第二十八話 ぼっち妖魔は順調に滑り出す
<視点 麻衣>
「階段が狭いってのは、人間たちにとって大事なことなんだ。」
エステハンさんがこちらを振り返る。
「魔物がなに考えてるか知らんが、体の大きい危険な奴らはこれでダンジョンの外に出られないわけだからな。
たまに地上までやってくる魔物もいるが、Eランク冒険者で対処できるレベルで済んでいるんだ。」
ほうほう。
ケーニッヒさん、エステハンさんに続いてあたしも地下一階に降り立つ。
いきなり魔物が襲ってくるケースも考えたけど、そこまで凶悪なダンジョンではないようだ。
・・・けれど
いる。
そんなに多いわけではないようだけど、肉眼で見える範囲の外に、そこかしこに魔物の気配がある。
「いますねぇ。」
あたしは松明を掲げる。
既に周りは狭い道幅の回廊が何本かひらけているのみ。
もちろん、明かりが照らす道には魔物の影も形も見えない。
「お嬢ちゃん、魔物の種類と方角はわかるか?」
お安い御用だよっと。
あたしはカラダを反転、背後の道に松明を照らす。
「犬、ですね、分類は魔物、一体、
向こうはこちらを既に認識してる。」
それを聞いてみんなが戦闘態勢に入る。
「このフロアにいる犬型魔物といえばキラードッグ!
お嬢ちゃんは他に接近するものがないか、警戒し続けてくれ、
ベルナ!!」
あたしの前にいたベルナさんが右手を構える。
おっ?
この感じ・・・魔力の集中?
「『我が掌中に集いし炎よ、我に害なす敵を撃て!』」
魔法は発動していない?
あ、ベルナさんの右手に魔力の塊が・・・炎になった!!
これは松明の炎より明るいかも!
そしてあたしが向けた松明の先から、シュタタッ、シュタタッと、獣の足音が近づいてきた!
暗闇から剥き出しに並んだ牙と邪悪な瞳が飛び出してくる!!
「『ファイアーボール!!』」
ベルナさんの右手から炎の塊が発射!!
通路が狭いせいか、見事に狂犬のような暴れ方をするキラードッグに命中した!
呪文て詠唱待機できるのか。
なんかカッコいい。
厨二がなんだって?
あたしには出来ない技なんだから憧れたっていいでしょう?
ダンジョン内に響き渡る悲鳴が上がるも致命傷にはまだ遠い。
そこは経験だろう、
すぐにケーニッヒさんが最前線を入れ替わり、目にも留まらぬ早業でキラードッグの喉元を切り裂く!
今度は悲鳴すらあげられなかったね。
犬はピクピクしながら倒れてすぐに絶命したようだ。
「二人とも凄い!
まさか、こんな鮮やかに仕留められるなんて思ってもいませんでした!」
お世辞でなく本心だよ。
苦戦しない程度の力量の差は視えてたけど、 別に戦闘過程まで把握できるわけではないからね。
でも魔法いいなあ、
あたしにも出来ないかなあ?
魔力は十分あるんだけどね。
一方、ベルナさんもケーニッヒさんも照れているようだ。
無表情のまま、犬如きで何をとクールぶってるけど、ごめんね?
あたし人の感情変化見えちゃうから。
そして毎度エステハンさんの解説です。
「もともとキラードッグ程度、二人には手こずる相手ではないな。
ただダンジョン内は暗闇や隠れる場所が多く、奇襲を受けると中々そう簡単に行かないんだ。
だが襲われるタイミングや方角が分かれば、これだけ鮮やかに倒せるというわけだ。」
そのお話の間にケーニッヒさんは魔石を回収。
無駄がないなあ。
あと、魔物討伐の依頼を受けた場合、討伐証明の為に、魔物の死体から耳とか牙の回収とかもあるそうだけど、今回は討伐依頼でダンジョンに潜ってるわけじゃないからね。
回収は魔石だけでいいそうだ。
とは言え、毛皮などがお金になるので魔物の死体は一箇所に固めておいて、帰り際に回収することをお願いした。
すいません、貧乏なもんで。
・・・アイテムボックスってないのかな?
よく異世界もののチートアイテムにあるそうだ・・・
というのを誰かから聞いたような気がする。
うん、あたしは知らない知識だね。
「それで、お嬢ちゃん、
このフロアも下に降りる階段の位置はわかるのか?」
「えーと、ちょっと周り警戒お願いしますね、エステハンさん、
・・・あ、はい、見つけました。
道順は・・・上に比べてちょっと複雑ですね。」
遠隔透視の視点を自分の位置からでなく、上方からの俯瞰視点にしてみる。
ちょっとコツがいるけど視点を変えるのはそれほど難しいテクではないのだ。
うん、四、五回ほど角を曲がれば辿り着ける感じかな。
「まあ、今回は下り階段はしばらく無視してフロアを巡ろう。
もう少し敵を倒さないとな。」
というわけで先導はエステハンさんに任せた。
向かってくる魔物はいないけど、この先に開けた空間がある。
・・・いますね。
「エステハンさん、キラードッグ5匹。」
「よし!
囲まれないように回廊の出口付近で迎え撃つ、ケーニッヒはお嬢ちゃんの護衛を!」
ん? ちょっと胸騒ぎがした。
大丈夫かな?
ベルナさんがファイアーボールを撃ったけど、距離のせいか空間があるせいか、今度は簡単に避けられた。
あっという間にキラードッグの群れが詰め寄って来る!
ちょい怖い。
エステハンさんが長剣で一匹を斬り伏せる。
まずは一匹。
でもそれが災いしたのか、他のキラードッグが警戒して襲ってこなくなっちゃったんだよね。
あたしの不安そうな表情を読んだのか、ベルナさんがにっこり笑う。
「まだまだ余裕だよ、
『我が掌中に集いし風よ!
我に害なす敵を切り裂け! ウィンドカッター!!』」
今度は目に見えない何かがベルナさんの手から放たれた!
続いて一匹のキラードッグから悲鳴があがり、鮮血が辺りに飛び散る。
風の刃か。
あれはきっと不可視の刃なんだろうね。
威力はともかく、かなり避けづらいみたいだ。
それはともかく・・・
三人ともあたしの周りから一歩も動かない。
これは確実にあたしが足手纏いなんだ。
それじゃ意味がない。
そんなつもりは全くないんだからね!?
「みなさん!!」
あたしは叫ぶ。
「なんだ、お嬢ちゃん!?」
「召喚術を使います!!
皆さんはフォローと防御を!!」
「何を呼び出すんだ!?」
すいません、蛇しか呼べません。
けれど!
「召喚! スネちゃん!!」
いつものエフェクト!
あたしの足元から白い光が立ち昇る!
輝きが収まる頃には鮮やかな緑の鱗に覆われたスネちゃんが・・・。
あれ? また大きくなってない?
大蛇だよね、もうその胴回りは。
エステハンさんとかベルナさんが致命的にカラダを強張らせてしまう。
けれど、それはキラードッグも一緒。
・・・ケーニッヒさん、こけないで!!
「敵はキラードッグ!!」
あたしが叫ぶとスネちゃんは残り四匹のキラードッグを見回した。
スネちゃんのレベルは既に10、
その胴回りはあたしのウエストより大きい!
・・・あたしのウエストサイズ?
いまそれ関係ないから。
それと、鑑定でキラードッグを見回したけど、それぞれレベル5〜7だ。
チロチロ舌先を動かした直後、
スネちゃん突進!
さっきベルナさんからウィンドカッター食らったキラードッグがあからさまに怯えてるけど、スネちゃん容赦なし!!
あっという間に喉元にガブリと毒の牙を突き立てる。
瞬殺!!
エステハンさんが「おお!?」と驚いてる隙に、ニ匹目のキラードッグがキャンキャン喚きながら戦闘態勢を整えようとするも、見るからに腰が引けて怯えてるのが一目瞭然。
そりゃもうサイズが違いますからね。
必死に牙を向けるのはいいんだけど、牙の長さも顎の力もスネちゃん圧勝。
さらに毒!!
ニ匹目はバタリと悶え苦しんだ。
その間、ベルナさんが三匹目にウィンドカッター発射、動きが鈍ったところでエステハンさんが両断。
四匹目?
いま、スネちゃんの胴体にぐるぐる締め付けられて泡吹いてるあの子かな?
「スネちゃん、お腹空いてたら食べていいよ。」
と言ったら、嬉しそうにキラードッグ丸呑みしてくれた。
いいよね?
魔石取れなくても。
戦闘終了です。
スネちゃんまたもやレベルアップしてお帰りになりました。
あたしもレベルアップしてスキルポイント入手してます。
ステータス画面見たら
召喚士レベル2になっていました。
うまくいけばこのダンジョン探索で妖魔召喚スキル入手できるかな?
「まさか、あんな恐ろしい大蛇を召喚できるとは思わなかった。」
エステハンさんが頭を掻きながらキラードッグの死体を処理している。
「あれ?
あたし、蛇を召喚できるって昨日いいましたよね?」
「聞いたけど!!
あんなでっかい大蛇だなんて聞いとらんわ!!」
最初はもっと小さかったんですけどねぇ。
よくよく聞いたらあのサイズの毒蛇が村に出たら、下手するとDランクの討伐依頼になるそうだ。
逆に考えると心強いね。
あと、召喚士に詳しい人はここにいないけど、術者の魔力が呼び出されたものにブーストかかるとか。
召喚士レベルが上がるとさらに上昇率アップ。
それは強くなって欲しい!!
テンション高くなってきた!!
その後も地下一階フロアでキラードッグ数匹、
巨大カマキリ、アシッドスライムなどなどを制圧。
ちょっと驚いたのはスケルトン!
さすがに動くはずのないものが剣を振り回して近づいてきたのは背筋が寒くなったよ。
まあ、それ以外ならのーぷろぶれむ。
さあ! れっつ地下二階!!
・・・と、
軽く考えていた時期があたしにもありました。
詠唱呪文はパターンを間違えなければ文言は同一である必要はありません。