第二百九十一話 語られない物語 一つの物語のエピローグ3
ぶっくま、ありがとうござい・・・あっ、消えた!?
ベアトリチェがカクカクと、人形のような動きでオレから離れてゆく。
何かが起きたのだろうが、ふざけているのは間違いなさそうだ。
演技とは思うものの、心底困ったような顔も男性の庇護欲を掻き立ててしまう。
間違いなく魔性の女に違いない。
「・・・ベアトリチェ、
だから喋り過ぎだって・・・。」
今の会話の流れから判断するに、後ろの黒人少女がメァリ・ラヴゥか?
ブードゥプリンセス?
彼女がベアトリチェに何かしているのだろうか?
オレの父親が自殺したのも彼女の仕業だと?
オレがそのままラヴゥという少女を睨むと、彼女は同情でもするかのように、
拘束台で抑えつけられているオレへと視線を下ろしてきた。
「・・・お父さんのことは悪かったね、
あんまり人を殺すのは好きじゃないんだけど、それが仕事だったんだ・・・。
でも、あのウーサーって人が死にたがっていたのは本当だよ。
それに唆されたとはいえ、彼が大量殺人を命令したのは事実なんだ。
なるべくなら恨まないでくれるかな・・・。」
そっ、それは・・・くっ、その通りか・・・。
オレたち騎士団の侵攻で・・・大勢の人間が死んだ・・・。
それは一言の弁解しようもない・・・。
だが・・・だが!
「きゃあっ!?
な、なにすんだ、うひゃっ!?
くすぐったい!!」
今度、悲鳴をあげたのはミィナさんだ。
見ると・・・あ、いや、
彼女の裸体は、百合子という名の女性の陰で見えなくなったけども。
百合子という名前からしてアイツと同じ日本人で間違いなさそうだな。
ていうか、オレも同じ目に・・・
冷たっ!?
あざみという名の黒髪女性が、オレの体に何かぬるぬるした液体を注いでいる。
「クスクスクス・・・
皆さん、おしゃべりもいいけど・・・お仕事しないと・・・。」
「同感よ・・・。」
二人の黒髪女性が同じような作業をオレとミィナさん相手に始めたようだ。
これは・・・油?
・・・て、うわっ!
「やっ、やめろ、く、くすぐったい!!」
全身まんべんなく油を拡げられる!
復活したベアトリチェも参戦してきた!!
「あ、あざみさん、ご一緒しましょうね?
あなたに先にアーサー様に近づかれると、なにか・・・こう別の意味で先に食われちゃいそうな・・・。」
べ、別の意味!?
「クスクスクス・・・
でも、本当に美味しそうよ?
あの方のお身体も美味しそうだったけど・・・
ていうか以前、一噛みしちゃったけど、この方も一口ダメかしら?」
「いけませんですわ、あざみさん、
この方々は大事な捧げものなのですから・・・。」
そう言って二人はオレの体を蹂躙し始めた・・・。
捧げもの!?
何に!?
さっき意識を失う前に見た、あの・・・ルードヴィッヒの山羊のような化け物の姿・・・
額にあった五芒星の刻印・・・
そして今ここにいるオレたち二人の裸の男女・・・
捧げもの・・・
連想するのはただ一つしかない・・・。
生贄・・・!?
オレと・・・ミィナさんが!?
そういえば儀式と言っていたか?
この部屋が祭事を執り行う場だとも!?
そうだ、
もともとオレら騎士団は、こいつら黒十字団を悪魔崇拝主義者の一団と認識していた。
なら・・・そこで行われる儀式とは・・・
もうそれは悪い予感しかしない!!
隣ではまだミィナさんが、
「ウヒャヒャヒャヒャ! ヤ、ヤメ・・・!」
と美少女にあるまじき悲鳴をあげている。
アイツが「ミィナは黙ってさえいれば、あと暴力行為がなければ可憐な美少女なんだ」と、オレとの初対面の席で言っていた。
・・・確かに。
いろいろ残念なのは間違いないらしい。
ただ時折り異なる反応も見せている。
それは、「ううっ、デ、デケェ・・・!」という、敗北感をにじませたような呻き声だ。
ああ、ラブゥとかいう黒人少女の胸から目が離せないのか。
ここからは見えないが、ミィナさんの鼻先で二つのバスケットボールが揺れているのだろう、
それは確かにショックかもしれないな。
恐らくあの黒人少女はミィナさんと年もそう違わない。
それであの大きさはもはや最終兵器だ。
あっ
オレの太ももに手を這わす奴がいる!?
またベアトリチェか!!
ヤ、ヤバい・・・
オレの股間が・・・
「まぁ、見てください、あざみさん!
こんなにご立派な!!」
「クスクスクス、
時々、喉元を齧り取ると、ビクンビクンして逝っちゃう人もいるのよ?
こんなに健康そうなカラダを食べられないのはもったいないわねぇ?」
だ、ダメだ、
視覚だけならともかく、カラダまで撫でまわされたら、意志の力だけでは抵抗しようもない。
うあぁっ!?
指で弾かれたっ!?
「あざみさん、これにお触りになるのは抵抗ございません?
よろしければ、この辺りは私が念入りにお世話させていただきますけども・・・!」
なんで、そんな嬉しそうなんだよ!!
「くすくす、
私は好き嫌いなんかしないわよ?
でも、そんなにベアトリチェが欲しいのなら、そちらの部位は任せてあげてもいいけど・・・?
ああ・・・綺麗な血管・・・。」
こっちのあざみとかいう女はオレの何に反応してるんだ!?
おい! 口元から何か垂らしてないか!?
ダメだ!
どれだけ力を込めてもこの戒めからは抜け出せそうにない。
畜生・・・二人してオレの体を好きなように弄り回しやがって・・・。
ここまで来てこんな生き恥を晒さなきゃならないとは・・・
「うわあ、やっぱり親子は似てらっしゃるのですわねぇ・・・!」
どこを見て感心してるんだ、ベアトリチェ!!
ち、父上、いや、
・・・あんのクソ親父ぃっ!
どこまで息子に恥かかすのかっ!!
親子二代でこの女に弄ばれてるってどんな状況だよ!!
騎士団の栄誉も面目も丸潰れだぞ、畜生っ!!
くそっ、殺せ!
い、いっそ一思いに殺してくれっ・・・!
そして姉さん、
もしオレの命がここで消えるのなら、
・・・このベアトリチェだけは許すなっ!
どんな手段を使ってもいい!
このオレの屈辱と恨みを晴らしてくれっ!!
くそっ、なんて事だ・・・。
戦いで死ぬのならともかく・・・、
こんな最期だなんて・・・
不甲斐ない弟で・・・本当に済まない・・・
一方、オレの耳に辛うじて・・・だが、
静かにしていた黒髪の日本人女性がポツリと呟いていた・・・。
「不真面目ね、あの二人は・・・。」
黒人の少女がそれに合わせている。
「・・・まぁ、私も仕事だからやってるだけだけど・・・
百合子は違うんだよね?」
「・・・わたしは一族の悲願でもあるから・・・。」
「ああ、そういう意味じゃ、百合子はカーリーと同じ立場か、
ならあなたが『黒の巫女』を継げばよかったんじゃないか?」
「・・・そうね、
それなら光栄なことだ・・・わ。
あら? これは・・・」
会話の内容自体は、そんな大きな意味を持っているようには聞こえなかったが、
途中で百合子と呼ばれていた女性が何かに気付いたように、セリフを中断した。
「あなた、ミィナさん・・・でしたっけ?」
「あ、アアヒャヒャ、な、なんだよっ!?」
「・・・あなた、もしかして・・・お腹に、あの方の・・・。」
「は・・・?」
ん?
カツーン
靴の音が響いた。
それも一つではない。
二つだ。
二人の人間が部屋に入って来たようだ。
その場ですぐさま四人の女性が跪く。
ルードヴィッヒか・・・!
では・・・もう一人の人物は!?
そうだ、アイツはどうなったんだ?
せめて死ぬ前にそれだけでも確かめねば・・・
あ・・・
ルードヴィッヒの背後に、身の丈二メートルを超すような巨体の男が見えた!
上半身は裸だが、インド美術の絵画で見るような、宝石の散りばめた装身具をいくつも首から提げ、
黄金の腕輪をはめた大男・・・!
右手にはルードヴィッヒが持っていた筈の、剣先が折れた三鈷杵のような武器を握りしめている・・・。
コスチュームとしてはベアトリチェたち4人の女性に通ずるファッションだろう。
・・・そんな違和感ある姿だが・・・あの顔や体格は間違いない・・・
生きて・・・本当に生きていた!!
槍でカラダのど真ん中を貫かれていたにも関わらず・・・
だが・・・あれは・・・アレは!?
あの男は・・・誰だ!?
そうだ、先程、意識を失いかけていた時に見たのは幻でも何でもなかった・・・。
あの燃えるような黄金色の瞳をした・・・オレたちが良く知る「筈」の男!
だが、・・・その形相はあり得ないほどまでに変貌していた!
なんだ、あの額は!?
額の皮膚がばっくりと裂け、まるでもう一つの目が開いたかのようだ。
血が流れる気配は一切なく、露出した白い粘膜が薄気味悪い・・・。
まるで別人、というよりも、
・・・あれはもはや別の生き物ではないのだろうか?
人間では・・・ない?
まさか・・・あれが
ルードヴィッヒが得意げになって喋っていた・・・
この世界の・・・本当の支配者・・・?
ポセイドンやスサノヲの名は、真の正体から人の目を逸らす為の仮の名前・・・
その本当の正体・・・
奴は何て言っていた?
日本神話で太陽の女神の正統なる配偶者にも関わらず、
その地位を剥奪され、歴史書からも名前を消された異形の御子?
大地の守護者との称号を持つポセイドンも、後世では海原の神に貶められたように。
日本ではスサノヲにその役を取って代わられた。
古よりの存在、神を欺きし者・・・
大地の底に封じられ続けた忌まわしき大神・・・
それを・・・一万年以上の永きに亘るその封印を解いた・・・だと!?
黒き鬣の
いや、
神々をも破滅に導くであろうその真なる名は・・・!
なお、このエピローグ部分、
最後のスサノヲの本当の正体・・・
本編では名前を勿論出す予定です。
もちろん、日本名で。
ギリシア名はもっと有名でしょうから皆さん、すぐに想像つくかとは思いますが。
・・・問題は本編の続きを書く予定が立たないことか・・・
主人公とミィナちゃんが東京で、
主人公の旧友と悪夢のような再会を果たすシーンまでは、下書きできてるのだけど。
これ以上はネタバレさせません。
次回より元のお話に戻ります。
こちらの異世界では、神様たちの話は掘り下げるつもりは今のところありませんので。