第二百六十七話 語られない物語 筋書きにない再会
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<第三者視点>
雨が降り始めた・・・。
先程落ちた雷撃のせいもあるのかもしれない。
草むらが焼け焦げる匂いと共に、同じく草むらの、雨に濡れたむわっとする独特の匂いも拡がっていく。
その男、朱武は、
切り立った崖の上を見上げている。
そこには今、自分が雷撃で殺した筈の弟子が、何故か意識を失ったまま空中に浮かんでいて・・・
その奥に黒い長髪の男の姿が一人佇んでいた・・・。
「なんだ、テメェはぁ!?」
新手だろうか?
子供たちの誘拐など、世間知らずの弟子が一人でできるものではないと思うのが普通であろうが、
なるほど、他に仲間がいたということか。
だが、新たに現れた男は、
朱武に向かって、今の状況にはまるで相応しくないと思われる言葉を話しかけた。
「・・・この男を・・・許してやってくれないか?
お前の子供たちは・・・無事だ。」
「ああ!?
・・・ならさっさと、子供たちをオレの前に連れて来いよっ!!」
長髪の男はしばらく無言のままだった。
だからだろう、
朱武はその男の顔に、なんとなく見覚えがあることに気付いてしまったのだ。
「お前・・・どこかで見覚えあるな・・・。」
「・・・。」
そして朱武は子供の頃の記憶を思い出す・・・。
「おい、待てよ・・・
20年ぶりか・・・いや、もっとか、あんたはオレに拳法と剣術を教えてくれた・・・。」
朱武に拳法の基礎を叩き込んだのは、
道場主でもある中国人だ。
だが、
数年に一度、その中国人道場主の昔の知り合いだと言う日本人の男がやってきて、朱武に更なる武技を教えていたのである。
「久しぶりだな・・・。
もうオレの顔など忘れているかと思ったが・・・。」
「お前みたいな体格の人間などそうそういて堪るかよ・・・。」
男の身長は2メートルはありそうだ。
そしてその四肢は異様に長い。
服装も異様だ。
日本でも中国でも見かけるものではない。
日本の柔道や空手家が着るような道着に見えなくもないが、丈が膝下まである。
どちらかというと中国古典劇に登場する仙人のような格好と言えばいいのか。
どっちにしろ、現代では有り得ない世捨て人の恰好だ。
「今回の一件、部下が先走りしてしまったようだ・・・。
代わりに謝罪する。
朱武、お前にも梨香にも・・・陽向さんといったか、彼女にも。
もちろん、お前の子供たちにも危害を加えるつもりは一切なかった。」
「じゃあ、なんだっていうんだよ!!」
「・・・恥ずかしい話だが・・・茶番だよ。」
「ちゃ~ば~ん~!?」
「お前が子供たちを人質にされて・・・
手も足も出せずにいるところに、私が颯爽と現れ、この哀れな男を成敗する。
そして朱武・・・お前を我々の仲間に引き入れようという姑息な計画だ。
うまくいけば・・・斐山優一との関係改善に尽力してもいい。
そこまで見据えた計画だったんだが・・・。」
「・・・はぁ!?
バカか、おめーは!!
じゃあ、この状況はなんだよ!!」
「この男の出自に問題があった。」
「あ? どういうことだ?」
「さっきまで、お前はこの男と殺し合いを行っていたな・・・。
結局のところ、お前に敵う相手ではなかった。
そしてお前は子供を攫われた怒りで、この男を雷撃で殺しかけた。」
「・・・たりめーだ!
どこの世界に子供を攫われて相手を殺さねーバカがいるかよ!!」
さすがにそれは、おいおいと突っ込む者もいるだろうが、
この場でそれを語るのは無粋だろう。
「この男が最後に叫んだセリフを聞いたか?」
「あ? それがどうした!?」
話を少し遡ってみよう。
それまで二人は純粋に拳だけで戦っていた。
だが、次第に二人の均衡は崩れ、やがて朱武が圧倒し始める。
所詮、小さな道場で腕を磨いていただけの男が、世界最強とまで言われた朱武に敵う筈もない。
そして・・・いくら弟子とは言え、可愛い我が子たちを誘拐されて、
それを許せるほど朱武は寛大ではなかった。
・・・ましてや自分には、たった一人の妹しか家族と呼べる者はいなかったのだから。
ようやく数々の死闘から解放されて・・・
結婚もして・・・子供も生まれて・・・
これから幸せな家庭を享受できる・・・そんな矢先にその小さな幸せを踏みにじられて・・・
そんな事、だれがしようが許せるはずもなかったのだ。
・・・せめてもの情けで、苦しまずに一瞬であの世に送ってやろう・・・
朱武は自分の剣を拾い上げる・・・。
もう拳法の勝負ではない。
ただの死刑執行だ。
子供たちを攫った弟子は既に半死半生・・・。
もう起き上がることも出来まい。
ただ、力ない瞳でこちらを見上げている。
もう・・・朱武はこの男に一切の興味も・・・慈悲も・・・何の情も失っていた。
それまで・・・闇の世界の敵と戦ってきたように・・・
自らの精神力を雷に変換・・・
右腕の先の剣に、青白い光が纏わりつく・・・。
「な、ゴホッ、そ、それはっ!?」
「・・・オレの本当の武器だよ。
単純に拳法が強いだけで、裏の世界で生き残れるわけないだろ?
オレの首から円形のメダルが掛かっているの見えるか?
こいつがオレの怒りを雷に変えるのさ・・・。
安心しろ、苦しむことはない・・・。
一発で楽にしてやるよ・・・。」
「あ・・・そ、そんな・・・それ・・・まさか
あんたが・・・に、兄さ・・・んっ?」
「もう喋るな・・・目でも閉じてろ。
あばよ・・・!」
そう、そこで朱武は雷撃を落とした。
そこで弟子は死んだはずなのだ。
なのに、今、別の男が乱入してきて事態はおかしなことになっている。
「聞こえたのか、お前に。」
そして男は、何の感情も見せずに朱武を問い詰める。
「・・・わけわかんねーこと、言ってたな、兄さんとかなんとか・・・。」
「この男は、病気の母親がいてな、
亡くなる前に、この世界のどこかにこの男の兄がいると言っていたそうなんだ。」
「どこで聞いたんだよ、そんな話・・・。」
「お前を裏切るよう、この男を煽っていた女が寝物語に聞いたらしい。」
「・・・女が陰にいたのか・・・、
こんなマネ出来るような奴じゃねーと思っていたんだが・・・。
で? 早く結論を言え、オレは気が短い。」
「母親はその手掛かりを息子に伝えたそうだ。
きっとその兄の胸には、十字を浮き彫りにした円形のメダルを提げているはずだとな。」
雨足が強くなった。
朱武の口が止まる。
同時に彼の指先が震え始めた・・・。
そして・・・ゆっくりと彼の右手が自らの胸元に・・・。
「誤解はしないで欲しいが、それは母親の嘘だろう。
オレに・・・そんな記憶はない・・・。」
朱武の目が見開かれる。
今、ヤツは何と言った!?
オレにそんな記憶は・・・ない!?
何の?
何の記憶だ!?
朱武の衝撃を他所に・・・
彼は・・・後にアスラ王と呼ばれる男は話を続ける。