第二百六十八話 語られない物語 英雄の死
ぶっくま、ありがとうございます!
後半戦第二の山場が近づいています。
次に活躍するのは誰なのか・・・。
「当時、オレはその『紋章』を奪われていた・・・。
だが、その説明は彼女にした記憶がある。
先祖代々身につけているもので、いつか自分に子供が生まれたら、きっと同じように胸からかけさせるだろう・・・と。
だから、ここを出て、それを取り返さねばならない。
囚われている筈の仲間も救いにいかなければならない・・・と。」
もうそんな言葉は朱武の耳に入っていない。
ただ一つの事実。
それだけが朱武の頭の中に繰り返されていたのだ。
「い・・・いま、
て、テメェ・・・なんつった・・・!」
すでに朱武は確信していた。
この男こそ自分たちの父親。
自分たちの生まれた国は紛争地だったと聞いている。
両親は敵軍の手にかかり殺されてしまったのだろう・・・
そんな風に聞かされていた。
子供の頃、何度かこの男と会って拳法を習った。
教えは厳しかったが、温かい言葉を何度もかけてくれて、梨香のことも可愛がってくれた。
その風貌や戯けた表情に親近感を覚えていたのも確かだ。
親近感・・・
それもその筈だろう、
二人並べばその顔立ちに、血縁関係があるのは明らかなのだ。
朱武の方が年齢ゆえか、あどけない・・・頬の肉付きがいいくらいの差か。
朱武の詰問に対して男は口を開かない・・・。
先程喋った内容の中で、
どの言葉を繰り返せばいいのか、
朱武が求める答えが何なのか・・・
今更それを突き詰めるのは意味のない行為だろう。
その代わりに、というべきか、男は話を進める。
「オレを・・・許してくれ・・・とは言わん。
だが、それでも・・・今まで、よく生きていてくれた。
梨香をよく守ってくれた・・・。
それだけは・・・」
「・・・っふざけんじゃねぇぞっ!!」
虎が咆哮するような朱武の叫び!
もちろん、崖の上の彼は反論するつもりなど一切ない。
「テメェが・・・テメェが・・・オレたちの・・・
な、なんで今更オレの前にノコノコと・・・
今まで・・・今までオレや梨香が・・・
どんな気持ちで生き抜いてきたか・・・。」
「気持ちが分かるとは言わない。
正直に言って、お前を仲間に引き入れる事に躊躇いがあったのは事実だ。
・・・そうとも、お前の言う通りだ。
今更、どんな顔をして・・・とな。
だが、これから地上を襲う大破局を前にして、そんな私情が入る余地など・・・」
「ざけんじゃねぇっつってんだろがよおおおおおおっ!!」
「・・・」
「オレが・・・梨香が・・・
たった二人で・・・二人っきりの兄妹が・・・
どんなに心細く・・・頼るものなんかなく・・・
そりゃ、李袞先生は優しくしてくれたけど・・・外国人のオレたちは何時叩きだされるんじゃないかって不安に怯えて・・・
頑張って頑張って・・・拳法で誰にも負けないように頑張って・・・
自分たちにはオヤジもおふくろもいないんだから二人で・・・梨香と二人で・・・
力を合わせて生きていこうって・・・」
後にアスラ王と呼ばれる男の脳裏に、
日本で暮らしていた一組の姉弟の、在りし日の姿が浮かび上がる。
両親が死んで、たった9才の女の子が、
幼い弟に同じような言葉を投げて必死に涙を堪えていたあの姿を。
だが、それが何だというのだろう。
自分が同じような暮らしをしていたからといって、
それを自分の息子に受け入れさせる事が出来るのだろうか?
「それを・・・今更・・・今更、オレたちの前に出てきて・・・
なにを・・・なにを言い出すんだよ・・・。」
「朱武、ああ、そうとも。
オレがお前に言い訳出来る事など何もない・・・。
だが、これだけは分かって欲しい。
間もなく、この大地を大破局が襲う・・・。
そうなったら力のないものから死んでいくだけだ。
お前たちのような境遇の者も生まれるだろう。
なら、せめて一人でも多くの命を・・・。」
「自分の子供すら放ったらかしにした能無しが何言ってるんだよぉぉぉぉぉっ!!」
「・・・朱武・・・。」
朱武は自らの剣を掲げる。
その剣に迸るは青白き雷光・・・。
朱武の胸元の紋章が、彼の怒りを雷撃に変換・・・。
これまで・・・大勢の敵を・・・その技で焼き尽くしてきた・・・。
それを自らの父親に・・・。
「よせ、やめろ・・・。
ここでは危険すぎる・・・!」
朱武の首から掛けられている紋章。
元々はアスラ王が若き頃、身につけていた呪具だ。
その能力も威力も誰よりも自分が分かっている。
雷雲が渦巻く。
その雲の中から溢れ出すような稲光。
まずい。
防ぐことは可能。
アスラ王の今の力なら。
そしていくら自分の息子でも、その技を使うには限度がある。
ならば、その技を撃たせ、無力化したところをなんとか拘束すれば・・・
だが、
男の計算や予想などどうでもいい、とばかりに・・・
朱武がその怒りを・・・
憤りを全て雷と化して自分の父親に向けて吐き出した!!
もちろん、その直撃を受ければ彼とてただでは済まない!
だが、アスラ王は・・・自分の周囲・・・
いや、ここには騙され弄ばれただけの哀れな弟子もいる。
彼を巻き込まないためには・・・
サイコバリアーのシールドを広くとらねばならない・・・!
ならば!
大音響が辺りにこだました・・・。
朱武の渾身の雷撃を撃ち落したのだ。
傍に誰かいたとしたら、その人間の目や耳はしばらくまともに機能しないであろう・・・。
事実アスラ王でさえ、一時的にだが、その強烈な光に視力も奪われていたくらいだ。
アスラ王はあの雷撃を防ぐ自信があった。
今の自分の能力なら可能だろうと。
だが、それはあくまで防ぐだけだ。
防ぐというのは身を守ること。
自分と・・・哀れな一人の男の身を守ることは出来た。
だが・・・雷撃の発動そのものを止める事など彼を以てしても不可能な話。
そう、
雷撃は・・・落ちた。
アスラ王に向かって。
「こんな・・・バカな・・・。」
アスラ王は咄嗟にサイコバリアーを張る。
従って雷撃はサイコバリアーに弾かれた・・・。
弾かれた先には?
アスラ王の眼下には・・・
焼けこげた何かが転がっていた・・・。
ゆっくりと彼の視力も元に戻る。
あれは・・・なんだ?
先程まで、自分の息子がいた所に、
真っ黒に炭化した物体が横たわっている・・・。
死体・・・焼死体だ、
・・・誰の?
「こんな・・・ことって」
「そんな・・・」
「あんまりだ・・・ろ。」
雨はさらに激しさを増していた・・・。
その雨のおかげか、焼き焦げた死体からは、じゅうじゅうと白い煙が噴き上がる・・・。
「・・・今までどんな敵とだって、勝ち抜いて生き延びてきたじゃないか・・・。」
「世界最強の名を手に入れて・・・
気立てのいい女の子を見つけて・・・
3人もの子供を・・・
幸せな家庭を手に入れたんじゃないのか・・・。」
朱武が結婚した相手は日本人女性。
おとなしめな感じのスレンダーな女性だという。
当時、男は部下から報告を聞いて、いつの間にか唇の端が釣り上がったのを覚えている。
そして、あれよあれよと言う間に、どんどん子供が増えていった。
「なのに・・・なのに、なんでこんな呆気ない・・・幕切れなんだよ!?
なんでこんなところで、死んじまうんだよっ!!」
「・・・ィナ、お前が、
命をかけて二人を守ってくれたのに・・・
オレが・・・オレが姿を曝け出したばっかりに・・・」
男には忘れられない景色がある。
心臓が破裂するほどの勢いで、自分が住んでいた村に辿り着くも・・・
その村にはあちこちから火の手が上がっていた。
あり得ない、
こんな筈はない、
夢なら覚めてくれ・・・
そして自分の家に戻った時・・・
愛する妻の笑顔はそこになかった。
たった一人、何かを守るように、
その女性は辺りに血の海を広げて死んでいた・・・。
彼女が何を守ろうとしたかはすぐに分かった。
彼女が倒れていたのは地下室への入り口。
朱武と梨香はその地下室で何も知らずに抱き合うように眠っていたのだ。
「なぜ・・・
なぜ・・・オレの身近なものから死んでいく・・・
何故だっ!!
なぜ、オレだけが生き残る・・・。
なぜ・・・なぜ・・・なぜっ!?」
アスラ王の膝から、力が失われてゆく・・・。
世界最強の男のはずの体が崩れ落ちる・・・。
なぜ?
どうして?
その質問に答えてくれるものはどこにもいない。
昔から。
ずっと。
本当に、
この道は正しいのか?
人類を救うことが、本当に自分の使命なのだろうか?
天使シリスはその質問に一切答えない。
答えない理由すら教えてもくれない。
なぜ・・・
一体なぜ・・・
誰か教えてくれ・・・
オレは・・・
オレはいったいどうしたら・・・
オレは、何のために、こんな力を持って生まれてきてしまったんだ・・・!?
どうして・・・
何故・・・
以前もどこかで書いたと思いますが、
天叢雲剣は資格のない者には持てません。
この家系は資格がなくとも、
胸元の『紋章』を身につける事によって、
なんのペナルティも受けずに天叢雲剣を装備できるようになったのです。
ちなみにアスラ王の姉とリィナちゃんは資格有りです。
そして
天使シリス編では、
天叢雲剣は一切登場しません。
麻衣ちゃんのサイコメトリーでは、
一度剣が砕け散るシーンが視えたそうですが、
天使シリスの世界でも同じことが起きたのかどうかは不明です。
そしていつの間にやら胸元の紋章には、
天叢雲剣の能力が・・・。