第二百七十一話 絶望への道程
こんな・・・こんな事が有り得るのだろうか。
視界が晴れていく・・・。
教会や礼拝堂の高窓から光が差してくるように、
この黄金宮殿のエントランスにあっても、破壊された天井から外の光が差し込んでくる。
そこには大きさ3メートルにも届くかというような、異形の化け物が更に存在していたのだ。
・・・奴らはそれぞれ辺りを見回し・・・
オレらの存在に気付くと、まるで汚い虫けらでも見るような視線で見下ろしていた。
「・・・よもや・・・こんな烏合の衆どもを相手に我らは呼び出されたとは・・・?」
王冠を被った豹のような姿の怪物・・・
こいつも悪魔の一体か。
豹の獣人が相手だと思えば何とか戦えるのかも知れないが、
まず体格が違いすぎる。
いくらオレのレベルが規定外とは言え、
相手のガタイそのものが比べ物にならない。
「おお、そこにおるのはベリアルかー、
そなたも呼び出されておったとはなー?」
こっちは顔面だけ牡牛のようなツラだが、ふさふさの羽毛を持った翼が拡がっている。
「ふっくっくっ、
いつも人間どもは、我らを前に間抜けな面を晒すものよのう?」
こいつが最も人間離れした姿をしていやがる。
てか・・・鳥、いやフクロウか・・・
巨大なフクロウが人間の言葉を喋っている。
だが脚が異様に長いぞ?
下半身だけダチョウなのか?
それにしても・・・不利な状況ばかりだな・・・。
先程の金色の外装を持つベリアルとやらの話が、この新手の悪魔の防御にも適用されるというなら、魔法はほとんど役に立たない。
足場も最悪だ。
オレやリィナはまだいい。
獣人特有の身体能力で、こんな瓦礫だらけの足場でも縦横無尽に動く事が出来る。
だが、それ以外のみんなは殆ど機動力を封じられてしまうだろう。
悪魔どもが攻撃に転じたら、まともに逃げることも出来ない。
天井の崩落の為に、身を伏せていた麻衣さんがゆっくり立ち上がる・・・。
「・・・ああ、ううう。」
そう、足場と言えば、麻衣さんが一番危険だ。
彼女の身体ステータスは一般人と殆ど差がない。
敏捷性も体力も、防御能力もそこらの村人や町人レベルなのだ。
敵の攻撃からは、危険察知で予め一早く知る事が出来るけども、
それに対しての身体反応は鈍すぎる。
つまりこのパーティーで最も危険なのは麻衣さんなのだ。
その麻衣さん本人は悪魔を初めて見て、恐怖に震えているかとも思ったが・・・
いや、
そこまで最悪の状況でもなさそうだ。
確かにこの状況に困惑してはいるが、恐怖を感じて動けないという事でもないのか。
彼女は恐怖耐性・・・いや、精神耐性が高いのかもしれない。
もっとも、それは麻衣さんの安全を意味しない。
「身が竦んで動けない」事がないだけで、敵の攻撃を喰らったら一発でアウトになるのは間違いないのだから。
「・・・これが悪魔とやらか・・・。
なるほど、これは厄介な相手が現れたものよのう・・・。」
マルゴット女王の魔眼で、オレらには見えない情報も把握できるのだろうか。
何となくだが、絶望的な情報しか増えないような気もする。
「タバサ!
ホーリーウォールも重ねろ!
アガサはエアスクリーンを!
少しでも防御力をあげるんだ!!」
「是!」
「了!」
カラドックの指摘はもっともだ、
攻撃力が足りないなら、少しずつでもいいから敵の体力を削って行くしかない。
ならば、こちらも防御力を上げておかないと、あっという間に戦闘不能となってしまう。
「ははは、これは壮観ですな、
悪魔4体と遭遇とは・・・。
いかに私でも、皆様方に同情いたしますよ。
そうそう、
クィーンに呼び出された悪魔の皆様、
あなた方も自己紹介なされては?」
機嫌良さそうだな、魔族シグ。
確かにこれだけの数の悪魔を前にして、オレたちが生き残れるかどうかも分からない。
ちくしょう、
まるで生き残れる戦術も閃かないぞ?
せめて奴らがいい気になって、口を開いているうちにアイデアが出ればいいのだが。
「我が名は・・・、
地獄大総裁オセ・・・。」
王冠を被った豹の姿の悪魔が名乗りをあげる。
「我はー
地獄大王ー、ザガン!!」
牡牛と鷲の特徴を持った怪物。
「ふっくっくっ、
わしの名を知りたいか、虫けらども、
地獄大君主ストラスとはわしのことよの・・・!」
上半身だけフクロウ姿のせいか、こいつが喋るのが一番違和感があるな。
ていうか、大君主とか大総裁とかが、供や軍勢も引き連れず単騎で現れるのって、違和感しかないんだが。
そこへ、未だシグは話したりないことがあるのか、オレらの仲間の一人に視線を向ける。
「・・・いかがでしょう、ヨル様、
これが最後のチャンスです。
闘いが始まってしまえば、もう引き返すことは出来ません。
今のうちに、クィーンに従うか、
せめて・・・逃げ帰るわけには行きませんでしょうか?」
・・・ああ、
まだこの男はヨルに戦わせないつもりなのか・・・。
自分の主人であるゴアに義理立て・・・しているつもりなのだろうか?
「・・・ここで引っ込むようなら、それこそヨルは魔族の名折れですよぉぉぉぉっ!
おとうさんは、ヨルをそんな娘に育てたわけじゃありませんよぉぉぉ!!」
魔族の生き方・・・性質なのかはわからない。
本来、ヨルはここにいなくてもいい筈だ。
オレらがヨルを必要とした訳じゃない。
彼女自らの意志でオレらのパーティーについてきた。
もともとはカラドック目当てだということは本人も認めている。
で、あるならば、ヨルは必ずしもこの戦闘に付き合う必要はないわけだが・・・
それでも彼女は矛を掲げる。
オレらと共に命を懸けるという。
ならばオレも命を懸けよう、
この場にいる誰の命も消してしまう事がないように。
リィナはまた怒るだろうか。
もちろん、オレだって命は惜しい。
死にたくはない。
そう、この戦いに勝てないのはいいのだ。
生き延びることがオレたちの勝利条件。
意味のない行為だったかも知れない。
オレは一瞬だけ、防具越しの腕をリィナの肩に触れさせた。
リィナもオレの行動を予想できなかったんだろう、
何度かオレを見上げて瞬きを繰り返していたようだが、
すぐに視線を悪魔どもに向けて、
ニッと笑みを浮かべたようだ。
・・・どこまでもオレらは一緒だぞ。
伝わったのかな、オレの気持ち・・・。
そしてカラドック、マルゴット女王、・・・麻衣さん、イゾルテ、
誰も死なせない。
死なせたくない。
・・・だから力を貸してくれ。
オレがこの世界に再び生を受けたのはその為だと証明してくれ。
みっともなくていい。
オレの名誉なんかどうでもいいんだ。
もう、誰かの悲しむ顔も見たくない。
なんとしても・・・。
一方、魔族シグも説得を諦めたのだろう。
一瞬だけ目を瞑って天を見上げたようにも見える。
「・・・そうですな、
魔族であれば仕方のない事・・・。
では・・・覚悟はよろしいですかな?
悪魔ベリアル殿・・・
クィーンがお呼びになった悪魔の皆様方・・・。
やってしまってください・・・。」
いま、戦いの火ぶたが切って落とされる!!
次回、絶体絶命の状況に。