンの正体に気が付いたか!?
「ミュラちゃんがリナ様を連れてきた時には、
ついにあの子もお嫁さんが出来たのねって喜んだのですよ、本当に・・・。
それが・・・あんなことになるなんて・・・。」
ミュラ・・・だと!?
忘れようもない名前だ・・・。
年は恵介の二つ下・・・。
まだ未成年にも関わらず、天才的な魔術を駆使し、
あろうことか、リナに色目を使っていたあの忌々しい野郎か。
カラドックが戦場で気象を操れば、
あいつは鳥や動物たちを従えて戦場を混乱させていた。
カラドックにとっても一目置く人物。
・・・・それをミュラちゃんだと?
あの子、だと!?
そしてリナと会った日が、自分の死んだ日と言えるのは・・・。
そこで思いつくのは一人の女性の名。
オレもカラドックも「彼女」に会ったことはない。
あの時、ミュラとリナは、ウィグルの親善大使としてスーサに向かった。
シリス本人にはスーサと慣れ合うつもりは一切なかったが、
国としてのポーズをつける意味合いで彼らを送ったのだ・・・
いや、確かあの時点で既に知っていたんだよな、シリスは。
リナがアスラ王の孫娘であることを。
その他オレたちは誰もアスラ王の正体を知らなかった。
今にして思えば・・・
アスラ王にリナを会いに行かせたのは・・・シリスの
いや、それはどうでもいい。
肝心なのは、リナとミュラが、アスラ王と謁見したのちに、
ミュラの母親の暮らしている城に向かったという話だ。
・・・そこで語るも悍ましい出来事が起きたという。
後にリナから話を聞いて、あの時だけはミュラに同情した。
母のぬくもりを知らずに育ったミュラ。
ようやく母に会える、
期待と不安を胸に、母親と再会する瞬間を夢見ていたんだろう。
そこで・・・ミュラとリナが、そこで見たものは・・・
「クィーン・・・!
もしやあなたの名前は・・・。」
カラドックはオレと同じく、リナから全てを聞いている。
だから、今までの話で理解できたろう。
彼女がミュラの母であることを!!
「確か・・・その名はベアトリチェ!!
それがあなたの名前では!?」
そこで彼女は微笑む・・・。
儚げながらも全てを悟ったような何とも言えない笑みだ。
「ウフフフフフフフ、
まぁ、懐かしいですわぁ、久しぶりにその名前で呼ばれました・・・。」
やっぱりそうか・・・。
李那の父親である朱武さんの弟子をたぶらかし、
あの悲劇の元凶を作った女・・・!
妖姫ベアトリチェ・・・!
こいつがオレと同じくこの異世界に転生していたのか!!
「カラドック・・・してこの者はそなたの世界で何をしたのじゃ?
先ほどの忌々しい自己紹介では、異世界の妾の父親におぞましいマネをしてくれたそうじゃが・・・!」
あと・・・あなたの弟さんも被害に遭われたのかもしれません、マルゴット女王。
そう考えると、アーサーさんも、どこでも酷い目に遭わされているな。
そういう星の元に生まれついていたのだろうか?
「あ、いえ、マルゴット女王、
私の世界では、ベアトリチェは私達とは殆ど何も絡むことはなかった筈です。
ただ、ミュラという彼女の息子が動物を操るという特殊な才能で、
何度か私たちと敵味方に分かれて戦った程度です。
その時の戦争は、私と恵介が率いる軍勢で勝利を収めました。
ベアトリチェ自身は、ミュラが物心つかないうちに、彼の養育を父親に任せ、
スーサの国に舞い戻ったという話だけしか知りません。」
「・・・その割には先ほどは憎々し気な反応じゃったの?」
「それは・・・先程、ベアトリチェ自身が言ったように、
リナちゃんがベアトリチェと会っているのです・・・。
父、シリスは、一度だけリナちゃんとミュラを親善大使としてアスラ王のもとに二人を送りました。
アスラ王も、母親の記憶が殆どないミュラに配慮して、謁見後にミュラとリナをベアトリチェの居城に向かわせて・・・」
「・・・そこで何かあったのか・・・、
先ほどそこの女は、それが前世の最後の記憶とか・・・。」
まさか話すのか、カラドック。
あんな気持ちの悪い話を。
「・・・リナちゃんからは教えてもらいましたが・・・
詳しい内容は私の口から言いたくないですね・・・。
かいつまんで言えば、ベアトリチェは十数年ぶりに再会した自分の息子に・・・
美しく成長した自分の息子に・・・母として有り得ない・・・
絶対に犯してはならない対応をしようとして・・・
絶望したミュラによって屋敷に火を点けられたとのことです。」
いつも冷静で大人しかったミュラが、
激情にまみれて城を焼き尽くそうとするさまに、リナはどうする事も出来なかったそうだ。
なんとかミュラを火の手から引き剥がし、
自分たちの命を守ることで精いっぱいだったとか。
ミュラに同情したリナはあいつを慰めようと・・・
いや、これ以上は思い出してもむかむかするからやめておこう。
「・・・あの時は天国から地獄に落とされた気分でしたわあ・・・。
愛する一人息子に焼き殺されるなんて、何の罪もない私がいったいどうしてそんな目に遭わなくてはならなかったのでしょうか・・・。」
マジで言ってるのか、この女。
声色も表情も本気にしか見えない。
自分の仕出かしたことに反省も後悔もないってのか。
それよりも、言葉を濁したカラドックに、何人かが話の内容に気付いたようだ。
聡明なマルゴット女王は理解したんだろうな。
目を丸くしてベアトリチェに向き直る。
「ま・・・まさかとは思うが、そなた・・・!?
自分の子供に!?」
「はぁい、私のお腹を痛めた子供が、あんなに綺麗に成長するなんて思いもよりませんでしたわぁ?
まさに高名な彫刻家の作品が、命を吹き込まれて動き出したんじゃないかっていうくらい美しい男の子になっていたんですよぉ?
うふふ、こういうのが親ばかというのでしょうか?
マルゴット女王、あなたも母親なら私の気持ちは理解できるのでしょう?
そんなに可愛いお嬢様と息子様がいらっしゃるのだし。」
「・・・子を思う気持ちは分かる。
子供を他人に自慢したいのもよぉくわかる・・・!
毎日、昼でも夜でも抱きしめて頬ずりしたくなる気持ちも、母親なら当然のことじゃ。」
え・・・
ちょ、ちょっと不安なんだが・・・。
ベディベールも引いてるぞ?
イゾルテは嬉しそうだがな。
いや、イゾルテなら問題ない。
ないよ・・・な?
「そうでしょう、そうでしょう?
マルゴット女王とは仲良くなれそうで嬉しいですわあぁ?」
自分と同じ考えの人間が現れたと思ったのか、本当に嬉しそうだな、ベアトリチェ。
「うちのおとうさん、なにかにつけヨルにべたべた触ってくるんですよぉぉ?
子供の方としては気持ち悪くて仕方ないですぅぅぅぅ・・・。」
後ろでヨルがぼそって呟いていたのが聞こえてきた。
あの魔族のおとうさん町長ゴア。
まぁ、あの人なら想像に難くないな。
「じゃがの、ベアトリチェとやら・・・。」
「まぁ、なんでしょうか?」
「有り得んわ・・・
有り得なさすぎるぞ・・・!
そなた・・・その愛する自分の息子相手に、自分の股を開こうとしたと言うのかっ!?」
あ、言っちゃった。
ていうか、その表現ストレート過ぎるだろ!
そろそろ事態に変化を。
次回にはそこに辿り着けるだろうか?
今のうちに登場だけしていて名前のない人の名前を決めとかないと。
麻衣パパ
「あ、あの・・・私、登場してから〇〇年も経ってるのに、
まだ名前がないんですけど・・・。」
苗字あるでしょ!!