第二百三十六話 風に乗りて来たる者
「何かが近づいてきます!!」
初めにそれに気付いたのはやはり麻衣さんだった。
彼女が目を向けたのはカーテンが下ろされている窓の向こう。
そしてすぐに私やエルフ達といった、魔力の高い者達も把握できるものとなる。
あまりにも凄まじい高速接近。
そして次の瞬間、部屋の全ての窓ガラスがけたたましい音を立てて粉々に砕け散った。
もっともカーテンという遮蔽物があるおかげか、そのガラスの破片が私たちの所まで飛んでくることはない・・・。
それでも・・・
「っなっなっ・・・!
敵か!! 魔物かぁっ!?」
タッカーナ王太子がパニックになっているな。
その「敵」という認識は、恐らく私たちが抱く物と意味合いが異なるとは思うが、
果たしてどちらか・・・。
ここまで来て、ただの魔物が偶然このタイミングで襲ってくるなどと考えるのは楽観的過ぎよう。
いつでも戦闘に移れるべく、あのカーテンの向こう側を・・・
「あ、あれ?
変です・・・
敵意も殺意も一切感じませんよ?」
なんだって?
麻衣さんが既にあのカーテンの向こう・・・恐らく外にいる存在について感知能力を働かせたらしい。
しかし、敵意も殺意もない?
それはあの魔族・・・執事シグのような存在だろうか?
するとどうだろう?
窓ガラスに面していたカーテンの一枚が、
まるで命を与えられたかのように、ひとりでに巻き上がり、
内側のガラス片を一つ残らず包み込んでから、床にグジャリと落ちたのだ・・・。
そしてそれはもう、二度と動くことはなかった・・・。
「・・・なんという精密な風魔法・・・。」
ダークエルフのアガサが今の現象を分析する・・・。
え?
今のが・・・!?
風魔法だって?
まるで私の精霊術のようなコントロールじゃないか!?
「アガサ!
あれが風魔法だって!?」
「しかも・・・今のは風魔法最大の術トルネード・・・
それを最小の威力にてコントロール・・・
あそこまでの細微な動きは私にも不可能・・・!」
バカな・・・
ダークエルフでもトップクラスの術者であるアガサにここまで言わしめるとは・・・
次の瞬間、窓の外から男の声が部屋の中に発せられる。
「いえいえいえ?
まぁ、私の取り柄と言えばこれくらいですからねぇ?
それに術の威力では魔法兵団トップのアガサ様にはとても敵いませんとも。」
・・・ここは2階だぞ!?
そして今の声は窓の外から聞こえてきた・・・!
ということはその人物は・・・空に・・・
「あ! アイツは!!」
ケイジが叫ぶ。
まさかケイジの知り合いか!?
・・・それはどう見ても異常な光景だった・・・。
カーテンが落ち・・・ガラスのなくなった窓の向こう・・・
その人物は窓の外で・・・空中に浮いていたのだ・・・。
翼も・・・羽もなにもないのに・・・
ただそこにぼんやりと浮いている・・・。
シルクハットにカイゼル髭を生やし、モノクル眼鏡にオレンジ色の燕尾服を着た・・・男。
アガサとタバサ、そしてリィナちゃんが同時に驚く。
「「「ラプラス商会会長ラプラス!?」」」
ラプラス商会会長!?
ラプラス!?
それってケイジがかつて森都ビスタールで、ダークエルフの至宝「深淵の黒珠」を奪ったという盗賊の名前か!?
確か・・・「バブル三世」とかいう・・・
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!!」
・・・
・・・・・・
「「「「・・・・・・・・」」」」
なんだろう、今の。
何か・・・凄い外してしまった感があるのだけれど・・・。
そしてそれは当の本人も自覚したのだろう、
居心地悪そうに咳払いをする。
「・・・ンフッ、ゴホンッ、し、失礼・・・
ここにいらっしゃる皆さんには通じなかったようですね、
あ、ああ~、それと元、です、元。
私はラプラス商会会長の座から引退しておりますので、
今は『怪盗バブル三世』のラプラスで結構ですよ?」
「ラプラス?
何故今になって・・・。」
「おお、これはケイジ様、おひさしぶりでございます、
いやいや、ここはおめでとうございますと言うべきですかな、
なんでもAランクになられたそうですね、
そしてお連れ様のリィナ様が勇者になられたとか・・・。
私がお会いしたあの時の二人組の冒険者が・・・感慨深いものですね。
あなた方の成長ぶりに惜しみない賞賛と拍手を送らせていただきますよ?」
「ケイジ・・・彼がラプラスか・・・、
これは拘束させてもらってもいいのかな?」
私は魔力を稼働させ精霊術をいつでも使えるように・・・
だた、そこでラプラスとやらが、慌てて両手をあげて戦意がないことをアピールする。
「いやいや!
お待ちいただきたい、
私はあなた方の敵ではありませんよ、
むしろあなた方の手助けをするつもりでこちらに参ったのです!!」
そうはいってもね、
これ以上、不測の事態は勘弁してもらいたい。
申し訳ないが、その言葉を信じるためには一度、こちらに主導権を引き渡してもらう必要がある。
だが以前、この男に直接接したことがあるケイジは別の考えを持ったようだ。
「ううむ、そうだな、カラドック、
何を考えているか分からんヤツだが、一応、ビスタールでは良くしてもらったからな、
あまり手荒なマネはしたくない。
それに敵じゃないというのも嘘ではないと思う。」
感激に震えるラプラス。
「・・・おお! ケイジ様!!」
こういうオーバーリアクションされると、かえってこっちとしては余計疑いたくなってしまうんだよなぁ。
まぁ、ここはケイジの目を信じてみるか。
「・・・ケイジ、君がそう言うなら・・・。」
「そうは問屋が卸すの禁止。」
む? アガサ!?
「私達『蒼い狼』の敵ではないにしても、
ダークエルフの至宝を奪った罪人、
しかるべき報いを与え、『深淵の黒珠』を奪還。」
アガサが魔法を詠唱する。
普通の風魔法のようだが、込められた魔力が半端ない!!
どうやら先程の風魔法を見せられて対抗意識を燃やしてしまったようだね!
「おっ、お待ちください!
あ、あれは用が済んだらお返ししますとも!!」
「・・・確かあの時もそう言っていた記憶を私は保持。
その約束は不履行状態。
故にラプラス、あなたは嘘つき決定。」
途端に青ざめるラプラス。
演技込みでやっているなら器用な男だな。
ていうか、この男は素でこんな喋り方のような気がしてきた。
「あ・・・そういえばそうかもって・・・
謝ります、謝罪します!!
それには重大なわけがぁ!?」
「問答無用、
その罪は命を対価。」
「わああああああっ!
皆さんを魔人の黄金宮殿に連れていきますからお許しをををををっ!?」
なんだって?
「アガサ、ストップだ!!」
「・・・残念、あの詐欺師を斬り刻むチャンスを・・・。」
怖いよ、アガサさん、
ただ、深淵の黒珠とやらは彼女の生まれ育った街の象徴とも言うべき存在と聞いている。
彼女の気持ちを考えれば分からないでもない。
「ラプラスさんと言ったね?
私は異世界から来た精霊術士のカラドックという。」
ラプラスは空中に浮いたまま、綺麗な角度で腰を曲げる。
本当に器用だな。
「おお、これはご丁寧なご挨拶、痛み入ります、
確かあちらの世界の賢王というお話でしたかな?」
えっ!?
「ちょ、ちょっと待ってくれ、
私が異世界出身という話は世間に広まっているとしても、
賢王の称号は広めたことなどないぞ!?
何故、そんなことまで知っている!?」
ついさっきカミングアウトしちゃったけどね。
私の疑問の直後、横にいた麻衣さんが恐る恐る私に話しかけてきた。
どうしても聞きたい事でもあるのだろうか?
「あ、あの・・・カラドックさん。」
「何だい、麻衣さん?」
「こ、このお空に浮いている人が・・・バビル・・・じゃなくてバブル三世の・・・
ろぷ・・・いえ、ラプラスさんですか?」
「ああ、そういうことだろうね、
私もお目にかかるのは初めてだけども・・・。」
下書きがあ、下書きがあ、
書き込み内容が自分で納得行かない・・・
書き直ししないと・・・