第二百四十四話 ラウネの食事
「お腹、空いたのじゃあっ!!」
・・・どこかで聞いたような口調・・・
女王?
いや、声が全く違う。
しかも言葉そのものは「のじゃ」だが、喋り方は駄々っ子のそれだ。
夕飯前に、みんなが集まっていた応接間では、
ソファに座っていた女王の首に、相変わらず緑銀の髪の妖精が纏わりついていた。
「おお、そうか、
そろそろ我らも食事の時間よな、
ラウネも腹が減ったようじゃな。」
クエスト中は当然、自分たちで食事の用意をするが、
街に戻ってまでそんな手間をかける気分になれないので、
冒険者ギルドが用意してもらった宿泊所でも、食事はギルドに手配してもらった。
なのでその用意が出来次第、オレらは食事に向かうつもりだったが・・・。
「女王、その妖精は何を食べるんだ?
オレたちと同じでいいのか?」
ここに来て人数増えたからな。
もちろん、それも想定して注文はしているが、
この妖精が腹ペコキャラだった場合、その想定を上回る恐れがある。
・・・あまりそんな印象は受けないのだが・・・。
「いや、ケイジよ、
こ奴の食事を心配する必要はない、
別室を使わせてもらいたいだけじゃ、
これ、ブレモアよ、後はいつも通りにな。」
女王の護衛騎士の顔が歪む。
ん?
何かあるのか?
もちろん、ブレモアは女王の指示に逆らう訳もなく、
ゆっくりと女王に近づき、首の妖精に向かって両腕を伸ばした。
妖精の食事の世話は、あの男がやっているということか?
すると妖精はブレモアに抱きかかえられようとする直前、
恥ずかしそうに「や、やさしくするのじゃぁ・・・。」と呟いたのだ・・・。
騎士ブレモアのこめかみが引き付く・・・。
いったいどうした?
オレらが頭の周りに?マークを飛ばしていると、
後ろで麻衣さんが何かわかったらしい。
「・・・げ。」
「麻衣さん?」
後ろを振り返ってオレと視線が合った麻衣さんは、途端に慌てふためき始めた。
「い、いえ、見てません、見えてません、
あたしの能力じゃそこまで見えません!!」
ん?
「麻衣さん、ごめん、何を言っているのか・・・」
「あ、あああ、そ、そうですよね!?
いや、あの妖精が騎士の人を食糧のように見ていたのが分かっただけで・・・!」
「「「食糧っ!?」」」
その場全員驚いた。
驚いていないのは当事者たちと、ベディベールは可哀相なものでも見るようにブレモアに視線を送っている。
イゾルテはよくわかっていなさそうだな。
メイドのニムエさんが・・・顔を伏せている・・・。
マルゴット女王はどこ吹く風だ。
「・・・当たらずとも遠からずといったところか、
安心するがよい、
食糧と言っても、ブレモアの身体を損なうわけではない。
単にブレモアの精気を吸い取るだけの話よ。
それも必要以上に抜かないよう躾けておるので、
ブレモアの方には快楽しか残らぬ。」
え?
・・・え?
女王?
快楽って・・・え?
話を聞いたらとんでもなかった!!
なんでもあの妖精種、食事の手段は、
両腿の付け根にある器官から、男性器を通して精気を吸い取るって・・・
なんだ、その構図はああああああああああああっ!?
それでブレモアは最初っから顔色悪かったのか!!
それを聞かされて・・・
い、いや、ブレモアはそれでいいのか・・・。
あ、あの男、いい年して涙ぐんでるぞ!?
「あ・・・あの、陛下、
恐れながら、此度の役目、他の者に任すことは出来ないのでしょうか・・・、
いえ、陛下のご命令とあれば、けっしてそれに背く気など毛頭ございませんが・・・。」
「何を言う、ブレモアよ、
そもそもこの仕事は女性にはできぬ、
ましてや男とは言え、王子たるベディベールにさせるわけにはいかぬことくらいそなたにも分かろう?
それに、そなたは独身と聞いておるから、今回の護衛に抜擢したのじゃ、
誰に気兼ねをすることもあるまい?」
「・・・は、いえ、そ、その通りなのですが・・・。」
「最初にそなたに聞いたはずじゃ、
そなたに女性経験があるのかどうか、
惚れてもいない女と体を交わすことに抵抗があるのかどうか・・・、
そなたは問題ないと答えた筈じゃが・・・。」
「は、はい、それは・・・その、
ですが、例えば人間でなくとも・・・それこそ犬とか動物でも代用できるかと・・・。」
そんな面談してたのか・・・。
これ、どうなんだろう?
男によってはある意味ご馳走? なんだろうけど?
そうか?
オレはロリコンじゃないからわからんが・・・。
一方、妖精の方は動物相手は受け入れられないらしい。
「イヤじゃ!
動物はイヤじゃ! 会話が出来ぬ!!
怖い! 人間が良い!
お願いじゃ! ラウネは優しくして欲しいのじゃあっ!」
ううむ、確かに動物にさせる・・・のもよろしくない、よな?
いったい、誰に需要があると言うのか?
あ、ようやくリィナが事の次第を理解して思いっきり引いている。
タバサやアガサも拒否反応見せてるな。
ヨルは興味津々ってとこか・・・あいつは。
イゾルテはよくわかっていない。
ニムエさんは・・・知らんぷりと。
麻衣さんが意外だ・・・。
光を失った瞳で事の成り行きを見詰めている。
まぁ、オレには関係ない話だな、
別にブレモアにも何の義理もないしな、
話のネタとしては興味を惹いたが・・・
・・・いや。
オレに何の関係もない?
オレに
何の
関係も・・・ない?
「女王、待ってやってくれないか?」
オレの口は勝手に動いていた・・・。
「ケイジ? どうかしたのか?」
「オレにはよくわからないが・・・
その男・・・ブレモアはその妖精を抱くことを望んでいないのだろう?
なら・・・勘弁してやってくれないか?
女だって自分の愛する男以外の奴に抱かれたくはないだろう?
男も一緒だ。
好きでもない女に情をかけたくない。」
ん?
そんな変なことを言ったか?
騎士ブレモアが、今までに見た事もないほど驚いた顔をしているぞ?
マルゴット女王も面食らっているみたいだ。
「ケイジ・・・そなた?」
「あ、いや、そんな他意はない。
普通に考えて・・・イヤだろ?
いくら快感があると言ったって、自分の意志の離れた所で勝手に・・・
利用されて・・・弄ばれて・・・。」
オレも今まで忘れていた・・・。
カラドックがこっちの世界に転移してきて・・・
またかつてのオレの人生を思い出して・・・いろいろ考え直して・・・
あの人も、オレの父親に利用されただけで・・・
・・・だとすると・・・オレのこの世界の父親も・・・
もしかしたら・・・。
そう、別にブレモアに同情したわけでも、道徳的な正義感からオレは口を開いたわけじゃない。
ただ「それを知っておきながら」見て見ぬ振りは出来なかっただけだ。
うわ!?
ちょっと考え事をしていたら、
ブレモアが号泣しながらオレにしがみついてきた!?
「ケッ、ケイジ様ぁっ!!
ありがとうございます!!
わ、私の気持ちを代弁していただいてぇっ!!
いえ、私も最初は軽い気持ちだったのです!!
職務では女性に縁がないし、一時でも美味しい思いが出来るならいいかなぁと!
・・・ですが、ですが・・・こんなのはやはり違います!!
確かにやってる最中は気持ちいですよ!?
ですが、ですが、アレはやはりまともじゃありません!!
あいつにとってはただの食事です!!
でも・・・でも・・・しまいには私の中の何かが変わって行ってしまいそうで、
もう、もう二度と人間の大人を相手に出来なくなるんじゃないかって・・・!
街中で見掛ける小さな女の子にも気が付いたら自分の視線が向かって行って!
まずい! このままじゃまずい!!
誰か私を止めてくれる者はいないかと!!
もう・・・もう私も限界だったのです!!」
・・・お、おおう、
思った以上に深刻だった。
確かにヤバい・・・な。
オレは女王に視線を向ける。
「マ、マルゴット女王・・・。」
女王も、これはいけない方向に向かっていると理解できたようだ・・・。
「う、うんむ、
た、確かに限界のようじゃのう・・・。
相分かった・・・。
ではどうするか・・・さっきも言ったようにベディベールにはさせられんし、
ケイジもカラドックにも良くはないの・・・。」
リィナやヨルをはじめ、エルフ達も全力でブンブン首を振ってくれた。
どうやらオレたちは仲間に恵まれているようだ。
そのカラドックが呆れたように口を挟む。
「・・・あの・・・では冒険者に依頼をかけるのはどうですか?」
「「それよ(だ)!!」」
さすがカラドック、
賢王の称号は伊達じゃないな。
オレと女王はハモりながら賛同する。
すぐさま冒険者ギルドに緊急クエストを依頼した。
【緊急依頼】Fランク
条件:秘密厳守、健康な男性1名
依頼元:さる国の公家
依頼の種類:雑務
詳細:面談にて
内容:子供のお世話
体力はいりますが、安全なお仕事です。
雑務ってのは、清掃とか、探し物とか、要は魔物討伐、護衛任務、アイテム採集以外の全般だな。
ランクFは妥当だろう。
依頼元が外国の貴族とすると、厄介ごとを恐れて敬遠されるか、
それともパイプ作りに近づこうとするヤツ両方出て来るけどな。
今は、冒険者も数多くこの街にやってきているので、こういう風変わりな依頼に応じる奴も出てくるわけだ。
面談は、ブレモア本人が行い、身ぎれいで、口の堅そうな人間を選んで、人身御供・・・いや、妖精ラウネの相手をしてもらった。
一晩だけなら精神的負荷はかからないだろうとのこと。
実際、仕事を終えた30代の冒険者は夢見心地で宿から出ていった・・・。
オレの耳はそいつの口から「ラウネたん・・・」と呟いているのを聞いてしまったが・・・。
本当に大丈夫なんだろうな?
オレらがいなくなってから、この街で幼女対象の犯罪が増えても知らないぞ?
この話は・・・これで終わりなんだが・・・
オレも想定していなかった効果があったようだ。
騎士ブレモアのことだ。
「ケイジ様、ありがとうございます!
・・・今回の御恩は生涯忘れませんっ!」
「い、いや、そこまで気にしなくてもいいぞ?
オレもブレモアがあそこまで拒否反応見せなかったらスルーしてたかもしれないし・・・。」
「いえ、
私はこれまで、悪い噂に振り回され、獣人ケイジ様を誤解しておりました!!
もし、ケイジ様が宮廷に戻られた時は全力であなた様をお支えする所存にございます!!」
・・・どうもこのブレモアという男は獣人蔑視者だったようだ。
女王に後からそんな事を聞かされたわけだが・・・。
え?
そんな奴を連れてオレたちの元に来たってのか?
え? え?
まさかこうなることも計算して?
嘘!?
「いいや、ケイジよ、さすがにそこまでは妾も考えておらんかったぞ?
ただまぁ、獣人への偏見を解くにはその目で見てもらうしかないとは思っておったがの。」
・・・女王、
やっぱりあなたは怖い人だ・・・。
ケイジ本人には関係ない話ですよね。
ケイジ本人には。
エピローグ付近でこの伏線を回収できるのだろうか。
もしくは、
泡の女神辺りが教えてくれるかしら。
カラドックには決して明かせないお話の一つ。