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第二十三話 記憶を辿ってみたの

<視点 メリー>


生まれたばかりと言っても、子ゴブリン達は成長にばらつきがある。

小汚いが布にくるまれた赤ん坊の他、

ハイハイし始めている子供もいれば、

人間だと2~3歳児相当なのか、こちらに憎しみの表情を浮かべ唸り声をあげている子供もいる。


こんなものはすぐに殺せるだろう。

脅威は何もない。

だがそれはもうただの虐殺だ。

駆除だと言えばそれは間違いじゃないのかもしれない。

だが、そこには現実として殺された者達の恨みが残る。


それは思想云々ではない。

自分たちにとって危険なものに火をつけて、その存在を消滅させようとするのはいいが、その火が燃え上がって自分たちを焦がしてしまうのは本末転倒。


そして私は正義の味方などでは決してない。

ゴブリンの味方をするつもりもないし、正しい道を説くつもりもない。

人間とゴブリンとで、仲の良い社会を作れなんて口が裂けても言うつもりもないし、このまま放っておいて、再び脅威の芽が生まれることを無責任に望むわけでもない。


 「じゃあどうしたらいいんだよ!!」

ストライドの抗議に私が無言でいると、後ろから「伝説の担い手」のイブリンが私の横までやってきた。


 「人形殿?」

 「なにかしら・・・?」

 「人形殿、お主は何もこいつらを殺すなと言ってるわけではないのよな?」


 「そうね。」

 「まがりなりにも我らは冒険者。

 そこの若造パーティーですら最早新人でもない。

 生まれたばかりの魔物を殺すことに心を痛めるような者はおらぬ。

 いたらそいつには冒険者なんてなる資格はない。」

 

 「そうでしょうね、理解できるわ。」


 「それで人形殿、お主も・・・

 別に心を痛めてこんなこと言ってるわけではないのであろう?」

 「ええ、今は少し心が・・・感情が機能してはいるけど、もともと私に人間らしい感情なんてない。

 極端な話、今ここにいる人間・ゴブリン全員が死んだとしても、私の心は痛まないでしょう。」


イブリンは困ったように自分の顎髭を撫でる。

 「嫌な例えよの。

 まぁ、それはともかく、我らはこう考えるべきかな?

 つまり人形殿、お主と我ら人間の立場は違うと。」



これは質問する方も、そして答える方も一つの覚悟をせねばならない。

この命題を認めてしまうなら、

「私たちは仲間でない」とはっきり宣言することになるからだ。


もちろん、本来であればそれで十分。

私にはもともと関係のない話。

ただ、今の私はこの冒険者ギルドに寄生している状態なのだ。

立場が違うのを認めるのはいいが、ここから排除されるのは好ましくない。


 考えよう。


それの優先順位を間違えてはならない。

私はこの世界に来て、まだはっきりとした目標も定まっていないのだ。

それを知る為にも大勢の人間と繋がりを保つのは有益であるはずだ。


 私の存在はなに?


非道に殺された者達の恨みを晴らすシステム?

死んでいった者たちから魂の重荷を取り除くため?

それとも冥府の魔王とやらに、狩りとった者達の魂を捧げるために私は存在しているというのか?


それはこの人形の機能であり仕事であると言えるのかもしれないが、全て私の意志とは関係ない。

もちろん、それを自らの使命と受け入れることは可能だ。


しかし私はそれを拒否する。


最も古い記憶の中の私は、21世紀に生きた異形の怪物であり人間社会に対する反逆者だった。

そして結局はそれにふさわしい末路を迎えた。


次の「私」は400年後の世界の美しい貴族の娘。

そして一国の王妃にまで成り上がり、この世の贅沢をいくらでも味わえる身分をも手に入れた。

忠実な下僕、愛すべき友人、望めばさらに幸せな暮らしもあったろう。


それらを私は全て捨て去った。


後悔しなかったのかと言えば嘘になる。


当時の私が優先したのは、21世紀の人生で味わう事の出来なかった刺激的な人生。

自分は絶対的に安全な位置にいて、周りの人間たちを、まるで映画やドラマの登場人物のように悲劇的な状況に投げ込んだ。


自分がそれらを面白おかしく観劇できればそれで良かったのである。


取り返しがつかない事をしてしまったと気づいたのは、まさに全てが手遅れになってから。


私が安心して心を寄せる場所は、もうどこにも残っていなかった。


私は王宮を飛び出した。

全てを捨てて逃げ出した。

もうそこを私の居場所だと感じることはできなくなっていたからだ。


長い旅の果てに、私は面識があった一人の男に保護された。

彼と夫婦の関係となることに抵抗はなかった。

愛情と言えるものはなかったけれど、なんというか、同情・・・いやシンパシーというのか、彼は私と同類なんだという安心感があったのかもしれない。


だが、彼は同類どころか私以上の悪党で大馬鹿であった。

私など足元にも及ばない程、業の深いバカ者。

二度でも三度でも言ってやる。

おおバカ。


彼は私より先に自らの命を絶った。

自分で自分の愛する者を処刑台に送るなど、自分にとって何が一番大切なのか、優先順位もつけられなかったのだ。

あれも彼にふさわしい最期と言って良かったのだろうか。


残ったのは私だけだった。

「彼女」を処刑台に送るきっかけを作ったのは私だったというのに。


最期まで私たちの世話をしてくれた下男も先に死んだ。

最愛の一人娘ミカエラも無事に嫁に行った。

城下町で平凡に店を出している普通のパン屋にだ。

パン屋の嫁に破壊王の血が流れているなどとは誰も信じまい。

ローリエさんとは仲良くやれたかしら?


その後、娘は平凡だけどささやかな幸せを得て一生を終えたことだろう。

それだけが私の偉業で誇り。


もうその頃には、

私も二度目の人生を終え、この忌まわしき人形のカラダに転生を成功させていた。


あの時、私は何を望んだ?


転生に失敗し、そのまま死んでしまってもいいかと思っていたのは覚えている。


何を望んだ?

確か・・・気づいたことがあったはずだ。

それは何だった?


気づいたというか、推測・・・仮説・・・。

私の転生など・・・実は大嘘ではなかったのかと・・・。

人間が生まれ変わるなど本当にありえるのか?


それはただの錯覚で、

強力なサイコメトリー能力を持つ私が、

21世紀に生きた他人の記憶を自分のものだと勘違いしているだけなのではないか?

そんな事に気づいたのはいつだったか。


そしてもう一つ。

私が友人たちの生死を弄んだというのも、それすら「第三者」の掌で踊らされていただけに過ぎなかったのではないかという仮説。


それに気づいた瞬間、自分の罪だとか命ですらも軽く考えるようになっていた。


ならばなるようになれ。

生きようが死のうがどうでもいい。

この目で見れるものをこのまま見続けよう。


そう、

ここで私がジャッジすることは何もない。

この世界で生きる人間たちが決めること。




  「人形殿・・・?」


少し長く考えすぎたようね。

どのぐらい時間をかけてしまったのか。

いつの間にかイブリンは自分の剣の柄を握りしめている。

殺意や敵意は感じないが、強い覚悟を以て私を問い詰めているようだ。


 「ああ、ごめんなさい、騎士様。

 ・・・立場が違う・・・というよりも、

 出発前に説明したように、私は『断罪する者』なのよ。

 ここでいう立場というのは、

 『人間の立場』でなく『冒険者の立場』ではないという意味。」


あくまで人間側でいることは否定しないでおく。

私は人間の世界の中の「断罪する者」なのだから。


そして・・・これは今ここで言う事ではないけども、「私」という存在は、外側からこの「断罪する者」メリーを見ている。

まぁ、これは称号にはつかないのだろう。

それよりも今はこの事態をどうするか、先に進めないと。


 「騎士様、

 私の事情で申し訳ないのだけど、この人形は、この鎌を振るう時にいくつかのルールがあるの。

 それは私の意志で及ばない現象といって差し支えない。」


 「出発前に聞いた話だったと思うが、もっと詳細な部分があるということかな?」


 「ええ、

 この身体が、殺された者達の恨みや憎しみで動くという部分はその通り。

 今は、逆にそのルールに適用外がある事を説明すべきかしらね?」

 「なるほど、この状況にはそれが良いかもしれん。」


 「私のいた世界には、ある人間が、他の人間を傷つけた時に、傷害罪という罪が適用される。

 しかし例外的に、不法に襲われたときに反撃のために起こした傷害だったり、

 互いの意志と契約による・・・例えば武闘試合での傷害、

 医者が治療行為のために、他人を傷害する場合、

 これらは、罪の適用外とされるわ。」


 「ふむ、なるほど、それは我が国でも同じこと。

 ・・・まぁはっきりと条文に書かれてはいないかもしれぬが。」

 「それと同じように、私の報復行為にも例外的なものがあるの。

 例えば裁判を経て処刑を宣告された者、

 戦争で殺し合いをした者・・・、

 言葉では定義しづらいのだけど、

 殺された者達が、ある程度その死に納得できる理由がある場合、私のカラダは反応しないのよ。」


 「殺されゆく者全てに付き合ってられんというわけか。」


 「ただし、

 今の例でも、でっち上げの罪や無実の罪で処刑させられた者には、十分に私は報復するし、

 戦争でも、不当に虐殺された・・・特に非武装の民間人相手にそれを行えば、この身体は兵隊たちを皆殺しにするでしょうね。」


 「今の状況がそれか・・・。」


いいアイデアが浮かんだとでもいうようにストライドが手を叩く。

 「こうしましょう!

 捕縛!

 とりあえずは殺さないで、捕まえてハーケルンの街に連れて帰りましょう!」


途端にアルデヒトが渋い顔をする。

 「い、いや、確かにこの場はそれでいいかもしれないが、何の解決にもなってないぞ?

 連れ帰ってどうする?

 言葉の通じないゴブリンの裁判なんかできんし、同じ理由で奴隷にもペットにもすることなどできない。」


解決か・・・。

単に解決するだけなら幾つか方法はある。

そんなに難しく考えなくてもいいのだけど。

要は相手に恨みの念を抱かせなければいいのだから。

例えば睡眠薬で眠らせてから・・・




そこに私すら予想できない展開が起きる。


たいまつの火の明かりが届くギリギリの方角から、何かが這ってくる音が聞こえたのだ。

冒険者全てがその正体を理解できず、別の魔物の脅威を警戒しただろう。

だが、すぐにたいまつの光りは、残酷にもその姿を照らし出す。


その場には幼いゴブリン達もいたが、「それ」はゴブリン達を、憎々しくその「細い腕」で払いながら現れたのだ。

そこには般若のような怒りの形相で・・・。



 「・・・殺して・・・よ。」

その場の全員があまりの悲惨さに息を呑んだ。


人間・・・女性だ、

這ってくる?

そうだろうとも、

見れば両足首を斬り落とされているのだ。

歩くことなんてできやしない。

しかも・・・お腹が大きい・・・。

その状態で腹這いでここにやって来たのか。

私たちの声・・・人間の声を聞いてここまでやってきた。

その望みを叶えて貰うために・・・。


 「殺して・・・!

 こいつらを殺してっ!!

 私の夫を・・・仲間を殺したこいつらをっ!!

 ぜんぶ、ぜんぶみんな殺してっ!!

 私も一緒で構わないから、何もかも殺してぇぇぇっ!!」



次回、ゴブリン戦決着。

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